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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2009-07-30

今度は床屋のにいさんと『学び合い』について話す 22:34

今日は、髪の毛が暑苦しくなったので、散髪へ。

昔からの知り合いの床屋のにいさんだ。

テレビに映っていた今度の選挙の話から、日本がどうなっていくかという話になった。

「制度も大切やけど、それを動かす人間も大きく変わっていかんとね。でも、なかなか人の心は変わらんもんねー。」


そこで、

「その通り、政治も大切やけど、教育も大事やでー。」

ということで、『学び合い』について話しまくった。


「そう言えば、高校のとき、ひどい数学の先生がいて、自分のクラスだけ他のクラス(その先生が教えていないクラス)より20点ほども点数が低いようなことがあって、しかたがないんで、放課後友達同士で集まって教え合いしたときにうんと勉強になったことがあるで。その後、勉強の仕方というものも分かってきたような気がする。教えるにはほんまに理解しちょかんといかんもんね。自分らで教え合ういうのは、いけるで。」


まあ、にいさんの場合、クラスがそういう動きになったからよかったものの、そうならなかったクラスも当然あるだろうし、同じクラスの中でもそれに参加していなかった子もいただろう。

だから、教師みんながその数学の先生みたいになればいいと言っているのではない。そのような状態を意図的に授業時間に「みんな」に向けて作れるような教師になればいいということ。


ひとつひとつ『学び合い』の考え方に賛同してくれて、とても意気投合してしまった(客だからということを差し引いても、かなり乗ってくれたと思う)。

にいさんには、子どもさんもいて、私の母校に通っている。

「これからの世の中、そんな教育を広めていってもらわんといかんねー。もう、小手先じゃなくて、がらっと変えんといかんところまできちょるもんね。」

と、にいさん。

「分からないことを本当に分かろうとしたり、自分の力を当たり前のように人のために役立てることを経験した子ども達が日本国中にいたら、世の中変わるでねー。」

と、私。


教育界だけでなく、外堀からも『学び合い』の考え方を広めていかなくては。


とりあえず、古典の物語や落語の世界にもあるように、昔っから、床屋というのは、地域の情報ターミナル的なところがあるもの。

にいさん、今日の話、お客さんにいっぱい広げてくださいね。

あっ。にいさんの身内に、教員もいた。

町の政治家もいるぞ。

おもしろい床屋さんで、町の役所から頼まれたコンピューターのプログラミングやPCの講座もしていたりするので、そちらの方の知り合いも多い。


学び合い』のこと、今晩の食卓の話題にしてくれてたらいいなー。

自動化の罠 09:28

夏休みに入って、今まで自分がメモしていた『学び合い』に関するノートを見返してみる時間ができた。


やはり、始めの頃のものは、『学び合い』の考え方に触れたばかりで、感動と発見の嵐という感じだったので、書いていることも感動的で、熱い!

そして、たくさんの「語り」の案が書き殴りで散らばっている。

(おお、こんなこと言っていたなー。今の自分よりずっと説得力があるじゃ ないか!)

何となく、今年は去年よりも「語り」に熱がないのではないかと感じた。

子ども達の心に届く力はどうなんだろう?と…。


まあ、子どもの認知も様々なので、今ぐらいがちょうどよく、去年のは「熱い」じゃなくて「暑苦しい」ととる子どももいるかもしれないけれど…(笑)。


いずれにせよ、今の自分の「語り」や「行動」は、きちんと『学び合い』の考え方がみんなに浸透していくためのものになっているかということのチェックは怠らないようにしなければならない(もちろん、私自身の『学び合い』の考え方も、もっと確実なものにしていかなければならないけれど)。


ついつい「もう分かってるだろう」の自動化の罠に陥ってしまう。


去年も、初めて『学び合い』を取り入れて2学期がいい感じで終わり、3学期に入ったとき、自分は冬休み中『学び合い』についてずっと考えていたので「当たり前」になってしまっていて、子ども達との間にずれができていたことに途中で気付き、もう一度しっかり語り直した経験がある。


