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峰本のくもり時々「学び合い」日記

2010-05-11

[]最初の本格的な『学び合い』は…… 03:27

 今日は2コマの授業があった。8組と10組である。どちらも動詞の活用を『学び合い』の手法を用いて学習させた。

 どちらのクラスもやり方はほぼ同じ。これまで紹介してきたように、この時間の終わりに20問の小テストを行うことを宣言し、その小テストでクラス全員が18点以上を取ることを課題として設定した。さらに、生徒の名簿番号を黒板に書いて、理解できた生徒はその番号を消すようにと指示して「可視化」を行った。そして、「お互いに教え合い、問題を出し合って、互いに学ぶように。その方が学習効率は上がるのだ」と語りかけた。これまでの知見で、私が理解している限りの『学び合い』の手法を投入して行った。そして、私は何も教えなかった。ただ、理解すべき内容をまとめた「ますらを古典文法」のプリントを配布しただけだった。

 さて、その結果は……? 残念ながらあまりはかばかしいものではなかった。まず、生徒同士の交流があまり活発に起こらなかった。ただ、交流が活発であればいいかというと、そうではない。目的は小テストに18点以上取れればいいのであり、そのための戦略として個人で学習することを選択することは十分にあり得る。しかし、私の期待としては、生徒が席を立って気の合う者同士で机を寄せ合い、学習を始めるものと思っていた。しかし、この2クラスではそうした姿はほとんど観察されなかった。

 小テストの結果もはかばかしくなかった。生徒に自己採点をさせて、課題を達成した者を挙手させたところ、8組で5,6人ほど、10組でようやく10数人ほどであった。「全員」にはほど遠い。なかなか難しいものだ。

 原因はいくつか考えられる。何しろ今日は高校に入学して最初の定期考査の「前日」であった、ということだ。生徒はむしろこの時間を試験勉強に使ったのではないだろうか。動詞の活用だけに集中して学習してはいなかったことが考えられる。また、定期考査への意識が働きすぎて、友人同士で学び合う、という意識が生まれにくかったのではないか。

 他には、消化すべき学習内容の量が多すぎたのかなぁ。9種類の動詞の活用をすべて覚え、示された動詞の活用表を作成するという内容が、与えられた時間だけでは消化しきれなかったのではないか。

 いずれにせよ、始めて本格的に取り組んでみた『学び合い』は、個人的な感想では不調に終わった。条件設定の中で何か不都合があったのか、今後検討していきたい。

2010-05-10

[]課題の量と時間とのかねあいを考えねば 06:46

 今日は古典の授業が2コマあった。10組と2組である。10組は「絵仏師良秀」の主題の確認がまだ残っていたので、前半はそれを行い、後半は『学び合い』形式で動詞の活用を勉強させ、正格活用の動詞だけの小テストを行った。

 2組は今日が試験前最後の授業である。それなのに、まだ十分には動詞の活用の練習をさせていない。今日1時間はまるまる『学び合い』である。

 最初に生徒に、今日の時間の終わりに9種類すべての動詞の活用の小テストを行うことをアナウンスする。そして、全20問中クラス全員が17問以上を正解できるようにする、という課題を設定する。そして、勉強の方法は全く自由であること、何をしても良いこと、立ち歩いても寝転がっても、友人と一緒に勉強してもひとりでも構わないことを宣言する。さらに、黒板に生徒の出席番号を書いておき、勉強して自信がついたものは自分の番号を消すように、そしてまだ自信の持てない友人を助けるように、と指示する。このようにして正味40分くらいを生徒に与えた。

 生徒はまさに自由に友人同士と勉強したり、ひとりで黙々と勉強したりしていた。私に質問することも良しとした。教師に質問することも、「方法の選択は生徒に任せる」という方針と合致すると考えたからだ。何人かの者が質問しにきた。この程度ならOKではないだろうか。

 黒板に書かれた自分の出席番号を消すことができたのは3人だけだった。やはり、この程度の時間では足りない。そもそも9種類の動詞の活用すべてを暗記し、しかもそれを使ってどの動詞を見せられても活用表が書けるようになろうというのだから、要求されている内容が多すぎる。圧倒的に時間が足りない。たぶん、本校の生徒ならもう1コマ練習する時間があればだいぶ良いところまで行くのではないかな。解決すべき課題の量に見合った時間を与えなければならないなぁ。

