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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
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2009-05-14

職場体験にやってきた中学生が授業をした 01:26

中学生が職場体験に来たので、『学び合い』の授業の様子を見てもらった。

学級崩壊状態かと思って驚くだろうから、解説をくわえながら(笑)。


そして、体験として授業もしてもらった。

小数のかけ算の単元の最後の文章題の練習問題だ。


とてもしっかりした生徒さんで、

「打ち合わせする?」

って聞くと、

「いえ、自分でやってみます。」

という返事。

すごい。現職の教師でも研究授業をしぶるのに!

で、指導書のコピーを渡しただけで任せてみた。


彼の中学校は、うちの卒業生のほとんどが通う中学校で、「学びの共同体」をしていて、彼のスタイルはそんな感じだった(いや、私自身あまりよく知らないので、多分)。

班を作り、問題を解かせ、各班に割り当てて解き方の説明をさせていた。


普段私は班にこだわらずに『学び合い』をさせているから(時には班もあるけど)どうかな?と思って見ていると、あっという間に協力を始め、予定時間よりずっと早くみんなが解いてしまった。

途中、班内だけではつまってしまった班があり、班からから出て他班に行き偵察してもどって来るような子もいたのは、やっぱり普段の『学び合い』の動きだなーと思った。

そして、彼の授業はなんと時間通りにスムーズに終わったのである!!

私は彼の授業を見て、もちろん感心しまくったのであるが、その授業中に見せた我がクラスの子ども達の成長している姿にとても喜びを感じた。

おそらく、受け持ったばかりのころの様子から考えてみて、『学び合い』をしばらく体験していなかったら、すぐには班内で協力も始まらなかっただろうと思う。

無視や喧嘩、さぼりがでてきていただろうと思われる。

事実、ごく初期に班単位で取り組ませた時、喧嘩が起こっていた(以前報告したように。また、これも以前報告したように当事者同士それを乗り越えて大きく成長したが…)。


そして、最後の各班での説明の場面でも、「まず…それから…」というように上手に言えていた。

これは普段よく「友達に説明できるようになる」という課題を出し、何度も何度も理由や解き方の説明をし、友達の説明を聞く活動をしてきたからだと思う。

また、普通文章題の解き方の説明なら、立式の説明で終わりそうなものなのに、子ども達は筆算の説明もしていたのには感心した。

小数点の位置について、何故そこに打つかということまできちんと説明していた。

しかも、班の代表をして説明した子のうちの数人は、算数の始めの授業をしたときに、かなり数学的考え方の面で心配していた子どもも含まれていたのだ!!

また、我がクラスには、大きな声を出し床に寝転がってしまうようなことをしてしまう子どももいるのだが、その子にも班を越えて子ども達がうまくかかわって、なんとか課題をこなすことができた。


時間が余っていたので中学生の彼は、「じゃあ、新たに問題を作ります。」と言って2問作った(これもえらい。文章題ではなく、筆算だったが)。

見てみると、2問のうち1問は、まだ子ども達が取り組んでいない、かけられる数が小数第2位まである計算だった。

しかし、それも子ども達はクリアしていた。

「すごーい。まだやってないのに、小数点をうつ位置が分かったがー?」

と言うと、

「楽勝ー。」

と、口々に言っていた。

これも、「何故そこに小数点を打つのか」という説明を何度もしてきたからすぐに応用がきいたのだろう。


自分が『学び合い』をしているから、『学び合い』に対してひいき目に見てしまっているのだろうか?

いや、『学び合い』を体験していれば、その後、ある程度違った授業に出会っても、子どもたちはそれとうまく折り合いをつけて学び合っていけると思う(事実、これも以前報告したように『学び合い』をした子ども達が中学校でも中心になってしっかりと友達と協力している)。


中学生の授業からいろいろなものが見えてきた。

ありがたいひとときだった。

bunbun-hbunbun-h2009/05/15 12:57中学生でも授業ができる(中学生のみなさんには失礼な言い方ですが)って、じつはとてもすごいことなんだと思いました。
何がすごいって?
それは当然『学び合う』ってことがですよ。
(以上、一人問答でした)

daitouirukadaitouiruka2009/05/16 06:02そこにある課題について、「自分たちで解くものなのだ」という文化ができあがってくれば、可能になってくるのでしょうね。
他の先生がその生徒さんに授業後の感想を聞いたとき、
「楽しかったです。」
と言ったそうです。
「『緊張した。』とか『難しかった。』という感想がほとんどなのに、『そんなのめずらしいよねー。』」
とその先生はおっしゃっていました。
中学生の彼がとても誠実で力があったのも確か。それがクラスの子ども達の学び合う力と合わさって楽しい『学び合い』の時間になったのでしょう。

これが、「分からなければ先生に聞く」ということが普通の子ども達なら、それにどう対応するかでまた違ったことになっていたかもしれませんね。

bunbun-hbunbun-h2009/05/16 07:49「楽しかった」という生徒さんの感想、いいですねー。
昨夜mana-mama5さんがブログに書いておられた(「ダルマさんが笑った」)けど、クラスの子ども達が「ドラエもん」的状態だったら、こうはいかなかったということでしょうね。

daitouirukadaitouiruka2009/05/17 08:17mana-mama5さんのブログ、読ませていただきました。おもしろい見方ですね。
「ドラエもん」も映画になると、それぞれの持ち味を生かして協力しているのですがねー(笑)。

daitouirukadaitouiruka2009/05/17 23:04「ドラエもん」について、もう少し。
映画だとどうして協力するかについて考えてみました。
映画だと話のスケールが大きくなり、共通の敵(課題)ができるので、普段いやなジャイアンとも協力しあえる。
しかし、テレビ版だと、とりあえずスケールも日常になり、共通の敵(課題)というものが、ジャイアンの暴力や歌声だったりするから、それ以外の者で対応の仕方を『学び合い』、協力しているのではないでしょうか(時にスネ夫あたりがうらぎったりするけど)?
やっぱり「ドラエもん」の登場人物達も状況に応じて『学び合い』を成立させているのかも(笑)。

bunbun-hbunbun-h2009/05/18 23:21「ドラえもん」の映画のように、非日常的な大きな課題があれば、それを解決するためにみんなと協力することができるとしても、私達が生きているのは平凡な日常です。その日常のなかに集団としての目標(課題)をどう設定していくのか・・・、などとついつい書いてしまいました。
「恐るべしドラえもん!」

daitouirukadaitouiruka2009/05/20 04:48日常の課題。次々見えてきますよー(笑)。
でも、本当に大切な課題を見極めること、そしてその課題をどのように子ども達に提示するかが大事ですよね。