ながーい夏休みだ。それが開けたとき、しっかり気をつけておこう。

jun24kawajun24kawa2009/07/31 06:48床屋さんも高知の会に誘って下さいね。

daitouirukadaitouiruka2009/07/31 07:12一応、夏の会のこと言っておきました。

janglejapjanglejap2009/07/31 20:25イルカさん、私も信州ツアー現地集合、朝解散で参加することにしました!
どうかご都合がつきますように!!

daitouirukadaitouiruka2009/07/31 21:17おー。janglejapさんも!
私も参加決めました。
ちと遠いんで、松本市前泊で。
お会いできること、とてもとても楽しみです。

2009-07-29

息子の担任の先生と『学び合い』について話す 06:18

昨日、中学生の息子の個人面談があった。

その時、

「○○君は、学び合う時によく動いてくれて…」

というお話が先生から出たので、

「先生。『学び合い』をされているのですか?」

と、お聞きすると、N先生のものではないようだが、取り入れてやっておられるらしい。

大阪にも授業を見に行っておられたそうだ。


「保護者や委員会の方など、参観者がお見えになったときは、学級崩壊してるんじゃないかと思われそうで…。」

「そうなんですよねー。自分の場合は、『学び合い』なら子ども達にいつも話しかけていなくてもいいんで、参観している方達に、『学び合い』の説明や、あの子は以前ああだったけど、今、こうなっているんですよーとか話しています。」


など、会話もはずんだ。

先生も習熟度別に分けることに反対で、そのようにすることを言ってこられたりもするが、拒否しているとのこと。うれしかった。


それに、成績のことよりも、息子が男女関係なく最後の最後まで懸命にクラスメートに教えたり、わからないところは、恥ずかしがらずきちんと聞きに行けているということを聞いてとてもうれしかった。


息子には、私が以前『学び合い』のよさを力説しまくっていて、「それはええね。そんな授業受けてみたい。」と賛同を受けていたので、すんなり入れたのだろう。担任の先生が学び合うことの大切さを説明したときに、「うちの父も…」と、先生に言っていたらしい。ちなみに、息子は友達(私のことを知っている)にも父が『学び合い』という授業をしていると話したらしい。


N先生の著書も持っていたので、それを先生に見せ、宣伝もした。

気がついたら、午前中の最後の順番だったので、ついつい長くなり、1時間ほどに…(まあ、息子の話というより教員同士の話ということで許していただきたい)。


そして、

「先生!8月8日の午後、空いていますか?N先生もお呼びしている会があります。参加しませんか!?」

と言うと、

「その日、クラブの遠征の引率ですよ。」

と言われた。

あっ。そうだった。先生は、息子のクラブの担当でもあった。

学び合い』の会が既に決定した後に出場権を手に入れたので、私も応援に行けないのだった。

忘れているなんて、ひどい父親だ。

「引率やめて、会の方…来ません?」

と言うと、

「だめです。」

と、きっぱり断られた。

なんてひどい父親だ。

(もちろん、冗談で言ったんですよ。家族思いのN先生には、あきれられそうな話です。)

kogapon7kogapon72009/07/29 22:02いるかさんも、おくさんも、息子さんも『学び合い』ですか。
すごすぎます!

いるかさんに大阪の会のお誘いのメールを出しましたが届いていますか?

ybhdv7ybhdv72009/07/30 00:43すごいですね!!
順調に広がってきてますね。

daitouirukadaitouiruka2009/07/30 07:41kogaponさん。ybhdv7さん。こちらの方では(も?)、私達が取り組んでいる『学び合い』とは違いますが、学び合いをしているという話をときどき聞きます。
私達の取り組んでいるものと違うとは言え、「子ども達同士で話し合う」ということがそれほど珍しくないという土壌ができていくという点から見れば、いいのかもしれませんね。
大阪の会、お返事遅れていてすみませんでした。メールお送りしました。楽しみです。

2009-07-28

クラスへのラブレター?公開! 08:27

夏休み前のある日、家庭との通信欄のあるカードに、A女本人が書いてあった文章。

 **************************

先生。もうすぐ夏休みですネー。はやっ!!

私は、はやーと思います。

もう少しだけいてもイイかも!?と思ってます。

クラスのみーんな大スキです。

センセイのことだってすきです。

みんなと会いに行って、勉強して(『学び合い』のこと)、楽しい!

