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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2009-05-28

「全員答えが一致するまで」という課題 05:13

国語の言語事項で「この場合、どちらの言葉があてはまるか」

とか、

算数で「折り紙を折って次のように切り、もう一度開くとどのような形になるか」

など、答えが一つになる問題の時に出してみた課題である。

(多様な答えがあってよい問題の場合の時は試したことがない。)


いつもなら、

「教師用指導書の解答を自由に見ていいよ。ただし説明してもらうよ。」と言っているところを、

「今日は見せません。全員納得して一致するまで話してください。」

と告げる。


こうすると、仲良しグループ間のみに留まりがちな情報交換にかなり広がりが見られる。

自信はあっても「確かな答え」はまだ誰も分からないので、わいわいと話し合い、あれこれ理由付けの説明が飛び交う。

そして、最後に私が答えを告げる。

「やったー。」

と全員の喜びの声が教室に響いて終わる。

必要な情報を得るために 04:54

A男が、

「僕、算数と国語はB男と一緒に『学び合い』するけど、社会はC男としよるで。」

と言った。

得たい情報により、人を選択できる者が出てきた。どんどん広がっていくとおもしろいなー。

o4dao4da2009/06/07 20:04答えがなくても、それだけ動けるって素敵ですね。本当に分かろうとしてあきらめていない証拠ですね。

daitouirukadaitouiruka2009/06/10 06:42そうなんです。いい子達です。
でも、「まだまだ」って言っています。
この日記をアップしたときはよかったのですが、その後で、なにか、『学び合い』が停滞しているような気がしてきて「信頼して待つ」ことが大切なのに、なにか焦りが出てきている自分に気付きました。
いけませんね。同じ「まだまだ」でも、心を反映して「まだまだいける」という励ましになるか、「まだまだだめだ」という批判になるかに分かれてきますよね。
改めて考えさせられました。ありがとうございます。

2009-05-26

給食の準備の待ち時間に 06:17

我がクラスのやんちゃ坊達が、給食の待ち時間やたらうるさい。

「静かにできる工夫を自分でして。」

と言うと、後ろにいろいろ取りそろえた学習参考書を読みだした。

なんか笑ってしまう。いや、嬉しくてほほえんでしまう。

まあ、「ドラエもんのまんが学習参考書」みたいなものもあるのだが、よくできた立派な参考書。

校外のクラブに燃えていて、体を動かすことの方が大好きで「読書なんかきらい。まんがも読まない。」なんて言っている子ども達にしては、驚きの変化。

学び合い』になると雑談もあってついお遊びにもいってしまうけれど、いいチームワークも発揮してくれる子ども達。

そう言えば、最近ちょっとした時間の隙間に学習参考書を読む子が何人かいる。

「うちでも買ったよ。」

という子ども達の声も。

2009-05-24

スクールカウンセラーの先生に 08:41

詳しくは書けないが、A男は、思い通りにならないといろんなこともしてくれて、「もー。A男君!」なんてよく言われている子。けれど、なんか、愛すべき存在というか、子ども達の中で「排除する」という感じがないのが嬉しい。いいところは?って聞くと、即座に周りの子から、優しい、おもしろい、明るいって言葉が返ってくる、そんな子である。


私がスクールカウンセラーの先生と廊下ですれ違うとき、

「先生、A男君との接し方、上手ですねー。」

と、言われた。

「あっ。ありがとうございます。」

とその場は一応言ったが、内心複雑。

学び合い』を知る以前の私なら手放しで喜べたお言葉なのに…。

(「私が上手」ということは、まだ、私が関わっていて「子ども達が上手」と見られてないんだなー。)

と、思ってしまう。


いや、実際は子ども達の方が上手に関わる場面も多いのだ。多くなってきているのだ。それが嬉しい。


しつこく語っている。

「私はみんなとこれからずっといるわけではない。みんなは、みんなの中で育っていくのです。『学び合い』ながら育ち合っていくのです。だから、困ったことがあったら、先生ではなく、みんなの力で乗り越えていく力をつけていくしかないのです。一人も切り捨てないという強く優しい心を持ってほしいのです。○○先生がいたらできるけど、△△先生とならだめだなんていう弱い集団になってほしくないのです。」

