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イキイキすることと『学び合い』 このページをアンテナに追加

埼玉県高校社会科の教員の後呂と申します。 多様な生き方あり方が、イキイキと出来るようなクラスや学校を目指しています。 ushirokentaro※gmail.com ※を@に変えてください。

2017-11-17

11/15授業見学に来ていただきました

11/15に授業見学に来ていただきました。

東京都中学校教諭のA先生と、埼玉県高校教諭のM先生とその同僚の方4名の計5名です。

見学では3年日本史と1年地理を計3コマ見ていただきました。


3年日本史は突破口を見いだせていません。

参観に来ていただいたことで、貴重なアドバイスや批評をいただきました。

その中で私が考えたことです。

・擬似的クラス集団がそもそも形成されていないため、利害関係が生じていない。

→これは座席を指定していないことや、号令係の選出を関係性のある生徒に任せてしまったことからきていると思います。本来、クラス集団は合意形成や意見交流を重ねながら徐々に形作られていきます。

ここを丁寧にやっていないことが、4年間の継続した難しさにつながっています。

別の言い方をすると、集団づくりと授業を両輪で行う『学び合い』に置いて、選択授業は集団づくりをより強く意識せねばならないのです。


・3年の授業は、生徒が参観者を強く意識しているように見える。

→学びが不自然である、とも言えます。

彼らは、学びのモチベーションが外発的動機づけによって高められてきました。

推薦基準を満たした2学期以降モチベーションが低下しています。

しかし参観者がいると頑張っていました。

体験の積み重ねによって生まれているこの状況は、彼らの責任ではなく学校の責任であるとも言えます。

2017-11-13

課題を難しくした理由

定期考査と課題を変えました。


出していた定期考査と課題の多くは、教科書を読み取り自分の言葉で説明する問題でした。

今回、センター試験とそれから枝分かれする問題に変えました。

その結果、単元の内容を理解するだけでなく、グラフの読み取り、国の位置、他単元との関係性まで含めて考える必要が生まれました。



変えた理由は2つあります。

1つ目は地理の世間一般で求められる評価は、入試問題が解けることだからです。

当たり前のことですが、受け入れるには随分と時間がかかりました。

2つ目は課題が簡単すぎて、露骨に手を抜く生徒が出たからです。

目の前の教科の課題が簡単すぎることで、生徒のモチベーションを結果的に下げていることが判明しました。



「課題を一段上に上げる」必要性を指摘されることがありますが、その典型的なパターンだと自覚しています。

2017-11-10

僕は見ているよの試行錯誤

僕は生徒の名前を挙げて評価することはあまりありません。

生徒の行動を正確に見とれているかわからないからです。



でも昨日から生徒の名前を挙げて学びの評価を行っています。

「一人も見捨てない」ために行動できている生徒を具体的に取り上げ、それが評価されている行動だと示すためです。



何事も限度があると思います。

常に教員から評価される環境は息苦しく、学びも関係性もギクシャクするでしょう。



1週間くらいで元に戻しますが、とにかく試行錯誤の日々です。

strongmind222strongmind2222017/11/13 23:01ほめる/脅すも、教師との縦糸がある程度できていないと機能しないです。「うわべだけ」と考えられてしまいかねません。

なるべく縦糸を強くしようと心掛けてきたのですが、それに失敗してしまったのか、なかなか難しい状況が訪れています。

ch1nnench1nnen2017/11/14 17:47縦糸はあった方がいいとは思いますが、肝心なのは横糸のイメージではないでしょうか?
生徒は生徒のアドバイスでしか変われないという仮説に立つと、生徒の関係性の重要さが強いと感じます。むしろ教員の縦糸は逆効果にもなる可能性があるかと。

最初に動く生徒も、教員に褒められたから動くわけではないです。
一人も見捨てない建前に対し、その行動は称賛されるものであるという認識が、生徒の中で具体的に認識されれば良いのです。

利害関係は対教師よりも対生徒の方が強力です。
しかし教師が役割を超えて生徒の居続けると、良くも悪くも生徒の学びを阻害するのではないかと懸念しています。

これは僕が今考えていることであって、星さんへのアドバイスにはならないと思います…

うまく伝わらないような気がして、自分の語彙力のなさにうんざりしますが、星さんの何か力になれたらいいなという思いです。

2017-11-09

11/9

ふと自分が担当しているクラスが学級崩壊するんではないか、と不安にかられることがある。

最近そうだった。

そしてまた本を読み漁る。



今日は「見取り入門」「言葉がけ入門」「アクティブラーニング時代の教室ルール作り」を再読した。

西川先生のブログで「学級崩壊」を検索して読んだ。



再び生徒の前で謝り仕切り直しを宣言する。

すると生徒が変わった。ように感じた。



こうした不安感は絶妙な具合でクラス経営に影響を与える。

すぐに読むべき本が手元にある、ということが大変にありがたい。




しばらくはブログ漁りもしてみようと思う。

2017-11-08

11/7授業

教科書が読めない

昨日、朝日新聞の38面に「教科書・新聞が正しく読めない生徒、多数」という記事が掲載されていた。

同日の日本史の授業で、生徒が「軍需」という言葉の意味がわからず課題が一向に進まない状態があった。


「日清日露戦争期の社会の発展」の単元で、与えた課題の一つが「日本の重工業は日清・日露戦争の軍需によって大きく発展した。このことについて、下級生にわかるような説明文を作成しなさい」だった。

課題の評価は、

・日清戦争の賠償金で八幡製鉄所を設立し、国産鉄鋼の製造が始まったこと。

・日露戦争に備え、軍拡が行われたこと。

・二つの戦争が日本の重工業を発展させる機会になったこと。

を説明できることを目標としていた。



生徒は課題にある軍需という言葉に引っかかり、電子辞書やスマホを使って調べた。

しかしその説明文も理解が難しかったようで、生徒間で相談しても理解が進まなかった。


しばらくそんなことがあったのち、集中力が途切れて授業から離脱する生徒(私語・居眠り)が出た。




僕は、生徒はわからない言葉が多いから授業で扱う言葉を優しくしたほうがいいと言いたいわけではない。

普段の授業の中で、生徒がつまづく要素はいくつも存在していて、それを一つ一つ授業者が対応することは不可能だということ。

そしてさらに、そうした個々人の課題をその場で解決する環境や解決するために必要な関係性を構築する力を授業で整備していかねばいけないということが言いたい。


残念ながらその授業では課題が達成できなかった。

というより、このクラスでは課題を達成しようとする雰囲気がない。

ここに自分の甘さがあって、現実を直視し授業改善を目指さなくてはいけない。



学び合い』は生徒のつまづきを自己解決出来るだけの環境を整備できる。

それだけでなく、『学び合い』で生徒が身につけるべき力は、自分だけではなく「一人も見捨てない」という生涯にわたる力である。

だから僕は『学び合い』を実践しなきゃいけないと思うのです。