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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2013-11-30

「おみそれしました。」それぞれの価値を認める 06:22

A男が算数の問題をいち早く解く。

「分からん、教えて。」

B子がA男にヘルプを発信する。

すぐにA男が教えようとするが、説明がB子に合わず、ますます混乱気味。

それを見てC子が立って助けに来る。

C子はD子に教えてもらってさっき分かったばかり。

C子はB子の反応を見ながらスモールステップで進める。

「ここまではいい?」

「前のページのここ見て。このときどうやってやった?」

「そうやね。じゃ、この場合にあてはめるとどうなる?」

よく聞くと自分がさっきD子に習った説明の仕方を応用して、B子用にカスタマイズした説明になっている。

「ああ、分かった。」

と、B子。

その様子を見ていたA男が一言、

「おみそれしました。」


分からないことを素直に問えるB子。

自分の説明を変化させながら相手が分かるまで付き合うC子(ちなみに、C子の「伝える力」は、ちっちゃな弟に鍛えられているのではないかと思っている)。

そのB子を教えたD子。

自分が「早く解けたこと」のみに価値を置かず(もちろんこれも一つの価値)、C子の「伝える力」に敬服するA男。



「みんなが、みんなで分かる」という学級の目標をしっかり体現しようとしている…う~ん。最強のチームやなぁ…と思いながら見ていた。


こんな姿を見るにつけ、

「人の価値って一面だけでははかれないなぁ。」

「だから一人一人違った人がいること、さらに、それらがうまくつながっていることが重要なんだなぁ。」

ということを再認識させられる。


自分で自由に判断して動けるから、それが見えてくる。

自分で自由に判断して動けるから、常時、自分の価値を高める機会がある。

2013-11-19

広がり、根付いていくっていうのは 06:17

つまり、こういうことなのかな。

子ども達に、1単元分の課題をプリントしたものを渡すことが多くなったのだが、複式学級に関する事業の助言をいただいている指導主事の方にも、町の授業研究会の方々にも興味を持たれ、資料としてほしいと言われたので送らせてもらった。

紹介するときに、

「単元全体で学習することの見通しや、各時間で達成すべきことの見通しが持てます。」

「復習するときに、書かれている課題について自分できちんと解け、説明できるかチェックできます。」

「授業開始時に急用で遅れて行った時でもすでに子ども達で始めています。」

「自分は今複式学級ではありませんが、自分達で進めるので複式学級でも活用できると思います。」

などということを合わせて伝えたこともあったからだろう。

そこには、

「一人も見捨てない」とか

「具体的に子ども達みんながゴールをイメージできる形のめあて」とか

「人格の完成や学習の仕方に関する自分のめあて」とか

「クラスの最低点が何点になることを目指す」とか

まあ、『学び合い』という言葉はなくとも、『学び合い』の考え方につながるものはちりばめているつもりだ。

自分としてはこういった課題シートがなくてもできるようになればさらにいいなとは思っているのだが…。

しかし、少なくとも、こういう具体物がある方が、『学び合い』を知らない他の人には見えやすくなるかな、とも思った。

学び合い』というような、特別な名前がついたものに抵抗を感じて近寄りたくないタイプの人達(アーリーマジョリティ以降の人達でしょうか?)は多い。

そういう人達にとっては、周りの先生達や指導主事の先生達がところどころでそんな「考え方」を言うのを耳にすることが重なってきたあとに『学び合い』に出会うと、

「なんだ、わりと常識の範囲じゃないか。」

と、自然と思ってくれて実践に踏み切る確率も高くなるのではないだろうか。

「西川純のメモ」で紹介されていたロジャーズやムーアの研究を知って(公開されている動画が分かりやすかった)、少し余裕を持ってこういうふうに考えられるようになった。

それまでは、

「自分はこんなに納得できているのに、なんで伝わらないんだろう?考え方がおかしいのだろうか?」

などと思って苦しかったのだが、

「考え方そのものが拒否されているとは限らないんだ。あることを採用するに至る基準には、人によって違いがあるんだ。」

そして、

「自分のようなタイプは、むしろかなり少数派なんだ。」

と気づいた…いや、N先生にはすでに言われていたのだが、やっと「納得」できた(笑)。

動画で示されたグラフを見ると、ものすごーくパーセンテージが少ないタイプ!

