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イルカたちの夢

 高知県の小学校教員です。 山間の学校の6年生を担任しています。 よろしくお願いいたします。
ご連絡はkochimana7☆gmail.comの☆を@(アットマーク)に直してお送りください(迷惑メール対策です)。

2017-03-20

振り返る 10:46

この1年を振り返る。

子ども達の頑張りで、思った以上に伸びていたことがある。

日々のテスト結果も伸びが見られる。

できることも増えて来た。


が、伸びていなかったこともある。

思うようにいかなかったこともある。

これについては、わかっている。

私の弱い部分が出ているということ。

「ああ、申し訳ない。」

と思う。


少し前、あることで私自身を振り返る機会があった。

まだこんなところで躓いているのか、こんなこともできないのかと、自分自身に愕然とする。

これは、少し前はできていたことじゃないか、むしろ後退じゃないか、と思うこともある。


続けているうちに、初めは丁寧にやっていた基本的な部分を、いつの間にか端折ってもいいと錯覚してしまい、おろそかになっていることがあることも原因の1つだろう。


愕然としたが、落ち込んでいる時間はない。


分かってはいたことだが、その想像をはるかにこえて学ばねばならないことがまだまだあることを思い知らされる。

が、学ばせてもらえる方々がまだまだたくさんいることは幸いだ。


新たに学ぶべきこと。

すでに学んだことで、地道にこつこつと継続していかなければならないこと。

新年度を前にもう一度見直し、行動に移す。


本日午後、来年度の異動が発表される。

私がまだ本校にいるかどうかわからないが、どちらにしろ新しく着任したつもりで始める。

全校『学び合い』参観者 09:46

今年度最後の全校『学び合い』が終わった。

以前「あと2回」とお伝えしたが、2回とも外部からの参観者があった。

県内某小学校から数名の方。

お帰りになってから、課題の出し方などを参考に授業で試されているとか。


近隣の小学校の保護者の方も興味を持っておいでになっていた。


町内の某塾の方々も数名。

町の行政関係の方に紹介され、一緒においでになっていた。

子ども達の関わりのよさに感心しておられた。


その方とは別の行政関係の方が、他の役職の方と、ご自身の大学生の娘さんを連れておいでになっていた。

初めて見えていた行政の方が、

「自分も子どもの頃こんな教育を受けたかった。感激しました。」

とのこと。


また、同行していた大学生の方に、

「あなたも、教師になるの?なるんだったら、こんな授業して、全国に広めてよ。」

とおっしゃっていた。


後で校長先生から伺ったのだが、

「来年度もまた、他の人を連れて来たいがかまわないか?」

とおっしゃていたそうだ。


今回、最もうれしかったのは、授業中、初めておいでになった方々に対して、私が『学び合い』について説明することが、一度もなかったこと。

校長先生や、行政の方が、『学び合い』の良さについてどんどん説明しておられた。


私が赴任してから数年。

それまで本校で積み重ねられてきたことに『学び合い』の文化も加わったんだなぁと思える。

現在の同僚の方々はもちろん、前校長をはじめ、今まで、私が赴任するずっと以前から、本校に関わって来られた内外の方々の力、そして何より、子ども達の力で創り上げてきているなぁと、しみじみ感じることができた時間だった。

2017-03-19

来年も自分達で 21:06

初めてのことに出会ったり、自分で考えて動いたりすることに抵抗を感じやすいA子。

当初、『学び合い』にも少しとまどっていた。

友達に聞くよりも、私のことろに来ることが多かった。

でも、先日、


「来年も、自分達で進める勉強がええな。」


と言っていた。

また、


「クラスのチームワークが良くなったと思う。」


とも言っていた。


学び合い』が苦手、と思う子もいるだろう。


でも、人の中で折り合いをつけていくことを遠ざけたまま生きていくのは、この先かなりしんどくなるだろう。


学び合い』に対するハードルが通常よりはるかに高い場合もあるだろう。だが、その場合であっても、そんなタイプの人の存在を認め、折り合いをつけられる周囲の子の心と力を育てておかなければ、とても生きにくい社会になるだろう。

そのためには、やはり、関われる場を保障しておかなければと思う。

2017-02-11

3学期全校『学び合い』のご案内 17:08

匿名のブログなので学校名はここには書いておりませんが、ご興味のある方は、トップにあるメアドまでご連絡ください。

折り返しこちらからご連絡いたします。

よろしくお願いいたします。


本校が平成25年度末から全校『学び合い』を始め、公開させていただくようになってから、4年目になります。

おかげさまで、県内外から参観に来ていただいています。


高知県内の中学校でも、先日、校内研修の一環として算数の異学年合同『学び合い』の授業が公開されていて、外部からの参観者もおられたということです(学校で研究したことを公開するというのではなく、『学び合い』について知りたいということで、上越教育大学に派遣依頼があったということのようですが)。

