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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2009-06-27

方法を押しつけると、善意の押しつけに 03:43

25日のjun24kawa先生にいただいたコメントに関して。

私が子ども達に与えていた知識の多くは「与えるべき知識」とされていないことも多いようだ。

洗い直せばかなりのことが、「べき」とされていないのに押しつけているのだろう。そして「べき」こととごっちゃになり、結局どれも中途半端ということに陥ってしまっているのだろう。


ある方法を子どもが「選択しない」という権利については留保するようになった。

例えば算数で、ある解法がよいと思って紹介すると、一斉に授業をやるときなら、その解法がなくてもできる、あるいはその解法がぴったりきていない子にも、「ごめんね。これでやると分かり易い人が『多い』から、ちょっとつきあってね。」といってやってもらっていた。

でも、それはあくまでも『多い』であって、『全員』ではないのがずっと悩みだった。

そこで、「みんな」を救おうとして「こんなやり方もあるし、こんなやり方もあるし、または…」なんて紹介して、あれこれ解き方を説明したりもした。

でも、それだと、毎回全種類の解法をやってみることになり、時間は足りないし、その解法が合っていない子は別の解法をしているときに退屈になるし、退屈だけでなくて、分からない子にとってはかえって混乱のもとになるしで、行き詰まっていた。

やっぱり絞ろうと「どれがいい?」と聞いてみたこともあったけれど、所詮「多数決」で、それに合っていない子は犠牲になり、「振り出しにもどる」だ。


学び合い』なら、その問題が解決する!

今は、子どもから出てくるのを待っている。

出てこないときは、「こんなのもあるよ。使いたい人は使ってね。」というようにすることもある。

jun24kawa先生のおっしゃるとおり、「教師の思いこみ」で採用されないこともしばしばだ。でも「あーなるほどね。」と使い始める子もいる(この場合はよけいなお節介にはならない?)。


教師が方法を「押しつける」と、善意の押しつけになる。

教師に気をつかってくれる子ども達は、その善意をくみ取ってくれるばかりに、それを拒否出来ずに苦しんでいる。

ybhdv7ybhdv72009/06/28 08:51そうですよね!!
ついつい方法を言ってしまいます…
常にジレンマとの戦いです。。。

daitouirukadaitouiruka2009/06/29 08:28そうです。つい言ってしまった後(言っている最中も)、「あっ。伝わっている子達もいるけど、伝わっていない子もいるな。」ということが、『学び合い』を知ってからもっと見えてくるようになりました。

jun24kawajun24kawa2009/06/29 08:34でも「あーなるほどね。」と使い始める子もいる(この場合はよけいなお節介にはならない?)。
については、余計なお節介にとは言えません。
た、だ、し
そんなのが無くても、気づくような集団を作れる教師の方が上だと言うことは忘れずにね。
それを分かってないと、いつの間にか、教材研究にいそしむ教師になってしまいますから。

daitouirukadaitouiruka2009/06/29 09:02ありがとうございます。
「そんなのが無くても、気づくような集団」。
作りたいです!

bunbun-hbunbun-h2009/06/29 18:03今度開催される『学び合い』の会について、どのような進み具合で今日に至っているのか、関心を持っています。(きっかけは?お仲間は?などなど)
これから先、気が向かれた時に、気が向かれる方法で、何か教えていただけたら喜びます。

daitouirukadaitouiruka2009/06/29 20:34>今度開催される『学び合い』の会について
お応えします。
>きっかけは?
昨年度、N先生が高知県の附属小学校にいらっしゃったときに(これは、理科の専門家としてであって、特に『学び合い』のためにということではありませんでしたが)、よい機会として私と数名の仲間と会ってくださるということになったのです。附属小学校に行かれる前夜と当日の朝、いろいろとお話をさせていただきました。その時に来年度(つまり今年度)高知で『学び合い』の会を開きませんかというお話をN先生からされました。そういうことは私の最も苦手とするところで、この歳になるまで一度もしたことがなかったのですが、『学び合い』を知って「自分ができないことは、他の方々の力をお借りすればいいんだ」という気持ちにもなり、とてもドキドキしながらも何とかやってみようということになりました。
実際にやってみると本当に苦手であることを再認識するとともに、他の方々の有能さも再認識することができました。そんなわけで、たくさんの方々のお手をわずらわせながらなんとかかんとか準備をしています。