それを自分の中では「当たり前」と思っていたから苦しい思いをしてたんだなぁ…と。

学び合い』という言葉そのものよりも、「考え方」「文化」が広まることの方が大事だと思っている。

「〇〇方式」などという「言葉のみ」が先行すると、かえって不必要にアンチを生み出したり、誤解をはらんだまま丸ごと捨てられていったりするのを今までもずっと見てきた。

初期段階はともかく、一定以上知られてくると「考え方」がじわじわと広がっていく広がり方の方が自然で無理がなく、しかも強く根付くように思える。

mei-c5mei-c52013/11/20 09:40じわじわと、いろんな角度から丁寧に話し合って理解を得たいなあ、と思います。

daitouirukadaitouiruka2013/11/21 05:57そうですね。
これからは、イノベーター・アーリーアダプター向けの
「〇〇ができます。」
より、アーリーマジョリティー向けの
「何がお望みですか?」
に自分を切り替えていかなくてはな、と思っています。

2013-11-16

校外でも成長している姿が 09:56

放課後、すぐに自宅に帰らない子達が集まれる場所が地域にある。

とくに行っても行かなくてもいい。

時々、「今日どうするー?」「行くー?」などという会話も時々聞こえてくる。

そこでお世話してくださっている方(私が担任している6年生児童の保護者でもある)から報告があった。

6年生達はすぐに宿題にとりかかり、下級生達がごちゃごちゃと遊んだりちょっかいをだしてきたりする中でも(勉強をする場所というわけではなく、遊んでもよい)、6年生どうしワイワイと話しながら勉強をしていたそうだ。

その姿がおかしくて(普段の授業もこうなんだろうなー)と思いながら、もう一人の担当の方と笑って見ていたとのこと。

普段どのように授業をしているかはご存知なので。

さらに、その友達同士の接し方がすごくやわらかくなっていることにびっくりしたということだ。

以前はちょっと困ったような言動も見られていたらしい。


そんな報告があったということを私から言う前にA子が、

「先生ー。昨日B男君が優しく教えてくれたがぜー。」

と、にこにこしながら報告してくれた。

B男は照れたのか、

「いやー、ついうっかり教えてしもうたー。」

と笑っていた。

学校では常時やっているのにね。

私も

「おおー。油断するとついうっかりいいことしてしまうまでに成長したがやねぇ。」

と笑った。


教師の見ていないところでも自然とそんな行動ができるようになると本物だなと思える。

教師を介さずにつながることを求め続けている『学び合い』だからこそ、そういった現象が起こりやすくなると思う。


こういう報告を受けると本当に幸せな気持ちになれる。

同僚の先生にもこの話をシェアしていっしょに喜んだ。

2013-11-15

ご冥福を祈ります 06:17

以前から知り合いの校長先生が先日亡くなられた。

学び合い』にも共感してくださって、私を学校に呼んで『学び合い』の授業を紹介してくださり、全校で取り組もうとしていた先生だ。

「まるごと取り入れたい」という感じでもなかったが、一人も見捨てたくない、みんなの力を伸ばしたいという思いは強く伝わってきたので私はやはり『学び合い』であったと思わせてもらっていた。

復帰を願いながら、数年の闘病生活の間も勉強をしていたそうだが…。

いつも教育について熱く語り、いろんな人に学び続ける志の高い方だった。

本当に惜しい人を亡くした。


私の教師生活もあとそれほど長くは残っていないが、そこに至るまでに病気や事故などで終えてしまう可能性があるということも改めて思い知らされた。

sakusaku0428sakusaku04282013/11/20 05:12この日は龍馬さんの記念日ですね。
14日には夜、桂浜に行って龍馬さんと2人きりでお話しをしました。
私は先月命拾いをしました。一歩間違っていれば今という時を過ごせていません。
限られた時間を楽しく精一杯生きたいですね。

daitouirukadaitouiruka2013/11/20 05:35sakusaku0428さん、ありがとうございます。
何か大変なことがあったようですね。
私も今までに事故になりそうなヒヤッとした瞬間があります。
先日は中学校の時の同級が癌で亡くなりました。
若いうちに母も亡くしています。
その時は
「え?なんで?自分の家族にそんなことが起こるなんて!」
と思ったことでした。
考えてみれば世の中によく起こっていることなのに、どこかドラマや小説の世界のことのように考えていたのです。
本当に、ひと時ひと時を大切に、精一杯生きたいですね。

