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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2016-08-16

お伝えした(つもりの)こと⑥ 続々 教師の仕事は?「子ども達の考えを教師が把握し、繋げるべきではないか?」 12:43

子ども達の考えを教師が把握し、繋げるべきではないか?」

ということを言われる。


この言葉についても考えてみる。

まず、

「教師が把握し」

について。

・「教師一人で」把握しきれる?

・それは「正確」?

・それは「全員」?

・それは「どの時点」での考え?

・より多くの考えが「発現する可能性」は、教師がピックアップした意見を繋げていくのと、自由相手を選びながら対話していくのとではどちらが大きい?

…等々の疑問がわいてくる。

これらのことは、膨大なデータで裏付けられている。

教師がよかれと思ってあれこれしたことが、むしろ邪魔になっているということが。

いや、できる人もおられるだろうが、それはごく限られた方達だろう。

少なくとも私があと数年の教師生活で身に付けるのは難しそうだ。


次に、

「繋げるべき」

について。

子ども達自身で「繋がる」力の育成は?

・教師の「繋げ方」は適切?

…等々の疑問がわいてくる。

将来にわたって使える力を養うには自分で繋がる機会を多く保障した方がよいと思う。

子ども達同士の繋がり方がまずい場合ももちろんたくさんあるだろう。

だが、それを改善する主体は「子ども達」になってくる。


一方、教師がまずい繋げ方をしたとき、改善する主体は「教師」になってくるだろう。


この違いは、子ども達の今後の生き方に関わることだと思う。

FlipperKFlipperK2016/08/18 18:20 まぁ、結局は教師側がどうとらえるかなのかな、と思います。繋げることも教えることも。
繋げることについては、大半が可視化ですむ場合だと思いはするのですけどね。子どもの動きの(イコール情報の広がりの)流動性の高い集団であればあるほど「よい情報」は広がっていくでしょうし…。よい情報が広がっても、必要感がなければ入っていかないのは、発信元が教師でも子どもでも同じでしょう。情報の受けては、教師だからとりわけ聞いてくれるわけではないでしょうしね。
 だから、結局授業者がどうとらえるかなんでしょうね。
 私は、「教えたい、教えるべき」と思ったら、教えればいいじゃん、と思う方です。授業者がそれで納得できるのなら。です。

daitouirukadaitouiruka2016/08/19 02:56FlipperKさん、ありがとうございます。
私もそうです。
『学び合い』を知る以前との違いは何かと考えてみると、それを選択するかどうかを決めるのが教師であると思っていたのが、子どもに移ったということだろうと思います。
教える(というか伝えるという感覚かな?)ときも、
「先生が伝えるのは、あくまでも選択肢の1つとしてとらえてね」という姿勢。
「教えたい、教えるべき」と思うことがあれば、私も「ちょっと言わせて」と言うこともあります。
特に他の人に『学び合い』について伝えるときも、「がまんし過ぎて精神衛生上悪いと思ったら教えてください」と言っています。
いらいらして別のところに弊害が出るといけませんからね(笑)。

まあ、「教えたい、教えるべき」と思うものがあれば、たいていはあらかじめ課題の中や資料のプリントに入れるようにしています。
どのタイミングでそれが必要か個々でちがいますから。
ただ、「教えたい、教えるべき」と思ったとき、以前より、「本当に?」とか、「教師じゃなくちゃできない?」と立ち止まるようになりました。
そして、教えた後も、「教えたから正確に伝わっているとは限らない」と以前以上に思うようになりました。