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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県南部の中学校で社会科の教員をしています。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業(『学び合い』)についてお話をする時間を確保して頂けるとありがたいです。③必要であれば異学年学習の公開も可能ですので、希望があれば事前にお知らせ下さい。連絡をする際のmailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-01-30

教師の仕事

20:23

人工知能の発達で、人の仕事がどんどん機械化されていくという話をよく聞きます。確かに、自分の周りを見渡せば、その意味が分かるような気がします。

知識を伝えるということだけであれば、近い将来、教師の必要性はなくなるかもしれません。必要な知識を必要な時に手に入れるなんてことは、今でも可能です。それも無料で。下手な教師よりも上手に教えてくれるソフトもあると聞きます。しかし、それは知識の伝達という意味であればという前提です。

人工知能は、人との関わり方を教えてはくれません。

人工知能は、人の心の痛みを教えてはくれません。

人工知能は、夢の持ち方を教えてはくれません。

人工知能は、努力する大切さは教えてはくれません。

教師が知識の語り部である限り、その代わりはいくらでもいるのです。だから、そういう意味で教師は必要なくなるかもしれません。しかし、それ以外の役割で教師としてやるべき事は山ほどあるはずです。

授業や知識が必要ないとは言っていません。しかし、本当に大事な事が何かを見失うと、教師としての存在意義はなくなってしまうと思います。

「先生のクラスの時はめちゃくちゃ怒られた。でも、その意味は今になって分かるような気がする・・・」

卒業生の言葉です。卒業生には同じようなことをよく言われます。この言葉は、私にとって勲章です。私がその時、教師であった証だと思うのです。

2017-01-29

誰にとっての授業なのか?

17:57

自分が今ままで受けてきた授業の全ては所謂、一斉授業でした。中学校の時は市内でも1番大きな学校で、その上かなり荒れていました(多分)。なので、例えば理科で実験をさせてもらった記憶がありません。実験の時は全員が前の机の周辺に集められ、教科担任の先生が行う実験を眺め「いいか、こういう結果になるんだぞ!。テストにも出すから確認しておけよ!!」って感じでした。教科担任の先生にしてみれば、生徒に実験をさせて、もしケガでもされたら大変だ・・・という意識があったんだと思います。今考えると、ガラスとかも結構割れてた記憶もあります(大汗)。

私はそういう授業しか知りませんので、そういうもんだと思って生きてきました。そして、先生方の多くは一斉授業(または一斉指導的な授業)にフィットし、結果を残してきた方々だと思います。言い換えれば、それしか選択肢がなかったということです。

だから、多くの先生方が自分の記憶をたどりながら、一斉授業の中で自分が楽しかった授業やためになった授業を参考に自分の授業を組み立てるのだと思います。だって、それしか知らないのですから。『学び合い』に関してまだまだ否定的な意見が多い理由もよく分かります。よく驚かれるのですが、そんなことを言っている私も、実はバリバリの『学び合い』否定派だったのです。では、一斉指導しか知らない、『学び合い』を否定していた私がどうして今『学び合い』なのかと言えば、授業は生徒にとって有効かどうかが全てであり、その基準になるのはあくまでも生徒の姿だと思っているからです。

私が最初に『学び合い』の授業を参観したのが今から10年前。S県の小学校の社会科の授業でした。お亡くなりになったS先生の授業でした。教師のいない空間で、中学生より遥かにレベルの高い話し合いが途切れることなく進んでいく。私にとっては「????」でした。その「?」を解決するために、私は授業終了後、いろいろな児童に聞きまくりました。

「どうしてそんなに勉強するの?」

「先生がいなかったら、サボろうとか思わない?」

「勉強しないと先生に怒られるの?」

今思えばかなり恥ずかしい質問です(大汗)。その時の子どもたちの「この人は何を聞いるの?」的な表情が今でも忘れられません。「自分たちは自分たちで学ぶ場所と方法を選択して勉強しているだけなんだけど・・・」。子どもの表情からはそんな気持ちが見て取れました。

自分の授業について生徒に意見を聞くことは正直怖いです。でも、そういう合意がなければ、本当の意味での自主性や責任感は育たないと私は思っています。

昔、ある学校でなかり大きな研究授業をやったことがあります。それも完全な『学び合い』で。指導主事の先生とは何度も衝突し、最後には「頼むから普通に授業をして下さい」と言われました。しかし「普通の授業って何ですか?」と突っぱねました・・・今思えば若気の至りです(笑)。予想通り、授業後の反応は結構厳しいものがありました。しかし、教科の中でも一目置かれる重鎮の先生方は一切発言をしませんでした。普段の研究会ではかなり厳しい指摘をされるのを知っていたので、最初は「呆れられたかな・・・」なんて思ったのですが、後になってその理由が分かりました。その先生方は授業が終わってからウチのクラスの生徒たちに授業についていろいろ聞いたそうです。「自分たちで考えて勉強ができるから楽しいです」という生徒の反応に納得され、研究会で発言をされなかったのだと私は思いました。

