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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2017-01-13

某ドラマとアドラー心理学 06:49

「ドラマを見ながらアドラー心理学を学べる」

という謳い文句があったので、興味を持って、ある刑事ドラマを見た。

かなりがっかりした。

こういうふうに理解されて広まっていくのかな、と。

そして、私が「アドラー心理学っていいと思うよ」と言ったとき、あの主人公のような人物になりたいと思っていると思われるととてもいやだな、と。


まだ1話しか見ていないので、これから何らかの変化があるのかもしれないとも思ったが、主人公をさして、

「まさに、生まれながらにしてアドラー心理学を体現している」

と断言していたので、

「あ、そのまま変わらないんだ。」

と思った。


人それぞれに解釈はあっていいと思う。

私自身も全くアドラー心理学の権威ではないので、「私こそ正しい解釈をしている」なんていう気はさらさらないということは、まず書いておく。


だから触れないでおこうかとも思ったが、このブログにもアドラー心理学について何度も書いてきたことがあるので、

「少なくとも私がとらえているアドラー心理学とは違う…というよりむしろ真逆」

ということだけは明記しておこうと思ったので。


1つ1つあげるときりがないほどあるから、まとめていうと、主人公に「他者との協力」が全く念頭にないということ。


他者の思いへの関心がなく、目標の一致もはかろうとせず、ほぼ説明もないままどんどん自分がやりたいようにする。


確かに自分の考えを主張することは大切であるが、

「きっぱりと、だが、親密に」

という態度の大切さを学んできた。

主人公は確かに「きっぱりと」していると言えばしているが、全く「親密さ」は感じられない。

もちろん、親密さは、なれ合いなどではないが、相手を突き放すというか、切り捨てるという感じなのだ。


「課題の分離」という言葉についても、

「独自の解釈をしてしまって、こんなふうな誤用がよくあるので、くれぐれも注意してください」

と私が学んだ通りの「誤用」(これも「少なくとも私が学んだ」ということだが)をしている。


随所にアドラーの言葉を引用しているのだが、描かれていることは違和感でいっぱいだ(あくまでも個人の感想)。


そして、もう一人の登場人物がいて「さまざまな他の心理学も学んできた」という注釈は確かにあるのだが、どこからどこまでがアドラー心理学の考え方なのかということは見ている人にはいちいち説明されるわけではないので、知らない人の頭の中では混在してしまうと思う。


タイトルにしても、確かにある文脈においては納得できる言葉なのだが、「言葉だけだと、こんなふうにもとる人がいるだろうなぁ」と思っていた通りになっていた。


あるものごとが爆発的に広がるということは、こういうことなんだなということを、今まで何度か見てきたことはあるが、改めてそう思わされるドラマだった。


まあ、私を指導して下さった方々から見ると、「あなた自身も相当あやしい」と思われている可能性は当然否定しないということも最後に付け加えておく。


今後見るかどうかはよくわからない。

「こういうふうにとらえる人もいる」ということを知ったり、自分の解釈を改めて見直したりする材料になるかもしれないので、見ようか?

でも、つらい。