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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-02-23

やるべきことをきちんとやる

14:02

来月、長野市内の小学校で授業をさせて頂くことになりました。11月に行ったR小・中の出前授業が今年度最後だと思っていたのですが、幸運にも現場に戻る前にもう一度授業をさせて頂く機会を得ることができました。

小学生だろうが中学生だろうが高校生だろうが『学び合い』の考え方を大事にしながら授業することに変わりはありません。授業で求めることは何か?。ここをぶらさないように授業をさせて頂ければと思っています。

論文も学会発表の準備も佳境になっています。でも、やるべきことにやるべきことができる教員でありたいと思っています。あと、結果も出したいと思います。

2017-02-16

…やっぱり教師なんだね(笑)

11:11

意味不明なタイトルでスミマセン(汗)。

昨日、嫁さんに言われました。詳しいことは書けませんが、私が話をしていてスイッチ(?)が入るポイントが「生徒に関する話」だってことなんだと思います。

生徒の姿が具体的にイメージできると「よ〜し…やってやるか‼️」ってテンションになります。まあ、それだけ学校という場所が好きなんでしょう(笑)。

大変だったことは星の数ほどあります。でも、学校に行きたくないとかクラスに行きたくないとか思ったことは今まで1度もありません。だって、行きたくない学校やクラスになってるとすれば、そうしてるのは自分自身ですから。そんな学校やクラスにするつもりは微塵もありません。

今までM先生のもとで『学び合い』の空気をお腹いっぱい吸わせて頂きました。今度はそれを現場に還元する番です。何となくワクワクします(大笑)。また、年度末までに論文以外にもうひと仕事させていただけるかもしれません。もちろん答えは1つです。

「はい❗️。よろこんで‼️」

2017-02-14

リア充

17:37

「〇〇と××ってリア充なんだって」

「ふ~ん。じゃあ、△△と□□ってどうなの?」

息子たちがそんな話をしていたので「リア充って何だよ?。ギザ十(の方が分からないか・・・)の親戚か?」と今頃になって聞いた私(汗)。

「え~!。お父さん知らないの?。リア充ってリアルに充実ってことだよ」

「リアルに充実?。何が充実してんだ?」

「だから、両思いで付き合ってるんだよ」

「ふ~ん。じゃあ、両思いならリア充ってことか?」

「うん」

「でも、充実ってことは何も恋愛だけじゃないよな。勉強だって運動だって充実してるって事があるんだから、そういう時も『リア充』って言うのか?」

「ううん。リア充って言えば多分、恋愛の時だけだよ」

「何で恋愛の時だけなんだよ。恋愛だけが充実の対象なのか?。それっておかしいじゃん」

「そんなこと言われても・・・」

こんな会話をして息子たちを困らせた私(大汗)。でも、その時は素直にそんなことを思いました。そしてその時「あ~、こういうことなんだな・・・」って思ったことがあります。

アクティブラーニングでもカリキュラムマネジメントでもいいのですが、そういう話が出てくると「それは基礎・基本ができてからの話で、それがないのに自分たちで考えて学習するなんて無理だ」という反応が必ずあります。

ここで言う基礎・基本とは何でしょうか?。所謂「読み・書き・計算」だとすれば、その「読み・書き・計算」がどこまでできていれば基礎・基本ができていると言えるのでしょうか?。例えば、テストで80点以上取れれば身についたという基準があったとすれば、クラスのどのくらいの子どもが基礎・基本を身につけたことになるのでしょうか?。また、いつになったら自ら考えて学ぶ経験をさせるのでしょうか?。

自分は精一杯指導した。でも、子どもたちには身につかなかった。だから自分で考えて学習する経験をさせられなかった。

これで許されている現状はないでしょうか?。テストや試験のために学ぶ授業には意味はありません。使えるものであればインターネットでも計算機でもスマホでも仲間でも使えばいいのです。大事なことは、困難な状況を乗り切る手立てを身につけることです。テストでは何も見られないじゃないかという意見の方もいるでしょう。しかし、テストを受けさせることが生徒が学ぶ目的でしょうか?。学ぶ本筋を間違えると、先ほど例に挙げたリア充のような状況が生み出されるのだと私は思います。

「何のために学ぶのか?」「全ての生徒のために何が必要なのか?」にとことんこだわれば、今までの授業についての考え方に違和感を持つ先生方が増えるような気がします。

strongmind222strongmind2222017/02/14 17:48共感します。
「何のために学ぶのか」や、「その人にとって本当に必要なことはなんなのか」ということを考えることを抜きにして教壇に立つことはできませんでした。
それを子どもたちに考えてもらえるようにするには、キャリア教育が必要だなぁと感じています。

iku-nakaiku-naka2017/02/15 14:48strongmind222さん
コメントありがとうございます。実は、嫁さんが学校でキャリア教育の係主任をやっているのですが、『学び合い』の話になると会話が全然噛み合いません(汗)。子どもたちに求めていることは同じだと思うのですが・・・。なかなか大変です(大汗)。