>お仲間は?
まだ決して多くはありません。私に『学び合い』を紹介してくださった恩人でもある旧知の方(この方はブログはやっておりませんが)と、他数名です。なので、この機会に少しでも多くの方に知っていただこうという思いが今回の会にはあります。

四国では初めての『学び合い』の会なので、高知県以外の方々にも是非来ていただきたいです。四国以外の方々も。『学び合い』に初めて出会う方々にもたくさん参加していただきたいですが、『学び合い』を実践なさっている方々にもたくさん参加していただければ心強いです。是非とも参加していただいて盛り上げてやって下さい。大阪で体験させていただいたようにフリートークも『学び合い』でしたいと思います。『学び合い』を実践されている方も多ければより深まると思います。
ですから、bunbunさんが「参加してみようかな?」と思われていたと知ってとてもうれしかったとともに、ちょうど大事な事と重なっていたという事を知ってとても残念でした(しかし、そのうちお会いできますよね)。教師とは違う立場で『学び合い』を実践されているということは、参加された方々に『学び合い』の奥の深さ、実際の社会での有効性をより感じ取ってもらえると思うのです。
ちなみに「教師の一分」のmunehiroさんも参加してくださるということなので、とてもとても楽しみにしています。私が『学び合い』に出会い、ブログをのぞき始めたときからずっと、たくさん参考にさせていただいている方なので。そして、今年度もさらにいい感じで実践なさっているようなので。

みなさん、今後ともよろしくお願いいたします。

bunbun-hbunbun-h2009/06/29 21:11高知での『学び合い』の会の素晴らしい宣伝の文章になりましたね。
おそらくこれで参加者が20名はプラスされることでしょう(ばんざーい)。
「昨年度、N先生が高知県の附属小学校にいらっしゃったときに・・・」まで読んだところで、感じるところがあり、先にイルカさんの最初のブログ(2008.12.2)を読みました。
「○君」の話しを読んで、なるほどこれは『学び合い』の会の実現に至るはずだと思いました(いつもの私の感覚的な物言いで申し訳ないのですが)。
そしてなによりも、これほどのコメント返しをいただいて、とてもとても感謝です。
他者に関わる勇気をいただきました。
ありがとうございました。

daitouirukadaitouiruka2009/07/01 04:33bunbun-hさん。ありがとうございます。bunbun-hさんにコメントをいただいて私も自分の最初のブログを読んでみました。初心を忘れてはいけませんね。あの感動をより多くの方に味わっていただきたい。
参加者、増えてほしいです。
さらにうれしい情報。
なんと、お願いしたところ、先に書いたmunehiroさんが、実践発表者のお一人になってくださるということです!!!
ますます楽しみな会になるでしょ?

bunbun-hbunbun-h2009/07/01 07:10会の様子、そして会のその後などのレポート、期待しています。

bunbun-hbunbun-h2009/07/01 23:34途中、他の本の割り込み(内田さんと甲野さんのです)があったりしてずいぶん日数がかかりましたが、「透明な力」読み終えました。
大仰な言い方をすれば深淵をちらっと覗き込んだような読後の気分です。
「透明な力」を使うときの感覚とかはどのようなものなのでしょうね。
これから生きていくのが楽しみになる本でした。

daitouirukadaitouiruka2009/07/02 05:39bunbun-hさん。会については報告させていただきます。
「透明な力」、奥の深い武術の世界です。実際に佐川先生に手をとっていただいたわけではないので、どのような感覚かは私もわかりませんが、現象として同じようなことができる方達とは何度もお会いしています。

2009-06-25

学び合い』の授業とそれ以外の授業とを比較するとき 06:36

学び合い』の授業を参観された方が、それ以外の授業と比較なさるときに、

「本日の」『学び合い』の授業と

「理想的な」それ以外の授業と

を比較されている時があるのではないかと思うことがある。


学び合い』の授業をしているつもりでも、もちろんうまく『学び合い』が成立していない時もある。しかしそれは子ども達に投げかけ次の課題にしていくのである。


学び合い』の授業もそれ以外の授業も「理想的な」状態じゃない時はもちろんある。


どちらの方法(『学び合い』の場合、考え方)でその理想の状態に近づいていくかだが、少なくとも今の私の力では『学び合い』の方がその状態に近づけたという実感がある。そして、子ども達自身の満足度や実際の成績も『学び合い』の方がよい。


