ふたばの日記(仮)

群馬県で小学校教員をしております、ふたばです。『学び合い』研究室で学び、地元に帰って実践中。つまり「教員歴=『学び合い』実践歴」です。日々の気付きをお伝えするなかで、特に入門の方へのヒントとなれば幸いです(^^)

2017-12-31

締めくくりに

23:18

今年ももうじき終わります。

学び合い』をベースに、教育について、社会について、色々と知識を得てあれこれと考える時間が取れたなと思います。

またいろんな考えをもった素晴らしい方々とたくさんお会いし、繋がることもできました。

来る2018年、さらに先を目指して邁進してゆきます。

2017-12-30

キーワードは

23:49

「自由の相互承認」



目指すところはここなのだ。

そのためには折り合いをつけることも必要で、そのなかで一人ひとりがやりたいように生きたいように実現していければいい。



それから「叱る」よりも「褒める」よりも大切なことは「認める」こと。

そのためには子供たちを信じて任せなければならない。

ここで「委任」になるか、「放任」になってしまうかが難しいところ。

人によって捉え方が全く違う。その辺の個に応じた違いについては、日々の対話のなかでつかんでいくしかない。

ただ、何となくではあるものの、今後の方向性を再確認できた感じです。

問い続ける教師―教育の哲学×教師の哲学

問い続ける教師―教育の哲学×教師の哲学

2017-12-28

心の中では

00:44

THE MANZAIで衝撃の漫才をやったウーマンラッシュアワー。

その反響は今でも続くほど。



笑いのネタとして政治が絡んでくるのは良いのかどうかは分からない。実際芸人の世界の大御所やベテラン勢からの評価は低い。

しかしこれほどの反響を呼ぶということは、何かある。取り上げているのは政治や報道に関わる人、そして被災地の方々。これまで表に出そうとしても出せず、押し殺していた気持ちを代弁するものとして、今回のネタが反響を呼ぶことになったのだろう。賛否両論が飛び交う中、今回は「賛」の方が確実に多い。



人々はいろいろなことを心の中ではどう思っているのだろうか。

教育に関してもそう。一人ひとり自分の受けてきた教育があり、何かしら思いは抱いているはずだ。人々の本音に近いものを、自分はできているだろうか。

F-KatagiriF-Katagiri2017/12/29 08:32よくネタにしたなぁ!という感想です。というか,テレビでよく流せたなぁ!と思いました。寄席ではああいうネタはよくかけられるんでしょうけれど。

いろいろ不安で恐いことを笑いに載せて,茶化したり,提言したり,考えさせるのもお笑いの使命だと思います。

futaba1107futaba11072017/12/29 09:43〉F-katagiriさん
彼らが教育問題で切り込んだらどうなるのでしょう。面白そうです。

toukonyukitoukonyuki2017/12/29 23:40私もあの漫才を見て、よくやってくれた!すごい!いいぞー!と嬉しくなった派です。教育問題ネタ、是非やってほしい!

futaba1107futaba11072017/12/30 11:08〉toukonyukiさん
見えないように、見ないようにしていたものをいきなり出したという感じでした!

多くの人が「確かに!」と思い、なおかつウケるネタをつくるはずです。
世間が教育をどう見ているのかがはっきりわかりますね。

2017-12-23

現実は

00:47

今年、徐々にではあるものの、少しずつ成果は出てきていると思っていた。

しかしここ最近で分かったことは、そんなに簡単な話ではなかったということ。

西川先生の高校教諭の頃の話ほどではないけれど、見えてこなかった部分が見えるようになってきて非常に苦しくなった。

と同時に自分の無力さに嘆いた。



これまでやってきたことが、どこかで何かしらは生きていると願いたい。そして今後もやれることをやるしかない。

地域を、社会を、根本から変えていかねば本当の意味で救うことはできない。

2017-12-16

目を向ける先

14:38

今の学校の制度は明治期に欧米にならってつくられたものが基になっている。

当時の日本は欧米諸国の近代化に追いつこうと、富国強兵を図った。

目指すは少しでも生産力をあげること。人口も上昇傾向であったし、そのなかでは機械的に教育を行うのも効率のよい手だったのかもしれない。また戦後、少しでも早く復興するためにも、こうしたやり方は生きただろう。



今日の日本はある程度成熟した社会になっている。これからはこの状況を維持し、少しずつ発展することがまず大事だろう。

しかし問題なのは、世界でも例のない人口構造になっていること。生産年齢人口がドンドンダウンし、高齢者が増え社会保障費がかさむ現状。これまでの経済発展を支えた企業が苦境に立たされている現状。



教育はこうした社会で子供たちがどう生きていくか、という視点にたって行われなくては。ましてやネットの普及によって、変化のスピードは加速している。

そんな中で「一斉指導」と「協同学習」のどちらが良いかなんて議論している余裕はなかろう。伝達に優れ効率的に成果をあげる「一斉指導」と、コミュニケーション力を高め新たな価値を生み出そうとする「協同学習」の双方の良さを生かして、目指すべきなのは「これからの教育をどうしていったらよいのか」である。

今の枠組みの中でしか生きないものではなく、これから子供たちが社会に出たあとも生きる力はなんなのか。何が必要なのか。それらを踏まえて教育や学校のこれまでの価値観や常識を疑い、よりよいものや価値観を生み出していける可能性があるのが『学び合い』だと思う。だから私のベースは揺るがないのだと思う。



やって満足ではなく、今の枠組みのなかで成果をあげて満足でもなく、さらに先へと目を向けていきたいものです、はい……