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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-01-30

教師の仕事

20:23

人工知能の発達で、人の仕事がどんどん機械化されていくという話をよく聞きます。確かに、自分の周りを見渡せば、その意味が分かるような気がします。

知識を伝えるということだけであれば、近い将来、教師の必要性はなくなるかもしれません。必要な知識を必要な時に手に入れるなんてことは、今でも可能です。それも無料で。下手な教師よりも上手に教えてくれるソフトもあると聞きます。しかし、それは知識の伝達という意味であればという前提です。

人工知能は、人との関わり方を教えてはくれません。

人工知能は、人の心の痛みを教えてはくれません。

人工知能は、夢の持ち方を教えてはくれません。

人工知能は、努力する大切さは教えてはくれません。

教師知識の語り部である限り、その代わりはいくらでもいるのです。だから、そういう意味で教師は必要なくなるかもしれません。しかし、それ以外の役割で教師としてやるべき事は山ほどあるはずです。

授業や知識が必要ないとは言っていません。しかし、本当に大事な事が何かを見失うと、教師としての存在意義はなくなってしまうと思います。

「先生のクラスの時はめちゃくちゃ怒られた。でも、その意味は今になって分かるような気がする・・・」

卒業生の言葉です。卒業生には同じようなことをよく言われます。この言葉は、私にとって勲章です。私がその時、教師であった証だと思うのです。