それを続けていくとどのような状態になっていくか。しかも、「みんな」をその状態にしていけるのか。しかも、何百人に一人というような特別にぬきんでた技能を持たない、家庭生活も大切にしたい教師が「日常的に」できるのか。

という観点での議論が必要だと思う。

jun24kawajun24kawa2009/06/25 09:14何百人に一人というような特別にぬきんでた技能を持たない、家庭生活も大切にしたい教師が「それ以外の授業」で「日常的に」できるのかという問いかけも大事です。『学び合い』は完全ではなくとも、相対的には良いと確信しています。理由は簡単です。教師一人が全てを背負うのと、クラス全員で背負うのでは、どちらが日常的に可能かということは、小学生にも分かる理屈です。

bunbun-hbunbun-h2009/06/25 12:45「理想的なそれ以外の授業」とは決して到達することだけでなく、おそらく距離を縮めることさえもできないものなのだと思います。
変化というものへの不安を押し隠すために、「理想的なそれ以外の授業」というものを空想的につくりあげ、それにむかって努力をし続けているということのみに価値を置く。そしてその独りよがりな価値を他者へも押しつける。
これが多くの学校や社会の姿なのだと思います。
以上、独りよがりな文章、失礼いたしました。(あー、すっきりした)

daitouirukadaitouiruka2009/06/26 05:44jun24kawa先生、ありがとうございます。しかし、「子ども同士学び合うのはいいが、それに教師の知識もプラスしたほうがもっといいじゃないか。」と思っておられる方々も多いと思います。そこのあたりの踏ん切りがつかないという場合も多いのではないでしょうか?私自身「教師が介入すると子ども達が自分達でやろうというモチベーションが下がる」ということも分かりますが、「それでも、子ども達から出てこない解法や知識で課題解決に有効なものがあればそれは伝えていくこともありなのではないか。押しつけでなければ。」などという思いもまだあります。この点についてはどのように考えればよろしいのでしょうか?
bunbun-hさん。ありがとうございます。変化というものは怖いと言えば怖いです。それまでと違った素晴らしいことが待っているかもしれないけれど、それまで積み上げてきたものを失ってしまうかもしれないという不安もあります。昨日と同じ自分なら、多少不便はあっても予測できることなので不安は少ない。その心の働きはある程度ないと社会生活も維持できなくなる(周りの人が、日替わりで考え方や性格を変えてきたらややこしくなる)。そこが人の変わりにくさなんでしょうか。人は変わりにくいもの。変わるには時間がかかるもの。
と、思っていたら、変わるときは一瞬でも変わってしまうもの(例えば、それまで何とも思っていなかった人にいきなり惚れてしまったり)。
人って不思議ですね。
何かコメント返しとして少しずれてしまいましたか?ごめんなさい。

jun24kawajun24kawa2009/06/26 06:45ポイントは2つです。
daitouirukaさんが与えたいと思っている知識・技能は指導要領等によって、「与えるべき」と規定されていることでしょうか?
二番目は、そうでなければ、子ども達にそれを選択しないという権利を留保させているでしょうか?
一番良いのは、その知識を紙に書いて渡せばいいのです。与えた課題に必要ならば、子どもはそれを学びます。教師の思いこみだったら、無視します。
あははは

bunbun-hbunbun-h2009/06/26 07:18イルカさんずれてはいませんよ。
そして、よくご承知のように「ずれること」は重要ですし。

daitouirukadaitouiruka2009/06/28 03:30jun24kawa先生ありがとうございます。まだまだ子どもへの信頼が足りないようですね。コメントいただいたことについて思っていたことがありますので、日記のほうに書かせていただきます。
bunbun-hさん。ありがとうございます。そうですね。実際、常識からはずれていることは、うまくいかないことが多いけれど(日常生活がやりにくくなる)「ずれること」から新しい発見があるのですね。
ずれることを恐れていたら、子ども達に「間違いも大切だ」なんていえませんよね。
それに、「ずれること」は間違っていても笑いのネタには使えますね(嘲笑はいけませんが)。

