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イキイキすることと『学び合い』 このページをアンテナに追加

埼玉県高校社会科の教員の後呂と申します。 多様な生き方あり方が、イキイキと出来るようなクラスや学校を目指しています。 ushirokentaro※gmail.com ※を@に変えてください。

2018-02-10

「学ぶ」を強く求める

僕だけだと思うんだけど、『学び合い』で「勉強しなさい」って言うのはご法度かと思っていたんだ。

でも「学ぶ」ことを強く求めるのは大事な事だと気付いた。

ここに放任する事と任せる事の違いがある。



学び合い』は、学習の方法・ペースを生徒に任せる。

だけど学習するかどうかは選ばせていない。

より良く学ぶために『学び合い』をしているんだ。

それも一生涯のスパンで必要とされる能力の獲得を目指して。



ここを意識し始めた時から、「学びの質をあげなさい」とはっきり声に出すようになったんだ。

教師の在り方が問われるのが『学び合い』だけど、僕は何のために教壇に立っているのか、原点を忘れないようにしないと、勝手に振り回されてしまうと思うんだよね。

2018-01-08

苦しんでおります

課題作りに苦労しています。

かれこれ3日間、ビルド&スクラップの繰り返しです。



セオリー通り、考査から作り始めます。

入試問題の中から単元に関わるものをピックアップ。

でもこれがなかなか難しい。

枝葉の問いになっていないか、本質に近づいている問題かどうかを考える。


もちろん指導要領や学力スタンダードに目を通す。



この問いを考査にしようと決めたら、そこから課題を作る。

その問いに答えられるだけの要素を、課題に取り組むことを通して身につけられるか。



うーん、この問いは本質ではない。

うーん、この課題は問いに正対していない。



高校生の学びも、もっと面白く、自ら学びたくなるようなものにしていきたい。

2018-01-06

『「学びの責任」は誰にあるのか』を読んで、課題作りに悩む

タイトルの通りです。


学び合い』を実践していて今猛烈に悩んでいるのが、生徒が「学び」に対して楽しみを感じているのかどうか、ということです。


すごく頑張ってるんです。

でも、やらなくちゃ、見捨てちゃダメだ、という何かに縛られた学びに見えてるんです。

生涯学び続けるんだったら、高校時代までに学びの楽しさを追求できているかって大事なことなんだと思います。

この本は、そういう学びに火をつけるデザインの一例を上手く紹介しています。



学び合い』でも生徒の学びに火をつけることができると思うんだけど、どうしても陳腐な課題になってしまう。

凝り固まった課題ではなく、本質的なクリティカルな課題を示したい。



それができない冬休み終了間際の今、何も進んでいない。

2018-01-02

『学び合い』の会で僕はこうやって人を集めています

僕は川越『学び合い』の会を、同じ思いを持っている人と共に運営しています。

同じように全国各地で『学び合い』の会が開かれているし、『学び合い』以外の会も多くの教員や民間の方が企画しています。

こうした人たちの中で、参加者集めに苦労していない人はほとんどいないのではないのでしょうか?

僕も、会を開いてみたけど参加者が僕含め2人だったという経験があります。



会に人が集まるとは、

・行きたいと思える会を提案すること

・行きたいと思える人のところに知らせが届くこと

この二つが成り立たないといけないです。


どちらも大切ですが、特に適切に知らせを届けることは手を抜きがちで、でも最重要なことだと考えています。


具体的には、

①コクチーズを作成する

②フェイスブックのイベントページを作る

③継続した会ならば、過去の参加者にメールを送る

④フェイスブックの友人に招待のメッセージを送る

です。

うっかり僕も忘れがちで、先ほど21日のイベントのフェイスブックページを慌てて作りました。



結局複数の媒体でお知らせするということに尽きるのですが、面白い現象が起こります。

ある人はフェイスブックページで頻繁に投稿しているお知らせには反応しません。

でも個人的にイベントに招待したメッセージで参加を決めていただきました。


これって『学び合い』のわからない人には少し分かる人の言葉が有効という話に少し似ていませんか?

その参加候補者にとって、どの媒体があっているかわからないんです。

どれで反応するか予測できません。


下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ではないですがこうした方法を地道に続けているかどうか、が事務局には必要だと感じています。