このことを、これからも、繰り返し語っていこう。

そして今度は、スクールカウンセラーの先生に、

「いえ、子ども達の方がずっと上手に接しています。」

と、ちゃんと言えるようにしておこう。

ybhdv7ybhdv72009/05/24 11:49すばらしい語りですね!!
いただきです(笑)

daitouirukadaitouiruka2009/05/24 14:45ありがとうございます。
光栄です。
こに~さん、ますます広く活動なさってますね。
次にお会いするのが楽しみです。

2009-05-23

現状に焦りや苛立ちを感じたとき 07:30

「教師が見ている時にはまじめな態度をとっていて、教師が気付いていないと思うところではまじめにしなかったり意地悪をする裏表のある子がいる。」

「教室になかなか入りにくく遅れて入って来る子が、一人でなく数人いるので、ついイライラしてしまう。」

そんな悩みを持った先生と話をした(もう一人別の先生も加わって3人で)。


・所詮物事の善悪なんて絶対的なものじゃない。

・人はそれぞれの解釈で世の中の現象を見るもの。

・その子の悪いと思っている部分も、取り除く必要のない、それどころか、むしろうまく使っていくべき特性。その特性に悪いラベルを貼ると、邪魔な、害悪を及ぼすものになるが、良いラベルを貼ると、その特性を善用しだし、明るくいきいきとしてくる。

・人でも集団でも悪い部分に目を付けてそれを取り除こうとし、戦いのモードになるととんでもない労力が必要になる上に、雰囲気も暗~くなる。そして、ほとんど(私は絶対と思っているが)失敗する(表面上は落ち着く場合もあるかも知れないが、「人格の完成」からは遠くなると思う)。

そんな会話をしていった。


そして、提案した具体策。

・それまで遊んでいて、先生の視線に気付いて行動を変える子を見かけたら、大きな声で、

「素晴らしい!すぐに気付いて友達のために反応できる力がある。見ていてうれしくなります。」

と、にっこり。


・授業時間になってもなかなか帰って来ない子達がいたら、きちんと帰ってきている子達の善意に訴えかける。

「帰ってくるのに、なかなかしんどい思いをしている人達がいるね。みんなと一緒に学び合う時間が少なくなってとても損していると思うんです。その人達が帰ってきたとき、教室に入りやすい雰囲気を作ってほしいのです。授業を始めますが、それはその人達を見捨てるんじゃなくて、その人達が帰って来たときに、すぐに教えてあげられるようにみんなでしっかり学び合っておいてほしいんです。」

そして、遅れて入って来た子ども達には、

「お帰り~。よかった、帰ってきてくれて。」

と、にっこり。

(これって『学び合い』をしていないと説得力が激減する言葉です…いや、少なくとも私の実力では。)


もちろん、ここが肝心なのだが、この言葉を、「子ども達を操作してやろう」なんて気持ちで言うと失敗する。心底そう思いながら言うこと。


話に加わっていた先生が、

「教師も、先生(イルカ)がいつも子ども達に言っているように、友達や仲良しなんかでなくてもいい、こんな風に必要な時にそれぞれが持っている力をうまくつなげていける集団だったらいいですよね。」

と、おっしゃった。


悩んでいた先生は、

「いつもこんなふうに話ができることが、何よりうれしくて、元気が出ます。こんなに時間をとらせてすみません。」

とおっしゃった。


私は、

「あやまってもらう必要は全くないです。『学び合い』をする子ども達と全く同じです。私は、先生に役立つことができて、学校の子ども達も教師達もよくなって、私が嬉しくなるからしているだけです。私の場合は、私利私欲で動いています。そうでないと長続きなんてしませんから。お互い私利私欲を善用しましょう(笑)。」