2009-06-23

第1回『学び合い』を学ぶ会in高知へのお誘い文書です 04:49

     第1回『学び合い』を学ぶ会in高知

 

学び合い』は、上越教育大学の西川 純教授が主張する新しい学習の考え方です。クラスに『学び合い』が浸透すると、次のような姿がみられるようになったと、全国からの実践報告があります。

1.教師は教えなくても、子ども達だけでどんどん学習を進めていき、クラ  スの全員がテストで80点以上をとれるようになった。

2.男女の仲がとても良く、トラブルがあっても自分達で解決できる力がつ  いた。Q-U検査の結果も良くなった。

3.授業が楽しくなり、進んで予習や復習をしてくるようになった。教師も  授業の楽しさが増した。

4.どの教科の時間であっても、友達を大切にする心、友達と協力する力、  最後まで自分がやりとげるあきらめない心などの道徳性が身についてき  た。



 子どもは信じて任せると、本気を出し始めます。「一人残らず、みんなで高まる」ことを授業で求めることで、教師の思いにどんどん応えてくれます。

 『学び合い』に取り組み、授業を公開する学校も、全国に広がってきています。そんな『学び合い』の授業を、ともに学んでみませんか?

(詳しくは、西川純教授のホームページhttp://www.iamjun.comをご覧ください。『学び合い』の手引書も無料でダウンロードできます。)


1.日時  8月8日(土)13:30~(受付13:00~)

2.会場  高知共済会館

      高知市本町5丁目3-20 ℡:088-823-3211

3.主催  高知『学び合い』を学ぶ会

  □共催:子どもに学ぶ教師の会(代表 西川純教授)

4.後援  高知県教育委員会・高知市教育委員会

5.講師  西川 純 教授(上越教育大学)

6.内容・日程(予定)

  13:00 受付開始

  13:30~14:20 西川 純教授による講演

  14:20~14:35 休憩

  14:35~15:30 実践発表

  15:30~16:00 フリートーク

  16:00~16:30 Q&Aタイム・閉会

  

7.参加費  社会人 2000円  学生 1000円  

 ※当日集金致します。

8.申し込み方法

 以下のアドレスまでメールをお願いします。(定員60名 出来れば7月31日までにお申し込みいただければありがたいです。)

   daitouiruka555@gmail.com

※申し込みメールには次のものをご記入ください。

①お名前 ②お勤め先 ③ご住所 ④電話番号かメールアドレス

⑤懇親会参加(参加費4000円)の有無


講師:西川 純 教授(上越教育大学)

 1959年生まれ。筑波大学卒業。同大学教育研究科修了。都立高校教諭を経て上越教育大学へ。学校教育学博士。

 教科を学ぶ児童・生徒・学生・大人の姿から、よりよい学びの姿を探る。その方法は、徹底的に学びに密着し、丹念に記録し、労力を惜しまず分析する。そのような研究を通して教育臨床学、学習臨床学を構築しようとしている。

 日本科学教育学会・日本理科教育学会等において多くの賞を受賞。

 『学び合いの仕組みと不思議』『「静かに!」を言わない授業』『学び合う国語』他著書・編著書・論文多数。


※懇親会へのおさそい

会終了後、PM6:00より同会場(高知共済会館)にて行います。西川 純教授も参加してくださる予定です。(参加費4000円)

※共済会館アクセス

空の便を使って高知へ。東京からならジェット機で約一時間。

大阪からなら五十分。名古屋からの便も毎日就航と、高知とを結ぶエアラインも充実し、

ますます近く便利になりました。

列車を使うなら、高松と高知をつなぐ土讃本線をご利用ください。

高知空港より車で40分   南国ICより車で35分

高知ICより車で15分    JR高知駅より車で10分





**********************************

本ブログでは事務局の名前はカットしていますが、上記のような内容の案内文書を作って配布します。多くの方のご参加をお待ちしております。

追記:

