西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

17/03/25(土)

[]『学び合い』で始めるカリキュラム・マネジメント 13:31 『学び合い』で始めるカリキュラム・マネジメント - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』で始めるカリキュラム・マネジメント - 西川純のメモ 『学び合い』で始めるカリキュラム・マネジメント - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある日、一人の中学校教師が上越に来て私と議論しました。学校に戻って『学び合い』を実践し、学校に広めました。当然、山あり、谷ありです。幸い、2代続けて校長のサポートも受けました。そして、全校体制の『学び合い』がなりたちました。

 そんな学校に何が起こったかを知りたいと思いませんか。

 「『学び合い』で始めるカリキュラム・マネジメント 学力向上編」(www.amazon.co.jp/dp/4491033390)

この本の売りは、その先生、校長先生の文章だけではなく、「最初は疑問を持っていた先生」、「途中から赴任した先生」、子ども、保護者、事務、用務、地域の人等々の様々な文章によって構成されている点です。凄いですよ。

17/03/24(金)

[]高校2年 19:41 高校2年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高校2年 - 西川純のメモ 高校2年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近以下のようなメールをいただきました。

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上越教育大学 西川先生

 

私は、○県立○高等学校2年の○と申します。

本日は、お願いがあってご連絡いたしました。

 

まず、私は、障害という固定概念を社会から無くしたいと思っています。

この目的を達成するために、『学び合い』で授業することが最も近い形だと考えています。そのため、『学び合い』について研究を行っている西川先生がいらっしゃる上越教育大学に進学を希望しています。

 

つきましては、こちらの都合で誠に申し訳ないのですが、来る○から○のどこかで直接上越教育大学に伺い、『学び合い』についてお話を伺いたいと思っています。

 

なお、お伺いしたい内容については、

①西川先生の『学び合い』について書かれている本を拝読した上で、なぜ、今学び合いが注目されていながら日本の教育の主流ではないのかということ。

 

②何が『学び合い』の普及を阻んでいるのか。

 

といったことです。

お忙しいところ申し訳ないのですが、ご検討いただけると幸いです。

宜しくお願い致します。

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ビックリです。

その高校には『学び合い』の同志が勤務されています。それ故に『学び合い』を知ったのだと思います。その学校は何百kmも離れているので、同志を通して調整をしました。

 

でも、凄いです。私が高校2年の時、何を考えていたんだろう、と思います。

昨年は、高校3年生の訪問を受け入れました。今年は高校2年です。

そのうちに中学生も訪問希望があるかもしれません。

凄い子たちがいるものだと思います。

[]評価 18:18 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 河野太郎議員が大学に対する評価に関して「こんなにたくさん大学の評価が必要なのでしょうか。五年に一回、六年に一回、七年に一回のセミがある年、そろって地上に出てくるようなことがあったらどうするのでしょうか。きちんとした評価を一つ、しっかりやればよいのではないでしょうか。」と書いています(http://bit.ly/2nY1ADI)。

 理由は簡単です。評価をゴチャゴチャやれば、訳が分からなくなり、みんながスルーできるからです。色々な人のやっていることを評価し、それを総合評価すれば、全員横並びになります。村社会で出せる結論はそのようなものです。文部科学省でも、あんまりキツい評価をしたら、自分たちがソフトランディングさせようとしているイメージよりも、過酷に早く大学を潰さなければならなくなります。

 評価は単純です。研究者養成を目的としている旧帝国大学あたりは一流雑誌に掲載される論文数と、研究者として採用された博士学生の数でやればいい。

 それ以外は、定員充足率と就職率。ただし、就職率はいくらでも誤魔化せるので、卒業生の10年後の就職率(学生支援機構のデータを使えば分かると思います)で評価すればいい。

 評価は目標と対応しなければなりません。ところが、目標を達成したかではなく、方法が正しく行われたかで評価されている。これはいくらでも誤魔化せる。

 ただし、偉そうに書いていますが、もし、上記になれば苦しむのは私も同じです。

追伸 実は、小中高の評価も同じです。

[]未来社会 15:06 未来社会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 未来社会 - 西川純のメモ 未来社会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

