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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2013-10-30

共通の用語・手順・基準を持つと 05:54

以前「教師の一分」のmunehiroさんのブログでやりとりしたこともある内容のことだが、ある用語の概念を理解するまでは、「人それぞれ」の説明の仕方や理解の仕方があってよいし、そうでなければ本当に分かることにつながらないと思うが、一度みんなが理解してしまえばいつまでも「人それぞれ」ではなくその集団の中では共通の用語として使えるようにする方向性がないと、効率的ではないし、議論もかみ合わず深まらないと思う。

これは何も「教室」の中だけのことではなく、一般社会のどの分野でもごく普通のことだろう。


先日の国語の授業で、段落の要点をまとめる活動をしていた。

要点のまとめ方は算数の計算の解とちがって、全員ぴったりと同じ言葉になっていなければならないということがないため、以前の私は「まあ、まあ、それもよし、これもよし」みたいになって結局子ども達の間で話し合って追及していくというようにはなりにくかった。

しかし、共通の用語や、要点をまとめる手順や、要点として妥当かという判断の基準を示すと、ある程度の許容範囲を認め合いつつ、自分達で議論を進めていけるようになった。

以下、子ども達だけの対話(脳内録音なので、およそです。実際に録音しとけばよかった)。

「文の数、いくつあるかね?」

「3つ。」

「じゃあ、どれが中心文やろ?」

「あ、これ頭括型になっちょると思う。」

「うん、あとのところは具体になっちょるけん、ここが一番抽象的に書いちょるもんね。」

「自分はこっちやと思うけど。」

「いや、でも、この段落で抜かされんキーワードはこれやと思うけん、やっぱりこっちのほうやない?」

「いや、やっぱりこの言葉も入れたい。」

「う~ん。じゃ、こんな表現にしてみたらその言葉も入れれることない?」

「うん。」

「じゃあ、要約。述語から探して…。」


こんな感じで対話が進んでいく。

面白いのは、今まで国語が得意だった子だけでなく、みんなが議論に加わっていること。

時には今まで苦手だと思っていた子が「それは違うんじゃない?だってよ…」と根拠を示しながら反論して妥当な解につなげることもあるのだ。

共通の用語や手順、基準がよりどころとなって発言の自信につながるのだろう。



さて、私は上記のような様子をにこにこしながらそれを見ているのだが…。

ちょっと迷っていること。

私が全く介入しないかというとそうではなくて、必要に応じて新しい知識や基準は全員に伝えている。

できるだけ介入はせず任せたいのだが、例えば今回の場合、ある言葉を入れるか削るかの議論になったときに一言。

「要点をまとめるときは、文字数などの制限があるならそれに応じて付け加えたり削ったりするのですから、それがない場合は絶対これは入れる、削るということはないです。ただし、重要度には違いがありますから削るんならこっちではなくこっちとかいう優先順位はありますけどね。主語や述語とか、キーワードになるものとか。」

ということ。

これは、そういった知識や判断基準がないと延々終わらない議論になると思うから。

「いや、そういった考え方すらも子ども達が話し合う中で見つけたらよい。」

とも言えるかもしれないが、時間がかかり過ぎて課題が終わらないと思う。

「まとめかたには許容範囲があり、もしさらに削るとしたらどれを削るかという点を理解し合っていればよい」ということを、次回からは判断の基準として初めから入れておけばよいと思う。

こういうことは全て初めから気づけないこともあるし、気づいていて初めから全て伝えようとしても「その時」にならないとピンとこないことがほとんどだと思うから。

…そう思いながら、(いやいやいや、そのことだけを見ればそうかもしれないが、トータルで見て「任されていない。信頼されていない。」という無言のメッセージが伝わってしまってマイナスなのかな?)などとも思っている。

みなさんはその点についてどう思われるだろうか?

mei-c5mei-c52013/10/31 09:14ボランティアで似たことがあって、わたしは
「自分で解き方を考えることはすごく大切やと思うし、その力も十分持ってると思うよ。でも、ほら、わたしっておせっかいやし、自分の知っちょることは自慢したくなる性格やけん、どうしても言いたくなってしまうがよ……」と言い訳しました。
そしたら、お兄ちゃんの方に、
「あー分かる、知っとったらそりゃ教えたくなるわ。仕方ない仕方ない。ま、先生は気にせんでええよ」って言われました(笑)
本当にいいのか悪いのか、その真偽は分かりませんが、自分とその子たちの問題であれば、その子たちにも共有してみる、というのもひとつの手なのかな、と思います。

daitouirukadaitouiruka2013/11/01 00:00結局は、「一人も見捨てない」という結果になっているかどうかで判断していく。
形がどうかではなく、その子達が「見捨てられている」「見捨てている」と感じておらず、学習に対してやる気や自信が持てているかどうかを確認しながら進んでいくことですね。