教育委員会の反応 04:28

8月8日の高知での「『学び合い』を学ぶ会」に高知県教育委員会と高知市教育委員会の後援申請が通った。

申請した数日後に委員会から℡がかかってきて、

「『学び合い』というのは指導案を書かないということを聞いたことがあるが本当なのか?」

「教師はなにも指導しないのか?」

「手引き書の超短縮版を見せてもらったが、教師は教えることができないというようなことを書いているがどういうことか?」

など、いくつかの質問を受けた。

私はこのような質問を受けたときドキドキしてしまう方なのだが、精一杯そのことについて答え、昨年から取り組んできたこと、その効果、子どもや保護者の反応などについて語らせてもらった。

相手の方が、きちんと短縮版を読んでくださって、疑問点を挙げ、理解しようとしてくださったことがうれしかった。

「わかりました。検討させていただきます。」

ということで、℡は終わった。

どうなるかはわからなかったが、どうやら受け入れていただけたようだ。

先日は町の教育委員会が視察に訪れていた。

算数の『学び合い』をしていたのだが、視察メンバーの一人が古くからの知り合いで、子ども達が『学び合い』をしているのを、私が様々に解説しながら(どのような意図でしているのか。あの子は始めはこうだったが今こうなってきている等等)、一緒に見ていた。

その時の反応は好感触だった。

そのほかのメンバーがどう思われているか気になったが、その後の管理職との話の中でも特に問題にされることもなかったのか、「それぞれの先生がよく授業をしてくださっていた。」ということだったらしい。

学び合い』を正確に把握した上で否定されるのは人それぞれなのでしかたないし、そこから議論すればよいことなのだが、私自身が『学び合い』を十分把握していなくて、そのために他の人に誤解されるようなことがあっては、同志の方々に申し訳ないという思いがいつもある。

bunbun-hbunbun-h2009/06/24 22:32高知県は行ったことないし、参加してみようかなとは前から思ったりもしていました。
そして今日このブログを読み、予定表を見ると当日は娘のブラスの県のコンクールの日でした。
そうでした、私は私の手が届く範囲でやっていきます(生活圏)。
当日は島根にて、娘たちが(いえ、違います。参加団体のすべてが)良い演奏をすることと、イルカさんたちの会が、つながり、ひろがっていくための会であることをあわせて祈念していようと思います。

daitouirukadaitouiruka2009/06/25 05:02お会いできないのは残念です。
でも、家族、大事ですよね。
こちらからもコンクールでの「みんな」のよい演奏を期待しています。

2009-06-15

子どもを、人を信頼すること 05:57

私がブログを書いているのは、「子どもは、人は、信頼できるものだ」という信念を自分の中に作っていくための作業という意味もあるんだなとkogapon7さんにコメントをいただいて改めて思った。

世の中には信頼を裏切られたと見ることができる事例も、信頼にこたえてくれたと見ることができる事例もたくさんある。私は、人の「本質」は信頼できるものなのかどうなのか決めることはできないかもしれないけれど(その議論には価値を見いだせない)、「信頼できる」という信念を持っていた方が、豊かに、楽しく生きていけるだろうな、とは思うようになってきた。

※注:これは、無批判にものごとを見るとか、詐欺にあうことを用心しないということとは別。

人はどうしても自分の思い込みによって世の中を見てしまう。色眼鏡ははずしきれない。だったら、ものごとがよい方に見えてしまう色眼鏡をかけようと思う。これは問題に目をつぶるということではない。問題と思えることすらも生かしていけるようにする知恵ということができるだろうか。

これは、私がそれができているから言っているのではない。そうありたいといつも自分を戒めているのだ。現に昨日もそうではない色眼鏡をかけてしまって失敗し、どんよりと落ち込んでしまったのだ。やっぱりよい方に見える色眼鏡をかけたほうがうまくいく。そう思い直し、よい方に見える色眼鏡にかけなおしたとたんに、その時に私を気遣って動いてくれていた子ども達の優しい行動がはっきりと記憶によみがえってきて元気をもらうことができた。


人はそれぞれ「世の中こういうものだ」「人はこういうものだ」という信念を持っている。目の前で起こっている様々な出来事は同じでも、「子どもは(人は)信頼できるものだ」という信念を持っている人は、その信念を裏付ける内容のものをその中からピックアップしていき、ますますその信念を強めていく。そして、その信念に反することがあったときは、見逃すか、「例外」として処理してしまう。