と言った。


そして迎えた翌日の朝。

「うちに帰って、いいラベル貼りしてきました。」

とその先生。


そして、その一日。

それが功を奏したらしく、前日とは違ったいい話が聞けた。授業もいい感じで進んだそうだ。

遅れて来た子達ももう始まっていたので、すぐに取りかかったらしい。


その先生のいい表情がもどってきた。


私は同僚と子ども達に恵まれていて幸せだー。

ima-kiyima-kiy2009/05/25 00:49イルカさんのブログを読むと、いつも気づかされ、考えさせられ、励まされます。
ありがとうございます。

munehiromunehiro2009/05/25 06:53イルカさんは器がでかいですね。
いい学校にどんどんなって行きそうですね。

daitouirukadaitouiruka2009/05/25 20:06ima-kiyさん、なんか、その言葉にうれしくって目の辺りが熱くなりました。こちらが励まされます。ありがとうございます。
munehiroさん、ありがとうございます。もったいないお言葉!でも、器については、小心者でとてもとてもでかいとは…しかも、呆れるほどできないことばかりなんで穴だらけの器です(これ、まったく謙遜ではなく、他の人が当然知っているような会話にもついていけないことあるんです)。だからいろんな人にあちこちふさいでもらって、やっと器として成り立っているというか…。まあ、だから、つながることの大切さを力説できるのでしょうね。欠点と思われることの善用(笑)。

2009-05-21

Q-U検査をしました 02:07

教室に入って来てくださるR先生が、

「オレはこんな分布図を見たことがない。しかも、クラス替えがあったばっかりでまだ何日よ!」

とおっしゃってくれた。

「学級生活満足群」の方向にざっと集まっているのだ。

教室に入りにくく心配だった子もそのエリアに入ってきている。

まだ全員がそのエリアに「入っている」わけではないが、ほとんどが入っていてあと数名ぽつぽつその周辺にいる感じ。

TTのM先生が、

「こんなにいいと、次の検査の時、逆にプレッシャーやね。」

と笑っていた。

R先生が、以前の2回分のQ-U検査を出してきて見比べてくださった。

昨年、半数をR先生が担任していたときも、1回目より、2回目の方が明らかに「学級生活満足群」に寄ってきている。もちろんそのR先生の指導の上に今回の結果が積み重ねられたのだ。

まあ、私の場合、私の指導というよりも、子ども達の『学び合い』の力なんですけどね。

jun24kawajun24kawa2009/05/22 06:29他の先生には良い結果であったとしても、「みんな」ではないことを重く受けるのが我々ですよネ。

daitouirukadaitouiruka2009/05/22 06:52はい。さらに上を目指す励ましのお言葉、ありがとうございます。
まだ満足群の周辺にいる子ども達も、「みんな」が満足するまで、私達が「満足」してはいけませんね。

「周辺」にいた子の一人。
Q-U検査後になりますが、国語で、「みんなのスピーチに対してみんなのコメントを書く」『学び合い』活動をしたときに、「みんなのコメント、めっちゃうれしい!」と、にこにこしながら言葉に出して言っていました。その言葉に、今までの寂しさや不安と、今良い方に向かっている喜びがこもっていたのかもしれません。
こんなことを積み重ねて行くことで、きっと「満足」の中に入ってきてくれるでしょう。
「まだ、あんな理由やこんな理由で満足できていない人がいるよ。どうやって解決する?」ということを子ども達に語り、乗り越えていってもらいます(個人ではなく、クラス全体の中にある問題として)。

aki-kichiaki-kichi2009/05/22 21:16私もQ-U検査を実施しました。イルカさんの所と同じようにクラス替えをしたばかりです。私のクラスは,満足群が44%でした。逆に言えば,半数以上が満足していないということになりますね。『学び合い』を成熟させ,10月予定の検査では,「みんなが満足」を目指します。

daitouirukadaitouiruka2009/05/23 07:47「ブログに書き込んだらN先生がこんな書き込みをしてくださった。さらにまた力を貸してください。」と、授業にかかわってくださっている先生方にさらなる協力をお願いしました。
aki-kichiさん。共にがんばりましょう。「みんなが満足」を目指して。