教師がどんなに授業をこねくり回しても、受けている生徒が納得していなければ意味がない。だからこそ、生徒との合意が必要であり『学び合い』ではそれができると思っています。

2017-01-26

そんなあなたに わたしもなりたい(その2)

16:47

自分が良いと思っても、強い意志がなければ何時間もかけて授業を参観に行くことは希だと思います。

良い授業を参観しても、強い信念がなければその授業を継続してやり続けることは希だと思います。

さらに、自分が良いと思った授業観や学校観を持ち続け、自分の学校を変えることも希だと思います。

お会いしたのはたった1回だけです。もちろん、私の授業を見て頂いたのも1回だけです。でも、その授業がある中学校の理念を作るきっかけになったとすれば、ありがたいことです。

強く念じて諦めなければ道は開ける。

そんなあなたに わたしもなりたい。

2017-01-25

お前はそうやって生きて行くのか?

16:48

元明治大学ラグビー部監督の北島先生の言葉です。

北島先生と言えば「前へ!」というフレーズが有名ですが、私は上に載せた言葉(名言?)の方が好きです。ある試合で大柄な自チームの選手が小柄な相手チームの選手のタックルをいたずら心を持ってかわした事に対して、戒めの意味を込めて言った言葉であると聞いています。

相手が一生懸命なのに、相手をあしらうようなプレーで良いのか?。プレーはお前の心のそのものだ。お前はこれからもそうやって、相手をあしらって生きて行くのか?

そんなことを北島先生は言いたかったのだと私は思っています。

ここ数日、ある作業を進めています。年度当初には予定に入っていなかったことです。あと2ヶ月で終了するのかどうかと言えば微妙です(汗)。大学に関わる方であれば、そんなことは当たり前なのかもしれませんが、勝手が分からない私にとってはある意味「賭け」です(大汗)。

「まあ、そうは言ってもやらなくてもいいんじゃないかな・・・」

正直、最初はそう思いました。年度当初に計画したことはほぼ終了しています。少なくとも、県教委から求められているレベルのことはクリアしていると思っています。「これでちょっと時間ができるから、のんびりするか・・・」なんて思っていました。

でも・・・

お前はそうやって生きて行くのか?。

言われたことだけやって生きていくのか?。

できることをやらないで生きて行くのか?。

それでいいのか?。

それで生徒たちはお前を信頼してくれるのか?。


そう考えた瞬間、パソコンに向かって作業を始めていました。

生徒に求めることは自分自身にも求める。そして、そのレベルは生徒に求めるものより高くなくてはいけない。

考えてみれば当たり前のことでした。とにかく、あと2ヶ月頑張ります。

2017-01-24

イメージする

11:41

今朝、M先生のブログを見ながら「そうだよな~」って思いました。

書店に行けば、アクティブラーニングと名の付く著書が山ほどあります。また最近は、カリキュラムマネジメントと名の付く著書も多くなってきていると思います。新学習指導要領への移行に向け、教育現場の意識(危機感?)が高まっているのを感じます。

しかし、ただ方法を追うことにあまり意味はありません。「何をどうすればいいのか?」から入ると、その多くが失敗するか「まあ、大丈夫だろう・・・」という変化を伴わない自己完結に終わります。私は過去に、総合的な学習の導入の際、そんな大失敗をした経験があります。活動の目的(意味)がイメージできないのに「方法」を考えても意味はありません。

新学習指導要領において、アクティブラーニングは「目的(ねらい)」でありカリキュラムマネジメントは「方法」だと私は思っています。しかし、実際は両者を別々の「方法論」だと思っている教員が多いのではないでしょうか?。

両者を「方法論」だと考えれば「自分はやっているから大丈夫」という意識になるのも無理はありません。

①あなたは(あなたの学校)は、教科学習を含めた教育活動の中で、課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び(または学習者の能動的な学習による認知的・倫理的・社会的能力・教養・知識・経験を含めた汎用性能力)を身につけるためにどのような手立てを講じていますか?。

②またその手立ては職員間で共有され、その都度手立ての達成度についてチェック(PDCAサイクル)を行い、足りない部分の改善を行っていますか?。

③手立ての達成度について生徒の姿を含めた明確な基準を設けていますか?。

④その手立ては全ての児童生徒にとって有効ですか?。

このくらいの質問に対して「本校では・・・」と具体的な根拠を添えながらスラスラ言えるのであれば「ウチはやっています」でも良いのかも知れません。おそらくそんな学校はないと思います・・・。