興味を持たれている方も次第に増えてきているようです。



さて、標題の授業の日程が決まりましたのでお知らせいたします。

ぜひおいで下さり、子ども達への励ましや活動へのご意見ご感想をいただければ幸いです。


本校も、算数の全校『学び合い』の公開ですが、算数以外での『学び合い』にも、学級での『学び合い』にも通じます。



なお、あくまでも予定ですので、諸事情により変更することもございますので、おいでになる際は、事前にご連絡くださいますようよろしくお願いいたします。


ここでご連絡することがぬかっておりまして、今年度はあと2回のみになってしまいました。

申し訳ございません。


①2/27(月)4校時 11:35~12:20

②3/7(火)5校時 14:00~14:45

となっております。

本校の都合上6校時に設定できなかったため、ご来校がややご不便になるかもしれませんがご了承ください。

また、山間の学校で、この季節、4・5校時ではありますが路面の凍結がないともかぎりません。

おいでの際は、くれぐれもお気をつけください。


子ども達の、1人も見捨てず最後までがんばる姿をごらんいただければと思います。

2017-02-05

日常的に使える機会を 11:20

一度の語りや、コミュニケーションに関する国語の教材を1単元学習したところで、その内容を「知る」ことはできても、「身につける」ところまではいかない。

何度も繰り返し活用する場面が保障されなければ。

何度も試運転をすることで、誤解していた部分をただしたり、自分が運用しやすいようにカスタマイズしたりするなかで、個々が腑に落としていく。


全校『学び合い』を続けてきた。

今、完璧にいつでもみんなが体現できているなどと言うつもりはないが、少なくとも「一人も見捨てない」ことを是とし、それを目指したいという価値観が共有されてきていると言える。


私もいつまで現在の勤務校にいられるかわからないが、願望としては、私が去った後も全校『学び合い』を続けてほしいという思いはある。


全校『学び合い』がなくなっても、「一人も見捨てない」ことがよいことであるという考えを否定する人はおそらくいないだろうし、みなさん、それを目指すことだろうと思う。


ただ、全校『学び合い』のような場を定常的に持つことをやめた場合、思いはあっても、それを何度も活用してみるための、代わりになる何らかの場を意識的につくらなければ、同様の教育効果をあげるのは難しくうなるように思う。


今、共有されている価値観を、自然に備わっているものであり、自然に維持されていくものだと錯覚してしまうと、いつの間にか消失していってしまうのではないか。

別のことで、今までにそんな例もいくつか見てきた。


だれでもできるような仕組みはみんなでつくってきた。

思いも伝え合い、共有してきた。


でも、まあ、それはその後のメンバーが考え、決めること。

私が口出しすることではない。

私がいることで妨げていた何かがなくなって、新しい人の持ってきた何か加わり、改良されていくこともたくさんあるだろう。



私はまた、新たな場所で新たに取り組みを始めるだけ。


それに、口出しはできないけど、築いてきた関係は切れるわけではない。

その繋がりを持ちつつ、さらに広げていこう。


…いや、まあ、出ていくかどうかはまだ全くわからないけど、勤務年数が長くなってきたので、そんなことを考えるようになってきている。

2017-01-13

某ドラマとアドラー心理学 06:49

「ドラマを見ながらアドラー心理学を学べる」

という謳い文句があったので、興味を持って、ある刑事ドラマを見た。

かなりがっかりした。

こういうふうに理解されて広まっていくのかな、と。

そして、私が「アドラー心理学っていいと思うよ」と言ったとき、あの主人公のような人物になりたいと思っていると思われるととてもいやだな、と。


まだ1話しか見ていないので、これから何らかの変化があるのかもしれないとも思ったが、主人公をさして、

「まさに、生まれながらにしてアドラー心理学を体現している」

と断言していたので、

「あ、そのまま変わらないんだ。」

と思った。


人それぞれに解釈はあっていいと思う。

私自身も全くアドラー心理学の権威ではないので、「私こそ正しい解釈をしている」なんていう気はさらさらないということは、まず書いておく。


だから触れないでおこうかとも思ったが、このブログにもアドラー心理学について何度も書いてきたことがあるので、

「少なくとも私がとらえているアドラー心理学とは違う…というよりむしろ真逆」

ということだけは明記しておこうと思ったので。


1つ1つあげるときりがないほどあるから、まとめていうと、主人公に「他者との協力」が全く念頭にないということ。


他者の思いへの関心がなく、目標の一致もはかろうとせず、ほぼ説明もないままどんどん自分がやりたいようにする。


確かに自分の考えを主張することは大切であるが、

「きっぱりと、だが、親密に」

という態度の大切さを学んできた。

主人公は確かに「きっぱりと」していると言えばしているが、全く「親密さ」は感じられない。

もちろん、親密さは、なれ合いなどではないが、相手を突き放すというか、切り捨てるという感じなのだ。


「課題の分離」という言葉についても、

「独自の解釈をしてしまって、こんなふうな誤用がよくあるので、くれぐれも注意してください」

と私が学んだ通りの「誤用」(これも「少なくとも私が学んだ」ということだが)をしている。


随所にアドラーの言葉を引用しているのだが、描かれていることは違和感でいっぱいだ(あくまでも個人の感想)。


そして、もう一人の登場人物がいて「さまざまな他の心理学も学んできた」という注釈は確かにあるのだが、どこからどこまでがアドラー心理学の考え方なのかということは見ている人にはいちいち説明されるわけではないので、知らない人の頭の中では混在してしまうと思う。


タイトルにしても、確かにある文脈においては納得できる言葉なのだが、「言葉だけだと、こんなふうにもとる人がいるだろうなぁ」と思っていた通りになっていた。


あるものごとが爆発的に広がるということは、こういうことなんだなということを、今まで何度か見てきたことはあるが、改めてそう思わされるドラマだった。


まあ、私を指導して下さった方々から見ると、「あなた自身も相当あやしい」と思われている可能性は当然否定しないということも最後に付け加えておく。


今後見るかどうかはよくわからない。

「こういうふうにとらえる人もいる」ということを知ったり、自分の解釈を改めて見直したりする材料になるかもしれないので、見ようか?

でも、つらい。