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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2016-12-18

武者修行 23:13

放課後、まだうちの学級の子ども達が数名残っている中、6年生のA君(昨年度担任していた)がうちの学級に来て、

「先生。このプリント、やってみてええ?」

と聞いてきた。

4年生の学期末のまとめの算数プリントだ。

余分があったので、

「ええよ。」

と言うと、喜んで解き始めた。


途中、

「解けん!」

と悩みだしたので、見てみると「6年生だから解けない問題」だった。


余りのある割り算の問題だったのが、4年生なので「あまりを出しましょう」の注釈がなかった。

だから、小数まで割り進んでいたのだ。


「な~んだ。」

と笑ってまた解き始めた。


1問だけ、問題をしっかり読んでなくて間違えたものがあったが、満足して帰って行った。


その話を職員室ですると、

「ああ、A君やったら、2年教室にも来て算数のプリントしよったで。」

とのこと。

いろいろ出没しているようだ。


A君は受け持ったとき、算数は基礎のところで「えっ?」というようなつまずきがよくあった。

でも、学級で『学び合い』をするなかで同級生と、そして、全校『学び合い』で上下級生とも、懸命に関わるうちに次第に理解が進んできた。


全校『学び合い』を続けてきて、「下級生の問題が解けないところを、下級生に見られたら恥ずかしい、隠すべきことだ」というのではなく、「解けなければそこで解けるようになればいいことだ」という感覚になっているのだろう。


子ども達には、

「上級生だから、下級生のものがみんなできるとは限らないよ。今学んでいる人の方がよくできて、学んでから時間が経っている人の方が忘れていることって普通にあるでしょ。上級生なのに分からないの?ってバカにする人がいいのか、分からないなら一緒に分かるようになろうと言える人がいいのか、分かってるよね。」

って言ってある。


「分からないことを見られるのは恥ずかしいことだ」というのがなくなれば(だから分かる努力もしなくて、分からないままでも平気というのではない)、今までに躓いてきたことを学び直すハードルもなくなり、挽回するチャンスはいくらでも増えるだろう。

この精神は、将来においても彼の生きる力になっていくはず。