西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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01/02/23(金)

[]一生に学ぶ23:15 一生に学ぶ量 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一生に学ぶ量 - 西川純のメモ 一生に学ぶ量 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、息子が伝わり立ちをし始めました。ちょっと前までは、寝返りも出来ずにいたのに。寝返りが出来ない時の姿を見ていたときは、自分でも寝返りを試し、何で俺は寝返りが出来るんだろうと首をひねりました。同時に、もしかしたらこの子は一生寝返りが出来ないのではと馬鹿なことを考えました。ところが、一度でも寝返りが出来ると、あっという間に寝返りがうまくなります。今では、着替える際に、寝返らないように押さえるのに一苦労です。

 立つとなると、寝返る以上に複雑です。ところが今では立っています。何で立てるようになったんだろう不思議です。現在は、「歩く」、「つかんで食べる」に悪戦苦闘しているところです。そう考えると、「箸を使って食べる」、「トイレを使う」などの複雑さは、気の遠くなるようです。でも、いつかは出来るようになるんでしょう。

 息子を見ていると、ごく普通の日常生活をするためには膨大な量を学ばなければならないことに気づきます。同時に、多くの人はごく自然にこなしていることに驚きます。私は高校の教師の時、数十人のオール1の生徒を教えたことがあります。でも、全員、箸を使って食べられましたし、トイレを使っていました。成績を決めている、知っている英単語の量、公式の数なんて、ごく普通の日常生活をするために必要な学ぶことに比べれば、本当に微々たるものです。

 もう一つ気づくことがあります。先に述べた、「寝返る」、「立つ」は誰かに教えられて学んだものでないことです。第一、教えようと思っても、どう教えたらいいのか私には見当が付きません。もしかしたら、生きるために本当に必要なことは、教えなくても、自ら学ぶ能力を動物は持っているのかもしれません。

[]暇な同僚に感謝 23:15 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ 暇な同僚に感謝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昔、昔、私が高校先生だったときの話です。仕事で忙しくて忙しくてパニックになっているときの話です。先輩の先生に、「忙しくてトイレも駆け足で往復しなければならないのに、○●先生はいつも暇にしているんだ!」と愚痴りました。その先生曰く、「もし、おまえ以外の先生全員が、おまえより授業がうまく、おまえより生徒に人気があり、おまえより仕事が出来たなら、きっと暇になれるよ」、「でも、そうなりたい?」。もちろん「否」です。この言葉は、現在の私の研究室研究テーマに繋がっています。真面目な子どもたちを集め、不真面目な子どもたちを集めて実験をさせました。結果として、もともとの割合と同じ割合で、それぞれの集団の中に、真面目/不真面目な子どもが生じました。つまり、私も暇な同僚のおかげで、忙しくさせてもらっているわけです。

 でも、私は忙しく、○●先生は暇ということ自体が誤りなのかもしれません。高校の職員旅行宴会の際の話です。それまでは酒も入った勢いでワイワイとざわついていたのが、急にシーンとなりました。原因は、宴会に参加した一同が、ある先生が隣にいる先生に話している内容にビックリして聞き耳を立てたためです。その先生は、職員会議のような公の場で、「その日は家族サービスがあるから、私はやらない」と胸を張って主張される方で、ある範囲の人の間では有名な方でした。その先生が隣の先生に、自分は色々な先生から仕事押しつけられて、忙しくて大変だと話していたのです。それに対して、宴会に参加した一同が唖然となってしまい、急に静かになりました。その先生宴会場から退出するやいなや、爆笑が起こったことは言うまでもありません。つまり、「忙しい」、「仕事押しつけられている」という感覚は主観的なものなんですね。ちなみに、最近学生食堂でごく親しい先生から、笑いながら「大学のために何の仕事もしていない西川先生」と呼び止められました。自戒自戒

[]最新理論 23:15 最新理論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最新理論 - 西川純のメモ 最新理論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日本学校先生は、世界で一番、真面目だと思います。これほど多くの学校で、地道で実践的な研究が行われている国はありません。職業柄、色々な学校の実践報告を聞いたり、読んだりします。実践の部分はなるほどと思う反面、いわゆる理論部分には唖然とする場合があります。実際には数十年前の古色憤然とした理論にも関わらず、実践報告の中では最新理論としてうやうやしく紹介されていることがあります。大学現在行われているな最先端の理論と、現場で知られている理論には30年以上の時間のずれがあるように感じます。

 色々な原因がありますが、私の独断と偏見でまとめると理由は二つです。

1.大学研究者は比較的狭い領域の専門家である。

 これは一般的には「専門馬鹿」と言われます。私は理科教育を専門としていますが、理科教育学全体を分かるわけではありません。私の専門とする領域以外の知識は、下手をすると大学教養レベル程度です。そのため、学会で専門以外の発表を聞いても殆どチンプンカンブンです。一言弁明しますが、狭い領域に特化することによって、その領域を深めることが出来ます。全領域を深めることは一部の大天才のみが可能なことです。

2.仕事は特定の人に集中する。

 仕事仕事が出来る人に集中する傾向があります。暇な人に仕事を頼むと約束の期限は守らないが、忙しい人に仕事を頼むと、あっという間に仕上げます。なんとなれば、忙しい人はあっという間に仕上げなければ、後から来る仕事押しつぶされることをよく知っていますから。

 我々教師の持つ教育理論、心理理論の多くは大学における教職免許科目で学びます。その多くは、100人以上の学生を前にしたものです。先に述べたように、大学研究者は自分の専門とする特定の内容を講義することは好みますが、概論的に広い範囲を講義することは嫌がります。結果として、それでも引き受けようと言う先生担当することになります。そのような先生研究者ですので、教える内容の全ての領域に関して最先端の理論を知っているわけではありません。さらに、みんなが避けるような講義担当しようとする先生は、人柄からも仕事が集中します。そして、先に述べたように仕事仕事を呼び込みます。結果として、自分自身が大学大学院で学んだ、20年以上前の内容を話すことになります。それを聞いた学生が10年~20年後に、学校研究主任となります。そのため、30年以上の時間のずれが生じてしまうのだと思います。

 これを解決するには、大学研究成果を、いち早く教育現場還元する努力大学人がしなければなりません。その努力をされている方もおられますが、十分ではありません。その原因の一つが、大学人の評価システムでは、対大学人への論文等は評価されますが、対社会への情報発信は殆ど評価されません。そして、前者論文評価の圧力は、多くの大学人にのしかかってきます。これが30年以上のずれを生じる第三の理由かもしれません。