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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2016-08-16

お伝えした(つもりの)こと⑤ 続 教師の仕事は?「教師が教えるべきことがあるのではないか?」 11:39

「教師が教えるべきことがあるのではないか?」

ということを言われる。


この言葉について考えてみる。

「教えるべきことがある」

については同意する。

学習指導要領があり、私達はそこにあることを子ども達が修めることができるように雇われている。


しかし、「教師が」という部分については、疑問がある。

・教師「だけ」からしか学べないのか?

・教師が「最良」なのか?

・教師が「全員に」教えられるのか?

・「子ども同士」が学び合うことでつかめることのメリットはどうするのか?

…等々の疑問がわいてくる。


実際そのような質問をしてくださった方に、

「具体的に、どの教科のどのような内容のことが教師でないと教えられないと思われますか?」

と問うてみたことがあるが、具体的には出されなかった。


教科書に書いてあることや、(必要なら)用意した資料に書いてあることを読めば理解できる子がいて、そのことをその子が他の子に説明して…ということで十分ではないか?

それでも子ども達の誰一人理解できないという事態が起こったなら、課題なり資料なりを検討したり、状況によっては教師が解説したり(それを理解した子が他の子に伝えていく)ということもあるかもしれない。

いずれにせよ、初めから「教師が教えるべきことがある」と思って授業を組み立てるのと、「本来自分達で学び合っていけば教師が教えなくてもよいはずだ」と思って授業を組み立てるのでは結果が違ってくるように思う。

今、目の前の子ども達が本来どこまでできるのかが見えてくるのは、まずは任せてみてからのことではないか。


私は、そのようにしだしてから、「こんなこともできるのか」と、思っていた以上に子ども達ができることに驚かされてきた。

また逆に「ああ、こんなところでつまずいているのか!」と、私が思いもよらなかった実態が見えてきた。

だから、次に取り組んでいきたい課題も見えやすくなった。

FlipperKFlipperK2016/08/18 18:20 まぁ、結局は教師側がどうとらえるかなのかな、と思います。繋げることも教えることも。
繋げることについては、大半が可視化ですむ場合だと思いはするのですけどね。子どもの動きの(イコール情報の広がりの)流動性の高い集団であればあるほど「よい情報」は広がっていくでしょうし…。よい情報が広がっても、必要感がなければ入っていかないのは、発信元が教師でも子どもでも同じでしょう。情報の受けては、教師だからとりわけ聞いてくれるわけではないでしょうしね。
 だから、結局授業者がどうとらえるかなんでしょうね。
 私は、「教えたい、教えるべき」と思ったら、教えればいいじゃん、と思う方です。授業者がそれで納得できるのなら。です。

daitouirukadaitouiruka2016/08/19 02:56FlipperKさん、ありがとうございます。
私もそうです。
『学び合い』を知る以前との違いは何かと考えてみると、それを選択するかどうかを決めるのが教師であると思っていたのが、子どもに移ったということだろうと思います。
教える(というか伝えるという感覚かな?)ときも、
「先生が伝えるのは、あくまでも選択肢の1つとしてとらえてね」という姿勢。
「教えたい、教えるべき」と思うことがあれば、私も「ちょっと言わせて」と言うこともあります。
特に他の人に『学び合い』について伝えるときも、「がまんし過ぎて精神衛生上悪いと思ったら教えてください」と言っています。
いらいらして別のところに弊害が出るといけませんからね(笑)。

まあ、「教えたい、教えるべき」と思うものがあれば、たいていはあらかじめ課題の中や資料のプリントに入れるようにしています。
どのタイミングでそれが必要か個々でちがいますから。
ただ、「教えたい、教えるべき」と思ったとき、以前より、「本当に?」とか、「教師じゃなくちゃできない?」と立ち止まるようになりました。
そして、教えた後も、「教えたから正確に伝わっているとは限らない」と以前以上に思うようになりました。