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(続)nakajimaの「一期一会」

長野県の中学校で社会科の教員をしています。4月より1年間、信州大学の三崎研究室の研究生としてお世話になります。よろしくお願いします。 mailはikskjhs_nkjm☆hotmail.co.jp(☆を@に)にお願いします。

2017-02-16

…やっぱり教師なんだね(笑)

11:11

意味不明なタイトルでスミマセン(汗)。

昨日、嫁さんに言われました。詳しいことは書けませんが、私が話をしていてスイッチ(?)が入るポイントが「生徒に関する話」だってことなんだと思います。

生徒の姿が具体的にイメージできると「よ〜し…やってやるか‼️」ってテンションになります。まあ、それだけ学校という場所が好きなんでしょう(笑)。

大変だったことは星の数ほどあります。でも、学校に行きたくないとかクラスに行きたくないとか思ったことは今まで1度もありません。だって、行きたくない学校やクラスになってるとすれば、そうしてるのは自分自身ですから。そんな学校やクラスにするつもりは微塵もありません。

今までM先生のもとで『学び合い』の空気をお腹いっぱい吸わせて頂きました。今度はそれを現場に還元する番です。何となくワクワクします(大笑)。また、年度末までに論文以外にもうひと仕事させていただけるかもしれません。もちろん答えは1つです。

「はい❗️。よろこんで‼️」

2017-02-14

リア充

17:37

「〇〇と××ってリア充なんだって」

「ふ~ん。じゃあ、△△と□□ってどうなの?」

息子たちがそんな話をしていたので「リア充って何だよ?。ギザ十(の方が分からないか・・・)の親戚か?」と今頃になって聞いた私(汗)。

「え~!。お父さん知らないの?。リア充ってリアルに充実ってことだよ」

「リアルに充実?。何が充実してんだ?」

「だから、両思いで付き合ってるんだよ」

「ふ~ん。じゃあ、両思いならリア充ってことか?」

「うん」

「でも、充実ってことは何も恋愛だけじゃないよな。勉強だって運動だって充実してるって事があるんだから、そういう時も『リア充』って言うのか?」

「ううん。リア充って言えば多分、恋愛の時だけだよ」

「何で恋愛の時だけなんだよ。恋愛だけが充実の対象なのか?。それっておかしいじゃん」

「そんなこと言われても・・・」

こんな会話をして息子たちを困らせた私(大汗)。でも、その時は素直にそんなことを思いました。そしてその時「あ~、こういうことなんだな・・・」って思ったことがあります。

アクティブラーニングでもカリキュラムマネジメントでもいいのですが、そういう話が出てくると「それは基礎・基本ができてからの話で、それがないのに自分たちで考えて学習するなんて無理だ」という反応が必ずあります。

ここで言う基礎・基本とは何でしょうか?。所謂「読み・書き・計算」だとすれば、その「読み・書き・計算」がどこまでできていれば基礎・基本ができていると言えるのでしょうか?。例えば、テストで80点以上取れれば身についたという基準があったとすれば、クラスのどのくらいの子どもが基礎・基本を身につけたことになるのでしょうか?。また、いつになったら自ら考えて学ぶ経験をさせるのでしょうか?。

自分は精一杯指導した。でも、子どもたちには身につかなかった。だから自分で考えて学習する経験をさせられなかった。

これで許されている現状はないでしょうか?。テストや試験のために学ぶ授業には意味はありません。使えるものであればインターネットでも計算機でもスマホでも仲間でも使えばいいのです。大事なことは、困難な状況を乗り切る手立てを身につけることです。テストでは何も見られないじゃないかという意見の方もいるでしょう。しかし、テストを受けさせることが生徒が学ぶ目的でしょうか?。学ぶ本筋を間違えると、先ほど例に挙げたリア充のような状況が生み出されるのだと私は思います。

「何のために学ぶのか?」「全ての生徒のために何が必要なのか?」にとことんこだわれば、今までの授業についての考え方に違和感を持つ先生方が増えるような気がします。

strongmind222strongmind2222017/02/14 17:48共感します。
「何のために学ぶのか」や、「その人にとって本当に必要なことはなんなのか」ということを考えることを抜きにして教壇に立つことはできませんでした。
それを子どもたちに考えてもらえるようにするには、キャリア教育が必要だなぁと感じています。

iku-nakaiku-naka2017/02/15 14:48strongmind222さん
コメントありがとうございます。実は、嫁さんが学校でキャリア教育の係主任をやっているのですが、『学び合い』の話になると会話が全然噛み合いません(汗)。子どもたちに求めていることは同じだと思うのですが・・・。なかなか大変です(大汗)。

