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峰本のくもり時々「学び合い」日記

2010-10-17

[]千葉県の天王台にある集会に行ってきました 07:13

 この土日は、千葉県我孫子市の天王台にある集会に行って、聖書の福音を語てきた。「聖書福音集会」と題されて、特別な集会が行われ、その語り手として招かれたのだ。

 土曜の午前中に移動し、土曜日の午後に1回、日曜日の午後に1回、それぞれ1時間ずつ聖書から福音を語った。また、土曜の集会の後、聖書の学び会が行われ、ここでも1時間にわたり聖書を学んだ。

 今回は、1回目には我々の人生において「相手意識」を持っているかどうか、と問いかけた。2回目には理不尽な仕打ちを受けることの憤りを喚起した上で、それを耐え忍んだイエス様について覚えた。私の話はもちろん拙いものであるが、少しでもこれが導かれた方に伝われば、と願ってやまない。学び会は相変わらず詩篇から学んだ。

 天王台という所はとても暮らしやすそうな所である。上野駅から常磐線(快速)で40分余り、かつては原生林だったそうで、あちこちに林が残り、自然豊かである。近くに大きな沼があり、かつて白樺派の面々が逗留したところでもある。山科鳥類研究所などもあり、学術的にも文化的にも意義のあるところだ。集会の合間に連れて行っていただいた公園には3世紀の古墳があり、そこから出土した土器のかけらがまだまだあちこちに散らばっていた。自然にも文化的にも恵まれた、とても環境の良いところだ。

 その中にあって、集会の方々はしっかりと証しを保っている。これがまた素晴らしい。本当に感動して、2日間を過ごし、無事に帰ってきた。神様のお守りを心から感謝したい。

2010-09-23

[]府中集会の学び会に参加する

 私の通う集会と同じ信仰で集まっているものとして、東京都府中市にある集会がある。その集会では毎年この時期に特別学び会を行っている。私は今回、その学び会に学び手の一人として招かれた。そこで、水曜日には授業を午前中にまとめてもらい、LHRで科目選択を生徒にさせた後、東京に向けて出発した。ちょうど退勤時に重なったせいか、東京駅から府中市までの電車は混み合っていて、ずっと立ちっぱなしであった。いやはや、疲れた。

 さて、その学び会である。宿泊したホテルの朝食で、今日ともに学ぶ兄弟と通訳をされる兄弟と食事をする。通訳をされる際のご苦労をいろいろ聞かせていただいた。これだからクリスチャンの交わりは幸いである。神様の御栄光が表されるために、様々な兄弟姉妹が様々にご苦労をされる。その一端を知ることができた。

 学び会は「ルミエール府中」という公共の立派な会場で行われた。東京は一日中雨だったが、近くのケヤキ並木(?)がとてもきれいだった。

 今回は私が午前の最初に学び、次にイギリスから来られた兄弟が通訳付きで学ばれる。午後からはもう一人の兄弟が学び、最後にイギリスからの兄弟が2回目の学びをされる。4回の、私以外は豪華な学び会である。

 私は詩篇から学んだ。もう2年がかりになるだろうか、私は学び会を依頼されると詩篇を学ぶことにしている。詩篇は私が前から好きな箇所だが、あまり学ばれることのない書である。しかし、外国では詩篇の学びは大変盛んなようで、幸いな解説書も何冊もある。しかし、何故か日本の兄弟で詩篇を学んだ方は寡聞にして聞いたことがない。それを物足りなく思っていたのだが、それなら私が学んでみようと思い立ったのだ。10数年前に一度挑戦したことがあるのだが、それは正直言って失敗してしまった。あれから約10年後、少しはましな学びができるかと思い、神様に祈りつつ準備をしている。

 私は詩篇から学んだのだが、次のイギリスからの兄弟は、朝食で通訳をされる兄弟から伺ったところによると、レビ記のささげ物・いけにえについて学ぶと言うことだった。しかし、この兄弟は学びの壇に立った時に神様によって導かれたところを学ぶという方だそうだ。そりゃすごい、と思ったが、事前に何も聞かされない通訳の兄弟には大変なことだろうな、とその時は聞いていた。さて、このイギリスからの兄弟は、私の話の後を受けてくださって、詩篇を学んでくださったのだ。いやはや、素晴らしい幸いな学びだったのだが、通訳の兄弟には大変だったろうなと、そのご苦労を偲んでいた。私にとってはとてもありがたいことだった。私以外の兄弟によって詩篇が学ばれるのを直接お聞きするのは、ようやくこれで2回目である。しかも幸いな内容の学びだった。詩篇の素晴らしさを改めて認識した。