記事になりました。

是非読んでいただき、周りの人のに知らせて下さい。

http://ure.pia.co.jp/articles/-/72872

17/03/23(木)

[]アクティブ・ラーニング 09:05 アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学習指導要領にアクティブ・ラーニングという言葉は使わない方針です。それが決まってから色々な人から「何故ですか?」と聞かれました。あまり何度も聞かれるので、外野の一人として、まとめたいと思います。完全な想像であることを最初に申します。

 まず、公的には「学習指導要領は広い意味での法令であり、しっかりした定義のない片仮名語はなかなか使えない」と説明しています。

 しかし、これは噴飯物の説明です。もし、それが正しいならば、そんな「しっかりした定義のない片仮名語」言葉を使って文部科学大臣が諮問をしたのでしょうか?

 高等教育局は大学に対して「しっかりした定義のない片仮名語」で指示をしています。これはどうなるのでしょうか?

 また、アクティブ・ラーニングの代わりになる「主体的・対話的で深い学び」はしっかりした定義があるのでしょうか?面白いのは、「主体的・対話的で深い学び」とは、という文章はどこにもないのです。あるのは『「主体的・対話的で深い学び」の実現』の説明があるだけです。そして、『「主体的・ 対話的で深い学び」の実現(「アクティブ・ ラーニング」の視点)』と答申で書いてあります。もし、「アクティブ・ラーニング」がしっかりした定義のない言葉であるならば、「主体的・対話的で深い学び」も同様に「しっかりした定義のない言葉」となります。

 突っ込みどころ満載です。

 お役所は言葉を大事にします。特に国の役人は見事なぐらいに言葉を使います。それがこれぐらいに無茶苦茶なことをしているとしたら、理由として3つ考えられます。

 

1) お役所の中のセクト主義

アクティブ・ラーニングはもともと高等教育局マターの答申で使い始めました。そして、それをキーワードとして使っていたのは高等教育局と官房の人達です。それを初中局マターの学習指導要領で使うのを初中局の人達が嫌がったのではないでしょうか?

2) 1)に関係しますが、高等教育局の使っているアクティブ・ラーニングとはアメリカのトップ大学の教育をモデルにしたものです。日本人の大部分の教育を定めた学習指導要領とは違います。だから、使わなかった。

3) 学習指導要領はもの凄く多くの人が関わっています。その中には、今まで通りの授業をしたい人がかなりいます。アクティブ・ラーニングがかなり先鋭化したので、その行き過ぎをとどめたいために使わなかった。つまり、「しっかりした定義」が現場で生まれつつあったがために、ありふれた表現である「主体的・ 対話的で深い学び」を使うことになった。

 

 おそらく3つが複合した理由(私は3が大きいと思います)が原因と思います。

 

 さて、今後はどうなるでしょうか?

 学習指導要領のキーワードは答申が出されたときがピークです。特に、実際に実施する段階になれば、見事に陳腐化されます。だって圧倒的大多数の教師は変わりたくないですから。だからアクティブ・ラーニングという言葉が残るか残らないかは決定的ではありません。

 しかし、学習指導要領より決定的なものは依然変わりません。

 第一に大学入試です。トップ大学がアクティブ・ラーニングで育つ能力を問う試験をするようになるでしょう。2020年の段階でどれだけかは分かりませんが、継続して試験は変わります。高等教育局もそれで圧力を大学にかけ続けると思います。トップ大学の試験が変われば、高校教育は学習指導要領より大きな影響を受けます。トップ大学の入学者でイライラしている県教育委員会は、県立高校の試験を変えてくるでしょう。それ以上に私立高校、私立中等学校は変わります。それは義務教育にダイレクトに影響します。学習指導要領はやったふりは出来ますが、試験は出来ません。

 第二に子ども達が大人になる社会の変化です。終身雇用、4月一括採用は今後崩れていきます。否応なく、大学教育、高校教育は変わります。これは第一と違って、全ての大学、高校が対応しなければならないことです。対応しなければ潰れます。その中で必要とされる能力を育てなければなりません。

 