2009-05-19

やんちゃな子もおとなしい子も 05:33

やんちゃで、前は毎日ケンカしていて、勉強にもほとんど身が入らなかったというA男。

小数のかけ算の確認プリントをしながら、「かけ算、ちょー好き!」と大きな独り言を言っていた。面倒くさがることが多い彼。一度に4枚も与えたのに。

おとなしくて、人前では積極的に発言しようとしないB女。

家庭とのやりとりをするカードの、おうちの人が書き込む通信欄に、自分で

「『学び合い』は、すごい効果があることがわかった。すっげー。すっげー。」

と、かわいらしい絵文字をいっぱいつけて書いてきていた。


こちらが聞かなくても、つい出てしまう喜びの声というのは、なおさらうれしい。

ybhdv7ybhdv72009/05/20 22:05どんどん変化していきますね!
わくわくですね~

daitouirukadaitouiruka2009/05/22 02:06はい。わくわくしています。
まだまだ課題はあり、長い道のりだな~とは思います。でも、子ども達の力でなんとか乗り越えていってくれそうな予感。その道を歩いていくこと自体を楽しんでいきたいです。困ったな~と思うことも多々ありますが、子ども達はもちろん、素晴らしい同僚達がばっちり支えてくれています。

2009-05-17

学び合い』のブログで初めて知った内田樹先生 09:55

合気道もなさっていることもあって、勝手に親近感がわいているのだが、先日読んだ『子どもは判ってくれない』に、次のような言葉があった。周りにたくさんの人がいる場所だったのだが、それを読んで不覚にも涙がにじんできた。

  **********

大切なのは、「言葉そのものが、発話者において首尾一貫しており、論理的に厳正である」ことよりも、「その言葉が聞き手に届いて、そこから何かが始まる」ことである。

  **********

なるほど!私自身「正しいことを言わなければならない」ということにとらわれて、思ったことがすぐに言えないことがある。

私の周りの大人も、そして、教室で口をつぐんでしまっている子ども達も、同じ思いでそうなっていることが多いのだろう。

学び合い』には、その状況を打ち破り、上記の内田先生が大切だとしている状態にもっていく力がある。


子ども達にもそのことを語ろう。

学び合い』って 09:32

子ども達は、とくに『学び合い』について書いてって言わなくても、日記などにその感動を綴ってくる。

特にそれまで勉強が分からなかった子にとっては、長~い闇から抜け出たような、そんな感動を与えてくれるんだろう。

かく言う私も(N先生に勧めていただいたからとは言え)、今までの自分だったらとてもやろうと思わなかったであろうブログをこうして書いている。

やった。全員合格ライン80点以上達成! 09:13

家庭科のテスト。

難度はそれほど高いものではないとは言え、最低点85点が2人。

ちなみに平均は96点。

みんなで喜び会った。


「だって、簡単やったもん!」

と、やんちゃなA男。

でも、A男の場合、『学び合い』じゃなかったら、包丁を使うことぐらいしか大して興味も持てず、細かいところまで覚えようとはしなかったように思う。

その考えも正直に伝え、「でも、みんなと一緒にやったから、よーく分かってそんないい点とれたんやろ?」と聞くと、照れた顔をしてうなずいていた。

はにかんだ笑いがなんともかわいいやつである。


授業の課題は、ガスコンロ・包丁・まな板の使い方、お茶の入れ方それぞれについて「料理学校の先生になったつもりで、全員が班の他の人に教えられるようになること」でやってみた。


子どもたち、楽しそうに取り組んでいた。

先生役の子どもに、生徒役の子どもが、

「先生(この場合、料理学校の先生役の子ども)!どうして、湯は人数分より多目にわかさないといけないのですか?」

など質問している場面も見かけた。理解しているかどうかを確認しつつ、お芝居することも楽しみながらやっていて、「なかなかやるな!」と感心させられたことだった。

見ていても楽しかったー。

jun24kawajun24kawa2009/05/18 05:48もうそろそろ、次のステージに立つ段階に至ったと感じます。
つまり、イルカさんは校長の立場に立って、管下職員として子どもを見て下さい。
そして、自分のクラスをよくするという課題ではなく、高知を変えようという課題を子どもに与えて下さい。
凄いことを子どもはやらかしますよ。期待しています。

daitouirukadaitouiruka2009/05/20 05:01より大きな視野で見られるようになると、その下ある課題が解決しやすくなるということはありますよね。
私自身もその目を持てることを目指していきます。
そして、子ども達に語ってみます。