こんな気持ち、はじめてです。(笑)

テストも多いし(学期末なんで…)、事件が多いけど、がんばりましょ。

オー。

ちょっとかんしゃ。

今までありがとうございました。

また2学期もよろしゅうお願いいたします。

Aより。センセへ。


 ***************************

何ともうれしくってうれしくって、コピーしてとってある。

書いてある通り、いつもいつも「事件」が起きていて、まあ、退屈だけはしないクラスだ(笑)。

でも、そのことを「みんな」の問題として、「みんな」で考えるようにしているから、きっとそんな「みんな」が大スキなんだろう。

個性的で、魅力的で、かわいくって、とってもいいヤツらだ。

特別な聖人君子とは言えないが、そんないいヤツらが集まっていいドラマをつくってくれている。

marumaru2009/07/28 17:22初めまして。徳島で小学校の教員をやってます。
8/8の会に参加したいと思っています。
その旨をメールにてお送りしていますのでご確認いただければ幸いです。

daitouirukadaitouiruka2009/07/28 19:29ありがとうございます。
楽しみにしております。お気をつけてお越し下さい。
ところで、すみません、お送りいただいたというメールがどうしても見あたらないのですが、今日付けのものでしょうか?お名前や件名はどのようなものなのでしょうか?
かまわなければ、もう一度お送り願えませんか?
どういうわけか、以前届かないままのものもありましたので…。よろしくお願いいたします。

marumaru2009/07/29 00:40第1回『学び合い』を学ぶ会in高知についてという件名で再度お送りさせていただきました。よろしくお願いします。

daitouirukadaitouiruka2009/07/29 05:29メール、受け取りました。返信もいたしましたので、そちらの方のチェックもお願いいたします。
では、8月8日にお会いしましょう!

2009-07-25

停滞あるいは後退してしまっていると思うときに 19:43

最近、他の方のブログを拝見している中で、「停滞」や「スランプ」について書かれているのを見かける。

見かけるというのは、私自身がそれを意識しだしたから、目に付くようになったのかもしれない。

停滞だけでなく、初めの頃できていたことで、出来なくなっていることもあるように思うこともある。

でも、よく考えると、『学び合い』を導入してすぐの頃の劇的な変化が、ずっと毎日起こることを求めて焦っているような気がしてきた。


他の素晴らしい実践されている方々の中にも、停滞やよくないと思える変化もあるという記述を見たときに、「このくらい素晴らしい実践をされている方の学級でもそうなのか。悩んでおられるのか。」と思い、少し楽になった。

考えてみれば、人間関係が変わっていくのだから、一見後退していると思われる変化もあって当たり前。その変化をどうしていくかが、また『学び合い』になるじゃないか。


今年度の1学期の初めの頃を思い起こしてみると、そう言えばあの子もあの子も伸びて来ている。

昨年度の子ども達の、今年度の子ども達より出来ていたことだけを思い出して比較してしまっていて、その逆もあったことを見逃している(つまりは、それぞれの良さがある。比較したって仕方がないということ。)。


私の場合、学級に入ってきてくださる、昨年の担任のR先生が、子ども達の伸びをいつも指摘してくださり、私に勇気を与えてくださっている。

先日の水泳の時も、なかなか他の子と協調することが難しかったA男が懸命にチームの中で、チームの一員として泳いでいる。

それを見たR先生、

「すごい!あの子のあんなに懸命に泳ぐ姿、去年は考えられんかった。」

「あっ。そうなんですか。あのことはあの子にとって、そんなにすごいことなんですか。」

「そうでー。そばにおったB子も、すごいーっ!て言いよったやんかー。」

そんなことも聞き漏らしている私。


「教師がきっかけとなって伸びることはもちろんある。教師は重要や。でも、教師一人の力なんてほんとに微々たるもんやね。子ども達同士が関わり合いの中で変化していく力に比べたら。先生(イルカ)はええこと(『学び合い』)しよるで。」

子ども達が出ていったプールのシャワーの所で、しみじみとその先輩R先生は言ってくださった。

そのR先生も専科の時間に我がクラスで『学び合い』を取り入れてくださって、次第にテストなどに表れる理解の伸びを感じ、喜んでくださっている。


私の授業の場合、大方は伸びているが、少し伸び悩みのものもある。

と言っても全国平均以上はいっているなー(少し落ち込んでいる項目もあるので、それは2学期の課題だと子ども達と確認しあった)。

しかし!

