Hatena::Groupmanabiai

イキイキすることと『学び合い』 このページをアンテナに追加

埼玉県高校社会科の教員の後呂と申します。 多様な生き方あり方が、イキイキと出来るようなクラスや学校を目指しています。

2017-03-19

僕は『学び合い』で「生徒が保健室に逃げ込んだ」が、こうして乗り越えた。

09:30

https://www.amazon.co.jp/私は『学び合い』にこれで失敗し、これで乗り越えました%E3%80%82-西川-純/dp/4491033234

いい本でした。

読めば読むほど、他の人はどうなんだろう、そして高校の話をもっと聞きたいと思ってしまいます。

だから僕の失敗を何回かに分けて紹介してみようと思います。

そして、多くの先生の失敗と乗り越え方をもっと拝見したいと切望します。





僕は『学び合い』で生徒が保健室に逃げ込みました。それも2年間で2回も。




case1

学び合い』を高校2年生で初めて体験した成績優秀者のAさん(女性)


入学当初より学力優秀、生活態度も真面目な彼女。

2年次の世界史で『学び合い』を体験し、ある日授業中に大号泣。

教科書を床に叩きつけ、机の上の物をなぎ払い、こんな授業やってられるか!!と叫んだ。



兆候はあった。担任クラスの生徒でもあったので、面談すれば『学び合い』への不安と不満。

主には先生が答えを教えてくれないことと、授業は黒板とノートを使うはずなのにそれをしない僕への不信感だった。

2学期に入り、多くの生徒が『学び合い』に順応していく中で、成績優秀の彼女は不適応のままだった。

時期になんとかなるかな?と思っていた矢先、爆発した。



少し整理しておくと、

1 小中と一斉授業で成績を残していた彼女にとって、『学び合い』は未知なるものとの遭遇であり、恐怖であったこと。

2 推薦入試で進路を狙っており、成績低下に大きな不安を抱えていたこと。

3 不安を抱える生徒は他にいたが、時間を重ねるにつれ順応しており、孤独感があった。

4 「教えて」と言えない生徒だった。(のちに発覚するけど、勉強できる私が大きなアイデンティティだった)

5 授業は論述式のプリントで答えは配布せず、全員達成は可視化していなかった。(マグネット使わず)


こんな状態だ。




泣いて叫んだ後、授業にならなくなったので、他の生徒が保健室に連れて行ってくれた。

その日の放課後、上記の不安と悩みを改めて養護教諭から聞かされる。



私は翌日すぐに彼女と面談を行った。

不安と不満を一通り聞いた後、概ね以下のようなことを伝えてように記憶してある。(この出来事はいつか書いたかも)


・不安にさせて申し訳なかった。一緒に授業を作っていきたいので、これからももっと話を聞かせて欲しい。

・Aさんも見捨てない。だから授業を少し変えてみる。でも、他の人も見捨てたくない。みんながわかる、できるようになるためには、先生だけが教えるのは厳しい。だから『学び合い』をやっている。

・Aさんも、みんなも満足できる時間を一緒に作らせて欲しい。


と伝えた。


結果

①5分の講義を冒頭に入れること

②授業の補習を放課後行うこと(『学び合い』でやったことを講義でやる)

③毎週面談する

④辛いと思う人がいたから少し授業は変えるけど、『学び合い』はやめない。だってそれがみんなを伸ばせると思っているから。と語る。

⑤学び合うことが目的ではなく、みんながみんなわかるようになろうと語る。



のアクションを起こした。



もちろん保護者にもすぐ連絡をした。

幸い保護者は理解があって助かった。が、電話でAIや入試が変わることなどを丁寧に説明し、お子様の力をもっと伸ばしたいと懇願した気がする。


養護教諭とは『学び合い』を始めた時にいつかはお世話になると確信していたので、事前に僕がどんな授業をやっているのかを説明していた。

それに、毎週不適応を起こしている生徒がいるか聞きに行っていた。これが後々役に立った。

Aさんに対し、養護教諭から授業へのフォローがあったらしい。



これ以後、Aさんは自分の勉強方法を見つけたらしく、泣き出すことはなかった。



長くなったけど、『学び合い』への不安・不満を持つ高校生は多い。

そしてまた、成績優秀者ほど一斉授業と『学び合い』とのジレンマに悩まされているのかもしれない。



こうした壁を乗り越えるには、

①念入りな個別フォロー(面談、保護者への対応、養護教諭との連携)