sakusaku0428sakusaku04282013/11/22 05:27オリエンタルホテル高知の向かい側にある居酒屋さんの鰹のタタキ最高でした。あと初めて食べた酒盗やウツボの唐揚げも。高知城もすごかったです。下士の人たちは、いつかここに登ってやるぞ!と思っていたのでしょうかね。
吉田東洋さんの所に行く時間がありませんでしたが、吉田松陰先生とときを同じくしているのは面白い偶然だと思います。あと龍馬とお龍の偶然も。

daitouirukadaitouiruka2013/11/24 10:11高知生まれの人間としてベタですが、私の大好物はカツオのタタキです。
それも、上記の亡くなった母の作ったものが自分の中では最高です。
刻んだ紫蘇の葉が乗ったものでした。
皿鉢に平たく並べ、タレをかけ、軽くたたいて仕上げていました。
子どもの頃は、なくなるのがもったいないのでタタキ一切れにつきご飯1杯のペースで何杯もおかわりし、最後に残ったタレや玉ネギやネギを混ぜ込んだご飯で(ちょっと下品?)また1杯を食べてシメをしていたくらいです。
最近は、あったかい塩タタキもかなりいいです。
それからウツボはから揚げもいいですが、これもタタキが好きです。
お食べになったでしょうか?
ちなみにウツボを食べる習慣は高知と和歌山しかないらしいですね(私の記憶では「美味しんぼ」に書いてあったような…間違っていたらごめんなさい)。

bunbun-hbunbun-h2013/11/24 19:07昨日もバスケからの帰りの車で、高知はなにが美味しいかと言われて「ウツボのから揚げ」と答えました。カツオのたたきももちろん美味しいんですけどね。

sakusaku0428sakusaku04282013/11/25 06:21「うつぼのタタキ」を食べ損ねました(T_T)
次回はそれをメインに食べるがぜよ!

2013-11-14

町の授業研究会で私がした授業 06:37

小中学校の教員が入っている理科部会の授業者に指名され、授業を見ていただいた。

今年度になって久しぶりに理科の授業をしたので(6年間していなかった)、引き受けるとき多少不安もあったが、

(まあ、『学び合い』だから教科関係なくなんとかなるでしょ。)

という感じもあった。

授業は、普段やっているほど任せて、板書もほとんどしなかったら、参観者が見て何をやっているのか分からなかったり、いらぬ抵抗を感じられるといけないので一応一般的な授業にも見えるようなことも入れた。

あくまでも『学び合い』の授業参観が目的で来られているわけではないので、興味を持ち、さらにつっこんで聞いて来られたときに、「実はこんなふうにまだまだ削って子ども達に任せることができるんですが…。」というくらいでいいかな。あまりがっついて逆に引かれてしまうといけないしな、ということを考えた。