 私は上記のことを理解する教師を増やしたいと思います。全員なんて無理です。出来れば2割程度の教師、せめて身銭を切って本を買うような教師の2割に分かって欲しい。Know-HowではなくKnow-Whyを学ぼうとする教師です。

 

追伸 私が面白いと思うのは、言葉を大事にする国の役人が突っ込みどころ満載の説明をするにあたっての文部科学省の中での議論に興味があります。もしかしたら高等教育局に何の説明もなく初中局がやったのかな?と思います。まあ、もし、省内でちゃんと議論した結果だったとしたら、今後の高等教育局マターの文章にはアクティブ・ラーニングではなく「主体的・対話的で深い学び」という言葉が使われるのでしょうか?想像するだけでほおが緩みます。

追伸2 「これからの時代に求められる資質・能力と、それを培う教育、教師の在り方について(第七次提言)」を出した教育再生実行会議(内閣総理大臣を長とします)は「しっかりした定義のない片仮名語」で答申を書いたと言うことになります。内閣官房とちゃんと話しているのかな?

[]次の一歩に進むために 07:02 次の一歩に進むために - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次の一歩に進むために - 西川純のメモ 次の一歩に進むために - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年度から『学び合い』に取り組んだ方だったら、もう山は越えていると思います。『学び合い』は最初の3ヶ月ぐらいが山です。それを超えれば、「あ~、こうすればいいのね」という感覚が分かります。そして3学期を終わる頃には、「こんな風に子ども集団は変わってくるのね」という感覚を得ます。

 思い出して下さい。

 教員人生で一番忙しかったのはいつです?おそらく初年だと思います。ところが、2年目になると忙しさがグッと緩和される。何故かと言えば、1年というスパンでものを考えられるようになるからです。そこで分かれ目です。流せるようになること慣れるか、その先を進むことを望むか。

 後者の方のための本を用意しています。私の本の大多数は、最初の3ヶ月をのりきるための本です。いわば初級編です。1年の流れをとらえた方のための中級編の本として以下を紹介します。今のうちに読んで新年度に備えませんか?

汎用的能力をつけるアクティブ・ラーニング入門(http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160759

学び合い』の手引き:アクティブな授業改革編(http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160564

学び合い』の手引き:ルーツ&考え方編(http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160564

17/03/21(火)

[]よき教師2 21:44 よき教師2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - よき教師2 - 西川純のメモ よき教師2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不遜なことを申します。

 私の講演を聴いた方だったら、平均的な大学教師より上手いことが分かると思います。30年間、ずっと大学教師だったのです。何故、そうなったか?私の教師としての原体験である高校教師の時代が私を形作りました。

 暴走族相手の物理の授業で、笑わせ、泣かせ、授業に集中させることは可能です。ポイントを押さえればいいのです。ようは、全員を分からせることは無理でも、全員を分かったつもりにさせることは可能です。そして、全員を私に繋げることも出来ます。でも、全員を救うことは出来ません。

 そのことが分かったのは、私が大学に異動してから3年後の卒業式のことです。(定時制は4年です)私の子どもの中で、卒業したのは3人だけです。一方、私より授業が面白くなく、子どもたちに好かれていない教師のクラスは殆どが卒業したのです。

 その時の私は理解不能でしたが、今は分かります。

 なんと罪深いことをしたか。

 その慚愧の思いが『学び合い』を生み出し、今も私をマシーンにしています。

[]よき教師 21:28 よき教師 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - よき教師 - 西川純のメモ よき教師 - 西川純のメモ のブックマークコメント

私はゼミ生にも上越訪問するお客様にも、会った最初に「森羅万象、天地間の全てのことに応えましょう」と言います。不遜な物言いです。が、私はこの20年間、毎日20~100のお悩み相談を誠意を持って応えています。だから、色々なことを学んでいるのです。本日も、学びました。紹介します。

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こんばんは西川先生。

上越で本当にお世話になりました。

あれから月日が経つのは早く、西川先生に伝えたいことがあります。

 

