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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県の南部の中学校で社会科の教員をしています。4月より現場に復帰します。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業についてお話できる時間を確保して下さい。③可能であれば異学年学習も公開するつもりです。そちらの希望があれば事前にお知らせ下さい。mailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2018-03-22

あれから1年…

22:43

今日、自宅に学会誌が届きました。

論文に悪戦苦闘していた頃を懐かしく思い出しました。また、同じゼミで頑張っていた仲間の論文を読みながら、さらにその時のことを思い出しました。

現場に戻って1年。自分なりに努力してきたつもりですが…まだまだなんだなぁ〜って思います。

あと1週間あまりで新学期が始まります。新しい生徒と新しい役割でのスタートとなります。自分のやるべきことをやり続けながら、結果の出せるように精進しなくては…と思います。

2018-03-12

ただ、ひたすらに

21:12

「先生、単元テストの勉強したいので、早くワークブック(問題集)下さい」と言ってきた生徒に、私は「今はないよ。来るのは4月かな」と答えます。

それを聞いた生徒が「え!、じゃあ、単元テストはどうするんですか?」と聞いてきた生徒に、私は「それも4月以降だな。それまで勉強できていいじゃん」と答えます。

ここまで来れば分かる方もいるでしょう。その学年で予定されていた単元の学習はすでに終了し、次の学年で学ぶ範囲の学習が2月に入ってから始まっています。つまり、1ヶ月半以上も早く学習が進んでいるのです。もちろん、全ての単元で単元テストをしてもです。


「ねえ、ここが分かんないから教えて」

「これは、この辺に書いてあるからよく見て考えてね」

学び合い』ではよくある光景です。さらに、教えている生徒は特別支援学級に入級予定だったけれど、原級で学習している生徒です。他の教科では心配する先生もいますが、私の授業では問題ありません。学習のペースは間違いなく早いですから。

やるべきことをただひたすらに続けています。気がついたら学期末。来年の準備もしなくては…なんて思います。

2018-02-16

確かに…

20:55

期末テストの勉強を何となく?やっていた息子2人。そこで、こんな会話が繰り広げられていました。

長男「円錐の体積ってどうやって出すんだっけ?」

次男「半径×半径×π×高さ×3分の1」

長男「そうか…でも、なんで円錐の体積の求め方なんて知らなきゃいけないんだ?」

次男「さあ?。テストで出るからじゃないの?。まあ、必要な人はいるかもよ。例えば…パーティー用の帽子?を作る業者の人とか(笑)?」

長男「それだけのために?。何か意味なくない?」

次男「そんなこと俺に言うなよ…」

普通?の親なら「今は必要ないと思っても、これから必要になる(または、高校に行くには必要になる)から勉強しなきゃいけないんだよ」って言うのかもしれませんが、正直、私もあまり必要感を感じません。ですので、息子たちの会話を黙って聞いていました。

「先生、この勉強ってやる意味あるんですか?」って聞かれた時、みなさんはなんて答えるでしょか?。おそらく、教科自体の必要性を説いても納得する生徒は多くないように思います。特に、その教科が苦手な生徒は尚更です。教科自体ではなく、その教科を学ぶプロセスが大事である、つまり、仲間と関わり合いながら必要な知識を身につけることが将来役に立つことを説明した方が、生徒たちは納得してくれるのでは…なんて思います。

2018-01-30

校内研修会

19:54

本日は、今年度最後のAL研修会を、S大のM先生をお招きして行いました。今年度の反省と来年度の研究の方向について、先生方に話をしてもらいました。また、後半はM先生からお話をして頂きました。

今年1年、『学び合い』について、ある程度の深まり?はあったように思います。しかし、来年度もさらに…となるかどうかは不透明です。でも、来年度のことは来年度考えたいと思います。

どんなにテクニック論を展開しても、『学び合い』は考え方というスタンスが腑に落ちない限り、本当の意味で理解したことにはならないのですから。

とにかく、慌てずゆっくりとだと思っています。また、したたかにやっていかなくては…と改めて感じました。

2018-01-21

目標と評価の一体化

14:23

金曜日に研修主任の会議があり参加しました。

今年度最後の会議ということで、今年度のまとめと来年度の研究について、各学校からの報告がありました。その中で、小学校の多くの先生方からは、英語の教科化についての話が多くの上がっていました。

「どのようにして授業をしたらいいのかが分からない」

と言った意見が多く聞かれましたが、その中で気になる会話がありました。

「小学校の時は楽しく会話させるんだけど、中学に行くといくら会話ができてもテストで点数が取れないと、英語の勉強がイヤになってしまう生徒が多くなるんですよね…」

「そう。小学校の時は結構自信持って会話していたのに、中学になると自信がなくなるって言うんですよね」

「私たち(教師)も、どちらか言えば会話よりも文法とかを教える方がやりやすいと思う人が多いよね…」

そもそも、小学校で英語が教科化される目的は何かと言えば、国際化社会に対応して、英語の会話能力?を高めること…なんだと勝手に思っていますが、まずはどんな形であっても相手とのコミュニケーションをなり立たせることが重要であり、文法なんてその次なんだと思うのですが、そこに教科の基準という壁が立ちはだかり、私のような受験英語はなんとかなるものの、英語は大嫌いな人間が育ってしまうのではないかと心から思います。でも、そんな話を英語科の嫁さんにすると「そんなふうに堅苦しく考えるからダメ」と言われ、険悪な雰囲気になります。英語の得意な嫁さんにとって、理解すること=話すことであり、今の学習形態?に抵抗はないのでしょう。一番身近な「自動化」の例だと考えています。

文法などの力が必要なのか?。それともコミュニケーションをする力が必要なのか?。そして、その力を付けるために必要な評価とはどのようなものか?。改めて目標と評価が一致しなければダメなんだと思った1日でした。