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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県の南部の中学校で社会科の教員をしています。4月より現場に復帰します。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業についてお話できる時間を確保して下さい。③可能であれば異学年学習も公開するつもりです。そちらの希望があれば事前にお知らせ下さい。mailはnakachiro0402☆outlook.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2016-05-17

「感覚」を「言葉」にすることの難しさってことかな・・・?

10:33

昨日行われた全体ゼミ。その時の目標は「『学び合い』を知らない人に『学び合い』の授業の「基準」を説明することができる」というものでした。つまり、どんな「姿」が見られれば『学び合い』なのかを、ゼミに参加している人全員で共有しようということ・・・だったと私は理解しました。手順は、はじめに各自が基準をカードに書き、それを模造紙に貼ってグループ分けをして行く、所謂KJ法でした。紙を渡され「ではお願いします」というゼミ長の一言で作業に入ったのですが・・・

カードに書き出そうと思った瞬間「むむむっ・・・!?(汗)」となってしまいました(大汗)。次回のゼミの宿題にも関わるので細かいことは省略しますが、私は『学び合い』って、ルールが守られていれば何でもありの授業だと思っています。ですので、生徒の現象を挙げて「これが『学び合い』ですよ」って説明をすることが非常に難しいと改めて思いました。例えば「可視化」は、『学び合い』が成熟してくれば必要なくなりますし、「立ち歩き」も、その目的がはっきりしない場合は逆効果になる場合だってあります。「教師が指示を出さない」ってのも、目に見えないだけで、教師は子どもをコントロールしています。そんな風に考えて見ると、先日のブログにも書きましたが、自分の「感覚」では分かっていること、またはそれが「当たり前」だと思っていることを、改めて説明することって難しいんだな・・・って思いました。

しかし、だからと言って「ルールさえ守っていれば何でもOKな授業です」なんて説明をしても問題の解決にはなりませんし、恐らく、分かってもらえません。例えば、自分が現場で『学び合い』の授業をして、他の先生方から説明を求められた時、研究授業などで参観者から説明を求められた時、さらに『学び合い』の会なので説明を求められた時・・・たとえ全員ではなくても、相手に伝わるような説明ができるかどうかって大切だと思います。特に研究授業など、公開を必要とするものについては尚更だと思います。普段の授業は『学び合い』で、研究授業は「一斉授業的な『学び合い』」で・・・ってのは、政治をするという意味では必要なのかもしれないですが、個人的にはしっくりきませんし、生徒に「大人の事情で・・・」なんて説明もしたくありません。また「なぜ、普通の授業と研究授業とやり方が違うんですか?」という生徒から聞かれた時、私は、何か後ろめたい気持ちになってしまうような気がします。ゼミの最後に、模造紙に貼られたカードを眺めながら、正直「う~ん・・・」ってなりました。

次回は「授業者として『学び合い』を知らない人に『学び合い』を説明するには?」というテーマで議論をする予定です(多分)。なかなか面白くなってきました。多分、何度も「う~ん・・・」ってなると思いますが・・・(大汗)。