私が彼らに期待できると思っている『学び合い』の力はそんなものではない。

それに、やっぱり「平均」ではだめなのだ!

「みんな」なのだ!

でも冷静に考えてみると、それは『学び合い』の効果がないせいではなく、私の思っていた計画通りにいかないあることがあって、私が焦って『学び合い』の時間をしっかり確保できていなかったときの影響ではないかと思う。


一見停滞しているように見えるとき、実はよく見れば成長しているところを見逃しているだけだったり、急な変化を求め過ぎていたり、自分自身が「子ども達の力を本当に信じること」、「ちゃんと語ること」、「課題設定をしっかりすること」を怠ったりしていないかをもう一度見つめ直さなければならないのだろう。

2009-07-12

こに~さんの日記を読んで…子どもとの関係 13:39

子ども達の考えを尊重しようとして、つい何でも受け入れてしまいがちになること。私もあった。

私の場合、嫌われることを恐れてのことだったのかも知れない。

また、「平等」ということについて、今とは違う考えを持っていたからかも知れない。

しかし、それでは学級を管理するものとしての責任を果たしきれないと思うようになった。

その裏で、表に出せないものを持つ誰かが傷ついたり、詳しい事情をしらない他の学級の子ども達がそれを見ることによって困った影響を受けたりすることにも、子ども達自身が配慮出来るようにしていかなければならないと思うようになった。


とりあえず私の場合…


子ども達が、何か提案してきたとき、そこから起こりそうな

問題点を子ども達にきちんと伝える。

それは、今までの自分の経験などをまじえながら(こじつけであったり、説得力のないものだったりするとだめ)伝える。

そして、それが起きた場合、あなた達はどのように対処し責任を取るつもりなのか、はっきりさせてもらう。

「何かあったら、先生何とかしてよ。」

程度の訴えなら残念ながら聞くことはできない。

私は、みなさんが様々なことを自分達で最後まで管理し、責任が持てるようになることをむしろ望んでいるので、何もかも無意味に禁止はしたくないということも伝える。


「先生はいいのに、生徒はいけないのか。」

と言われた場合、

「当たり前です。責任のとれる度合いによって権利は違ってくるのです。みなさんと私とは、人として平等でも、立場は違い、責任の重さにおいて全く違うのです。」

と言う(これを言うためには、それ以外のことは、やはり平等であることを認めなければならない。また、法律に触れることに関しては、私の一存では決められないことも。)

また、子どもが、「親しさ」と「失礼さ」を混同していると思われた時は以下のようなことをきちんと伝えている。

人間対人間として、互いに尊敬しあいたいからだ。


私は、あなたを尊敬している。

あなたよりも私が人間的に価値が上であるとか、偉いとかはこれっぽっちも思っていない。

しかし、同時にあなたよりも下だとも全く思っていない。

あなたが、私に反対意見を述べることは全くかまわない。

そのことについては精一杯誠実に応えたい。

誤りがあれば素直に正し、謝りたい。そういう意味で平等でありたい。

しかし、親しくすることと、失礼なこととは違う。

私はあなたに対して決してそのような態度はとっていないつもりだ。

あなたの態度は、一人の人間として許せない。



昨日の日記にもつながってくるが、よく見かける親子関係でも、「平等でありたいから」などと思っているのであろうか、子どもに、その責任能力を越えた権利を認めてしまっていることがあるように思う。

立場としても、ひどい場合には平等どころか下になってしまっている。

例えば、校外のクラブ活動で、忙しい仕事の合間をぬって弁当を届けに来た親に対して一言の礼も言わず「遅い!」と怒り、それを聞いて「ごめん、ごめん。」と笑いながら謝り、弁当の蓋を開けてあげている親、というような図だ。