①~④を見ると「また何か新しいことをやらなきゃいけないのか?。そんな時間的な余裕がどこにあるんだ!」って声が聞こえてきそうです。多分、私が現場にいれば間違いなくそう言うでしょう。時間的な余裕など現場にないことは明白です。しかし『学び合い』の考え方があれば、その問題を随分軽減できると私は思っています。

・・・で、問題なのは、このことを4月から現場に戻ってからどう説明し『学び合い』の考え方を広めていくのかって事です。やはり、作戦が必要そうです。

2017-01-23

2ヶ月後には・・・

12:16

研究室で論文の作業に邁進しています(笑)。

「来週の個人ゼミで論文が脱稿になればいいな・・・」

「でも、他にやらなきゃいけないこともあるし・・・」

「とにかく1つ1つ片づけなきゃ・・・」

「また雪が降ってきた・・・」

「お腹空いたな・・・」

・・・などという妄想に浸りながら仕事をしています。

M研に入れて頂いて10ヶ月。2ヶ月後には現場に戻り1年前と同じような生活をするのだと思います。年齢的に言えば、おそらく何かの役職が就くでしょう。学年主任、研究主任、生徒指導主事・・・多分、教務主任はないだろう(笑)。

新しい職場に行けば「大学で勉強してきたんだって?」という話からいろいろなことがスタートすると思います。こちらが何も言わなくても、周囲はきっとそういう目で私を見るでしょう。今まで、自分が周囲からどう思われているかなんてあまり気になりませんでした。どちらかと言えば、私と生徒との関係がメインで、一応、周囲に気は遣っていましたが、同僚との関わりは必要な時に適宜やればいいくらいだったと思います。

しかし、それではいけないことがこの1年でよ~く分かりました。クラスだけをマネジメントしていれば良い時期はすでに終わっています。もっと大きな集団を『学び合い』という考え方をもとにまとめていくには・・・と思いつつ、論文作成の合間に『学び合い』の本を読み直しています。

目標を定めプロセスは任せる。そして最後に評価する。これはどこでも言えるはずです。4月からの新しい環境に思いをはせながら準備を進めたいと思います。

2017-01-22

そんなあなたに わたしもなりたい

12:28

あなたがそこにただいるだけで

その場の空気があかるくなる

あなたがそこにただいるだけで

みんなのこころがやすらぐ

そんなあなたに わたしもなりたい

             相田みつを

そんなあなたに自分はなれているのだろうか・・・?。

本日、研究室の窓から長野の雪景色を眺めながら、何となくそんなことを思いました。

合同ゼミ

09:27

雪で開催が心配されましたが、今年度2度目の合同ゼミを無事行うことができました。N研のみなさん、そしてK研のみなさん、雪の中ありがとうございました。そして有意義な時間を過ごすことができて楽しかったです。

私が越後の会でN研の方に合同ゼミのお話をした時、正直こんなに上手くいくとは思っていませんでした。『学び合い』の考え方のように、うちのゼミ生にも多様な人たちと関わって欲しい。それも『学び合い』という共通の考え方を持った人たちとたくさん話したり、同じ年代の人たちが抱えている悩みや話題で盛り上がったり(?)して欲しい。そんな願いを持っていましたが、私が思っていた以上の成果があったように思います。合同ゼミの後の懇親会では、『学び合い』の話はもちろん、授業や教師という職業について、子育てについて、さらには恋愛や結婚に関する話など、本当にいろいろな話題で盛り上がっていました。やっぱり「案ずるより産むが易し」でした(笑)。

合同ゼミでは授業の課題作りと模擬授業を行いました。私は小学校社会科の担当でしたが、以前、出前授業をしたことのある単元だったので、今回はオブザーバーという立場で参加しました。グループの方のお話をお聞きしながら、自分が当たり前だと思っていることが当たり前ではないということに改めて気づきました。自分の思考は完全に『学び合い』になっていますので、それ以外の方法(?)は無意識に排除しているようです。なので『学び合い』の授業をされたことのない学生さんの意見を聞いていると「あ~そうだよな・・・」と思うことがたくさんありました。ですので、今回の合同ゼミは私にとっても有意義な時間となりました。是非、来年度以降も継続して欲しいと心から思います。

