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イキイキすることと『学び合い』 このページをアンテナに追加

埼玉県高校社会科の教員の後呂と申します。 多様な生き方あり方が、イキイキと出来るようなクラスや学校を目指しています。 ushirokentaro※gmail.com ※を@に変えてください。

2018-02-27

TPチャート作成会のお誘いについて@さいたま新都心

【再度お誘い】

http://kokucheese.com/event/index/507864/

待望の書籍も発刊され、方々でTPチャート作成会が開かれています。

3月17日は埼玉のさいたま新都心にてTPチャート作成会を行います。

ぜひ一緒にやりませんか?

周りの方々にもお声がけいただければ幸いです。

《以下余談》

僕の周りには突き抜けた実践を続けている人がたくさんいます。

すごいなあと思います。

でもどんどん増えています。

自信を持って突き進んでいる人が増殖中なんです。

多分自分の目指すゴールと、その過程と、今の実践が一つにつながっているからだと思います。

僕はTPチャート作成会に参加して、日々の実践を整理したいです。

そして目標、理論と実践を一つの軸で通していきたいと思います。

2018-02-20

授業参観に来ていただきました

昨日は遠路はるばる3名の方に授業参観に来ていただきました。

ありがたいことです。


同じ所属校で3人もの方が『学び合い』に関心を持っていただいていること、すごいなぁと思います。

いつまでも細く長くではいけないな、と気を引き締めました。


勤務校内からも2名の方が参観に来てくれました。

理科の先生には理科本を紹介しました。

本を揃えて持っていると大変得ですね。

たった2000円で校内に仲間ができるんですから。

参観者の方々とあれこれ対話をすると、無意識に行っていた教育活動を意識できるようになります。

対話の持つ力の素晴らしさだなぁ。

2018-02-15

上からの『学び合い』と下からの『学び合い』

卒業生にTくんという子がいた。

エネルギーが余っていたのだろう。

最後の最後まで手のかかる生徒だった。

でもいつも集団の真ん中に彼がいた。

学び合い』で彼は最後まで学習を放棄し続けた。




学び合い』は方法じゃない、考え方だ。

上からの『学び合い』は目につく生徒へアプローチをしたくなる、が通用しない。

彼にとっては教員なんてどうでもいいんだもん。



下からの『学び合い』だと、目につく一部の生徒も巻き込まれて行く。

彼にとって友達のいうことは自分に大きな影響力を持つから。



下からの『学び合い』は、辛抱しなくちゃいけない。

でもそれが一番の近道。



今、色々上手くいかない状況がある。

変えたいと思う彼らがいるけれど、僕には変えられないんだ。

下からの『学び合い』が彼らを巻き込むまでぐっとこらえている。



巻き込んでくれるだろう集団をとにかく温める。

時にもちろん厳しくとも、温める。

2018-02-14

継続は力なり

高校時代、何本シュートを打ったかわからない。

一向に上手くならないバスケットはなんて難しいものだと思った。

でもコツコツ続けた経験は、諦めないでやりぬく自信となっている。

川越『学び合い』の会をコクチーズにあげる。

すると『学び合い』を知りたいという人から問い合わせを受ける。

返事をすると喜んでくれる。そして会に参加してもらえる。

結果『学び合い』が広がる。

ブログを書く。

読んでくれている人がコンタクトしてくれる。

川越『学び合い』の会にも参加してもらえる。

結果『学び合い』が広がる。

こうした活動を細く長く続ける。

すると横のつながりができる。

しかも全国につながりができる。

僕は誰かの力になれるならと思っているけど、

それ以上に助けられているんだな。

学び合い』が広がると、僕自身の『学び合い』実践がすごくやりやすくなる。

これはすごく得。

でも生徒目線からすると得どころの騒ぎじゃない。

死活問題だ。

会を開く。

ブログに投稿する。

一つ一つの意味はすぐには体感できないけど、確実に何かにつながっているんだな

学びを促進する目標ってなんだろさ

何を理解すればいいのか何を獲得すればいいのか、すぐにイメージできる目標は具体的な目標だと思う。

こういう時は、生徒の学びの雰囲気は結構いい感じになる。

個々が学びに向かいやすくなるし、協働も生まれやすい。



でもそういう目標を毎回提示できるかというと、そうは問屋がなんとやら。

指導書の学習のめあても、具体的なものから抽象的なものまでバラバラ。

抽象的な目標を提示したところ、見事に学びが停滞した始末。

だから今ぽちぽち記録を残していたりするんだ。



「宗教の意義と人々の生活との関係、世界の主要な宗教の分布と特徴を理解させる。」

これは指導書の抽象的だなと思うめあての一つ。


こういう抽象的な目標を、いかに具体的なものとして生徒が捉えることができるのか。

もっというと、抽象的なものから具体的な事象を捉えて学んでいくことができるか、そういう力が必要だと思う。



ここまで来てすごく重要だと思っていることは、明確な目標を与えて安易なわかりやすさを追求するよりも、抽象的な目標を与えて生徒が問いを作りながら学んでいくことの方が、学ぶ力につながるのではということ。

枠を与えると枠の中で生徒は動く。

でも枠を超える自由はあるんだから、ひょいと超えることを求めてもいい。


ちょっとハードルは高いけど、そんな目標を提示しながら一人も見捨てないを実現できたらすごい時間になるんだと思う。

2018-02-10

「学ぶ」を強く求める

僕だけだと思うんだけど、『学び合い』で「勉強しなさい」って言うのはご法度かと思っていたんだ。

でも「学ぶ」ことを強く求めるのは大事な事だと気付いた。

ここに放任する事と任せる事の違いがある。



学び合い』は、学習の方法・ペースを生徒に任せる。

だけど学習するかどうかは選ばせていない。

より良く学ぶために『学び合い』をしているんだ。

それも一生涯のスパンで必要とされる能力の獲得を目指して。



ここを意識し始めた時から、「学びの質をあげなさい」とはっきり声に出すようになったんだ。

教師の在り方が問われるのが『学び合い』だけど、僕は何のために教壇に立っているのか、原点を忘れないようにしないと、勝手に振り回されてしまうと思うんだよね。

ふりかえるをふりかえる

毎時間ふりかえりシートなるものを記入してもらっているんです。

毎時間、自分の学びを記録することでメタ視点を養う目的で取り入れたのですが…イマイチ



それは(教員が)無理やり(生徒を)振り返らせているからですね。

もっとも、振り返りさせているんだという教員の自己満足から脱していないのかもしれない。

おおこれは怖い。



とにかく何にせよ、「自分の学びのクオリティーを上げる」ために生徒が必要と感じ、活用できればいいのだと思うのです。


なので今回は、振り返りシートを振り返るということに取り組んでみました。


振り返り方も、次の単元を学ぶ自分に向けてアドバイスをするという形をとりました。

そして次の単元を終えた時に再度それを引っ張り出し、再考してみる…というように活用する予定です。



結構悪くないですね。

しっとりとした単元の始まりになっています。