2017-02-13

思っていることはいつも同じ

22:48

ちょうど1年前に書いた学級通信にこんな事が書いてありました。

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 先ほども言いましたが、大事なことなので繰り返し言っておきます。クラス全員が合格するまでウチのクラスとしての「受験」は終わりません。つまり、日々の学習をいい加減にやることを許される者は1人もいないということです。「頑張って」という言葉は大事です。でも、クラス全員が日々の学習に真面目に取り組むことの方が、今の皆さんには必要だと先生は思います…。

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公立の前期試験が終わった後で、クラス全体が何となくフワフワしている感じでしたので、クラス全員に気合いを入れるつもりで書いたと思います(多分)。

まあ、分かりやすい性格の人間ですので、生徒に求める事はいつも同じです。だから生徒は同じ方向を向いて進んでくれるのだと思っています。

テクニックは所詮テクニック。テクニックの根っこの部分を太く、そして強くしなければ・・・なんて思いました。精進します。

2017-02-12

目指す「集団」

16:56

本日は、息子の所属しているスポ少の卒団式がありました。とても良い会だったと思います。卒団する子どもたちに対して、監督さんは1人1人の成長を具体的に述べながら、その頑張りを認めて下さいました。1人1人の選手を大事にして下さっていたことがよく分かりました。運動能力的には差があったと思いますが、全ての選手を試合に使い、チームとして結果を残す努力を求めて下さいました。

6年生の中で途中で辞めたいと言った選手は1人もいないと聞いています。たまたま仲の良いチームだったのかもしれません。でも、選手も保護者も1つの目標に向かって頑張ろうとする気持ちが見えるチームであったことは間違いありません。会の中で流されたスライドを眺めながら、勝って喜び負けて悔しがっていた息子たちを思い出しました。

「本当に良いチームだったな」

そう思いました。また、卒団する6年生全てが中学に行っても野球を続けるそうです。このチームで経験したことが、中学校で野球を続けようと思うきっかけになっていると思います。

素晴らしいチームに所属していたのだと思います。また、こんな集団を育てることが、4月から私のやるべき事だと感じます。もちろん、最初から上手くいくとは思っていません。でも、思いは伝わると信じ、1人も見捨てない集団を育てる努力をしたいと思いました。

2017-02-11

機械が人間を超えたら人間はいらない・・・

11:28

・・・まあ、そういう面もあります。

日々の生活の中で必要な機械はたくさんあり、私もかなりお世話になっています。でも、それは人間が機械をコントロールできているという認識の上で成り立っています。

しかし、最近は、機械に人間が踊らされてはいないでしょうか?。

匿名性という隠れ蓑を使って、SNSに乱暴なコメントをする人

メールやLineの返信の有無で、友人関係を確認する人

面と向かって話をすることなく、文字面だけで相手の気持ちを考える人

これって、機械が解決してくれるでしょうか?。

機械が救ってくれるでしょうか?。

別に、機械が嫌いなわけじゃないです(まあ、アナログ人間ではありますが・・・)。でも、危なっかしさを感じるのは私だけでしょうか?。機械を有効に活用できる人間を育てるのは人間です。そして、学校はその責任の一翼を担っているように思います。

難しいことではありません。集団の中で自分の意見を述べ、相手の気持ちを聞きながら課題を解決する課程を学べばいいのです。失敗することも上手くいかないこともあるでしょう。でも、それだって人間だからできることです。もちろん成果を求めます。でも宇様曲折しながら進んでいくプロセスを認めてあげることも大事だと思っています。

「メールする時間があるんなら、面と向かって話しろよ。その方がずっといいはずだぞ!」

こんな話を生徒とできる教師でいたいなぁ~って思います。

scorpion1104scorpion11042017/02/11 21:27不思議なものですね。どんなに憤っている保護者でも、最後の最後まで話を聞いていって、何も言葉が出なくなったらすこーし、気分が変わってもらえますね。面と向かっては、私も大事だと思います。

iku-nakaiku-naka2017/02/12 16:45scorpion1104さん
コメントありがとうございます。同じ事を言うのにも、電話より面と向かって伝えた方が結果が良かった気がします。もちろんケースバイケースなのでしょうが、相手の顔を見ながら自分の気持ちを伝えられる生徒に育って欲しいと私は思っています。