そして、それを大人との当たり前の関係と勘違いしてしまって、他の大人にもそのように接している子ども達がいるように思う。



小学生なら、私が言っているようなことについて、知らなかった、考えてもみなかった子については、上記のようなことを言うことは比較的効果があると思う。

しかし、中学生の場合、上記のような話に対する理解力が増す一方で、逆に、上記のようなことを知った上で、なおかつ反抗している子ども達もいることだろう。

そうなるとまた対応は変わってくる。

小学校と違った難しさが中学校にはたくさんあることだろう。


しかし、いずれにせよ、教師は笑顔で元気が基本。いや、もちろん、子どもも。

どちらか一方が「がまんしている」関係は長続きしない。

かく言う最近の私自身はどうなんだ!と思い、私自身にも言い聞かせつつ、こに~さんにエールを送ります。

ybhdv7ybhdv72009/07/12 19:03ありがとうございます!
全く同感です。

生徒たちとの距離感に苦労していますが、きっと生徒たちはわかってくれると信じています。
しっかりとした縦糸を繋ぐことをキーワードに取り組んでいきます。

daitouirukadaitouiruka2009/07/14 05:14本気で信じて待つ。
難しいですけど、そうしないよりはしたほうがいいはず。
私もゆらぎそうになるのを踏みとどまってがんばります。

ima-kiyima-kiy2009/07/15 15:52感動したので印刷して手帳に貼らせていただきました。
頭の中を代わりに言葉にしていただいた気持ちです。ありがとうございます。

daitouirukadaitouiruka2009/07/18 08:21ima-kiyさん、ありがとうございます。
そこまでしていただいたとは…恐縮です。
さあ、夏休みですね。お互い、充電しっかりしましょう。

2009-07-11

言葉 10:13

子ども達の傷つけ合う言葉が聞こえてきたとき、つらく悲しい気持ちになる。

例えその子達同士は傷つきもせず笑っていたとしても。

いや、笑っている方が心配になる。

なぜならその方が感覚が麻痺してしまっているように思うから。

「死ね」という言葉を常時使っている者にとって、その言葉の持つ意味は「あほやなー」程度なのかも知れない。しかし、常時使っていない者(正しく言葉の意味に従い言葉を使っている者)にとっては、それは文字通り存在を否定されてしまう言葉だ。

そして、初めは傷つかない者同士使っていた言葉も、すぐに傷ついてしまう人にも向けられていく。

また、例え自分に向けられなくても、それを聞くだけで辛い気持ちになり、傷ついてしまう子達がいる。

そして、すさんだ雰囲気が広がっていく。


傷つける失礼な言葉を言い合えるのが仲のよい証拠だと勘違いしている人も多いように思う。

これは、親子の会話でもよく耳にすることがある。

意見の対立がいけないとか、対立があってもかくしておけということが言いたいのではない。その伝え方が問題なのだ。

考えや気持ちを正確に(素直に)伝えるということを重視したい。

人間関係のトラブルがあったとき、基本的には子ども達に任せたいが、一つのモデルとして以下のようなものを見せるときはある。以後採用するかどうかは個々の判断に任せるけれど…。


「本当に言いたかったことは何なの?」

と聞く。

本当に言いたかったことは「死んでほしい。」とか、「あなたはブタですよ。」ということではなく、「そのことをやめてほしい。」ということ。

「じゃあ、その通り言ってみませんか?」

と提案する。


「あの人は口は悪いけど、本当は優しいからさー。」

なんていうことが許されるのは、長くしっかりと付き合っている者同士だけの会話の時だろう。

深い付き合いのない者にとっては、つらいものがある。


今学期の学級全体を振り返ってのアンケートの中で、かなり口ぎたない言葉を使っていた女の子が「口のききかたがましになった」と書いていた。

2009-07-09

教師の目があるからではなくて 05:56

廊下を歩いていると、我がクラスの子ども達も校庭で他の組の子ども達と一緒に遊んでいる姿が目に入る。

昨日の朝のこと。フットベースをしている集団に目をやると、すっとそこから抜けて、すぐそばで、別の遊びをしている下級生の方に歩いていく我がクラスのA男。

見ると下級生に何かトラブルがあったのか一人泣いている。

急を要するようなことではないようだったので、そのまま見ていると、話しかけたり、背中をさすったり、普段とてもやんちゃなA男が優しく、懸命に接していた。

きっと私の見ていないところで、たくさんこんなことがあるのだろう。クラスのなかまだけでなく学校全体のなかまも大切にする心が育っているんだなあと思って、じーんときた。


