西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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01/07/04(水)

[]一流の研究(その1) 21:46 一流の研究(その1) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一流の研究(その1) - 西川純のメモ 一流の研究(その1) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 修士1年の方々とは、毎週、個人ゼミをします。毎回30分~1時間半程度です。今は研究テーマを定める最終段階です。このテーマが2年間の修士研究の正否を決めます。その際、必ず、「一流の教育研究とは?」ということを話します。

 卒業研究で直接教えていただいたK先生に、大学4年の時、「一流の研究って、どんな研究なんですか?」と聞いたことがあります。先生曰く、「ある現象が、あることを明らかにするのが1流」、「その現象が、1なのか2なのか3なのかを明らかにするのが2流」、「その現象が、2であることが分かっているとき、2.1なのか2.2なのか2.3なのかを明らかにするのが3流」。つまり、精密に測定することが重要なのではなく、現象の存在を最初に発見することが重要なのだと教えてもらいました。

 K先生の例を、「研究テーマの長さが短いほど1流」と私なりに読み替えています。テーマの長さが長くなるのは、「これこれの場合」、「これこれの部分に着目し」という条件が付くためです。そんな条件無しの研究の方が一流なわけです。また、一般に使われない専門用語を使っている場合は、見かけ上短く見えます。しかし、その専門用語には様々な情報がつまっているわけですから、それを平易な言葉に直せば極めて長くなります。

 院生さんのもってこられるテーマの説明が長いと、私は、「簡単な言葉を使った、短い文で表現して」とお願いします。それが出来ればいい研究だと判断します。もちろん、修士論文の題目は、それなりの長さになります。また、ちょっとは難しげに表現します。しかし、その内容は簡単で、短く表現することが出来ます。例えば、去年、一昨年の修士論文卒業研究テーマを平易な言葉になおして表現すると以下のようになります。

中学校理科実験における班編成による役割の変化に関する研究 →「実験を真面目にやっている子は理科好きで、不真面目な子は理科嫌いなのか?」

理科における環境教育に関する研究→「科学知識がいくらあっても行動に結びつかない、それでは何が行動に結びつくのか?」

子供の「振り子の運動」に関する概念の調査 →「幼稚園生・小学校低学年の誤解と、小学校中学年以降の誤解は質が違うか?」

理科におけるグループ構成と協同的学習研究 →「実験の班は何人が最適か?それは何故か?」

小学校理科における学び合いについての研究→「授業中に手を挙げるか、挙げないかに、何が影響してるか?」

理科における好きな先生に関する研究→「好かれる先生の典型的な特長ってあるか?」

理科における話し合い活動に関する研究、教科比較を通じて→「話し合いに教科ごとの違いがあるか?また、何故違いが生ずるか?」

小学校理科学習における学び合いの発達に関する研究→「小学校低学年では本当に話し合いが出来ないのか?」

[]一流の研究(その2) 21:46 一流の研究(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一流の研究(その2) - 西川純のメモ 一流の研究(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 一流の研究か否かという基準はもう一つあります。研究テーマを考える際、当然、どんな結果が出るだろう、という予想があります。その予想がなければ研究計画(もしくは実験計画・条件統制)ができません。この予想で一流か否かが判別できます。

 その予想を、他の教師に聞いてもらいます。そして、最初は「え!?」という反応がきて、ちょっと説明すると、「なるほどね」と納得してもらえる。しかし、それをどうやって証明したらいい?と、問いかけても答えが出せないのが一流の研究です。最初の「え!?」が無ければ、あまりにも当然すぎる研究だと言うことを意味します。ちょっと説明すると「なるほどね」と反応してくれるのは、その予想が正しいことを意味します。

 難しげな理論、難しげな統計分析を行うと、教師が気づきもしない真理が明らかになるという、教育研究に関する誤解があります。しかし、教育研究で分かることは、ある意味で当然とも考えら得られる常識的なものです。「ある意味で」というのがミソです。言われてみれば、当たり前なんですが、多くの教師がもっている「とらわれ」から、それが気づかないことは実に多くあります。説明して「なるほどね」と納得させられないならば、その予想は誤っている可能性が高いことを示します。

 さらに、「なるほどね」と納得できたとしても、それを実証的に明らかにする方法が思いつかないというのも、教育研究の難しさであり、おもしろさでもあります。

 ちなみに、説明しても、専門用語だらけでチンプンカンプンというのは、説明している人が専門用語を理解していないことを示していると思います。また、理解していたとしても、それを平易な言葉に直せないならば、教育実践に繋がらない研究であると言って良いのではないでしょうか?だって、実践する先生方が分からなければ、実践に結びつくわけはないのですから。

追伸 お盆明けに出版される、「実証的教育研究の技法」の改訂版に書きました。と宣伝する。