西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

01/10/18(木)

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以前のメモにも書きましたが、私が個人ゼミ院生さんと話す目的の多くの部分は、「それでいいんだよ」、「大丈夫だよ」という安心させる話題です。現職院生さんは皆さん真面目です。また、色々なものを賭けて本学に入学しています。絶対、いい研究をしたいという思いは凄まじいものがあります。

 内の研究は、実験研究ではありません。生のクラスを見る研究です。何が起こるか分かりません。当然、当初の予想と異なった結果が出る可能性があります。また、うまくいった部分より、うまくいかなかった部分に目が行きがちです。そうなると、凄く落ち込まれます。ひどいときには私に当たる(?)場合があります。そんなときです。私が安心させなければならないのは。

 実践研究をやっているときは、十分にビデオ記録、音声記録を見直すことが出来ません。そのため、教卓から見えるもので判断し、うまくなかったと思いがちです。そんな院生さんには、とにかく記録をざっと見ることを勧めます。大抵の場合、教卓から見えなかった素晴らしい面が見えるようになります。

 子どもの生の姿を、じっくりと見る研究法を採れば、教卓では見えなかったものが見えることは「絶対」です。当たり前です。だって、子どもを見るのが教育研究ですし、より多く見れば何か見つかるはずです。でも、その見つかるものが、当初と違う場合はあり得ます。そのため落ち込んだ院生さんには、その予想外に見つかったものが、とても大事なものであることを話し合います。また、修士論文の柱は、その大事なものを柱にすればいいことで、当初の予想と違ったものでも大丈夫だということを話し合います。ちなみに、予想外に見つかったものの方が、当初の予想より数段おもしろいものであることが通例です。

 今までには一人もいないですし、また、今後もいないだろうとは思いますが、本当にだめだったときはどうしようか、と考える場合もあります。夜、息子を抱いて寝かしつけているとき、「ああであって欲しい」、「こうであって欲しい」と考える場合があります。でも最終的には、「生きて欲しい」と願います。院生さんに関しては、「生きて欲しい、修了して欲しい」、出来るならば、「 大学院がいい思い出になって欲しい」と願います。