Hatena::Groupmanabiai

イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2016-02-06

さらに上のこと 14:35

全校『学び合い』。

始めから終わりまで、学年を越えてフルで懸命に関わっていた。


時計の読み方がなかなかうまく理解できない1年生に5年生があれこれと説明の仕方を考えながら関わっている姿もあった。


そのおかげで1年生は何とか課題をクリアできた。

1年生もとてもいい表情で喜んでいた。


が、最終的に、全体の達成状況を見れば、5年生も含めて課題達成できていない人が複数名いた。


1人の1年生に懸命に関わって課題達成に持って行けた。

それだけでも十分。

…としてもよかったかもしれないが、5年生の彼らには、学級に帰ってからさらに語らせてもらった。


みんな、とても一生懸命で素晴らしかった。

一度関わり始めると、最後までその人を何とかしたいと思うのも優しさであり、大切な心だと思う。

それだけでも十分素晴らしい。

でも、でも、そこまでのことが当たり前にできだしたあなた達だからこそ、もうすぐ最上級生になるあなた達だからこそ、さらに上のことを要求させてほしい。


ある人の課題達成だけでなく、全員の課題達成のためにどう動けばよいかを考えるようにしてほしい。

あなた達なら、「誰と学び合いたいか」よりも、「誰と誰が学び合うのが有効か」ということを考えられるようになってほしい。


(どうすればよかったか、考えが浮かばないということだったので一つ例示させてもらった)


誰とどう学ぶかは自由なんだから、例えば、あの、ほとんどの人が課題達成できていた状態なら、あの1年生に関われる人はあなた以外にもたくさんいたと思う。

一方、今日課題達成できなかった5年生に関われる人はそう多くはなかったよね。

6年生も関わってくれていたけど。

少なくともあなたはその数少ない人の1人だったわけだ。

関わっている1年生への思いも分かる。

だけど、そこは他の誰かを見つけてつないで、自分だからこそできることを考えて全員の課題達成のために行動に移してほしい。


(あ、その時は言及できていなかったけれど、もちろん、私の言ったことはあくまでも例の1つであって、その通りにしても、課題達成できたかどうかは分からない。逆に、他の人ならあの1年生の課題が達成できていなかった可能性だってある。また、今日の行動を選択したことで自分自身とその1年生の中に得られた良いものもあったはずだから、それは否定していないことは伝えないといけなかった。今度ちゃんと伝えよう。ただ、「全員課題達成はできなかった」という事実があるのは確かであることも。)


言いたいことは、「仕方がなかった」としてあきらめないでほしいということ。

結果がでなかった場合、もっと他に何かやりようがなかったのかを考え続けてほしいということ。


こんな風に言っているけれど、大人だって、もちろん私自身だってとても難しいことだ。


でも、そんな難しいことも期待できてしまう彼らだからこそ、求めさせてほしい。


5年生の反応が気になったが、語っている間、真剣で、そして笑顔だった。

私の期待を、マイナスではなく、プラスの感情で受け止めてくれたようだった。



全校『学び合い』の後の6年生の振り返りの言葉もよかった。


「まだ課題達成できていない人がいた。それぞれの学年の課題はホワイトボードを見れば分かるのだから、例えば、今日の5年生なら図をかく問題もあって難しい人もいそうだと思ったら、もっと早く関われたかもしれない。次から気をつけたい。」

全体を考えて反省できている発言だと思う。