終わってしまえばあっという間です。M先生のもとで過ごせる時間も残りわずかとなってきました。投稿論文と学会発表の準備、あとは群馬の会に向けての準備を進めたいと思います・・・。

jun24kawajun24kawa2017/01/22 10:34ゼミ生がお世話になりました。
ありがとうございました。

iku-nakaiku-naka2017/01/22 12:25N先生
コメントありがとうございます。
こちらこそありがとうございました(深々と礼)。

2017-01-20

意識の差

08:30

ここ数日は天候が安定し洗濯物も良く乾いたのですが、今日は朝から曇り空。週末は雪の予報も出ています。「また雪か・・・」なんて思っています(汗)。明日は信大で合同ゼミが行われますが、天気がちょっと心配です。

先週末は長野市でかなりの積雪でした。長野県は雪国であるという認識の方が多いと思いますが、個人的にはそうではありません。なので、急に雪が降ると困る地域が多いです。ちなみに、私の自宅がある県の南部は20㎝くらいの積雪で交通機関がストップし道路が渋滞するので、生徒や職員が遅れるってことがよくあります。

また、県内でも雪の多い地域もあります。私もそういう地域の中学校に勤務したことがあります。先週の大雪の時「そういえば、〇〇中の時は雪で困ったことなかったな~」なんてことを思いました。

その地域は、1日に50㎝くらいの積雪が普通にありました。1日に雪かきを3回も4回もしたこともあります。でも、降雪によって電車が止まった記憶も通行止めになった記憶もありません。

その理由は「意識の差」なんだと思います。雪が多く降るという認識がみんなにあるので、対策を早めにしておく。だから、実際に雪が降っても慌てずに対応できる。だからあまり困った経験がない・・・なんて感じだと思います。

自分たちが置かれている状況をきちんと認識してるのか?。

状況を改善する手立てをきちんと準備しているのか?。

その手立ては、全ての生徒にとって有効なのか?。

「そんなこと・・・」って思う方が多いと思いますが本当でしょうか?。

現場に「上乗せする」余裕などありません。文科省や教育委員会からの要求はたくさんあります。「やった振り」では許されない現状があります。そういう意味で、私たちの認識が十分かどうかといえば・・・「?」だと思います。

何事も「準備」は大切です。そして、その目的は全ての生徒の幸せだと思います。

2017-01-19

群馬の会

17:00

来月行われる群馬の会で発表をさせて頂きます。

久しぶり(5年ぶり?)に『学び合い』の会に出たのが昨年の群馬の会でした。久しぶりにも関わらず群馬の会の先生方に温かく迎え入れて頂きました。あれからもう1年が経とうとしています。

何をお話しさせて頂こうかとここ数日いろいろ考えました。その結果、今、自分が話したいことを話そう・・・なんていう当たり前の結論に至りました(汗)。所謂『学び合い』のテクニック論(?)については一切触れません。そちらは群馬の会の諸先生方やウチの優秀な4年生に任せたいと思います。

生徒たちが自分の手元を離れ、何十年後も幸せな人生を歩むために、我々教師は何をするべきなのか・・・?

内容はそんな感じです(多分)。40代半ばのおっさんが暑苦しく語ります。2月4日に群馬でお会いしましょう!!。

nome2733nome27332017/01/19 19:11いっぱいお聞きしたいことがあります!ぜひよろしくお願い致します!

iku-nakaiku-naka2017/01/20 07:57nome2733さん
コメントありがとうございます。久しぶりにお話ができることを楽しみにしています。こちらこそよろしくお願いします(深々と礼)。

2017-01-18

無題

08:31

ここ数日、長野市ではなかりの積雪がありました。私の自宅は県の南部にあり、同じ県内でも雪はそれほど振りません。なので、ここ数日の積雪にはちょっとびっくりしています。改めて長野県って南北に長いんだなって思います。また、週間予報を見ると終末も雪の予報・・・合同ゼミがちょっと心配です(大汗)。

昨日はM先生の出前授業に同行しました。おそらくM先生の出前授業に同行するのはこれで最後になると思います。県内の高校で地学の授業でした。最初は緊張気味(?)の高校生もオリエンテーションを済ませ、本番の授業を始める頃には本来の姿を見せてくれました。先生の説明を黙って聞いていることが多いであろう生徒たちが「分からな~い」「一緒にやろう」「ここってどうやって書くの?」なんて言葉を交わしながら楽しそうに学習する姿を眺めながら、これからもこんな姿が増えるといいなあ~って心から思いました。

昨日参観した高校の生徒の半数は、高校卒業後には地域の企業に就職するそうです。そんな生徒たちに「先生、就職するのに〇〇の勉強なんて必要ないでしょ?」って言われたら先生方は何て答えるのでしょうか?。また、進学校の先生方が「センター試験で必要だから〇〇の勉強は必要なんだ」って説明をしたら、生徒たちは納得してくれるのでしょうか?。さらに自らの経験から自分の担当している教科の面白さを語ったら、生徒たちは納得してくれるのでしょうか?。

