西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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02/03/06(水)

[]違い 11:20 違い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 違い - 西川純のメモ 違い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 戸北研究室西川研究室は似たような研究をやっています。両者の違いを内容的に表現するならば、相対的に教材を重視するのが戸北研究室で、子どもを重視するのが西川研究室です。でも、それ以上に、主宰者の違いがあると思います。

 OBの人が、我々(戸北、西川)がいる酒席で、「最先端をやりたいなら西川研究室、自由にやりたいなら戸北研究室」と言っていました。言い得て妙です。戸北・西川研究室OBや在学生ですと、この言葉意味が分かっていただけるのですが、それ以外の方には誤解が生じますので補足します。もちろん戸北研究室では最先端のことが出来ないと言うことではありません。多くのOBが最高レベル研究をされています。

 修士論文タイトルを調べれば分かることですが、西川研究室テーマは「子どもを見る」ということでは一貫しています。さらに、最近では子どもの相互作用に着目するというテーマを中心としています。テーマが同じであるため、今までの蓄積から一定の方法論が確立されています。一人一人が同じ方向性のテーマと、方法論を共有しているので、その集団に入れば自動的に一定レベル以上の段階まで進むことが出来ます。また、問題が起これば同級生、先輩、後輩に相談し、助力を得ることが出来ます。しかし、「子どもの相互作用を見よう」という方向性に共感できない場合は、ストレスを感じると思います。

 一方、戸北研究室は本当に何でもありの研究室です。一人一人が別々の方向性のテーマを持ち研究を進めることが出来ます。しかし、その結果として、方法論に関して人に頼ることが出来ません。もちろん、大きな方向性や研究妥当性は戸北先生が指導してくれます。しかし、細かい方法論は自分自身が全てやらねばなりません。したがって、自分自身の問題意識や方法論がはっきりしていない人にとっては大変だと思います。

 私の研究レベルに関する、院生さんに対する要求水準は高いと自覚しています。具体的には、院生さん・学生さんの研究結果の聞いているうちにウルウルと感激の涙がこぼれるような研究であることを求めています。そのため、研究テーマや方法論に対して、「最低限これこれのことはしてね」とお願いします。

 講義に比べて研究指導は頭と神経を使います。教師ならば分かると思いますが、初年度の授業はとても手間がかかりますが、何年、何回も繰り返すうちに手の抜き方が分かるようになります。ところが、研究指導はそうなりません。毎年、毎年、新しい授業案を最初から書くのと同じです。

 講義は自分一人の裁量で出来ますが、研究指導はそうはいきません。第三者に、その研究を「良し」と認めてもらえなければなりません。下げたくない頭を下げなければならない場合もあります。

 講義は、その講義が終われば終わりですが、研究指導は修了(卒業)するまでは終わりません。つまり、とても頭と神経を使います。それでいて、やってもやらなくても給料は変わりません。となると、研究指導で自分自身が楽しめなければやってられません。研究生活も長くなると、色々な研究に手を染めます。また、色々な人の研究を知り、最終的な結果も見てきています。そのため、テーマを聞いただけで、「ああ、あの研究の亜流だな(もしくは、自分がかってやった研究と同じだな)。そうなると、○○をすれば○○という結果が出るだろうな。自分がやれば○週間程度で出来そうだな。」という見当がつきます(必ずしも正しくない場合が多いですが)。そうなると、とても自分の頭と神経(そして時間)を費やす気になれないんです。

 その点、戸北先生は、そんな心の狭いことはありません。戸北先生西川研究室で行われている研究の面白さや重要性を一番分かっている研究者です。でも、研究の可能性を、私よりもっと広く見ることが出来る先生です。院生学生さんのテーマを聞いて、仮に「面白いテーマになるかな~」と思われても、「いいんじゃない」と認めます。そこが両研究室の色合いを違えているところだと思います。結果として、我々は学習者を重視し、戸北研究室は「相対的」に教材「も」視野にいれた研究を行っています。どちらがいいという関係ではなく、補完的な関係のように思います。だから15年以上つきあっても仲良くやっていられるんだと思います。

[]昨日の発見 11:20 昨日の発見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日の発見 - 西川純のメモ 昨日の発見 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家内が食器と食事を食卓に用意していました。家内が次の食器と食事を取りに台所に行くと、息子がとことこと食卓に近づきます。何をするのかと見ていると、箸を取り、野菜炒めを食べ始めました。本当にビックリしました。息子にとっては巨大な私の箸を、それなりに使って食べているんです。

 一度も箸の使い方を教えたことはありません。と、いうより、箸を教えたら使えるなんて、思いもよりません。だって、スプーンは使えますが、基本的には手づかみですから。ですから一度も教えたことはありません。でも、ずっと我々(家内と私)が使っている様子は見ていたはずです。

 山本五十六の"やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ"という言葉は、私の好きな言葉です。でも、これを少々直さなければならないなと感じました。

 まず「やってみせ」ですが、大抵の場合、指導者(教師)がやってみせることを想定します。しかし、教師のみならず学習者一人一人がやっている姿を見せる必要があります。さらに、「させる」というより、本人が見たいとき見えるようにする方がいいと思います。となると「自由に見せ」の方がいいように思います。

 「言って聞かせて」ですが、多くの教師は、これが重要だと思っています。でも、自分の過去を振り返っても、自分が勉強をやろうと思ってやりはじめて、初めて分かるものだと思います。となると、授業とは「やろう」と思わせることが大事だと思います。となると、「誘ってみて」の方がいいように思います。

 「させてみて」は、おそらく一番重要なことではないかと思います。これも「させる」というより「任せてみて」の方がいいのではないでしょうか。

 「ほめて」というと、一段上の人が、他人事のように評価しているようにもとれます。しかし、「喜んで」という共感的な態度の方がいいように思います。一歩進めば、「感激・感謝して」の方がいいように思います。

 以上より、以下のように改訂します。

 「自由に見せ、誘ってみて、任せてみて、感激・感謝しなければ人は動かじ」

 少なくとも、息子との関係においては、上記の方がしっくりします。

追伸 山本五十六言葉は、もともとは米澤藩主・上杉鷹山の「やってみせ、言って聞かせて、させてみる」の言葉引用したものです。