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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2016-08-29

何のための統一? 17:56

子ども達の自主性を育てるために指導方法を統一する。

子ども達の主体性を育てるために指導方法を統一する。

子ども達の創造性を育てるために指導方法を統一する。

子ども達の…


子ども達も教師たちも全員が心から納得いっていたらその「方法」も効果があるかもしれない。

が、そうでない場合、教師自身の「自主性」も「主体性」も「創造性」も…脇に置かなければならなくなる。

そんな風に各人の「思考」も「試行」も停止させた状態で本当にそんな子ども達が育つのだろうか?


実証的なデータもないまま、必然性もよくわからないまま、子ども達の納得もないまま、教室の中で様々なことが統一されていることがよくあるのではないか。

「方法」を統一することで、何かおそろいのユニホームを着たかのような「一体感」を生む効果もねらっているのかな?

まあ、そういうこともあるのかも知れない。

でも、「一体感」より「束縛感」も生み出しやすそう。


が、『学び合い』などで「方法」を各自に任せた場合、クラスの一体感がなくなるかというと、むしろそれまでよりも増すという実感が私にはある(いや、子ども達へのアンケートにもはっきり表れている)。

職場もしかり。

居心地のよさ、安心感が生まれるからかもしれない。


誰かに統一されたことをするだけなら、他者への意識などなくてもできる。

いや、「あいつだけやってない。ずるい。」というような他者へのマイナス感情の意識はガンガン向けられたりする。


もちろん、何もかもバラバラでは組織は成り立たない。

「目的」や「目標」は十分話し合い統一していく。

「方法」についても、選択の自由な「情報提供」は積極的にしあうとよい。

また、「一定期間とりあえず統一してみて効果を検証しましょう」という条件つきなら折り合いをつけて試行していけばいい。


いつの間にか、「~ために」という「目的」の方よりも、「統一」するという「手段」の方が優先されているのをよく見かける。

そして、効果が出ない場合、「努力が足りないから」という理由づけのもと「さらなる努力」を求められる。

手足を縛っておいて、要求した効果をあげろと言われている感じ。



「統一した方がいいに決まっている」という大前提があるのだろう。


そこからまず疑ってみることも大事じゃないか?

子ども達に「クリティカルシンキング」の力をつけるために。

まず教師から。


あ、ちなみに、うちの職場の愚痴ではありません(笑)。

その点、とても快適です。