2009-05-14

職場体験にやってきた中学生が授業をした 01:26

中学生が職場体験に来たので、『学び合い』の授業の様子を見てもらった。

学級崩壊状態かと思って驚くだろうから、解説をくわえながら(笑)。


そして、体験として授業もしてもらった。

小数のかけ算の単元の最後の文章題の練習問題だ。


とてもしっかりした生徒さんで、

「打ち合わせする?」

って聞くと、

「いえ、自分でやってみます。」

という返事。

すごい。現職の教師でも研究授業をしぶるのに!

で、指導書のコピーを渡しただけで任せてみた。


彼の中学校は、うちの卒業生のほとんどが通う中学校で、「学びの共同体」をしていて、彼のスタイルはそんな感じだった(いや、私自身あまりよく知らないので、多分)。

班を作り、問題を解かせ、各班に割り当てて解き方の説明をさせていた。


普段私は班にこだわらずに『学び合い』をさせているから(時には班もあるけど)どうかな?と思って見ていると、あっという間に協力を始め、予定時間よりずっと早くみんなが解いてしまった。

途中、班内だけではつまってしまった班があり、班からから出て他班に行き偵察してもどって来るような子もいたのは、やっぱり普段の『学び合い』の動きだなーと思った。

そして、彼の授業はなんと時間通りにスムーズに終わったのである!!

私は彼の授業を見て、もちろん感心しまくったのであるが、その授業中に見せた我がクラスの子ども達の成長している姿にとても喜びを感じた。

おそらく、受け持ったばかりのころの様子から考えてみて、『学び合い』をしばらく体験していなかったら、すぐには班内で協力も始まらなかっただろうと思う。

無視や喧嘩、さぼりがでてきていただろうと思われる。

事実、ごく初期に班単位で取り組ませた時、喧嘩が起こっていた(以前報告したように。また、これも以前報告したように当事者同士それを乗り越えて大きく成長したが…)。


そして、最後の各班での説明の場面でも、「まず…それから…」というように上手に言えていた。

これは普段よく「友達に説明できるようになる」という課題を出し、何度も何度も理由や解き方の説明をし、友達の説明を聞く活動をしてきたからだと思う。

また、普通文章題の解き方の説明なら、立式の説明で終わりそうなものなのに、子ども達は筆算の説明もしていたのには感心した。

小数点の位置について、何故そこに打つかということまできちんと説明していた。

しかも、班の代表をして説明した子のうちの数人は、算数の始めの授業をしたときに、かなり数学的考え方の面で心配していた子どもも含まれていたのだ!!

また、我がクラスには、大きな声を出し床に寝転がってしまうようなことをしてしまう子どももいるのだが、その子にも班を越えて子ども達がうまくかかわって、なんとか課題をこなすことができた。


時間が余っていたので中学生の彼は、「じゃあ、新たに問題を作ります。」と言って2問作った(これもえらい。文章題ではなく、筆算だったが)。

見てみると、2問のうち1問は、まだ子ども達が取り組んでいない、かけられる数が小数第2位まである計算だった。

しかし、それも子ども達はクリアしていた。

「すごーい。まだやってないのに、小数点をうつ位置が分かったがー?」

と言うと、

「楽勝ー。」

と、口々に言っていた。

これも、「何故そこに小数点を打つのか」という説明を何度もしてきたからすぐに応用がきいたのだろう。


自分が『学び合い』をしているから、『学び合い』に対してひいき目に見てしまっているのだろうか?