ちなみにこのA男が、昨日の昼、私と廊下を歩きながら、

「あーあ。オレ、去年の方がよかった。」

と言った。

わりとカッとなりやすくトラブルも多かった彼が、最近いい感じで友達関係も作れだしたと思っていたので、どきっとして、

「えっ?なんで?」

と聞くと、

「だって、去年やったら腹が立ったとき、すぐなぐってスッとしよったもん。」

とのこと。

彼らしいなんとも物騒な言い方だが、つまりは、今は感情のコントロールをして友達との折り合いをつける力がついてきたということだろう。

うれしくなった。


また、人との関わりがうまくいかず、集団での遊びに加わる姿が今までずっとなかったB男(仲間はずれにされているというのではなく、自分自身全く興味がない感じ)が、最近、フットベースに加わっている姿も見られるようになった(どれだけ珍しいかというと、職員室でそのことが他の先生達の間でもニュースになるぐらい)。

それに、昨日は今まで男子だけだったところに女子が入っているのも見かけた。


誰とでもこだわりなく自由に、いい関係でつながれる雰囲気が、学校全体に広がっていってほしい。

munehiromunehiro2009/07/10 07:29最後の願いに凄みを感じます。

daitouirukadaitouiruka2009/07/11 08:24munehiroさん。ありがとうございます。そのことについてまた今日のブログに書きます。

2009-07-04

学級懇談での保護者の方の反応 03:04

学び合い』についての話がほとんどだった。

いつも学級に入ってくださっている先生も同席してくださって、『学び合い』の良さをどんどんアピールしてくださった。

「立ち歩き」について、ひょっとしてよくない印象を持たれたかもしれないと思い、こちらからお聞きすると、「全く気にならない。むしろいい感じ。」とのこと。

子ども達のよい変化についてたくさん聞かせていただいた。


「私が、問題、解けりゃええやんって言うと、それだけじゃだめ。説明できんといかん。と言われるんですよ。友達にちゃんと説明できるようにと、一生懸命私に説明しています。」

・・・この子は本当によく『学び合い』の時動いている。自分の課題が終わっていなくても、他の人の手助けに動いている子だ。


「何か積極的になって…。放課後のクラブにも所属するようになりました。」

・・・この子は理解力はとても優れているが、人に対して表現することはほとんどしない子だった。それが、今年度から新たにクラスメートになった子にも説明に行くようになってきた。「先生。○○ちゃん、大人しそうに見えて案外こんなところもあるがで。」なんて報告も他の子から聞かれるようになってきた。クラブは、今年度新たにクラスメートになった子が以前から所属していたクラブで、その関係で入ることになったのだろう。


「勉強にやる気が見られるようになって…。以前なら、宿題で分からないところを私が教えてあげようとするとじゃまくさそうにしていたのに、今はとても素直に聞いてくるんです。それから、友達の存在って本当にありがたいですよね。今、友達とのつながりがうんと広がってきてとてもうれしいです。」

・・・このお母さんは、ぽろぽろ流れる涙をふきながら話してくださった。ある身体的な理由で思い切り遊ぶことが出来ないため、友達と交流する時間も限られている子だ。それが『学び合い』なら、授業中に友達とも関わり放題だ!そこから会話も広がる。今は放課後もよく友達と遊び、その中で友達が身体的なことも気遣ってくれて遊び方も考えてくれているとのこと。学力も目に見えて上がってきている。そして、先日の宿泊学習では、班長も務め、集団ゲームの時には、班員の意見もきちんと聞き出していた。こんな面もあったのかと驚くほどの成長ぶりだ。


こうしてみると、子ども達の中には、引き出せるはずの力が本当にたくさん眠ったままになっているのだということを痛感し、それをそのままにしていることが恐ろしくなってくる。