学び合い』は10年後、20年後を見据えての教育であることを私は正直納得いくことが最初はできませんでした。そんな友達とか、クラスメイトとの付き合いは大事ではないし、連絡は取り合わなくなるものだと思っていたからです。でも、大きな間違いでした。

 

今から約10年前は私は中学生でした。そして、恩師の先生にあこがれて中学校の教師になりたいと感じていました。そして、実際になりました。

あの時は、本当に恩師の先生からいろいろしていただきました。いわゆる、私は学校の教育にピッタリフィットした中学生でした。その先生から一番力を注いでもらったのは私であるだろうという自負があります。

だから、そんな先生になりたいと思っていたのです。

 

でも、それが原因なのですね。私に小学校と中学時代の友達とのつながりがないのは。

 

先日、弟と飲みました。

弟はどの年代も友達には恵まれていました。

今も、小・中・高の時代の友達とは飲んだりするようです。

でも、弟は先生には恵まれてきませんでした。

 

私は弟と違い、先生には小学校と中学校は恵まれました。

小学校6年生の担任と中学校3年生の担任は、間違いなく私の人生の恩師です。

本当に自信をもって言えます。

そして、小学生と中学生の当時は、友人にもそこそこ恵まれていると思っていたのです。

 

でも、弟は今でも友人とのつながりがあり、私にはありません。

私には、高校と大学時代の友人とのつながりしかないのです。

そして、その高校と大学時代に恩師と言える先生はいません。

 

ここではっきり分かりました。

学び合い』の本当の目的が。

先日、学級の最後の日にふと気付いたのです。このことに。

夜は涙が止まりませんでした。

今の私の小学校と中学校時代の友人とのつながりがほぼ無いに等しいことの原因が、恩師の先生にあること(もちろん様々あるとは思いますが)を理解したときは辛かったです。

 

学び合い』の本で読んだ新しい教師観を本当に実感しました。

同時に自分が目指していた教師観は、確かに私と生徒達はつながれるかもしれないです。でも、生徒達のことを考えたら、10年後に私と同じ苦しみをしてしまう人が出てきます。

私とつながらないことは悲しいです。

でも、それ以上に生徒達同士がつながっていないことの方がもっともっと悲しく思いました 。

 

自分が目指していた教師観と新しい『学び合い』の教師観とで葛藤していた部分の紐がいっきにほどけました。

 

そして、そのことを西川先生に伝えたくてメールしました。

お忙しい中すいませんでした。

返信はお忙しいと思いますので大丈夫です。

そして、これからもよろしくお願いします。

追伸 ゼミ生でないですが、可愛いな~。伸びようとしている。

[]千葉県東葛地区の会 09:44 千葉県東葛地区の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 千葉県東葛地区の会 - 西川純のメモ 千葉県東葛地区の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 5月3日に千葉県柏市で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。http://kokucheese.com/event/index/437482/

17/03/20(月)

[]連帯責任 19:56 連帯責任 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 連帯責任 - 西川純のメモ 連帯責任 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある学校でテストの結果で連帯責任をとらせたそうです。その結果、学力低位の子が虐めに遭い、退学に追い込まれたのです。当然の結果です。

 『学び合い』でも「全員達成」を求めています。

 似ているように見えますが、根本的な違いがあります。

 色々な違いがありますが、分かりやすい違いがあります。

 前者の場合は、達成しなかった場合にペナルティーを課します。『学び合い』はペナルティーを課しません。ただ、達成しないことの問題点を語ります。

 何故、そのような違いがあるのでしょうか?

 前者の場合は、達成しなかった場合のデメリットはクラスの大多数には無いと思っています。だから、ペナルティーを課します。一方、『学び合い』は達成しなかったクラスの大多数にデメリットがあると思っています。だから、ことさらペナルティーを課す必要はありません。既にペナルティーを君たちは受けているんだよと語るだけです。

[]二分の一成人式 08:58 二分の一成人式 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 二分の一成人式 - 西川純のメモ 二分の一成人式 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 二分の一成人式に関して、一部の子どもの気持ちを考えないような方法で実施されています。私には、それで苦しむ子どもの顔がありありと見える。