2017-02-10

あと10年若かったら・・・

17:35

「自分がもう10年若かったら・・・」

こんなフレーズ聞いたことありますよね?。その多くは「若ければもっとできるのに」っていう自己弁護(?)で使われることが多いような気がします。もちろん、体力的なことで言えば、若い時の方ができたことは多かったように思います。でも、年齢を経るにしたがってできることもあります。それが当たり前です。

もし、自分の仕事の出来不出来を年齢のせいにする(・・・そんな人はあんまりいないと思いますが)のであれば、それは自分で何でもやりたい人か「力」で集団を動かしたい人なのかもしれません。

「俺がもし20年若ければ、このドアを蹴破ってお前を引きずり出すだろう。でも、俺も少しは賢くなった。もしそんなことをしても、お前はまた心のドアを閉ざしてしまうだろう。そんなことをしても意味がないってことを俺は知っている。だから、俺は待つ」

有名な教師ドラマの一節です(多分)。4月から、私は現場に戻り、若い人のやっていることを「やってみれば?」と言いながら見ているのでしょう。そして、多分「その活動は、全ての生徒のためになるの?。卒業した後の生徒のためになるの?」と問い続けるのでしょう。

何のために自分は教壇に立ち、生徒と対峙しているのか?。

そんなことが同僚の先生方に伝えられるような仕事をしたいと思います。・・・いや、そういう仕事をしなければならないのです。

2017-02-07

疲れます・・・

21:52

昨日はN高専の授業を参観させて頂きました。ウチの全体ゼミに何度も参加して下さっているK先生の数学の授業でした。お恥ずかしい話ですが、高専の授業が90分だってことを、授業が始まる直前に知りました(大汗)。高校生が90分の授業なんて大変なんだろうな・・・なんてちょっと思いながら参観をさせて頂きました。

一斉授業しか知らなかった頃、授業参観は正直苦痛でした。理由は参観する目的がなかったから。そして、自分の目の前で行われている授業が「非日常の授業」であることを知っていたからです。持ち帰って自分でできるような授業ではありません。そんな授業を参観したところで意味ないじゃん・・・。声には出しませんでしたが、正直そう思っていました。

教員になって5年目くらいからはできるだけ授業をつまらなそうにやっている生徒を追うようにしました。そんな生徒が授業に参加して頑張るようであれば、何か真似るべきことがあるんじゃないかと思ったからです。・・・多分、授業者の先生にとってかなりイヤなヤツだったと思います(大汗)。

学び合い』を知ってからの授業参観は疲れます。その理由は授業の最初から最後まで自分の目と頭を使っているからです。

「自分なら、この授業の課題はどうするんだろう?」

「今の状況で、自分ならなんて声をかけるんだろう?」

「あの生徒は、どんなことを考えているんだろう?」

「自分だったら、授業の最後に何て言うんだろう?」

そんなことをずっと考えています。言い換えると、自分は参観者ではあるのですが授業者になっている感覚です。だから、ぼ~っとしているヒマはありません。なので、授業後は疲れます。昨日の高専の授業は90分だったので、本当に疲れました。でも、とても勉強になった1時間でした。

ただ見ていても学べません。そういう意味で『学び合い』の授業参観はとても勉強になると私は思っています。K先生、本当にありがとうございました(深々と礼)。

bbcsuzukibbcsuzuki2017/02/08 07:30先日はみなさんの働きかけでN高専の授業参観ができ、ありがとうございました。午前中K先生の授業を一人で参観していた時よりも、午後のみなさんが来てからの参観のときの方がこちらのスイッチがもう一段入って参観していたように思います。参観後可能であれば、みなさんと意見交換したかったのが残念でした。みなさんが戻った後、N高校のM先生、授業者のK先生と私の3人であーだこーだ話して、お互いの問題点や意識などを共有することができました。また今度先生の話もじっくりと聞かせてください。ありがとうございました。

iku-nakaiku-naka2017/02/08 16:18bbcsuzukiさん
コメントありがとうございます。そして,昨日はご苦労様でした。私も先生方と意見交換できれば良かったと思っています。どの校種であっても私たちが求めるべき物は同じであると改めて感じました。またお話できたらと思います。

2017-02-06

誰かの助けになりたい

20:50

群馬の会でお話しした方から授業について相談を受けました。

1回しか会ったことのない人間にわざわざ連絡をしてくると言うことは、その先生の置かれている状況が切迫していることを示していると思っています。その先生の授業を見たことはありませんが、先生のお話をお聞きして、クラスの苦しい状況はよく分かります。私ができることは、自らの経験を元に「1人も見捨てない」ことの大切さと生徒に何を語るのかをお伝えすることでした。

