Hatena::Groupmanabiai

イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2016-08-14

「子育てや教育は子どもの成長に関係ない」 23:00

『言ってはいけない』読了。

表題のような帯がついていたので気になって手に取ったわけだが、最後の章の題がそれだ。


『子育ての大誤解』という本を書いたジュディス・リッチ・ハリスという心理学者の「集団社会化論」というものが紹介されていた。

子どもの成長に関わっている要素を丹念に調べていくと、子どもの成長にあたって子育て(家庭)の影響はほとんど見られないということだ。

親よりも、「友だちの世界」のルールを優先することが子どもの本性だそうだ。


うすうすは「そんなもんだよな」とは思っていたが、それでも、子育ての影響が「ほとんど見られない」というデータがあるのには驚いた。


関連して、友だちとの関わりを絶った状態で施された英才教育の愚かさ、というより恐ろしさも紹介してくれていた。

11歳でハーバード大学に入学するほどの神童に育て上げられたが、結局は社会に不適応な状態で不遇の死を遂げた人物がいたそうだ。

1つの例であって、全ての英才教育を受けた人がそうだとは言えないだろうが、ハリスによれば、彼の置かれた状況は、「母親には育てられたが、仲間とのつきあいがないままに成長したサルの状況に似ている」そうだ。


これを読んで、

「ああ、親も教師も結局影響がないんなら、やれることはないな。」

というあきらめの心になったかというとそうではない。


だからこそ、なおさら、今までの子育てや教育を見直していくことの大切さを改めて痛感した。


子ども達(ヒト)の「本性」に逆らった教育ではなく、むしろそれをうまく生かす教育。


親や教師の考えや、やり方を押し付けるのではなく、「友だち(仲間・同僚)」と折り合いをつけながらうまく繋がり、協力し、課題を解決していける力をつけていくサポートをする(場をつくったり、よりよい繋がり方をともに考えたり、…)ような教育にシフトしていかなければならないと思った。


その章では、もう1つ恐ろしい(でも、知っておくべき)社会実験が紹介されていた。

1954年にオクラホマ大学の研究チームが行った「選抜された22人の少年たち」の実験だ。

余りに明瞭な結果がでたことと、危険すぎるということで再実験はされていないそうだ。

でも、似たようなことが様々なところで(学校でも)起こっていると言える。

その実験は、できるだけ均質な11歳の少年たちを選抜し、2グループに分けた。

活動をしていくうちに、互いに敵対心を増し、恐ろしいほど攻撃的になっていく様が紹介されていた。

「興味深いのは、彼らが無意識のうちに、自分達を敵対する集団と正反対のキャラクターにしようとしたことだ。」

「ヒトは社会的な動物で、集団から排除されれば一人では生きていけないのだから、アイデンティティというのは、集団(共同体)への帰属意識のことだ。〝わたし〟は「奴ら」に対する「俺たち」の一部で、「敵」を生み出すのはひとがひとであるための条件ともいえる。」

と述べている。


これを読んで、「学級王国」の怖さを思い浮かべた。

「自分のクラス以外」を次第に「敵」と見てしまうようになり、安心できる学校生活がおくれなくなってしまう。

そして、「何が正しいかを考えて選ぶ」よりも「奴らと違うことを選ぶ」という意識が働いてしまって、正常な判断も曇らせてしまう。

「気に入らない奴らと同じことがやれるか」と。

そして、「自分達が向上すること」よりも手っ取り早く勝てる「奴らが不幸になること」を願うようにもなる。


自分の幸せのためには、クラスのみんなの幸せを。

クラスのみんなの幸せのためには、学校全体の幸せを。

学校全体の幸せのためには、…

と、より大きな共同体のことを考えていくほうが、結局はずっと楽に自分の幸せを手に入れられるように思う。


で、結局、今のところ、私にとっては、それに一番近づける場を子ども達(私達教職員にとっても)に与えられるのが、『学び合い』であり、全校『学び合い』だ。

そして、アドラー心理学。


「ヒト」はほおっておくと「敵」をつくっていく性があるというのなら、ますます他者を「敵」ではなく「味方」にしていく知恵を身に付けていく「教育」が必要になってくるだろう。

あ、かといって、あまり気張りすぎず。

「ヒトは学び合う」という本性の方を「邪魔しない」でうまく活用しながら。