②あなたも見捨てない、が他の生徒も見捨てないというメッセージを送り続ける。(多少の授業改善)

③『学び合い』をやめない



だと考えている。

特に難しいのが③だけど、一番大事だ。




後日談で、先日卒業式が行われ、放課後卒業生になったAさんが泣きながらやってきた。

「先生を困らせてごめんなさい」

ちょっと違うかなーと思ったけど、不満や不安は消えていた。

彼女は看護学校へ進む。

答えの無い、現場での道を歩む時に、必ずこの2年生の苦しい体験が身を結ぶと確信している。

ch1nnench1nnen2017/03/19 09:34そういえば、管理職、学年主任にはすぐにこの案件を報告した。日頃、積極的に授業参観に来ていただいている(強引に是非来てくれ!!と言い続けているのだけど)ので、一定の理解を得ていたことが幸いに、しっかりフォローして、授業が原因で学校に来れなくなるようなことがあればまずいので、そこは見極めてくださいね、と言われた。管理職との日頃の関係性構築も重要だ。

2017-03-12

環境を作る

20:35

来年は勤務校の『学び合い』実践者が減りそうです。

僕にとっての正念場なのかなと思います。



初任の僕が『学び合い』実践できた一番の理由は、同じように『学び合い』をやってみようと考えていた先輩教員がいたことです。

経験のある教員が『学び合い』実践をすることと、初任の僕が『学び合い』実践をすることは、他者の目から見て大きく状況が異なります。

「一緒にやっている」という状況にどれだけ守られてきたかわかりません。

ただただ感謝です。




今、勤務校では『学び合い』はもちろん、一斉授業からの転換を模索している教員がたくさんいます。

それも退職間近のベテランを含めてです。

生徒の変化を敏感に感じ取り、どうすればいいか考えています。

これはチャンスなのです。

特に新任や中堅までの教員は、一人で『学び合い』を実践するのは辛いです。

でも、見ている方向が同じだということがわかってもらえれば、先輩は必ず守ってくれます。




僕がそういう先輩教員を味方につけるためにやっていることは、お茶会です。

特に終業式が終わって翌日など、仕事はあるけど一息という時に開きます。


本校では社会科室を借りて、コーヒーサーバーにコーヒーをなみなみと、お菓子(チョコがオススメ)を用意して、今年を振り返る会を行っています。

新任も呼びます。

ベテランも呼びます。

管理職も呼びます。

声だけかけるんです。来ないかもしれないけど、それはそれでいい。

そこで授業の話をします。

学び合い』がどうこうじゃなくて、日々悩んでいることとか、辛いこととか、アドバイスが欲しいこととか…

授業を真剣に考えているなら、日々悩むはず。

見ている方向は一緒なんです。


でも『学び合い』はゴリ押ししない。

したたかに実践し、相手が興味を示したら、お話しするんです。




私も30歳になりました。

今度は先輩の代わりに風を和らげる役目を果たします。

jun24kawajun24kawa2017/03/12 21:48今月末に本を出します。
一言で言えば、折り合いをつけることです。
大丈夫。大義は我にあり。

ch1nnench1nnen2017/03/18 15:03したたかに進みます。大丈夫という言葉が何よりも心強いです。

2017-02-17

「高校地歴の課題は生徒が動かないのですが」という質問について

13:12

学び合い』を実践している先生から、タイトルのような質問をいただきました。

いい機会だったので、自分なりのお返事を考えてみました。




まず、生徒が動く・動かないについて、これは大事なことではないです。

授業の目標は「生徒を動かすこと」ではありません。

「全員がわかる」という目標に向かいながら、その過程の中で協働の必要性が生まれ、結果として生徒が動いてしまうのです。



意図的に動かすような課題を設定することはできます。

「〇〇(例:江戸幕府の外交政策である四つの口)について、3人に説明して納得もらえたらサインをもらう」などの課題を出せば、サインをもらうために生徒は動きました。