そしてその逆の信念を持っている人は、逆のことをしていく。


私は小さい頃からものごとを悪い方に悪い方に考える傾向にあった。ものごとに期待していて、思うようにならなくて落ち込むよりも、始めから期待しないでおこうという考えも持っていた。

それを長い間やってきたから言えると思う。やっぱり、「人は信頼できる」という信念を持っていた方が豊かに楽しく生きていける。


「人々は信頼できる仲間だ」「自分には能力がある」。こんな信念を自分自身持ちたいし、子ども達にも持ってもらえるよう日々の活動をしていきたい。

ima-kiyima-kiy2009/06/16 15:51昨日、人を信じるのが辛くなる出来事があったばかりでした。このタイミングでこの記事が読めたことに、本当に感謝しています。
「みんな」の中に入っていれば、誰かが助けてくれる(助けた方にその気がなくても)。まさに『学び合い』に救われました。
逆境も、見方を変えれば変化の機運。そう考えて頑張ります。

kogapon7kogapon72009/06/16 22:05子どもをもっと信じよう、と決めた瞬間に、子どもたちのよいところがどっと見えてくるのは、いるかさんの書いたような心の働きがあるからなのですね。

daitouirukadaitouiruka2009/06/20 11:07ima-kiyさん。こちらこそ少しでもお役に立てて光栄です。何か新しい事を始めれば、それが広がり始めるときに必ず何かそれに対するストップがかかるもの。自分がつぶれないように、周りとの折り合いをつけながらいきましょうよ。私も周りの事がうんと気になるタイプなんで、ついめげそうになります。でも、理解者もいてくれます。身の周りにいてくれるとそれはとてもありがたいのですが、もしいなくても、少なくともここに集っている人達は同志です。そして、ストップをかける人達も世の中にとって大切な存在ですよね。
kogaponさん。私自身知識としては知っていても、いつもそのように切り替えられているかというととてもあやしものです。身に付くように日々お稽古ですね(笑)。おたがいがんばりましょう!

2009-06-13

笑える話 08:15

学び合い』とは関係ないけど、どうしてもだれかに伝えたくて…。

妻から聞いた同僚の先生と小2の子どもとの会話。

子「先生。クジラ食べたことある?」

先「あるよー。先生の小さい頃は、魚屋さんによく売りよったよー。」

子「魚屋にーーー!!!!!」

この子の頭にどんな映像が浮かんだのか考えると、とても笑えた。

janglejapjanglejap2009/06/13 12:44あははは、かわいい~。

munehiromunehiro2009/06/15 21:27これは、面白い!
明日の、朝の話に使わせていただきます。

daitouirukadaitouiruka2009/06/16 04:04janglejapさん,munehiroさん、ありがとうございます。「かんちがい」というものは笑いの宝庫ですね。新しいものの見方を与えてくれるから脳がうれしいんでしょうか?

2009-06-12

小中連絡会議で聞いた我が卒業生達の評判 20:34

小学校の教員が、中学校に行って小学校の卒業生の様子について話し合う会議がもたれた。

昨年2学期中ごろ、私が『学び合い』に出会い、そして実践し、卒業していった子ども達だ(本校は地元の最も大きな学校で、学級のかなりの人数をしめている)。


以前アップしたが、卒業生の保護者からは「男女仲良く、とても協力しあう子ども達だと中学校の先生も驚いていています。」と聞いていたし、「その時、うちの子(教え子)が『私達小学校で学び合ってきたから。』と即座に答えた。」とも聞いていた。


さて、保護者ではなく中学校の先生の評判は…と聞いてみると、これがすこぶるよかった。4クラスとも!