 昼食を挟んでの兄弟姉妹との幸いな交わりの後、午後からはもう一人の兄弟が「イエス様の変貌の山」の記事から教えられることを学んでくださった。あの箇所から様々な教えを展開してくださるのを驚きながら聞いていた。幸いだった。

 そして、イギリスからの兄弟の2回目の学びである。再び詩篇から始め、そこに示されているクリスチャンの幸いは何によってもたらされるのかを覚えた上で、ようやく当初学び予定であったであろう、レビ記の学びをしてくださった。いやはや、これまた幸いな素晴らしい学びであった。外国の、特にイギリスからの兄弟の学びはいつも深く、幸いである。リバイバルの発祥の地であるとともに、聖書の学びの伝統が深く蓄積されているからであろう。もちろん、今回のご兄弟自身のご努力と、その全てを用いてくださった神様のみ働きである。

 ともあれ、幸いな学びの数々を受けて、無事帰途につくことができた。家に帰ってしばらくすると、昨年の卒業生から大量のメールが来た。何と、私が訪れた場所の近いところで東京クラス会をやっていたらしい。ニアミスだったねぇ。また高校に顔を見せてね。

2010-09-21

[]幸いな結婚式だった 07:05

 昨日の9月20日は、私が通う集会のクリスチャンの結婚式があった。私と同じ集会に通う兄弟と、他集会の姉妹との結婚である。シンプルであることを求めたお二人であったが、逆に笑顔と人柄が良く現れた、実に素敵な結婚式であった。

 私たちクリスチャンの結婚とは神様が導かれたことを信じて行うものである。そこに人間的な装飾など何も必要ない。そこで、私たちの結婚式はいつもシンプルである。お色直しなどという手間のかかるものはない。もちろんケーキへの入刀やろうそくに火をつけて回るなどなどといった感動を押しつけるものもない。一般の方が見たら驚くばかりのシンプルさであろう。しかし、だからこそ表れるのは神様の導きと、それを信じるお二人の信仰と、お二人の温かな人柄である。昨日の式はそうしたものが実に良く表れたものであった。参列者が口々にその良さを誉めていた。

 実は、お二人の意向により、私たち夫婦がお二人の仲人を務めたのだ。全く青天の霹靂というか、未熟者の夫婦におよそ不似合いな役割だったのだが、これまた神様のご加護を信じて務めさせていただいた。不行き届きな点は数え上げればきりがないが、ともかく無事に終わったことを心から喜ぼう。

 本当に幸いな結婚式だった。お二人にますます神様からの祝福がありますように。

[]府中の学び会に行ってきます 07:05

 私は明日、東京都府中市にある集会が開く聖書学び会に出席する。学び手の一人として招かれているのだ。何とかこの準備を終えることができた。これもまた、何とぞ守られますように。

2009-06-23

[]使徒の働き7章について 07:10

 私の通っている集会では、毎週火曜日は聖書学び会である。今は使徒の働きを毎週1章ずつ学んでいる。今日は使徒の働きの7章であった。7章は、イエス様の弟子であるステパノという人が殉教する場面である。ステパノは無実の罪を着せられてユダヤの議会に引き出され尋問を受けた時、壮大な弁明を開始する。使徒の働きの7章は同書の中で最も長い章である。そしてその内容は創世以来のイスラエルの歴史をたどり直す、というものである。

 今日この箇所を学んでいる時に、ステパノは何故このような壮大にして長大な弁明をしたのだろうか、と考えてみた。そして、彼にはそうする必要があったのだ、と思いついた。ステパノは「神とモーセとを汚している」「律法と神殿を貶めている」「イエスがユダヤの慣習を変えてしまう」と訴えられていた。その訴えの内容について弁明するためには、さらに単に弁明だけではなく聴衆に悔い改めを求め、自身の信仰を表明するためには、イスラエルの歴史をたどり直すことが必要だったのだ。決して、自己の知識をひけらかそうとしたのではない。そしてそのことにより、聖霊が働き、神様の御心が明らかに聴衆たちに示されたのだ。

