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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県の南部の中学校で社会科の教員をしています。4月より現場に復帰します。授業公開は日程が合えばいつでもOKです。その際は①参観はできるだけ複数名でお越し下さい。②授業後に授業についてお話できる時間を確保して下さい。③可能であれば異学年学習も公開するつもりです。そちらの希望があれば事前にお知らせ下さい。mailはikskjhs_nkjm☆hotmail.co.jp(☆を@に)です。よろしくお願い致します(深々と礼)。

2017-05-20

「どこかがやる・誰かがやる」のではなく「どこでもやる・誰でもやる」ことが大切

20:32

平日の勤務でバタバタしていますが、休日はノンビリできる・・・ならいいのですが、この時期は部活動てんこ盛りです(汗)。今日は野球連盟の地区大会に参加しました。お陰さまで明日の決勝に残ることができました・・・休日も休みなしはしばらく続きそうです。やっぱり現場は忙しいですね(大汗)。

話を本題に戻します。金曜日に生徒指導主事の研修会に参加しました。研修会の前半では、本県のいじめやネット犯罪についての情報報告が、県教委の方からありました。「そんなこと、言われなくても分かってますけど・・・」と心の中で思いながら話を聞いていました。また、後半では、生徒指導に関する研修をされた先生の研修報告がありました。学校生活に馴染めず、保護者もなかなか学校に協力的ではなかった生徒の指導に関する報告でしたが、学校でできることはいろいろな先生方と協力し、外部機関と協力すべき事は協力することで、その生徒の学ぶ意識や保護者との関わりが少しずつ良くなっていったことなどが報告されました。

その話の中で、その先生が「私たちの仕事は、生徒が学校にいる間だけを考えていてはいけない。その生徒の20年後、30年後を考え、指導をしなくてはいけない」という話をされていました。まさにその通りだと思います。問題のある生徒を学校で抱えることは可能です。しかし、それはその生徒の本当の幸せにはつながりません。そういう意味で、非常に大切なお話を聞いたと思います。

しかし、上に載せたことは「生徒指導」だけで行う事ではありません。中学校であれば、全職員がするべきことなのです。「生徒指導は担任がやるもの」という発想は教師の職責の放棄です。私は、生徒指導主事として、そして持ちクラスの教科担任として、1人も見捨てず、将来の子どもの幸せを願って教科指導や生徒指導をしています。1人の生徒の指導を全教師でやれば、たいていの問題は解決できます。大切なのは、教師自身の「覚悟」なのです。

2017-05-18

現状に満足することなく、さらに前へ・・・

20:11

本日、地区の研究主任の会に参加しました。

会の大半の時間は、小グループになり、それぞれが持ち寄った資料をもとにそれぞれの学校の研究について発表するという感じでしたが、話を進めていくうちに、何だか愚痴大会になってしまいました。

「研究と言っても全ての職員が同じ方向を向けない」

「研究授業をやってもらおうと思っても、進んでやってもらえない」

「普段の授業について、先生方と話をする機会がない」

「日々の活動が忙しくて、研究どころではない」

・・・なんて話が次々に出てきました。私は、本校の『学び合い』の話をしながら、授業を先生方が覗き、それをネタに職員室で話をすることがあるなんて話をしました。『学び合い』については「そうですか・・・」って感じでしたが、職員間で授業について話ができるという部分については「それは良いですね」なんて反応でした。

例えば、今日のある学年の授業はこんな感じです。私は○組で社会科の授業をします。隣の○組では数学で『学び合い』が行われており、私はその授業を覗きに行きました。そして、数学の先生とあ~だこ~だと話をしました。また、さらに隣の○組では英語の授業が行われています。連絡黒板には「学び愛」という言葉が書かれており、課題を確認してもらおうと先生の前に並んでいる生徒の姿が見えました。数学の授業を覗いた後、私はそっちの授業も廊下から眺めていました。そんな私を見つけたそのクラスの生徒が「先生、見て下さい!」と英語の課題を持って来ました。「○○先生に確認してもらいな」と言うと「はい」と言って、その生徒はクラスに戻っていきました。もちろん、私のクラスの授業は生徒たちが進めており、全員が課題をクリアしてくれました。クリアのレベルはまだまだかもしれません。しかし、生徒の学ぶ姿に大きな成長を感じてます。

「先生の授業はうるさくて困ります」とは言われません

「先生がちゃんと教えて下さい」とは言われません

「『学び合い』をやめて下さい」とは言われません

本当に恵まれた環境で仕事をしています。いろいろな所から仕事が飛んでくる状況は変わりません。おそらく、今年1年はそんな状況が続くのでしょう。でも、それでも頑張らなくては・・・と強く思います。そして「まだまだ」だと自分に言い聞かせています。だって、全ての生徒が救われている訳でも学校や地域が変わった訳でもないのですから。

結果を求めます。でも、自分のペースでぼちぼちやります。

2017-05-15

継続することに意味がある

21:09

本日は、S大のM先生及びM研の学生のみなさん、そして県南部の中学校の先生をお招きして、私の授業を見て頂きました。教科は中学校2年生の社会科と3年生の数学です。つまり、異教科・異学年の『学び合い』を参観して頂きました。本校の職員も数名参観していたと思いますが、ごちゃごちゃしていてよく分かりませんでした(大汗)。