いや、『学び合い』を体験していれば、その後、ある程度違った授業に出会っても、子どもたちはそれとうまく折り合いをつけて学び合っていけると思う(事実、これも以前報告したように『学び合い』をした子ども達が中学校でも中心になってしっかりと友達と協力している)。


中学生の授業からいろいろなものが見えてきた。

ありがたいひとときだった。

bunbun-hbunbun-h2009/05/15 12:57中学生でも授業ができる(中学生のみなさんには失礼な言い方ですが)って、じつはとてもすごいことなんだと思いました。
何がすごいって?
それは当然『学び合う』ってことがですよ。
(以上、一人問答でした)

daitouirukadaitouiruka2009/05/16 06:02そこにある課題について、「自分たちで解くものなのだ」という文化ができあがってくれば、可能になってくるのでしょうね。
他の先生がその生徒さんに授業後の感想を聞いたとき、
「楽しかったです。」
と言ったそうです。
「『緊張した。』とか『難しかった。』という感想がほとんどなのに、『そんなのめずらしいよねー。』」
とその先生はおっしゃっていました。
中学生の彼がとても誠実で力があったのも確か。それがクラスの子ども達の学び合う力と合わさって楽しい『学び合い』の時間になったのでしょう。

これが、「分からなければ先生に聞く」ということが普通の子ども達なら、それにどう対応するかでまた違ったことになっていたかもしれませんね。

bunbun-hbunbun-h2009/05/16 07:49「楽しかった」という生徒さんの感想、いいですねー。
昨夜mana-mama5さんがブログに書いておられた(「ダルマさんが笑った」)けど、クラスの子ども達が「ドラエもん」的状態だったら、こうはいかなかったということでしょうね。

daitouirukadaitouiruka2009/05/17 08:17mana-mama5さんのブログ、読ませていただきました。おもしろい見方ですね。
「ドラエもん」も映画になると、それぞれの持ち味を生かして協力しているのですがねー(笑)。

daitouirukadaitouiruka2009/05/17 23:04「ドラエもん」について、もう少し。
映画だとどうして協力するかについて考えてみました。
映画だと話のスケールが大きくなり、共通の敵(課題)ができるので、普段いやなジャイアンとも協力しあえる。
しかし、テレビ版だと、とりあえずスケールも日常になり、共通の敵(課題)というものが、ジャイアンの暴力や歌声だったりするから、それ以外の者で対応の仕方を『学び合い』、協力しているのではないでしょうか(時にスネ夫あたりがうらぎったりするけど)?
やっぱり「ドラエもん」の登場人物達も状況に応じて『学び合い』を成立させているのかも(笑)。

bunbun-hbunbun-h2009/05/18 23:21「ドラえもん」の映画のように、非日常的な大きな課題があれば、それを解決するためにみんなと協力することができるとしても、私達が生きているのは平凡な日常です。その日常のなかに集団としての目標(課題)をどう設定していくのか・・・、などとついつい書いてしまいました。
「恐るべしドラえもん!」

daitouirukadaitouiruka2009/05/20 04:48日常の課題。次々見えてきますよー(笑)。
でも、本当に大切な課題を見極めること、そしてその課題をどのように子ども達に提示するかが大事ですよね。

2009-05-13

算数大大大すきに 20:46

連休中に日記の宿題を出していたが、A女の書いた日記は連休中のことではなくて、次のようなものだった。本人の了解を得てここに。

  ***********************

「学校について…」

私は、何をはなしたいかとゆうと、算数が4年のときはすっごくいやでつらくて、あるたびにきもちわるくなり、あたまがいたくなっていたけど、5年になって算数がすっごく大大大すきで、なぜかとゆうとまなびあいがはじまってからみんながかかわってくれてとてもうれしくて大好きになりました。

  ***********************

去年から彼女を知っている先生の話では、とってもとっても表情がよくなってきたということだ。

それに、彼女が人に教えるなんていうことはなかったらしい。

「人に説明できるようになる」という課題も、いつも最後に合格になっていたのが、今日は最後ではなかった。

嬉しそうに、誇らしそうに、黒板にある名前磁石を「説明できる」の方に移動させに来た。

放課後、私のところにA女が来て、

「先生。黒板におめでとうって書いていい?」

と聞いてきた。

黒板には、全員が「説明できるようになる」という方に移動した名前磁石があった。

「おー。ええよ。」

かわいらしいA女の文字で名前磁石の横に「みんな合格おめでとう」の文字が書かれた。



ここで、昨年度の先生の名誉のために。

その先生が決して手を抜いていたということではない。私なんかよりもずっっと熱心に子どもにあたり、いつも遅くまで子どもたちのために時間を使って力も伸ばしてきていた私も好きな先生だ。

