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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県の南部の中学校で社会科の教員をしています。4月より現場に復帰します。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業についてお話できる時間を確保して下さい。③可能であれば異学年学習も公開するつもりです。そちらの希望があれば事前にお知らせ下さい。mailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-08-17

何だかなぁ・・・

09:29

お盆休みといっても、息子は部活の遠征があったりして家族で休みが取れないため、家で2学期の仕事を少しつづして暮らしています。また、普段より少し時間があるため、テレビやネットを眺める時間もありました。

以前から感じていましたが、事実?(もしかすると、事実でもないのかもしれませんが・・・)の一部のみを切り取り非難するような記事がやたらと多い。おまけに、その事実かどうか分からない記事に感情的なコメントする人たち・・・。正直、何だかなぁ~と思ってしまいます。自分の意見を主張したいのであれば、きちんと調べてから言えば良いのに・・・。自分の感情の赴くまま、匿名性という「隠れ蓑」を利用したコメントは単なる自己満足です。こういうものを見ながら育った子どもたちは・・・なんて思うと、非常に心配になります。

しかし、これは何もネットに限ったことではありません。例えば、生徒を看取る力がない教師は、ある生徒に「○○は××だから」とレッテルを張り、色眼鏡で見ることはないでしょうか?。生徒たちは、自分が教師にどんな見方をされているのかなんてすぐに見抜きます。自分のことをきちんと見てくれない教師に対して心を開いてくれる訳がありません。

だからといって、1人の教師が全ての生徒の姿をきちんと看取れるとは思いません。少なくとも、私にはそんな力はありません。だから、生徒に助けてもらうのです。私たちより仲間の良さをきちんと看取れる生徒がいます。誰かに認められているという安心感が生徒の成長を促します。たとえ、それが教師でなくても良いと思うのです。

学び合い』は方法論ではなく「考え方」です。

学び合い』は放任ではなく「義務と権利がきちん位置づけられた民主的な学習」です。

学び合い』において、教師のすべきことの多くは「授業中」にあるのではなく「授業が始まる前」および「日常の学校生活の中」にあります。

学び合い』は「やらされている学習」ではなく「生徒自らが見通しを持って主体的に学ぶ学習」です。

・・・なんて言っても分かりませんよね(大汗)。でも、そういうものだと私は思っています。だから、聞かれたことに対してはキチンと説明をし、結果を残して行かなくては・・・と思います。

ただ、今まで私が大事だと思っていた「結果」も、あんまり大事じゃないんだよなって最近は思うようになりました。この辺についてはまたどこかで触れたいと思います。