まあ、分かってくれる生徒はいるでしょう。しかし、大半の生徒は「分かった振り」をするか「まあ、仕方ないか・・・」くらいの認識なのだと思うのです。生徒の人生は生徒のものであり、何が必要なのかは生徒自身が決めるべきです。教師があれこれ押しつけるべき物ではないはずです。でも、先生方はある意味押しつけていますよね?。もちろん、私もその中の1人です(大汗)。

昨日の授業を見ながら、改めて教師のやるべき事って何だろうって考えました。木を見て森を見ずにならないようにしなくてはと改めて思います。教師の価値観の押しつけは生徒のためにはならないのですから。

追伸、昨日帰宅したら次男がインフルエンザになっていました(大汗)。みなさんもお気を付け下さい。

2017-01-16

結局そういうことなんだよな・・・

13:24

研究室でいろいろと仕事をしています。外は一面の雪景色です。高速で1時間ちょっとの我が家の周りには雪はほとんどありません・・・長野県って本当に南北に長いんだなって思います(大汗)。

昨日、嫁さんと職場についてあ~でもないこ~でもないと話をしました。嫁さん曰く「最近の若い子は色々なことを知ってるし仕事もできる。パソコンの使い方なんか私なんて全然分からない事まで知ってる。でも、困った時に人に聞けない。こっちが『何か困っている?』って聞くと『大丈夫です』って返事が必ず返ってくる。もちろんこっちは大丈夫じゃないことはよく分かっている。でも『大丈夫です』って言われるとなかなか次のアドバイスができない。それが妙なプライドなのか同僚の先生方に迷惑をかけちゃいけないと思っているのがよく分からない。だからなかなか難しい」だそうです。

まあ、分からなくはないです。でも、それってどの年代にも言えることじゃないのかなって思います。私が新規採用で採用された頃は採用数が今よりずっと少なく、採用された人はその人の仕事の様子も見ずに「みんな優秀だ」って言われていました。周囲にそう言われるとなかなか「出来ないので教えて下さい」って言えないもんです。幸い、私は同じ学校に同期採用の仲間がいたので、困れば「ねえ、これってさ・・・」って聞くことができました。でも、職場に新卒の先生が1人しないない職場はなかなか大変だったなんて話を聞きます。

お互いに気は遣っているものの、相手の気持ちを理解し切れていない。それは言葉の交流がないから。人間は神様じゃありませんから相手が何をどう思っているかなんて正確には分かりません。だから、話をして相手を理解することが必要になるはずです。上手く機能している職場ってそういう部分が機能しているんだって思います。そしてそういう仕組みを作っているのは間違いなく年配の先生方です。

「最近の○○は・・・」

○○には色々な言葉が入ると思いますが、そう思う前に自分はその集団の中で何をしたのかを考えるようにしなければダメなんだと思っています。昨年度末にある若い先生から「iku-naka先生から『オレに近づくなオーラ』が出ていてちょっと恐かったです。でも、話をすればいろいろ教えて下さいました。だから、やっぱり聞くことって大事なんだなって今は思います」って言われたことがあります。確かにその時自分に余裕が全然なかったっけ・・・反省(汗)。

現場に戻れば集団を意識して仕事をする年代になります。クラスで『学び合い』の授業をしている時のように、一歩下がって集団を看取れるようにならなきゃって思います。その前に論文2本とPPTを仕上げないとですが・・・(大汗)

2017-01-15

う~ん・・・

16:55

今朝、新聞にセンター試験の問題が載っていました。

とりあえず問題を見てみました。受験生の時は得意だった「世界史」ですが、問題を見ても「・・・?????」って感じでした。一方、現代社会などは何とかなりそうでしたが、それでも何とかなりそうくらいのレベルです。

大学受験から25年くらい経ちますから忘れていることの方が多いとは思います。しかし、その時学んだこと(覚えたこと?)のほとんどがその後の生活に生かされていないことが改めて分かりました。

また、1つ1つの問題は所謂「重箱の隅をつつくような問題」であり「それを知って何か意味があるんですか?」と聞きたくなるような問題ばかりです。そんな問題を解くために膨大な知識を覚え、試験が終わったら忘れてしまう。そんな学びに何か意味があるのかな・・・と思ってしまいます。

試験は選別ですから、ある基準を満たしたかどうかを知るために必要だとは思います。しかし、今のままの試験が今後も続けば、学ぶことの楽しさを感じられない子どもはもっと増えるのでしょう。2020年から大学入試が変わるという話はありますが、最近の報道を見ていると、それほど大きな変化は期待できないような・・・(大汗)。