授業は、「水溶液の性質」のまとめのところ。


授業前。

20人ほどの参観者の中、子ども達、わりとリラックス。

「家でも実験したい」と言っていた子にリトマス紙を渡していたのだが、その残りを使って自分の汗が何性か調べている(直前まで外で走り回っていた)。

そこへ全員集まってきて(少ないので集まれる)男女混じってワイワイとその子のおでこや、その他汗の取れそうな場所に押し付けて調べている。

「おー。アルカリ性や。」


他の子が私に、

「先生。血は何性?」

と聞いてきた。

これを実際に調べるには血を出さなくてはいけないので無理。

そこで、

「さー。どうやろね。後ろにせっかくいっぱい理科の専門の先生がいらっしゃるんで聞いてみたら?」

と言うと、

「すみませーん。」

と言って、大きな声で参観者のみなさんに問いかけていた。

ほんとに、ものおじしていない。頼もしい。


さて、授業開始。

①本時の授業の「めあて」の確認。

 数種の水溶液の正体を実験によってつきとめる。

前もって単元全部の課題を渡しているので、日直がリードして全員で読む。もちろん「全員が」達成すること。

②授業の時間配分の相談。

 「今日はこんなことをしてもらいたいんですが、時間配分決めてください。」

③相談して、できるようになったところから実験。

 必要なものを理科室の中から自分たちで取り出してきて準備。

 取り出すときも、他のペアの分も取ってあげたりしていい感じ。

 実験は薬品も使うため、「失敗を経験してもらう」わけにはいかないので、そこは少し介入。

でも、

「あれー。安全第一なのに、まだ不十分なペアがいるなー。」

とか、

「他のペアが用意しているのに、用意していないものがあるペアがいるなー。」

とか言って気づいてもらう程度。

それで十分わかる子達。

予定時間より早く終わったら、実験の目的・結果・わかったことを確認し、しっかりと報告ができるように練習しあう。

もし、ペアで十分できたら他のペアのところに行って納得いくように報告し合う。

本来ならこれを繰り返していって「全員」を達成したらいいと思うのだけど、参観者に向けて次の④の活動。

④実験の報告。

 ペアでジャンケンをして、勝った方が報告。

あくまでも、ランダムに選んだ誰でもが課題を達成しているところを見てもらいたかったから。

みごと全員立派に報告。

⑤自己評価と感想を書く。

 全員A評価。課題も達成できて、協力もばっちり。


さて、授業後の研究協議。

いただいた意見や感想。

・よく学び合いができていた(『学び合い』については私からは触れていない)。人間関係もとてもよい。実験のテクニックなどもきちんと頭に入っていて、互いに確認していた。

・かなり高度な対話がされていて驚いた(「うちの中3よりもすごい。」との声も)。

・同じ結論になっても、「いっしょやね。」で終わらせずきちんと判断理由までお互いに言語化させていたところがよかった。

 ※協議の初めには、「西川純のメモ」につい先ごろも紹介されていた「スケッチ」より「言語化」する方が学習効果があったということも紹介させてもらった。

・単元全体の課題を渡しているのが、子ども達が見通しが持ててよい。良い資料なので参考にさせてもらいたい。

・子ども達の課題のシートに「一人も見捨てない」とか「人格の完成」に向けての個人の目標が書かれていて驚いた。

・授業の初めに時間配分をしていたのも、主体的に学習するのによいと思った。実験にかかる時間まで決めさせていたのには驚いた。しかし、全部ができていた。

・「できるだけ少ない回数」で、「簡単に」できる実験を考えるとあるのだから、最後にそれを判定することが必要だったのではないか。

 ※この意見に対しては、私も言いたかったのだが、別の方が次のように言ってくださった。

・そのことについては、自分のクラスだったら「自分のところがいい」と競争になってしまいそうで、心配。この子たちはむしろ、もっと大きなこの授業のめあてである「みんながきちんと水溶液を判別できること」の大事さが頭に入っているから、そんなことは問題にならずにさらっとお互いに認めていたのがかえってよいと思った。

・言語化の大切さがよくわかった。今の指導要領でも言語活動が重視されているので、来年からの理科部会のテーマもそのようなことを入れてはどうか。


他に、ガラス棒や安全メガネの使い方などについての細かなアドバイスもいただいた。

授業の流し方について「もっとこうしたら?」ということもあった。それについてはもっと私の考えも伝えて協議していきたかったが、おそらく『学び合い』について立ち入ったものになりそうで、十分な時間もない中「納得いかないまま、いやな雰囲気で終わる」ことを避けたかったので、あえて言わなかった。

私が大切にしたい大筋のところは認めてもらい、高い評価をいただけたようなので。


前任校の同僚の先生もお見えになっていた。

「活き活きとやってますねぇ。」

と言ってもらえた。


全て終わった後、うちの校長先生が、

「反論もあったと思うけど、あえて言わなかったでしょ。」

と言ってくださった。

校長先生は、『手引書』をダウンロードし、『スタートブック』『ステップアップ』『ジャンプアップ』も自費で購入して全て読んでくださっているから、かなり分かってくださっているのだ。

それもありがたかった。

munehiromunehiro2013/11/14 20:40校長先生レベルでの意識が変わってきているのが九州でも感じます。やっと・・・・

daitouirukadaitouiruka2013/11/15 06:01九州は本当にすごいですよね。
高知はまだまだそこまではいっていませんが、少しは変化を感じられるようになっています。