そして、今年度受け持った私の力量が特別優れているなんていうことは全くない。


やっぱり、『学び合い』が、周りの友達がつながった時の力が、すごい。

bunbun-hbunbun-h2009/05/13 21:00今日、私のクラブに参加している子どものお父さんに、この間のクラブでのあなたの子どもを含めた小学生のバスケのゲームはすごかったですよ、と言うと、この1年間で自分の子どもはずいぶん変わったと思うとお礼を言われました。
なにが変わったと思っておられるのかは分かりませんが、「やっぱり、『学び合い』が、周りの友達がつながった時の力が、すごい。」ということが私もうれしかったです。

aki-kichiaki-kichi2009/05/13 21:06読んでいてジーンときました。
繋ぐ喜びと繋がる喜び。
『学び合い』は子どもたちの心を豊かにしますね。

daitouirukadaitouiruka2009/05/14 05:43bunbunさん。ありがとうございます。子どもさんがどう変わったのか、ぜひ知りたいです。
aki-kichiさん。ありがとうございます。繋ぐ喜び。そうですよね。教師の喜びはそうありたいですね。
『学び合い』以前の私は、教師と子どもの繋がりの方を求めて随分苦しい思いをしてきました。それは、子どもにとっても苦しかったのでしょうね。

2009-05-06

隣のクラスでもいい話 01:28

隣のクラスで、『学び合い』に取り組んでいるJ先生からお聞きしたいい話をご紹介。

放課後のこと。A男とB女が教室に残って会話しているのを聞いたらしい。

感情のコントロールがうまくできず、学習にも集中しきれないA男が、あまりクラスメートと交われず、一人ぽつんと他のクラスメートが登校してくるのを眺めることの多かったB女に話しかけた。


「B女。お前、最近友達できたな。」

「えっ?…友達、…(今までも)おったもん…。」

「そうかー。じゃあ。友達、増えたな。」


その会話を聞いてJ先生は、何か言おうと思ったけど、そっとしておいたそうだ。

映画のワンシーンにでてくるようなセリフ。

B女の反論(事実かどうかはわからないが、少なくとも傍目には、友達がいるとは言えない状態だった)に、それを否定することなく、さらにうれしくなるような言葉を重ねたA男。

その子達の普段の姿をイメージできるだけに私はジーンときて、涙がにじんできた。


B女のおうちの人も、「最近よく友達と遊ぶようになった。」とおっしゃっていたらしい。



クラス替えの効果や、J先生のもともとの学級経営の力ももちろんあるのだろうけど、今年度から始めた『学び合い』効果もあるはず…ですよね。

2009-05-04

おれ、カンニングせんなったで 02:53

2クラス合同『学び合い』算数のとき、

向こうの方からやんちゃなA男が、友達と話すこんな声が聞こえてきた。

「(イルカ)先生の教え方(『学び合い』のこと。むしろ教えてないんですが…)って、おれにとってめちゃくちゃええき(いいから)、そんなことせんでもええなったがよ。」

何のことかと気になった私が、

「そんなことってどんなことよ?」

と聞くと、いっしょに話していたB男が、

「カンニング。」

と答えてくれた。

A男の弁明によると、本番テストではなく、あくまでも普段のプリントなどでの話だそうだが…。

そんな大声でカミングアウトしていいの?と思ったけど、周りの子は既に知っていたみたい…(笑)

私は笑って、

「へー。成長したがやー。本当に分かることが大事って分かってきたからやろねー。よかったよかったー。」

と言ってその場を去った。

2009-05-03

怒りのおさまらないA男に対して… 06:46

 A男が休み時間に友達とトラブルがあって、机に突っ伏して勉強に入ってこようとしない。

机の上の自分の物も腹を立てて落としてしまった。

A男は説得しようとしても、なかなか長い時間、機嫌がなおらないらしいことを受け持つ以前から聞いていた。

 私は、

「まだ、気持ちの整理がつかんみたいやね。でも、みんなの社会の勉強も大事やき、勉強に入るよ。早く気持ちを落ち着けて、一緒にできるようになるのを待ってますよ。」

と言った。

見捨てるのではない。行動をただそうと対決するのでもない。ただ、早く仲間と一緒に『学び合い』を始められることを期待して待っている。そんなスタンスだ。

A男は、しばらく突っ伏したまま、机の足を蹴ったりしていた。またしばらくして、起きあがったかと思ったら、今度は落書きを始めた。

私は見ることはあるが、特に声はかけない。時に目が合うと、(大丈夫だよ。)という感じで、にこっと笑ってうなずいたりはする。一方、他の子のいい動きに「おっ。それいいねー。」などと声をかけたりして、回っている。