テストの点数が取れれば学力は高いのでしょうか?。テストの点数が取れれば幸せな人生が送れるのでしょうか?。10年後や20年後の幸せを保障してくれるのでしょうか?。

いい加減、考え直した方が良いんじゃないかなって思う自分がいます。

scorpion1104scorpion11042017/01/15 20:20賛成です。

iku-nakaiku-naka2017/01/16 13:01scorpion1104さん
コメントありがとうございます。毎年この時期は同じようなことを考えます。でも、大きな変化はありません。自分の息子が受験をする頃にはちょっとは変わってくれることを祈りたいです。
追伸、今週末に信大で合同ゼミを行います。当日は準備を整えてお待ちしております。よろしければ是非!!。

scorpion1104scorpion11042017/01/16 22:26今週末は、残念ながら九州に弾丸往復中でございます。涙

iku-nakaiku-naka2017/01/18 07:51scorpion1104さん
コメントありがとうございます。・・・それは残念です(涙)。
先生が弾丸往復と言われるのですから慌ただしい日程なのでしょう。ご家族を大事になさって下さい。

2017-01-13

「今」のことだけ考えていれば・・・

16:55

どうしてなのかは分かりませんが、最近、昔の同僚の先生方に言われたことを思い出します。「あ~、そういえばあんなこと言われたな~。あの時は分からなかったけど、こういう事だったんだな~」なんて感じです。

「方法なんてどうでも良い。大事なのは目的や意思だ」初任の頃に組んでいた先生から言われた言葉です。

「教師が頑張るのは当たり前。それが生徒の成長につながらなければ意味なんてないんだ」今でも尊敬している、その時生徒指導主事をされていた先生に言われた言葉です。

上の言葉は、私が今でも尊敬している先生から言われた言葉ですので鮮明に覚えています。しかし、その時には心の中で「何言ってんだよ・・・」って思った言葉が『学び合い』をしていると「あ~言われてみればそうだよな~」って妙に納得することがあります。

今から10年以上前の話です。私は30代になったばかりで、バリバリの一斉指導をし、クラスの活動を自らコントロールすることでクラスの評判も高く、内心鼻高々の青二才でした(大汗)。同じ学年に50代の先生がいらっしゃいました。とても温厚な方でしたがクラスに落ち着きがなく、問題が度々起こるクラスでした。そんな状況を見ながら、私は「何やってんだよ。ちゃんとクラスぐらいまとめろよな・・・」なんて思っていました。

そんな時、その先生がこんなことを言ったのです。

「今のことだけ考えていればいいんだったら、教師なんて楽な商売だ」

この発言を聞いた瞬間、私は正直「は?。自分のクラスもまとめられないくせになに言ってんだよ。そんなこといってるヒマがあるんだったらちゃんと仕事してくれよ・・・」って思いました。今となっては恥ずかしい思い出です(大汗)。

私の看取りが甘かったことを自覚するのにそれほど時間はかかりませんでした。その先生が特別に何かをした訳ではないのに、そのクラスや生徒がどんどん成長していくのです。そして、卒業を迎えることには「本当にあのクラスが大変だったクラス?」と周囲から言われるようなクラスになっていきました。その時の私は「何で?。どうして?」という気持ちしかありませんでしたが、今になってみれば、その理由はよ~く分かります。

自分が担任している時間「だけ」良ければ誤魔化すことは可能です。自分が教科担任をしている時「だけ」大人しく授業を受けてくれていれば良いのであれば誤魔化すことは可能です。しかし、それは所詮誤魔化しであり、生徒のためにはならないのです。

今、自分が生徒たちに願っていることが10年後でも20年後でも同じように願えるのか?。先日の成人式の後にLineを送ってきた教え子のことを思い出しながらそんなことを思いました。

「今度担任するクラスは、このクラスよりもっと良いクラスにしてみせる」

昨年の3月、卒業させた生徒たちに言った言葉です。良いクラスとはどんなクラスなのか?。もうぶれないと思います。4月になって現場に戻った時、「今」も「その先」も大事にできる教師としてクラスを創り上げたいと思います。

2017-01-10

何年経っても大切なことは覚えていて欲しい・・・

14:00

本日、内地留学に関しての報告書の製本をしました。表紙などの準備はまだ終わっていませんが、とりあえずやるべきことの1つは終わりました。まあ、これを見せれば県教委も遊んでいたとは言わないと思います(笑)。しかし、まだ臨床教科教育学会に出す論文や3月に行われる学会の原稿や資料が出来ていません(大汗)。あと2ヶ月、やり残しのないようにしたいと思います。

今朝、過日成人した教え子から長いLINEが送られてきました。その子は成人式の実行委員を務め、全体会の後に行われたクラスごとの懇親会の運営をしてくれました。私は雪のためクラスの懇親会には参加できませんでしたが、その子のLINEから楽しいひとときが送れたことがよく分かりました。

