西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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02/03/22(金)

[]感動 11:16 感動 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 感動 - 西川純のメモ 感動 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先だっては、3人の院生さんの個人ゼミをしました。内容は本年度の成果のまとめです。報告を聞いて最後に評価をしました。お一方は、「差し戻し」です。おそらく、院生控え室では「撃沈~!」と、他の院生の方には言っていたのではないでしょうか?お一方は、「二重丸」です。お一方は、前半部分に「二重丸」プラス宿題がドッチャリ」です。

 お三方の研究成果に優劣があるわけではありません。お三方とも、極めて質の高い研究をしています。それでは、どこに違いがあるかといえば、私が感動したか、否かという一点です。もっと正確に言えば、お三方の「その日」の報告に関して、感動したか、否かという一点です。「差し戻した」方を含めて、それ以前の個人ゼミでは何度も感動しました。しかし、その日に関しては、感動の度合いに差がありました。

 個人ゼミ研究報告を受けていますが、その評価は、最初の1、2分を聞くだけでほぼ決まってしまいます。私の評価の視点は二つです。第一は、ご「本人」が自分自身の研究感動しているか、否かです。我々の研究室研究は、現場先生方に共感を受けるものでなければなりません。現場先生方に共感を受けるか、受けないかを判断するならば、私のようなものより、現場先生である院生の方の判断の方が正しいはずです。語っている現職院生の方の顔を見て、声を聞くだけで、「こりゃ良い研究だ」ということは一目瞭然です。そうなると、私は「もう十分ですよ」と話の途中で切ります。そうすると、本人が感動している場合は、「いや、これだけは聞いてください」と語りたがるものです。その場合は、靜に拝聴することとしています。

 第二の視点は、「難しい言葉を使っていないか?」という視点です。新たな概念、知見に触れると、やたら、それを使いたがるものです。柔道の習いたてには、やたら人を投げたがるのと一緒です。ところが、言葉に酔って、言葉が踊っている場合もあります。第一、私自身がチンプンカンプンです。その場合は、「簡単で短い言葉で言って」と頼みます。これが出来る場合は、その言葉を理解して使っていることが分かります。その場合は、分かりやすい表現で表すことを求めます。なにしろ、他の人に、それもより多くの人に分かってもらえなければ意味がないと、我々の研究室では考えていますから。もし、「簡単で短い言葉」で表せず、別な難しげな言葉を使い、かつ、長々と説明している場合は、その言葉を本当には理解していないことを説明します。

 現場先生方が感動していることを、分かりやすい言葉で表現されたならば、私が感動しないわけはありません。そうなれば「二重丸」です。

追伸 書き終わってから第三の視点を思い出しました。院生さんが自分の報告に感激しまくっているとき、「これも面白い」、「あれも面白い」、「それも面白い」と四方八方に報告の方向が散乱することがあります。聞いていると、本当に「面白い」発見ばかりです。しかし、修士論文は一つのストーリーにまとめなければなりません。それら多くの「面白い」ことに一本の筋が通っていなければなりません。その場合、気が付いた「面白い」こと全てが、その筋に乗るわけではありません。そうなると、涙をのんで、いくつかの「面白い」ことを諦めなければなりません。私の第三の視点は、「散乱していないか?」という視点です。しかし、涙をのんで諦めたことは、無駄になるわけではありません。ご自身の修了後のテーマになったり、後輩の研究テーマに繋がります。