その引き出しを教師一人の手で開けていくなんていうことは到底できないし、効率も悪すぎる。まして、その引き出しの鍵を持っているのは教師ではなく他の子どもである可能性が大きい。

全ての鍵を取りそろえた教師になろうとすると無理もかかるし時間もかかる(時間をかけてもできない可能性大)。今までの私は戦略がまずかった。

教師への課題として、「全ての鍵を取りそろえた教師になる」よりも「子ども達同士の持つ鍵で引き出しを開け合えるクラスをつくる」というものの方が、ずっと教師「みんな」が達成し易く、現実的だろう。


加えて言うなら、たとえ同じ力を引き出せたとしても、「一人の教師に引き出された力」と「友達と引き出し合いながら引き出された力」とでは、「その後」につながっていく価値が全く違ってくると思う。


学び合い』なら、先の「恐ろしくなってくる」気持ちが「希望のある楽しみな」気持ちに変わってくる。

スクールカウンセラーの先生 その後 01:42

5月24日のブログに書いたスクールカウンセラーの先生に、今度は言おうと思っていた「私ではなく、子ども達の方がずっと関わり方が上手ですよ。」ということが言えた。

そして『学び合い』についてもお話しした。

すると、その考え方にとても納得してくださった。

私が、気になる子にすぐに声をかけないことについても、「あの、待つということがなかなかできないんですよね。」とおっしゃっていた。

8月8日の高知の『学び合い』を学ぶ会にもお誘いしたが、その場でスケジュールを確認してくださったところ「残念です。そこは丁度会が入っています。」ということだった。

ついでに私のブログも紹介させていただいたところ、後日、さっそく見てくださったとのこと。

教師とはちがう目から見てもよさが見えるということがうれしい。

janglejapjanglejap2009/07/05 09:11引き出しのたとえ、とてもわかりやすいです!!本当にそうだな~と思います。

kogapon7kogapon72009/07/05 12:59子どもたちの成長がすごいです。
ぼくもがんばります!

daitouirukadaitouiruka2009/07/05 15:35janglejapさん。ありがとうございます。持っている鍵をじゃらじゃらと見せつけ、子ども達自身が開ける喜びを奪ったり、ぴったり当てはまらない鍵をむりやりねじ込んだりして壊してしまっていることが、今までどれだけあったのでしょう。怖いですね。
kogapon7さん。いつもありがとうございます。我がクラスも課題はたくさんあります。『学び合い』がどうもしっくりこなくて、課題が達成されないこともよくあるのです。ついつい焦ってしまっている毎日です。まだまだまだまだ「みんな」じゃないし「本当にわかる」ことに対する貪欲さもほしい(もちろん、つながれば強力なものを生み出せる力を十二分に持った子ども達です。そして、それを引き出せるだけの語りができていないのは私です。)。
でも、kogapon7さんと同じく、うまくいっているところに目を向けるようにし、こうしてブログに書いたり、同僚に相談したりして、元気をもらっています。
深刻になってもよい結果は生まれませんからね。
成長を認めてくださっている保護者の方達の存在も本当にありがたいです。
私もがんばります!(同じ五年生ですよね。)

aki-kichiaki-kichi2009/07/05 17:58子どもの姿が事実です。だからこそ,保護者も認めてくださるんですね。いい『学び合い』をしているからこそだと思います。
私も保護者に信頼される『学び合い』を実践できるよう精進したいと思います。ありがとうございます。

bunbun-hbunbun-h2009/07/05 18:10わたしはイルカさんの「怖さ」の感覚を評価します。(他者に対しては、大切なことだと思いますから)

daitouirukadaitouiruka2009/07/07 05:35aki-kichiさん。事実が大事ですよね。
ただ、同じ事実を見ても、「よし」とする人と、「だめだ」とする人がいるところが難しいんですよね。
しかし、その「違った見方」も大事なんですけどね。
自分がいいと思っていて否定され、落ち込むこともあるけれど、自分がだめだと思っていて落ち込んでいると、別の見方を与えてくれて励まされることもある。
bunbun-hさん。
ときにその「怖さ」を忘れることがあります。
思い上がり。油断。
その時は決まってしっぺ返しをいただいています。