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先生!!、クラスの懇親会もばっちり盛り上がりましたよ!。計画している時もその後の飲み会やカラオケでもみんなが助けてくれました。本当にみんなのお陰で無事に終わったという感じです。高校の時にも年に1回くらいみんなで集まっていたんですけどだんだん集まる人が少なくなってきて・・・。成人式の日は大丈夫かなとかクラスの飲み会に来てくれるかななんて思っていたけど、そんな心配は全然必要ありませんでした。

最後のカラオケにも20人以上来てくれて、本当に嬉しかったです。みんな優しいなって思ってじんわり来ました。みんなが来てくれるってことは、元○組の人たちがみんな優しくてクラスの居心地が良かったからだと考えたりします。本当にいいクラスだったなって心から思います。それも担任がiku-naka先生だったからかな~なんて思ったりします。中学の時はクラスですごく怒られて・・・。あの時は「なんでこんなに怒られなきゃいけなんだろう・・・」って思ったこともあるけど、今になって考えると先生は「仲間を大事にすることの大切さ」を私たちに教えてくれたんだな~なんて思います。・・・気が付くのがちょっと遅いですね(大汗)。

今回は雪でダメだったけど、次の集まりの時は絶対に来て下さいね!!。またみんなの近況を報告します。誰が1番最初に結婚するのかが楽しみですね!。では!。

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人として幸せに生きていくために必要なことは、自分が必要とされる存在であると自覚できること。そして、困っている人に手を差し伸べられること。テストの点数など、所詮幸せな人生を歩むために必要なピースの1つでしかありません。ピースばかりを追いかけているうちに本当に大切な物を見失ってはいけないのです。

何年経っても大事なことは覚えていて欲しいと心から思います。

2017-01-09

成人式

09:19

昨日は前任校で卒業させた生徒たちの成人式に行ってきました。会場に行く途中で雪が降り出し、式が終わって帰るころはなかり積もっていました。高速は何とか動いていましたが、今朝は県内の高速道路の半分以上が通行止めになっていました。・・・確かに結構降ってましたから(汗)。

5年経っても教え子に会えばその時のことを思い出しながら昔話に花が咲きます。そんな中「先生・・・」と声をかけてきた男子がいました。私のクラスの生徒で、入学前から超要注意人物として知られていて、入学に当たっての事前資料のページ数が20を超えるような生徒でした。確かに大変な時もありましたが、私の指導はいつも通り。怒るときは強烈に。そして誉めるときはきちんと誉める。そんなことの繰り返しでした。その生徒は3年になって部活動の関係で県外の私立校に転校していきましたが、他の生徒から元気でやっているという情報はもらっていました。

「先生、お久しぶりです」

「お~!、〇〇か!。元気にしているか!。今何やってるんだ?」

「大学生しています。あの時は本当にお世話になりました。母に『先生に会ったらきちんとお礼を言いなさい』って言われてきました」

「そうか。まあ、いろいろあったからな・・・」

「あの時は正直『先生うざい』って思ってたけど、先生は自分を見捨てずにきちんと叱ってくれました。クラスの仲間もそうでした。今になって先生が自分のことを大事にしてくれていたことがよく分かります。今日の式も、中学の時に自分がしたことを考えると正直来るのが怖かったです。けど、みんなが自分のことを受け入れてくれて・・・だから嬉しかったです」

「そうか・・・成長したなあ~。それが分かればもう大丈夫だな」

「はい。大学でも頑張ります!」

成人式で交わされるたわいのない会話から、生徒の成長を感じる事ができて嬉しかったです。

「1人も見捨てない」。私にとっては魔法の言葉です。しかし、とても重い言葉であることも分かっています。楽しそうに話をしている元生徒(?)の様子を眺めながらそんなことを感じました。教え子たちのこれからの生活に幸多きことを心から願いたいと思います。

2017-01-08

無事終了しました

12:34

昨日は臨床教科教育学会が信州大学で行われ、多くの方に参加して頂きました。三崎研のゼミ生として前日準備から携わらせて頂き、当日も座長や発表、ワークショップの運営など、現場にいてはなかなかできない経験をさせて頂きました。学会やワークショップに参加して頂いた皆様、本当にありがとうござました(深々と礼)。

学会や学び合いの会に参加するといつも思うのですが、人と話をすることは自分の思考を見返し深めるために必要で、自分ひとりであ~でもないこ~でもないって考えることよりもよっぽど生産的なんだと思います。今回もいろいろな方とお話をする中で自分の思考を再構成する機会を頂きました。4月に現場に戻った時、今のようにいろいろなことが自由にできない可能性が高いことを考えた場合、3月までにもっといろいろな方とお話をし、自らの思考を高めていく必要があると痛感しました。