ただ、なぜサインをもらう必要があるのかといえば、課題を理解するためにはそれ程のアウトプットが必要であるからです。

生徒が話し合う、関わることは、あくまでも目標にたどり着くまでの過程で、生徒が必要であると感じた時に生まれるものです。



よって、動く・動かないことに注目するのではなく、全員がわかっているかどうかに注目することが大事です。




次に地歴科目について、独特の教科の特性があります。

この地歴科の特性が、生徒に「学び合う必要がないと誤解させる可能性」を生んでいると私は感じています。

地歴科目の教科書は、網羅的に内容がビッシリ詰め込まれています。

そして受験ではその網羅的な知識を答えられるかどうかを問われています。

極論、一問一答ができるかどうかが求められているのです。


こうした状況で、生徒は全員がわかるという状態が、全員が穴埋めに答えを入れられる状態であると誤解します。

その穴埋めの答えは教科書に太字になっていますから、抜き出す力があればいいので学び合う必要性はないのです。

意味や意義、因果関係はわからなくても良い、つまりはわかったふりでもなんとか点が取れる教科なんです。



私はここに詰めていくポイントがあると考えています。

地歴科目でわかる、できるとは何だろうか。

わかった状態とは生徒がどのような状態にあるのか。


これを考査で求め、課題で取り組んでいけば、自ずと学び合う地歴科の授業になっていくのではないでしょうか?

2017-01-12

AIと教育

| 21:22

《職員室でのK先生との会話》

浦安市民プラザで行われるリヒテルズ直子さんと鈴木大裕さんの徹底対談に行こうか悩んでる。

新自由主義の教育に喝を入れる鋭い切り口が見てみたい。


ところでアメリカの教育格差は凄まじいと鈴木さんが指摘しているね。

富を持つものは、教養まで含めた教育を施し、持たないものは日々テストテストの繰り返し。体育もカリキュラムに組まれていない。

AIが教育にどんどん入れば、こうした持たないものは数字だけを求めて教育されるかもしれない。

それは日本も他人事では済まされない。


でもAIの教育では、人格の完成という目的は達成できないよね。

つまりは大人になるという教育からはどんどん遠ざかるような気がする。

そこに教員の役割が求められるんだろうけど、大人になるってそもそもどういうことだろう。

そして学力論争にも行き着いちゃうね。


3年間『学び合い』を実践してきた学年が間もなく卒業するけど、大人になったとは言えるかな?

うーん、難しい。

もっともっとストイックに(ちょっと曖昧な表現)実践すべきだったかな。


ただ、良い加減にあり続けることも大事だと思うよ。

一つのことで全てが決まるわけじゃないし。




備忘録代わりです。

2017-01-11

心を育てる事と型を守る事

| 11:40

学び合い』を3年間実践し続けた学年が間もなく卒業する。

ここに来て身だしなみ、言葉遣い、その他もろもろの生徒指導が続発している。

生徒指導の是非はひとまず置いておいて、子供っぽいままなのだ。



心が育っていない、という出来事を目にすると辛い。

大人になろう、と目標を掲げてきたけど空回りだった。



こうした現状に校内からの批判の風は強い。

この批判とは、学年のあり方や方針にという意味で、『学び合い』に対しての批判は直接的には無い。

もちろんそういう批判があることも知っている。表面化してないだけで。



アドバイスとしていただいたことは、型にハマって過ごすことも心を成長させるには大切なのだ、ということだった。

決まりを守らせる。

規律を正す。

そういうことだ。

そこから人は成長するのである。



そこでまた考える。

型にハマらせなかったから心が育っていないのか。

そうではないと思う。もっと、多様な関係性の中で、人は成長するものだから。



ただ課題として立ちはだかるのは、心が育っていない(これも曖昧だな)ということ。

もちろんそのまま生徒に伝えてみる。

日々実践だー!!!