上記のように「男女仲がよい」「すぐに協力出来る。例えば学級の係があるが、手が足りないと思ったらすぐに集まってきて手伝っている。」ということの他に、「自分たちで注意しあえる」「係の仕事も、自分達で効率よくできるようにすぐに工夫し、改善している」という自治の力についてや「とても明るく元気」との評価もあった。その他、様々に気にかかる点があった子ども達も、友達と助け合ってやっているとの報告を受けた。

私のずっと悩んできたこと。「私の手を離れた後、中学生になって学校に行けなくなる子がいる」ということ。私の指導に何か足りないもの。それが、「私と」ではなく「友達同士」つながる力をつけることだということを『学び合い』によって私も学んだ。

これも、以前書いたが、この中学校は『学び合い』ではないが、「学びの共同体」を取り入れているのだ。まあ、通常の一斉授業に比べれば小学校でしてきた『学び合い』をうんと生かせる環境と言えるだろう。

とても残念だったのは、うちの学校でも教育委員会の訪問があり、小中連絡会議の前にあった授業がみられなかったこと。

授業を見た人達の評価を聞くと、とても楽しそうに生き生きと学び合っていたということだった。

もちろん、中学校の先生方の細やかな指導のおかげということもお話をきいていて伝わってきたということは付け加えておきます。

また、中学校の先生のお話では私にとても合いたがってくれていたということだった。放課後残っていた数人には会えたが、もっと他のみんなにも会いたかったなー。

そう思っていると、会が始まる直前にも、廊下で大きな声で私を探す声が聞こえてきたので、嬉しい気持ちと、会議室の近くで大声で私の名前を呼んでいるのを早く止めなければという焦りから、一旦会議室を出た。そこでまた教え子の何人かに会えて、再会を懐かしんだことだった。

教師冥利につきるという感じのひとときだった。

ima-kiyima-kiy2009/06/13 01:48読んでいるこちらも、ほっこりしてきます。感動をありがとうございます。
そんな教師に、私もなりたい。

daitouirukadaitouiruka2009/06/13 08:18日々悩むことはいっぱいあります。
「このことはどうしよう?あのことも気になる。」
でも、そんな悩みを聞いてくれて、励ましてくれたり、違った見方を与えてくれたりする同僚がいます。
何より、悩みをそのまま語り、「どうするか自分たちで決めて下さい。」と信頼して任せると、懸命に考えてくれて、乗り越えていってくれる子ども達がいます。
追いかけて行って子どもと何とかつながって解決しようとごちゃごちゃ考えていたときよりも、何かいい関係になれたような気がします。

kogapon7kogapon72009/06/14 10:41いるかさんの日記に勇気を頂いています。
根本にある「子どもを信じること」を
僕はもう一度見直してみようと思います。

daitouirukadaitouiruka2009/06/16 04:40ありがとうございます。私も目の前にあることにとまどい、ゆらぐこともしばしばです。そのことについて今日の日記に書きます。

2009-06-11

どうする? 00:00

ちょっとトラブルがあって、教室入り口の手前で、授業時間が始まっても入って来られなくなっているA女。まだ気持ちの整理がつかないようだ。


A女は他の子よりも早く一人で教室のそばまで帰ってきていて、私にトラブルのことを話してくれていた。その後、私が教室にとりあえず入っておこうとさそっても、なかなか入って来られないままだった。

私もしつこくはさそわなかった。そんな状況。


私がちらっと廊下のA女の方を見て、教室の中の他の子ども達に、

「どうする?」

と問いかけてみた。

せいぜい、普段よくいっしょにいる何人かの女の子が迎えにいくのかなーと思っていたら、男子も女子も(むしろ男子の方が先頭になって)その子の方へだーっとみんなが駆け寄って行って教室へさそい始めた。

するとすぐにその子は照れ笑いをしながら入ってきた。

やはり、友達の力はすごい。

くじけてしまったとき、いつもそんな風に来てくれることを期待してそのような行動を繰り返すようになっても困るのだが、今は、まあ、よしとしよう。それはその子の次の課題だ。