とりあえず、1月にはN研との合同ゼミ、2月には群馬の会があります。時間が許すかぎりいろいろな場所に出かけようかな・・・なんて思いました。

bbcsuzukibbcsuzuki2017/01/08 13:49ワークショップはどれに参加しようと迷いました。どれも興味がありました。自分の専門でない教科ということで参加しましたが、中学での1時間あたりの内容をどこまで盛り込めれるのかや想定するクラスの子供達の様子(勉強面について)がわからなかったので、自分の作った課題はトンチンカンだったかもと思いました。それにしても驚いたのは、用語、地名などがこれほどまでに埋め込まれているのかでした。たった2ページに。昨日はありがとうございました。

scorpion1104scorpion11042017/01/08 14:16昨日は、大変お疲れ様でした。これまでのご準備など大変なことだったろうとお察しいたします。当日、あまりお役に立ててなかった気がします。すみません。
昨日、お話をさせてもらいまして大変元気づけられました。学会でお会い出来て本当に良かったです。ありがとうございました。

iku-nakaiku-naka2017/01/09 08:57bbsuzukiさん
コメントありがとうございます。また、ワークショップへのご参加ありがとうございました。今回扱った内容は普通かやや少ない部類です。このくらいの内容を毎時間教師が主導してこなしていかないと考えた場合、生徒の主体性より教師が覚えさせた方が良いと考えてしまうもの当然のような気がします。しかし、状況は変わりつつあります。その変化に私達が敏感であるべきだと日々感じています。

iku-nakaiku-naka2017/01/09 08:59scorpion1104さん
コメントありがとうございます。先生のブログを拝見すると先生のバックボーンが見える気がします。4月からお互い気苦労が多いと思いますが頑張りましょう。
また、先生とお話ししながら改めて分かったことがあります。それは、やはり私は暑苦しい人だって事です(笑)。今後ともよろしくお願いします(深々と礼)。

F-KatagiriF-Katagiri2017/01/09 09:58何年ぶりでしょうか?お会いできて嬉しかったです。上越にもいらっしゃるのですね。

iku-nakaiku-naka2017/01/09 17:40F-Katagiriさん
コメントありがとうございます。5年ぶりくらいでしょうか?。1月の合同ゼミはN研の皆さんをS大にお招きして行います。あと2カ月ですが、できることはしたいと思っています。

2017-01-06

整いました‼️

19:34

明日行われる臨床教科教育学会の準備が終わりました。いよいよ明日の本番を待つばかりとなりました。個人的には5年ぶりの学会発表となります。多少のドキドキ感はありますが、いつも通りやりたいと思います。

明日はかなり寒いことが予想されます。暖かい服装でおいで下さい。それでは明日、信州大学教育学部でお会いしましょう‼️。

2017-01-05

「テクニック」で状況が変わる訳がない

18:13

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します(深々と礼)。現在、7日に行われる臨床教科教育学会に向けての準備を進めています。個人発表の準備はすでに済んでいますが、ワークショップの準備があとちょっと・・・という感じです(大汗)。7日は当日の受付及び懇親会参加もOKですので、多くの方のご参加をお待ちしています。三崎研が全力で準備をし、皆様をお待ちしたいと思います。

さて、年末年始は時間がありましたので、いろいろな本を眺めたりネットサーフィンをしてみました。私自身は「アクティブラーニング」という言葉も特に違和感がなく使われるようになってきているという実感を持っています。しかし、ここで言うアクティブラーニングは「方法論」として用いられていることがほとんどで、残念ながら「考え方」という捉えではないようです。

アクティブラーニングを「方法」で捉えている限り、教師主導の授業となり、少なくとも生徒の主体性は育ちません。また、現状の授業のシステムが残っている上にアクティブラーニングという方法をいくら上乗せしたところで何も変わらないでしょう。もともと、現状の授業の中にすべての子どもの主体性など保障してはいないのですから。

アクティブラーニングを導入したら、生徒の学びが育たない

アクティブラーニングを導入したら、テストの点数など伸びない

アクティブラーニングを導入したら、授業が進まない

こんな書き込みを見る度に悲しい気持ちになります。生徒を教師の自己満足の犠牲者にしてもいいのでしょうか?。生徒にどんな力を付けるべきなのかを本当に理解しているのでしょうか?。教師自身の主張に周囲を納得させられるだけの根拠があるのでしょうか?。ここ数日、そんなモヤモヤした気持ちを抱いています。

4月からは現場に戻り再び生徒を育てる立場に戻ります。現場に戻った時、今抱いている気持ちを大事にしながら生活しなくては・・・と強く思います。