2017-02-13

思っていることはいつも同じ

22:48

ちょうど1年前に書いた学級通信にこんな事が書いてありました。

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 先ほども言いましたが、大事なことなので繰り返し言っておきます。クラス全員が合格するまでウチのクラスとしての「受験」は終わりません。つまり、日々の学習をいい加減にやることを許される者は1人もいないということです。「頑張って」という言葉は大事です。でも、クラス全員が日々の学習に真面目に取り組むことの方が、今の皆さんには必要だと先生は思います…。

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公立の前期試験が終わった後で、クラス全体が何となくフワフワしている感じでしたので、クラス全員に気合いを入れるつもりで書いたと思います(多分)。

まあ、分かりやすい性格の人間ですので、生徒に求める事はいつも同じです。だから生徒は同じ方向を向いて進んでくれるのだと思っています。

テクニックは所詮テクニック。テクニックの根っこの部分を太く、そして強くしなければ・・・なんて思いました。精進します。

2017-02-12

目指す「集団」

16:56

本日は、息子の所属しているスポ少の卒団式がありました。とても良い会だったと思います。卒団する子どもたちに対して、監督さんは1人1人の成長を具体的に述べながら、その頑張りを認めて下さいました。1人1人の選手を大事にして下さっていたことがよく分かりました。運動能力的には差があったと思いますが、全ての選手を試合に使い、チームとして結果を残す努力を求めて下さいました。

6年生の中で途中で辞めたいと言った選手は1人もいないと聞いています。たまたま仲の良いチームだったのかもしれません。でも、選手も保護者も1つの目標に向かって頑張ろうとする気持ちが見えるチームであったことは間違いありません。会の中で流されたスライドを眺めながら、勝って喜び負けて悔しがっていた息子たちを思い出しました。

「本当に良いチームだったな」

そう思いました。また、卒団する6年生全てが中学に行っても野球を続けるそうです。このチームで経験したことが、中学校で野球を続けようと思うきっかけになっていると思います。

素晴らしいチームに所属していたのだと思います。また、こんな集団を育てることが、4月から私のやるべき事だと感じます。もちろん、最初から上手くいくとは思っていません。でも、思いは伝わると信じ、1人も見捨てない集団を育てる努力をしたいと思いました。

2017-02-11

機械が人間を超えたら人間はいらない・・・

11:28

・・・まあ、そういう面もあります。

日々の生活の中で必要な機械はたくさんあり、私もかなりお世話になっています。でも、それは人間が機械をコントロールできているという認識の上で成り立っています。

しかし、最近は、機械に人間が踊らされてはいないでしょうか?。

匿名性という隠れ蓑を使って、SNSに乱暴なコメントをする人

メールやLineの返信の有無で、友人関係を確認する人

面と向かって話をすることなく、文字面だけで相手の気持ちを考える人

これって、機械が解決してくれるでしょうか?。

機械が救ってくれるでしょうか?。

別に、機械が嫌いなわけじゃないです(まあ、アナログ人間ではありますが・・・)。でも、危なっかしさを感じるのは私だけでしょうか?。機械を有効に活用できる人間を育てるのは人間です。そして、学校はその責任の一翼を担っているように思います。

難しいことではありません。集団の中で自分の意見を述べ、相手の気持ちを聞きながら課題を解決する課程を学べばいいのです。失敗することも上手くいかないこともあるでしょう。でも、それだって人間だからできることです。もちろん成果を求めます。でも宇様曲折しながら進んでいくプロセスを認めてあげることも大事だと思っています。

「メールする時間があるんなら、面と向かって話しろよ。その方がずっといいはずだぞ!」

こんな話を生徒とできる教師でいたいなぁ~って思います。

scorpion1104scorpion11042017/02/11 21:27不思議なものですね。どんなに憤っている保護者でも、最後の最後まで話を聞いていって、何も言葉が出なくなったらすこーし、気分が変わってもらえますね。面と向かっては、私も大事だと思います。

iku-nakaiku-naka2017/02/12 16:45scorpion1104さん
コメントありがとうございます。同じ事を言うのにも、電話より面と向かって伝えた方が結果が良かった気がします。もちろんケースバイケースなのでしょうが、相手の顔を見ながら自分の気持ちを伝えられる生徒に育って欲しいと私は思っています。