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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の3・4年生の複式学級を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2017-02-05

日常的に使える機会を 11:20

一度の語りや、コミュニケーションに関する国語の教材を1単元学習したところで、その内容を「知る」ことはできても、「身につける」ところまではいかない。

何度も繰り返し活用する場面が保障されなければ。

何度も試運転をすることで、誤解していた部分をただしたり、自分が運用しやすいようにカスタマイズしたりするなかで、個々が腑に落としていく。


全校『学び合い』を続けてきた。

今、完璧にいつでもみんなが体現できているなどと言うつもりはないが、少なくとも「一人も見捨てない」ことを是とし、それを目指したいという価値観が共有されてきていると言える。


私もいつまで現在の勤務校にいられるかわからないが、願望としては、私が去った後も全校『学び合い』を続けてほしいという思いはある。


全校『学び合い』がなくなっても、「一人も見捨てない」ことがよいことであるという考えを否定する人はおそらくいないだろうし、みなさん、それを目指すことだろうと思う。


ただ、全校『学び合い』のような場を定常的に持つことをやめた場合、思いはあっても、それを何度も活用してみるための、代わりになる何らかの場を意識的につくらなければ、同様の教育効果をあげるのは難しくうなるように思う。


今、共有されている価値観を、自然に備わっているものであり、自然に維持されていくものだと錯覚してしまうと、いつの間にか消失していってしまうのではないか。

別のことで、今までにそんな例もいくつか見てきた。


だれでもできるような仕組みはみんなでつくってきた。

思いも伝え合い、共有してきた。


でも、まあ、それはその後のメンバーが考え、決めること。

私が口出しすることではない。

私がいることで妨げていた何かがなくなって、新しい人の持ってきた何か加わり、改良されていくこともたくさんあるだろう。



私はまた、新たな場所で新たに取り組みを始めるだけ。


それに、口出しはできないけど、築いてきた関係は切れるわけではない。

その繋がりを持ちつつ、さらに広げていこう。


…いや、まあ、出ていくかどうかはまだ全くわからないけど、勤務年数が長くなってきたので、そんなことを考えるようになってきている。