2クラスとも私が社会の授業で『学び合い』の授業をしているクラスですので『学び合い』自体に抵抗はないと思いましたが、異教科・異学年の授業は今回が初めてだったので、どんな感じになるのかな・・・なんて思っていました。

結果的には2年生が全員課題クリア。3年生は数名を残して残りは課題クリアという感じでした。正直、3年生の数学の方が簡単な課題だと思っていたのですが、やってみたら意外に苦戦していました。「それって・・・するだけじゃん」って内心思っていたのですが、教師の思考が必ずしも生徒の思考と一致しないことがよく分かりました。しかし、初めての異教科・異学年の『学び合い』学習の割にはよく頑張っていたと思います。また、学習内容の分からない2年生が3年生の所に行って一緒に数学の問題を考えていたのには驚きました。さらに、学生さんが「質の高い学びでした」と言って下さっていたので、『学び合い』の授業としては「まあまあ」だったと思います。全員が課題達成できて初めて「質の高い学び」につながると思っていますので、正直まだまだ努力が必要だと感じています。

授業後の話の中で、ある先生が「異教科・異学年学習の必要性を生徒に上手く説明できない・・・」という発言をされていました。その時、私は「それは・・・」と思ってはたと止まりました。その時に自分の頭の中に思い描いたことは教師方からの説明ばかりで、生徒側からの説明(生徒が納得するであろう説明)はなかなか思い付かなかったのです。

授業は生徒自身が納得していなくてはダメだと思います。教師がどんなにその良さを説明しても、結局生徒自身がその良さを実感していなければ意味がないのだと思うのです。では、生徒に異教科・異学年の『学び合い』の良さを実感してもらうためにはと考えた場合、やはり異教科・異学年の『学び合い』学習を継続することで、生徒自身にその良さを感じてもらうしかないと思いました。考えてみれば当たり前のことでした(大汗)。

今度は異教科・異学年(または同教科・異学年)をどうやって継続して行うのかについて考えて行かなくては・・・と思います。はやり「もっと」です。

2017-05-13

何のために自分はいるのか?

10:09

現場に戻り、頂いた校務分掌から予想していたことですが、年度当初ということもあり、毎日いろいろな仕事が色々なところから飛んで(降って?)きます(汗)。先週は心から「体が3つ欲しい・・・」と思いました(大汗)。また、昨日は「・・・先生、本当に忙しそうだね。大丈夫?」と職場のある先生に心配されてしまいました。

・・・でも、それでも嫌な気持ちにはなりません。学校に行くのも授業に行くのも部活動に行くのも苦痛ではありません。その理由は、自分のやりたいことができているからだと思います。

現場には、先生方は言わないけれど「何でこんなことをしなきゃいけないんだろう?」って思う仕事が山ほどあります。正直、そういう仕事が私にもあります。でも、今の私には生徒の成長を願ってできる仕事の方がはるかに多いです。だから頑張れます。もちろん、体調を崩さず、家庭を犠牲にしない程度にですが(笑)。

私は無意味な資料を作成し、無意味な調査をするために学校に来て仕事をしているのではありません。生徒の成長を願い、それを具現化するために与えられた場所で仕事をするために学校に来て仕事をしています。

黙ってその場を過ごしていれば良いのかも知れませんが、そんなことができる性格ではありませんので、変えるべき所は変えていこうと思っています。そのための苦労ならいくらでもします。

「先生、学校(学校のシステム?)を変えて下さい・・・」

本校のある先生に言われた言葉です。期待して下さっている方がいる。それが私のエネルギーです。だから、無理しない程度に暑苦しく攻めてみたいと思います。

2017-05-10

別々に考える・・・?

20:42

ここ数日、事務的な仕事に追われバタバタしていました(汗)。

さて、今日は地区の教育会の研修会に参加してきました。今回の研修会ではアクティブラーニングについての講演会があるというので「どんな話かな・・・」なんて思って行ったのですが・・・いろんな意味で「予定通り」でした(大汗)。

途中から非常に苦痛でした。講演して下さった方はお話が上手で映像も豊富でした。しかし「でも・・・大事なのはそこですか?」と言いたくなることばかりでした。

特に気になったのは「『主体的な学び』と『対話的な学び』と『深い学び』は分けて考える」という内容でした。

所謂「アクティブラーニング」とは上記の学びをそれぞれ独立させて考え、それぞれの学びを高める授業の構築が必要・・・と講師の先生は言っていました。

・・・何で別々じゃなきゃいけないの?。

・・・生徒が学ぶ意味を理解し、安心して学ぶ環境があれば、どの学びだって高まると思うんだけど。

・・・そんなに細かく分けて授業を構想して授業に向かう時間的余裕が今の教師にあるの?。

おそらく、規定の時間数を遥かに超える時間で作られた(・・・であろう)研究授業の映像を眺めながら、こんなんで本当に大丈夫なんだろうか・・・と心配になりました。

結局、このままでは「じゃあ、今のままでいいじゃん」ってことになりそうな気がします。そうならないために、自分のできることをし続けます。とりあえず、研究通信は継続的に出そうと思っています。

追伸、明日はS大のM先生に本校で講演をして頂きます。本校の職員がどんな反応をするのか・・・ちょっと楽しみです。