Hatena::Groupmanabiai

(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-06-05

共通認識

19:16

「静かに話を聞きなさい!」と教師が生徒に注意した時に「どうして先生の話を静かに聞かなきゃいけないんですか?」と生徒に聞き返されたら、みなさんは何と答えますか?。

教師の話を静かに聞くのが『当たり前』だ!」なんて説明では生徒は納得しません。逆に「どうして当たり前なんですか?」って聞かれるかも知れません。「そんな事を言ってくる生徒はいない」という意見もあるかもしれませんが、言わないだけで心の中では思っている生徒もいるかもしれません。

つまり、教師が発した言葉を生徒が素直に受け入れるためには、教師と生徒の間で共通認識(合意)がなければダメなのだと、最近特に感じます。

今日、1年生のあるクラスでお説教をしました。最近学習が停滞してるのが明らかに分かる状態でしたので、ここら辺できちんと軌道修正が必要だと思っていました。

かといって、いきなり怒るとかではありません。「皆さんの学習のペースも速くなってきたので、全員が課題クリアする時間を繰り上げます」と言って学習をスタートさせます。学習が停滞しているので、経験上、クリアする時間が早まれば、能力の高い生徒は困っている生徒を置き去りにするケースが増えます。能力の高い生徒が自分の学習だけになると、苦手な生徒はさらに分からなくなります。学びが高まっているクラスでは「ねえ、教えて」という声が飛び交いますが、学びが停滞しているクラスでは、その声も出ません。これも、今までの経験上、明らかです。

案の定、時間になってもクラスの3分の1もクリアできない状況になっていました。そこで私はこんな話をします。

「あのさ、今日の学習を見ていると、半分の人は一生懸命やってるんだよね。でも、半分の人は適当にやってる。適当にやっている人の半分は自分のことだえ考えている人。自分がクリアしても、困ってる仲間を放っといてる。そして残りの半分は、分からないに「分からないから教えて」って言えない。困っているのに助けてって言えないのは、手を抜いているのと同じだよ。困っている仲間を放っとく人や困ってるのに「困ってる」って言えないクラスで何が起こるか分かる?。仲間はずれや陰口、いじめなんだよ。みんなはそんなクラスにこのクラスをしたいですか?。もし、そんなクラスにしたくないって思うのなら、今日の授業は残り〇〇分あります。クラスの全員が「本気」で学んで、全員のクリアを達成して下さい。では、どうぞ」

この後の生徒の動きが私が話をする前より数段良くなっているのはよくお分かりだと思います。そうなる理由は、生徒にとって「誰かを見捨てることは、自分にとってもクラスにとっても良くないこと」という共通認識があるからです。その意識に訴えることで、停滞している学びを修正できると私は思っています。

「お前たち何やってるんだ!。もっと関わり合え!!」なんて言った所で、そうすることが自分たちにとって必要であるという認識がないかぎり、その場しのぎの学びになるのでしょう。生徒は日々成長しています。もちろん、学びが後退したり停滞することもあります。そんな時、私たちがどんな願いを持っていて、その願いが生徒との間で合意されていることが大事なのだと思います。また、これは所謂、生徒指導にも言えることだと私は思っています。