ふたばの日記(仮)

群馬県で小学校教員をしております、ふたばです。『学び合い』研究室で学び、地元に帰って実践中。つまり「教員歴=『学び合い』実践歴」です。日々の気付きをお伝えするなかで、特に入門の方へのヒントとなれば幸いです(^^)

2017-09-14

徐々に

20:53

見えてきた。いろいろと。



一難去ってまた一難。

新たな「何か」が毎日起こることで、日々状況が変化していく。



さっきまでいい感じと思っていたら、あれ?

さっきまで険悪ムードと思っていたら、いつの間に?

全く、変化が激しすぎる。


多感な時期、きっと今後も目まぐるしく変化していくのだろう。

大切な成長の段階とは思うが、そろそろ勘弁してくれないと心労で倒れちゃうぞ。私。

2017-09-13

長々と

20:59

解決の糸口が見えたからといって、すぐに状況が好転するわけではない。

かなりじっくり、すこーしずつ変わってきているかな。といったところ。


それを信じて待てるのが大事だとは思うが、

どうしても運動会のような大きい行事があると「大丈夫かぁ」と感じてしまう。


結局は、そこが自分の「弱い」ところなのであろう。

2017-08-31

久々に

23:46

悩んでおります。

どうしたら良いものか…



そんなとき、ちょうど今日は群馬の会、通称「木セミ」でした。

こういう相談のできる場、とてもありがたいです。



解決の糸口が見えてきました。

2017-08-28

始まりました

20:35

二学期です。

夏休みに研修をしたり準備をしたり、あれこれ熟考するのもいいですが、

やはり実践の場があってこそです。

夏休みの後半は「早く始まらないかな」とワクワクしていました。



学び合い』であってもALとは言えないものがある。

ALであっても『学び合い』とは言えないものがある。

私は『学び合い』でありALでもあるものをつくりあげていきたい。

そのための課題設定、環境づくりをしていくことが今後の目標である。

2017-08-25

幸せとは

18:00

仕事がなくても、給料が安くても、犯罪率が高くても、

「幸せ」と答えるラテンの人々。


それと比較して仕事があり、給料も高く、犯罪に巻き込まれ命を落とす確率は低いはずなのに、

自殺の多い、「幸せ」を感じられない日本人。



日本人にとっての「幸せ」とは物質的、金銭的な豊かさ。


ラテンの人々の「幸せ」とは人との繋がり、心の豊かさ。困ったことがあっても「何とかなるさ」の考え方。

ハイパーインフレによって個人レベルの蓄財は一瞬で価値がなくなることを経験している。家がなければ誰かに住まわせてもらう、食べ物がなければ誰かにもらう、それくらいの貪欲さ。けれど誰もがそうなる可能性を知っているから、それをなんとも思わない。



両者は歴史的な背景も違うし、DNAの構造からして違いがあるかもしれない。

しかし物質的・金銭的な豊かになるにつれて、人とのつながりが希薄化し、貪欲に生きるよりも死を選択する日本人。これをどう見るか。


何をもって「幸せ」なのか。

「幸せ」の価値観の変革が必要なのでは。

ラテンに学ぶ幸せな生き方 (講談社+α新書)

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