 これは私たちが聖書に基づいて証しをする際にも参考となることである。聖書の知識を用いるが、決してその知識をひけらかしてはならない。聖霊が働き、人々の心を動かすことが不可欠である。

 ステパノの弁明は非常に長いものだが、その意味を少し理解することができて、嬉しかった。

2009-01-21

[]聖書学び会3日目 01:15

 英国よりお招きした兄弟による学び会の、今日は3日目。昨日はレビ記と箴言から学んでくださったが、今日はテサロニケ人への手紙第一の1章からだった。大変幸いな、励まされる学びだった。素晴らしいことである。クリスチャンに与えられた恵みの深さを身にしみて教えられた。幸いな3日間だった。

2009-01-02

[]新年聖書学び会 08:49

 恒例の新年聖書学び会が1日にあった。例年、1〜3日の内のいつかで行われるのだが、昨年と引き続き1日の開催である。1日にいきなり学び会をやるのは正直ちょっと疲れるが、曜日を考えると確かにベストかもしれないなぁ。

 今年は高知と広島からそれぞれご兄弟をお招きして、それぞれ2回ずつ聖書を学んでいただいた。私は前日に長男がものもらいになり、妻が彼を病院に連れて行くので、下の二人の世話をしなければならなくなった。そこで最初の1回目は皆さんと一緒には学びを聞けず、別室で二人の世話をしながら学びを聞いていた。次からは皆さんと一緒に参加する。別室でもスピーカーから声が聞こえるようになってはいるのだけれど、やはりライブの臨場感がない。窮屈さがなくて良さそうだけれど、ライブが一番いいね。それは同時に、学びを録音で聞くときにも感じることだ。学びの内容は確かに素晴らしいのだが、やはりライブでないと感じ取れないものがある。

 全4回の学びは大変に幸いなものだった。教えられたことをまた反芻しつつ、もっともっと聖書を学んでいきたいと感じさせられた。

 学び会の後は、これまた恒例のすき焼きによる会食である。集会所のレイアウトを大胆に変え、カセットコンロを10台並べてすき焼き会場を作る。兄弟姉妹と交わりをしつつ、おいしくいただいた。今年はお腹の調子が今ひとつで、十分には食べられなかったなぁ。まあ、コレステロールが心配だから、かえっていいんだけれどね。

2008-09-06

[]聖書学び会 06:54

 今日は定期の学び会。マルコの福音書10章の後半部分をともに学ぶ。この箇所はイエス様の人格の素晴らしさが行動や人々への対応となって明確に表されている部分だ。丁寧に読み解いて、イエス様の素晴らしさを味わうことができた。

2008-08-10

[]特別伝道集会最終日 00:35

 今日は8日間に渡る特別伝道集会の最終日であった。最終日だというのに、私は途中で少々体調が悪くなり、存分に満喫することができなかった。うーん、残念である。

 午前中はパン裂き集会。一般的には礼拝という。引き続き聖書の学び。ピリピ人への手紙2章のイエス様の謙遜の箇所を深く学んでくださる。うーむ、聖書は深遠である。一語一語に正確な意味が宿っているのだ。

 午後からは食事の後、近くの繁華街に出て路傍伝道を行う。新潟は比較的涼しいのだろうが、それでも私にとっては暑い。これで体調を崩した。

 そして、特別伝道集会9回目。時々導かれる方が来てくださった。よかった。ルカの福音書15章から福音を語ってくださる。3つの例え話のそれぞれの深い意味を教えてくださった。これまた素晴らしいお話だった。

 というわけで、8日間に渡る特別伝道集会もこれで終わりである。この特伝が終わると、もう夏は終わった、という感じになる。ところが今回はそうも言っていられない。私は、明日は始発の新幹線に乗って東京へ研修に出かけてくる。研修ツアーの最終回である。その後、たまっていた仕事を終わらせなければならない。さあ、今週も忙しいぞ。