 私も定時制に勤めて、そんな子がいることを初めて知りました。確実に、私の小中高大の同級生の中にいたはずですが、それを意識することはなかったです。当人がそれを隠しているならば分かりません。隠し方の一つに、とてつもない問題を連発するという子の場合、「乱暴な子」、「駄目な子」という目立つラベルの中に隠れてしまいます。それは保護者も同じでしょう。そして、教師も同じでしょう。

 教師になる人は、両親の夫婦仲も良く、我が子に愛を注いでいる人は「相対的」に多いと思います。私もそうです。だから、どの家庭もそんなもんだろうと疑いなく考えてしまいます。大学の教職関係を教える教師も同じです。つまり、何も知らずに教師になります。そして、そのような教師が多くを占める学校に勤めれば知る機会はありません。

 でも、知らないこと、悪気がないことは、無罪ですか?

もちろん、違いますよね。

 でも、私は無罪ですか?違います。何故なら、その事を知っていたのに、そのような問題があることを知りませんでした。同罪です。

 でも、それ以外の人は無罪ですか?その事を知っており、そのような問題があることを知っているが、それを解決出来ないとしたら。

 つまり、全員が有罪です。

 ならば、何とかしましょう。何が出来るか、まずは、そのような問題があることを周りの先生に伝えましょう。

 さて、次にどうするか?です。

 二分の一成人式をやめることは下策です。十歳の節目に成人をイメージさせることはとても有益だと思います。

 二分の一成人式の別な方法を考える。それは中策です。だって、「親への感謝の言葉」を聞きたがっている「保護者」が大多数だったら、「昨年までのがなんで廃止になるの?」と聞くでしょう。中には強硬な人もいます。それ以上に、教師の考えるどんな方法も、全ての子どもにフィットしません。それを一律に強いれば、苦しむ子は必ず生まれるのです。

 『学び合い』の実践者だったら上策があります。それは「十歳の節目に、クラスの全員が自分自身の成人のイメージを持てる、クラス全員が楽しく成長できる二分の一成人式を考えなさい。さあ、どうぞ」が出来ます。

 では、どうしますか?

 さあ、どうぞ。あははははは

[]大学院 06:59 大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大学院 - 西川純のメモ 大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 FBを見ていると、本学教職大学院を修了した人が、大学4年間より濃い2年間だったと書いている人が多いですね。ま、当然だと思います。学費より遙かに多いものを得たと確信しています。

 何故か?

 大学学部の指導教官である石坂先生から「高校までは学ぶ気が無くても教えてもらえる。大学は学ぶ気がある人だけ教えてもらえる。大学院は学ぶ気がある人も教えてもらえない。」と教えてもらいました。その通りだと思います。

 大学の学部の時は、授業は素っ気ないものでした。しかし、教えてもらいに行くと丁寧に教えてもらえました。解けない微分方程式を教えてもらうために生物専攻の学生である私が数学の先生の所に飛び込みに行ったときも、実に丁寧に教えてもらえました。

 大学院では簡単に教えません。教えたら考えなくなるからです。大学院は考えることを学ぶところです。

 学部の我がゼミ生が3人も大学院に進学します。甘えん坊です。ゼミ生に甘い私は甘やかしてしまいました。が、大学院に進学したら化けると思っています。

 本学教職大学院は現職教員と一緒に学び、協働して発表しなければなりません。私に甘えられても、現職教員に甘えることはしないでしょう。そして、本学教職大学院の根幹は教育実習です。教育実習のみならず教育実習関連科目が非常に大きいのです。カリキュラムの半分はそれです。学生は現場に中長期に学びます。そこには実習校の教師がいます。子どもがいます。教師になろうとする彼らがそこで甘えることはしません。それは教育実習での彼らの姿を知っているからです。

 さて、どう化けるか。彼らの大学4年間より十倍濃い2年間になると思っています。

追伸 博士の学生を育てるときは、本当に教えません。何故なら、一本立ちできる研究者を育てるのが博士ですから。私がすることは、今後の学会の流れを教えることです。そして、学術論文をどのようにまとめると学会に受理されるかのノウハウです。だから、私の教え子は業績を上げられます。