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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2014-08-09

『学び続ける教師になるためのガイドブック』…「教え合い」と「学び合い」の違い 17:38

この本の第2章は、水落先生の「学び合う学習デザイン」。

一番初めに「学び合い」と「教え合い」の違いについて図入りで書かれ、

「教え合い」→「教える」と「教えられる」という「向かい合った関係」

学び合い」→学習者同士、学習内容を理解するという目的を共有する「同じ方向を向いた関係」

としている。


この「学び合い」の方のイメージ図はちょうど私がアドラー心理学を学んで納得した時のカウンセリングや子育て(だけでなく様々な人間関係)のイメージと同じである。

このイメージで接すると人として平等な関係を保つことができる(教師や親なら役割や責任の違いはあるが、人としては上でも下でもない)。

悩みを相談されたとき、以前は「教師として、親として、ズバズバと解決策を指示できる存在であるべきだ」(つまり、「教え、教えられるという向かい合った関係」)という思い込みがあったが、それでは、

・我が事として主体的に考え、問題にあたれる自立した人間に育ちにくくなる(適切な形で他者の考えや助けを求めることができるのは自立した人間である)。

・解決策を実行し、成功させようとするモチベーションが「共に考えた場合」より低くなる。

・もしうまくいかなかったとき責任転嫁しやすくなる。

・納得できない「解決策」を押し付けてしまった場合、相談相手のつもりが「敵」となってしまうこともある。

ということに気づかされた。


押し付けられた解決策がたまたま本人やその状況にうまくあてはまり解決することも少なくないだろう。

そして、そこから「他者への感謝」を学ぶこともあるだろう。

しかし、その経験からは、

「やはり自分には力がない。誰かに頼らないとやっていけない人間なんだ」

という信念を持ってしまう可能性も高くなるだろう。


一方、共に同じ目標を目指す関係をイメージした場合、たとえ共に考えた解決策がうまくいかなくても、その結果を元にまた共に解決策を考えていく「仲間」となる。

そうしたことを繰り返していくなかで、「人々は仲間である」という世の中に対する基本的な信頼感や、「自分には力がある」という自己肯定感が生まれていくだろう。


学び合い』のことを聞くと、

「上下関係が生まれて、教えてもらう方が劣等感を持ってしまうのではないか?」

という心配をされる方がいるが、「学び合う」というイメージを持っている限りそういうことにはならないだろう(私への遠慮から聞こえてこないだけかも知れないが、少なくとも私の知る範囲では今のところない)。

自分達大人の場合で考えても、誰かに何かを学ぶとき、「喜び」や「感謝」を感じこそすれ、その都度「屈辱感」を感じてはいないだろう。

もし感じているとすれば、「だからそういう人が傷つかないようにやめよう」ではなく、まず「その感じ方でいいのか?」ということから問い直すべきだろう。

それは子ども達に対しても同じであるように。

MizuochiMizuochi2014/08/10 01:10ありがとうございます。
私のお伝えしきれていない部分までもくみ取っていただき、大変感激しています。
今後ともよろしくお願いいたします。

daitouirukadaitouiruka2014/08/10 13:14こちらこそ、とても良い本を出していただいて感謝しております。
『成功する『学び合い』はここが違う!』も現在読ませていただいています。
『学び合い』関連の書籍が次第に増えてきており、それぞれの先生方のそれぞれの説明の仕方に触れることで、自分の理解の浅かった部分が補われていく感じでとてもわくわくしています。
結論(例えば『学び合い』の考え方に賛同するかどうか)が違うときはもちろんですが、同じ結論の人同士であっても互いに、どのような具体的事実をどのように判断してその結論に至ったかということを確認し合うのは大切なことだと思います。
『学び合い』の授業の中の子ども達と同じく。

MizuochiMizuochi2014/08/10 21:00その通りですね!
まさに「成功する『学び合い』…」はそうした願いから生まれました。