2013-11-09

自分達で 07:47

月に一度全校で誕生日集会というものがあり、その月生まれの人をお祝いしている。

今まで、児童会役員の一人がピアノを弾いてみんなで「ハッピーバースディ」の歌を歌っていたのだが、A子から、

「6年生みんなで合奏しょうよ。」

という提案があり、すぐに全員がのった。

他の行事やら作品展の締切がいくつかせまっていて大変な時期なのだが、ちょっとした時間を見つけて自分達で練習してちゃんと実行した。


御神輿を各学級で作って地域を回る行事が近くある。

テーマを決めて自分達で飾り付けるようになっている。

私が、たとえばこんなのでもいいよ、と一つ例示したのだが即時却下。

「いや、それよりこんなのがいい。」「それともこんなのは?」

という意見が出てくる。

そんな子ども達の姿をにこにこしながら見ている。

考えてみれば、自分の意見が却下されてうれしいなんて、教室や子育ての場面以外ではあまりないかなぁ(もちろん意味もなく却下されるのは悲しいけど)。


そういえば、娘が小さいころ、学校で悩んでいることがあって、夫婦でそれぞれに「こうしたら?」「私ならこうするね。」とかあれこれ言った後、結局娘はその状況に応じて全く別の方法で対処した時も、とても頼もしく思えてうれしかったのを思い出した。

nishinaonishinao2013/11/09 23:51そういえば、学び合いに出会うまでは自分の意見や考えがこの世で一番正しいと思っていました。だから、人にアドバイスした時にその人が自分のアドバイス通りに行動しないと、「何でおれのアドバイス通りに行動しないんだよ。だから失敗するんだよ。」と思っていました。
子どもたちも娘さんもそうですが、大人が子どもたちにアドバイスしてそれが有効な可能性なんて皆無に等しいですよね。子どもたちの有能さはどう考えても自分(大人)以上ですものね。
長々とコメントしてすいません。

daitouirukadaitouiruka2013/11/10 06:56nishinaoさん、ありがとうございます。
「押し付けてもだめだ」ということを気づかせてくれた『学び合い』そのものですら、やっぱり押し付けると不要な反発をくらいますよね。
正しいと思うものこそ、押し付けずしっかりと納得してもらいつつ広がるようにしていかなければならないと思います。
ごり押しや、権力に頼って広めようとすると、短期的にはある程度「させる」ことはできるかも知れませんが、必ず破綻していくと思います(国家の場合は数十年単位になりますが)。

特に、とにかく使ってみればだれでも便利さがわかる道具のようなものと違って、「考え方」が納得されていないと失敗する『学び合い』のようなものは。

アドバイスについては、子どもにしろ大人にしろ「解決した」「満足した」と判断するのは結局「本人(達)」なんですよね。
実際のカウンセリングを見せていただいた時も、(お、その助言でばっちりやろ。以前、本でみたケースとまったく一緒やんか。)
と思って見ていると、相談者はどうもしっくりいかない様子。
すると、カウンセラーの方はあっさり引き下がり別の方向に行き、今度は相談者がとても納得がいって終了、ということがありました。
私としては(え?なんで?自分だったら納得できない!)と思えるものでしたけれど、「本人」がそれですっきりして前向きに幸せに暮らせるなら、それが「解決」なのですから。
『学び合い』に出会ったとき、「人それぞれ躓き方が違っていて、最も良いただ一つの説明の仕方なんてないんだ。」という考え方が何の抵抗もなくあっさりと自分の中に入ってきたのもそういったカウンセリングや子育ての経験があったからなんでしょうね。
…ということは、自分が『学び合い』について他の方に説明するときに、その「最も良いただ一つの説明の仕方なんてない」という部分が自動化されてしまっているんだろうな、ということにここまで書いて気づきました。
ありがとうございます。

長々とお返事してしまいました(笑)。
こういったやりとりは楽しいもので。

nishinaonishinao2013/11/11 00:05ご丁寧にお返事をしていただいてありがとうございます。

>自分が『学び合い』について他の方に説明するときに、その「最も良いただ一つの説明の仕方なんてない」という部分が自動化されてしまっているんだろうな、ということにここまで書いて気づきました。

この文章を読んで自分も初めてそこに気付きました。何だか大切なことなのに自動化してしまうのは怖いですね。
そういうところも、しっかりと意識しながら生活していきたいなと思います。