ふたばの日記(仮)

群馬県で小学校教員をしております、ふたばです。『学び合い』研究室で学び、地元に帰って実践中。つまり「教員歴=『学び合い』実践歴」です。日々の気付きをお伝えするなかで、特に入門の方へのヒントとなれば幸いです(^^)

2017-12-13

役立つこと・役立たないこと

22:03

後半で歴史の本質に迫っていて、それをもとに今の社会を紐解いていくと課題が見え、解決策が浮かんできそう。



他から引用している部分だけれど、

アメリカのエリート大学で学ぶことは一見無意味なことが多いが、「無意味に思えるものほど後で役に立つ」

逆に「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」

というのはなるほどなぁと。



遠回りだと思える道ほど実は最短距離で、

最短距離と思える道ほど実は遠回り。

いろんな部分でこれを意識するの、大事だと思うな。

2017-12-12

まとめの時期

22:39

非常に穏やかにやってます。

あとはまとめのテストがいくつか残っているのですが、その復習の時間も相談し合いながらわいわいとやっています。

結果、今日のテストの平均は98点。全員が90%以上でした。



特に問題練習をたくさんしたわけでもありません。良くわからないことは確認しておいてねと伝え、後は任せただけです。

これまでちゃんと理解しようと積み重ねてきたこと、2学期最後にみんなですっきりして冬休みを迎えようという雰囲気がこうした結果に自然と繋がってくるのだと思います。

2017-12-10

MBL

10:05

教育の目的は人格の完成。

それはどんな方法を取り入れた教師であろうと、目指さねばならないところ。

では、人格の完成とは何か。「多様な人と折り合いをつけ、自らの課題を解決する力」だろうととらえ、その力をすべての子供たちにつけさせ、自分なりの幸せをもち生きていけることを願ったのが『学び合い



決してテストで点数を取らせる、勉強をできる・分かるようにするためではない。

荒れたクラスを建て直し、人間関係を良くするためでもない。



最初に述べた目的に向かってセオリー通りの実践を重ねることで、その過程で事象として上の二つが表れるだけの話。

テストで点数を取れない子が将来起業し、多額の資産を築くかもしれな

い。そしてそれを地元に寄付してくれたら?

クラスで馴染めない代わりに何かに打ち込むかもしれない。それが開花するかも?

その年は変わらなくても(しがらみもあって、いきなり変われないかもしれない)、反省を生かして次の年から変わるかもしれない。大人になっても時々集まってわいわいやるような集団になっていたとしたら?

それって十分成果が出たと言ってもよいのでは?



学び合い』を成立させようとする段階はある程度熟した。全国各地に広まっている。

(厳密に言えば何をもって『学び合い』が成立していると言えるのか、分からないのだけど……)

これからは、『学び合い』をもとにどんなことをしていくかだと思う。

勝手にMBL(″Manabiai″ Based Learning)とでも呼ばせていただきます。



今年はキャリア教育担当として、なんだかなーと思うことがたくさん。

ネットや本での職業調べ。結局は雇用されることが前提だし「このうちどれだけの仕事が残るのかなー」って話。

人の役に立つボランティアがしたいという子がいたので、「じゃあNPOの活動なんかを調べてみたらー」と言ったら、結構自分なりに考えていたのでなるほどなーと。

世間には雇用される側ではなく、自分で仕事を起こしている人もたくさんいるわけで、それをどれだけ知っているか。受験で上手くいかない人、ブラック企業でしんどい人がいる。自ら命を絶つ前に彼らに「他の選択肢もあるぞ」と言えた人がいたなら……

導入の段階でどんな大人になりたいか、マインドマップをやってみたのもよかったなー。夢がない、欲がない。「それで幸せ?」と聞いてみたら「うん」と。

私が勝手に書いた欲だらけのマインドマップを見せたら「えー、それもありなのー?」と出るわ出るわ、欲だらけ。

その夢や欲を、本当に自分にとって必要なのか厳選し、実現するためにどうしたらいいのかを具体的に考えていくのが楽しいところだと思うのに。周囲に合わせて自分の夢や欲を制限してしまっているのがなんとも寂しい。小学生で。

学び合い』をもとにしたキャリア教育。もっと充実させていきたいなー。



それから道徳。地域の子供たちが集まっているのだから、同じような価値観ばかりで議論が深まらないのは当然。

同じテーマについて多様な人が議論し、納得解を見出だしていけたら深まるのになあと思う。

異学年で取り組む、異校種で取り組む、地域の人や保護者を入れて一緒に取り組む、離れた地域の子とネットを介して取り組むなど、今の学校の枠組みでもできそうなことはたくさんある。もちろんそうした実践例はあるので、それを試しにやってみるのがいいと思う。

大事なのはやることではなく、こうした経験を重ねることによって多様な人の価値観に触れさせること。そのなかで自分なりの考えをもったり行動に移そうとしたりする心情を育むこと。



家庭科でさらっと触れるだけの「家庭」のあり方だって、今は多種多様。いくらでも議論できる。育児や介護、考えねばならないことがたくさんある。



大きくカリキュラムをいじることはなかなか難しい。

けれど今ある枠組みを大きく崩さずとも、子供たちの将来のために何ができるか考え工夫していくこと、そこにMBLの可能性があるんじゃないかなと思いますはい。(もう我が物として使っちゃいました)

2017-12-09

さあ、どうぞ

09:34

小学校のテストはどんな問題が出るか分かっている。テストで点数を取ることも取らせることもそんなに難しくない。

学テも傾向が分かっているのだから、きちんと対策すれば大丈夫。だと思う。(結果として示したかったー(T_T))



だから足して2で割るような、「考え方は『学び合い』」のやり方でもなんとかなる。そもそも『学び合い』じゃなくても十分な結果を出しているところもたくさんあるわけだし。



そんなところで満足してはいけない。

目指すは「さあ、どうぞ」の世界。

点数によって評価可能であればその対策をすればいいが、これから子供たちが生きていく世界はそういう世界ではない。答えのない問いに対して、自分なりに答えていけるようにならなければ。

そうした力を身につけられなければ「一人も見捨てない」とは言いがたい。



そのためには日々の学習のなかで、一人でも多くの人と、一分でも長く議論し、一文でも多く学びを言語化・文章化したい。

一日でも早くみんなやっている教科書の内容を仕上げ、一冊でも多くの本を読み、一人でも多くの人と……



それを実現するために一単位時間から一単元、一単位から複数教科、複数単元(カリキュラム・マネジメント)、一学期単位、一年単位、低中高学年単位、下学年上学年単位、小学校中学校単位……

スパンを長くとらえ、委ねる時間を一分でも長く確保してやりたい。

理想は「さあ、どうぞ」の先の、「さあ、どうぞ」さえ不要の世界。

2017-12-07

早い…

20:59

社会の公民分野のある単元。



予定では5時間。

ほとんどの子供が2~3時間で全課題を終わらせる。

ちゃんと理解できているか、身についているのかは別だが。

(時間通りにじっくりやればちゃんと身につくというわけでもないと思うので)



本来はないはずだった余った時間を他のことに使える。理解が甘いのであれば復習に使うも良し。もっと調べたいことを調べるも良し。先に進むも良し。



単位時間ごとではなく単元で取り組むことの良さは、このスピード感から生まれる、自分の裁量で使える時間をより多く確保できることだと思う。

ただ辛いのは時間をかけて練りあげた単元計画表やワークシートがあっさり消費されていくこと。嬉しい悲鳴だけれど。