私がお話しさせて頂いたことが、その方の手助けになるのかどうかは分かりません。でも、明日からの授業が少しでも好転してくれることを心から祈りたいと思います。

私は今まで、本当にいろいろな先生方に助けて頂きました。そして、今年はウチの優秀なゼミ生にも助けてもらっています。そして今度は、私の番です。

私も、誰かの助けになりたい。

2017-02-05

群馬の会(その2)

20:56

学び合いの会でN先生のお話は今まで何度も聞いてきました。今回のお話はその中でも特に印象に残る内容でした。話を聞いていると、N研のある方の顔が思い出されました。現実から目を背けず、本気で1人も見捨てないことを願って調査をされたことが、N先生のお話から伝わってきました。

私には、目を背けてはならないことでも、自分に言い訳をしながら見て見ぬ振りをしてきた過去があります。自分のクラスの不登校生を最後まで救えなかった。中学卒業後の進路についても、その道筋を示すこともできなかった。現実を見なければラクになれた…その時だけは。おまけに、自分だけが頑張ったところで、状況は何も変わらないんだとか小学生の時から不登校だったんだから…と自分に言い訳をして。

卒業してしまえば、生徒との関わりは無くなります。でも、生徒の人生は卒業してからの方が長いのです。生徒が生きて行くために必要な力をつけさせるのは、私たち教師の義務です。どんなに苦しくても、生徒の幸せを願うのなら、現実から目をそらしてはならない。改めて感じたことです。

私ができることは、『学び合い』の考え方のもとで生徒を大人にすること。言い換えれば、1人も見捨てないこと。そのために、職員をチームにすること。4月からやるべきことが見えてきました。今まで以上「みんなで」を大事にしながら教師としての職責を果たしたいと思いました。

群馬の会

08:25

群馬の会に参加しました。今回は発表もあり、とにかく伝えたいことを伝えようと思って参加しました。また、ウチのゼミ生がいろいろなものを吸収してくれればいいと思っていました。

私の発表が終わった後、ウチのゼミ生が「私は先生の発表を聞いて泣きそうになりました…」と言ってくれたので、私が伝えたいことは何とか伝わったような気がします。

また、4月からの自分の立ち位置?についてもいろいろな先生方にアドバイスを頂き、何となく方向が見えたような気がします。

また1つ行事?が終わりました。次は…投稿論文と学会用のパワポ作らなきゃ(大汗)。

kuro106rakuro106ra2017/02/06 20:24大変お世話になりました。
「削ってもいいんじゃない?」と言う言葉に、かなり救われました。
さっそく今日は教室から風化してしまって掲示物を一つ外しました。子どもたちにも事情を説明して、理解してもらいました。

ブレない軸を、自分自身の中に見出したいです。

iku-nakaiku-naka2017/02/06 20:52kuro106raさん
コメントありがとうございます。『学び合い』の考え方の中では「削る」はキーワードの1つですから。必要な物を残そうとすると、本当に大切なものが見えてくる・・・なんて思っています。・・・ちょっと格好良すぎかな?(笑)。

2017-02-02

過去は変えられる

20:40

以前、『学び合い』を実践されている方から聞いた言葉です。

最初に聞いた時、正直「は・・・???」って思ったのですが、最近は妙に納得できます。

言い換えれば、過去が変えられなければ未来など変わらない・・・ということでしょうか?。

もう少し具体的な話ができれば良いのですが、自分も感覚的というか、何となくなので・・・(汗)。

きちんと文章にできるようになったらしたいと思っています。

2017-02-01

宣伝します・・・

17:19

今週末に行われる『学び合い』群馬の会でお話しさせて頂くことは、以前このブログにも書かせて頂きました。限られた時間ですので、自分が今話したいことを話そうと思い、準備の方を進めています。

発表の内容は、ひとことで言えば、私のプチ自慢です(笑)。多分、この意味は当日、会場で私の発表をお聞きになれば分かると思います。「みんなで」を常に求めると、生徒がどんな風に変わるのか?。当日の発表でそんなことが伝わればいいなぁ~って思いつつ、パワポの準備をせっせとしています。

でも、会に参加する方の中には「じゃあ、授業はどうやって進めるの?」って思う方もいると思います。『学び合い』はもちろん考え方ですが、やはり方法も知りたいと思うのが人情だと思います。私も『学び合い』の考え方で授業を始めた時は結構困りましたし、色々な方に聞きまくりました。

ですので、フリートークの時間に、私が実際に使った資料をお見せし、『学び合い』の授業を流れについて説明しようかなって思っています。もちろん、『学び合い』に関する質問についても、私の分かる範囲でお答えしたいと思っています。さらに、もし資料を持ち帰りたい方がいらっしゃれば持ち帰れるよう、部数もある程度用意します。

てなことで、万全の準備をして当日を迎えたいと思っています。会に参加される皆様、よろしくお願いいたします(深々と礼)。