2008-08-09

[]特別伝道集会7日目 06:24

 今日は朝から3回集会のある日である。したがって、『学び合い』フォーラムの2日目には参加せず、朝から集会三昧の幸せな1日を過ごす。

 午前の学び会は最終回。テーマは「主の再臨」である。ヨハネの福音書14章、第一テサロニケ人への手紙4章、黙示録22章を中心に、主イエス・キリストの再臨について学ぶ。歴史上、3人の教父(オリゲン、コンスタンティヌス、アウグスティヌス)が主の再臨を否定したため、19世紀のダービーまで再臨は認められていなかった、という話を聞いた。そして、カトリックの政策も。なるほど、合点がいった。人格的にも能力的にも素晴らしい人が少しの間違いをするのは、とんでもない人が少しの間違いをすることより、もっと悪い、というのもなるほど、であった。

 午後は定期の聖書学び会。今日はマルコの福音書8章を学ぶ。若い兄弟方が積極的に学ばれていた。素晴らしい。

 夜は特別伝道集会の8回目。今日は使徒の働き8章からキリストの福音が話された。その中で、イザヤ書53章の詳細な解説を聞いた。52章から続く53章を4つの部分に分けての説明は非常に明快で分かりやすかった。いやぁ、素晴らしい。

 今日は一日中集会での働きに預かれて、嬉しかった。

2008-08-08

[]特別伝道集会6日目 06:51

 午前中の学び会は「7つの教会」について。黙示録2・3章に出てくる7つの教会の記事から、今日の集会のあり方や予想される問題点などについて学んだ。幸いだった。良く理解できた。

 夜の伝道集会には初めての方が一人導かれた。使徒の働き17章から福音が語られた。これまた素晴らしい。

2008-08-07

[]特別伝道集会5日目

 今日から後半。午前中の学び会は「霊の賜物」がテーマである。クリスチャンに与えられる霊の賜物について、その特徴と運用の仕方を第一コリント人への手紙12〜14章から学ぶ。

 夜の伝道集会は、今日から韓国の兄弟によって語られる。この兄弟は前半とは対照的に、聖書の箇所をたくさん参照する。それらの聖書のことばから、聖書のさらに深い意味と、イエス・キリストとが証しされる。うーん、聞いていてとてもエキサイティングである。

 5日目も神様に守られた。良かった。

2008-08-06

[]特別伝道集会4日目

 午前中の学び会は「信者の聖別」というテーマ。ローマ人への手紙6〜8章を中心に学ぶ。いやぁ、ローマ書の6〜8章をようやく理解できた、という気持ちになれた。この箇所はずっと「信者の義認」という観点でしか見てこなかったのだけれど、「信者の聖別」という観点、つまり信者の行動について教えられているのだ、という観点を持つと、すっと分かる。学び会では、「信者はじぶんの“からだ”をどのように用いるべきか」ということについて教えられている、という観点も示された。いやぁ、目から鱗の学び会だった。

 夜の伝道集会は、ヨハネの福音書4章と5章を中心にして、イエス様の奇跡とイエス様に対する証言、さらにそこからイエス様の十字架について語られた。

 これで前半の4日間は終わり。語り手が明日から交代する。明日からは韓国からお招きした兄弟によって語られる。これまた楽しみである。

2008-08-05

[]特別伝道集会3日目

 今日からようやく午前中の学び会に出席できる。今日は「聖霊について」。幸いな学び会だった。新潟の集会では1時間ほど数人が自らの学びを語った後、小1時間ほど質疑応答と題して、様々な質問と解答が飛び交う。これがいいんだなぁ。大学のゼミ風と言ったらいいだろうか。そこで必要なのは、「誰もが正答を持っているわけではない」というか、「正答は神様がご存じで、人間はそれにできるだけ近づくよう努力する」という姿勢ではないか。様々に意見を交わすことで、より神様の栄光が表れるような理解へと近づいていける。新潟の学び会はその形に一番近いと思う。だから、全国からクリスチャンたちが集まるのだなぁ。

 夜は伝道集会4回目。ヨハネの福音書4章から、今日も分かりやすく福音が語られる。もっと多くの人に聞いて欲しい。