さっき「みんな」と書いたが、実は一人だけ自分の席に座ってあくびをしながらぽりぽりとおなかをかいていた子もいる。

教室へ入って来た子達から、

「もー。お前も空気読めよ。」

なんて言われていた。

でも、それが、その子の持ち味。その子もそうしていられる集団っていうのも、またいいかなと思う。

bunbun-hbunbun-h2009/06/12 00:05「友だちの力(言い換えれば私たちの力)はすごい」ということを、当の子ども達も日々体験できるのが『学び合い』なんですね。
良いものですね。

daitouirukadaitouiruka2009/06/12 00:28bunbunさん。書き込むと同時にありがとうございます。ちょっと加筆修正している間に、もうコメントが!
実は先日、「ものすごく具合が悪いときは別として、ちょっと元気が出なくて教室にもどろうかどうしようかって迷っているときに、どうしてほしいか。」って問いかけて、自由に立ち歩いて話してもらったところ、「やっぱり友達に誘ってもらえたら元気が出る。」っていう意見があちこちで話されていたのです。
私の目の前で「先生より、ぜったいええ。ぜったいええ。」としつこく言っていた子がいたので、「わかった。そんなに繰り返さんでもええ!!」って言ったことでした(笑)。
やっぱり、病気もうつることがあるけど、元気もうつる(昔、『浮浪雲』か何かで読んだ)。子ども達には元気をうつせる人になってほしいです。私もなりたいです。

ybhdv7ybhdv72009/06/12 00:35みんなが自分らしくいられる教室っていいですね!

daitouirukadaitouiruka2009/06/12 01:12教室に残った子は、「みんなにはずされていて、行った方がいいと思っているのに行けない」という感じの子ではありません。ただ…まあ…いたいからいるって感じでしょうか。「もー。しょーがねーなー。」みたいに言われつつ、その子も排除されないんですよね。

2009-06-06

妻も我が子も 20:05

妻も教員をしています。

学び合い』の考え方の良さは感じつつも、「教えること」大好きの妻は、「そんなに子どもに任せて大丈夫か?」「○○を教えると確実に出来る子が増えるのに、教えないなんて…。」など『学び合い』について様々な疑問も持っていました。

「そのうち取り組んでみる。」と言いつつ、時期をうかがっていたようですが、少し前からやっと『学び合い』に取り組み始めました。

今のところ、一時間全てではないですが、部分的に、という感じのようです。しかし、確実に子ども達のよい関わりが見えてきているようです。

友達に対しての関わり方を試行錯誤し、様々に『学び合い』ながら成長してきている子ども達の姿を話してくれます。

私はにこにこしながらそれを聞いています。

自分のうちで、『学び合い』の報告会が持てるようになりました。

嬉しいです!

我が子にも『学び合い』の考え方を語っています。みんな共感してくれます。そして、そんな授業を受けたいと言っています。

さらに息子は、通っている中学校でも「うちの父はこんな授業をしている。」と言っているようです(同級生に私が以前教えた子もいます)。

なんか、おもしろいです。

bunbun-hbunbun-h2009/06/06 20:35おー、お互い同じ時間にお互いの妻のことを書いていたなんて、同期(シンクロニシティ)だ!
(あいつ、同期・同期と同じことばっかり言ってると言われそうな今日このごろでした)

bunbun-hbunbun-h2009/06/06 20:37(「それぞれの妻のことを・・・」に訂正します)

ybhdv7ybhdv72009/06/07 00:13すばらしいご家庭ですよね!!
うらやましいです♪

daitouirukadaitouiruka2009/06/07 05:15bunbunさん。ありがとうございます。妻の存在はありがたいです。思っていることをちゃんと伝えてくれて、いつも私の脳に刺激を与えてくれます。ブログを拝見していると、bunbunさんの奥さんもそんな感じの方のようですね(私の妻と同じように言っては失礼かもしれませんが)。
ybhdv7さん。ありがとうございます。本当に家族に支えられながらなんとかやっています。それぞれ忙しくて、たっぷり会話の時間はとれませんが、元気でいてくれるだけでこちらも元気にしてくれます。

bunbun-hbunbun-h2009/06/07 14:12そうです。
私にとって、私の妻は、(良い意味で)最高の批評家です。

kogapon7kogapon72009/06/07 22:15すごいご家庭ですね!
家族から広がる『学び合い』、すばらしいです!

daitouirukadaitouiruka2009/06/10 06:32bunbunさん。そうですね。批評家は必要ですよね。自分をつぶさない程度の(笑)。
kogapon7さん。「すごい」っていうのはちょっと…(笑)。ごく普通の家庭ですが、まあ、仲はよいですね。ありがとうございます。