他の子は、A男の場合、へたに声をかけない方がよいことを知っているようだ。意識の端にはおいているが、特に何かしようということはない。

A男は、とうとう社会科の教科書とノートを取りだして学習を始めた。他の子と関わることはなかったが…。

しかし、直接の会話はなくても、仲間の存在を意識した行動であろうという意味では、関わりと言えるだろう。いろんな関わりのかたちがある。

すねたり、腹を立てたりしても何もよいものは生み出さない。A男には、誰かにしてもらうのではなく、自分で感情のコントロールができるようになってほしい。

授業後、A男は落ち着きを取り戻し、自分が机の周りに散らかしたものを自分で拾っていた。

こんなことを繰り返していくうちにA男は人との付き合い方でとても大切なものを学んでいってくれるだろう。

o4dao4da2009/05/03 10:30こういう経験あったので共感できます。
さてコメントありがとうございました。触発されていろいろ考えを書くことができました。

daitouirukadaitouiruka2009/05/04 14:40下手に説得しようとすると「自分のことを分かってくれない敵」みたいになってしまいがちですよね。
自分で立ち直る力がこうして育っていくのでしょうね。
書き込ませていただいたことへの反応もありがとうございます。

2009-05-02

初めての合同算数 08:45

学び合い』をしながらあれこれ悩むことも出てくる。

私がお誘いして今年度から始めた隣のJ先生も同様にあれこれ悩みが出てくる。

もう一人私の学級に常時入ってくださっているR先生も交え、『学び合い』の様々な効果について、うれしい報告を時を忘れてしあうことが多くなったが、これはどう考えたらよいのだろう?どうすればよいのだろう?ということも出てくるのだ。

先日、自分たちだけで考えるのではなく、N先生にも相談させていただこうと思いメールで質問したところ、次への道筋が見えてくるようなご回答をいただいた。

一つはノートについての考えのこと、もう一つは、『学び合い』の中のみならず教室の中にも入って来にくい子どもがいて、それが複数になってくると、その子たちも平気になっていくことについての質問だ。

アドバイスをいただいたことをヒントにAB両クラスで合同の算数を実施してみようと持ちかけると、J先生は快諾してくださった。

合同体育というのはよくあるけれど、合同算数は自分としても初めてである。

子ども達は、ほんの一月ちょっと前まで一緒のクラスだった子ども達ともまた一緒に算数をすることになる。

ほっておくと「自分のクラス」に意識が行き過ぎて、隣のクラスを敵視しだす場合もよくあるので、まだつながりのあるうちからこんな機会は積極的に設けていった方がよいと思う。

授業はその単元の最後のまとめとして設定した。

問題のプリントも新たに与えたが、「全て解きなさい」ではなくて、「まだできないことを確認するために利用して」ぐらいの位置づけである。

今まで各教室でしてきた『学び合い』の中で出てこなかった考え方も交流されて、『学び合い』に幅がでてくる。

学び合う組み合わせも一クラスの時に比べると格段にパターンが多くなる。

「一クラスでやっていたとき、一人だった子がやっぱり今も一人ですね…。」

「でも、そのときはあまり学習に取り組んでなかったのが、今は取り組んでいますね。今のところの彼なりの距離感なのかもね。その中で明らかに影響されている。そのうち何か変化がありそうじゃない?」

教師同士もこんな会話をし、一人だと悩みに陥ってしまいそうなことも、ちょっと違った見方を与えあって前向きな気持ちがでてくる。

新たな広がりです。


N先生。この場を借りまして、改めてありがとうございました。