 さて、時間がきて、生徒を元の席に戻らせ、小テストを行う。修了後にすぐ自己採点をさせる。残念ながら合格点をクリアした者は数人しかいなかった。やはり、圧倒的に時間が足りないのだろう。このクラスはもう授業がない。あとは生徒の自主努力に頼るしかない。何とか頑張ってくれよ。

2010-05-07

[]動詞の活用の学習を『学び合い』でやってみた 00:19

 今日は本来は授業1コマの日なのだが、試験が近いし、やるべきことは多いしで、人から授業をもらって4コマとなった。8組と10組が1つずつ、2組が2コマのダブルヘッダーである。

 このうち2組は「絵仏師良秀」がまだ口語訳を終えていないので、1コマ目はそれを終え、2コマ目の始めは内容の深く読み取る作業を行わせた。

 残りの8組と10組は、特に8組は完全に『学び合い』で動詞の活用を学習させた。

 古典文法でまず理解すべきなのは動詞の活用である。口語文法では5種類ある動詞が、古典文法では9種類になる。その9種類の活用の仕方を完全に理解し、その上でどんな動詞が出されてもその種類を判別できて、活用表を書くことができ、なおかつその活用形を言えるようにならなければならない。古典文法の最初の関門である。

 今年はこの動詞の活用を『学び合い』で学習させようと決めていた。そこで、まずは生徒に「ますらを古典文法」のプリント5枚を配る。これは、動詞の活用についての説明と若干の練習問題を含めたプリントである。私が4年前に開発したものだ。4年前はわざわざプリントを作ったのに、この内容をいちいち私が説明していた。その時の生徒は、「もう分かっているのに」という顔をしてうんざりして聞いていたものだ。それにしては完全に理解できていなかったけれどね。

 そこで今年は、このプリントを使って『学び合い』をさせた。プリント5枚をすべて配り、目標は「このプリントの内容をすべて理解し、覚えることである」と告げた。また、プリントの最後にある練習問題の活用表を示し、「どんな動詞を示されても、この活用表を書くことができる」ようになろう、と宣言した。さらに、今日は正格活用を中心に学習すること、この授業の終わりに正格活用に限定した小テストを行うこと、その小テストではクラス全員が高得点をマークすること、そのためにお互いに協力して学習すべきこと、を話した。そして、学習を進めるためならどのようにしても良い、誰と一緒に勉強しても良いし、一人でやっても良い、立ち歩いても良いし、何を見ても良い、と宣言した。こうして30分ほど時間を与えた。生徒は思い思いに友人と学習したり、一人で学習したりしていた。

 実は、こんな工夫もしてみた。黒板に生徒の名簿番号を書き、「ある程度自身が持てた人は、自分の番号を消すこと。残っている番号の人がまだ自信のない人だから、よってたかってその人に教えてあげよう」と話した。いわゆる「可視化」である。だが、30分という時間では自信を持てる生徒は現れず、また、自分の番号が残っているのを嫌がるようなそぶりを見せた。もしかしたら番号を残すという方法は、生徒に抵抗感があるようだ。やはりM小学校での実践のように、山のイラストの麓に生徒の氏名を貼り、理解した人は山の頂に氏名を移動させる(山登りに成功した)、という方法の方が良いのかもしれない。

 8組では30分後に小テストを行った。15点満点中、12点以上を合格点とした。しかし、生徒はみんな自身がなさそうだったし、たった30分しか時間を与えていなかったので、自己採点した結果を発表させるのは酷だろうと思い、小テストを終え、自己採点をさせた後はそのままにしておいた。やはり集めれば良かったかなぁ。

 来週はどのクラスでも9種類すべての動詞について『学び合い』の手法で学習をさせるつもりである。この方が学習効率は高くなるはずだ。さて、来週の小中間考査が楽しみである。

2009-04-08

[]PSI(個別化教授法)について 01:38

 早稲田大学の向後先生のblogPSIについての紹介がされていた。

http://d.hatena.ne.jp/kogo/20090408

 この内容が、「学び合い」の内容やら本質やらに通じているものを多く持っていると思った。「学び合い」というのは、一種の個別化教授法なのですね。

2008-08-08

[]学び合いフォーラムに参加 06:51

 今日の午後は『学び合い』フォーラムに参加した。特別伝道集会の期間中なので、今日・明日と行われるフォーラムだが、この午後しか参加できない。私の今夏の研修ツアー第2弾である。

 開幕行事は『学び合い』NEOと題し、『学び合い』の基礎・基本を分かりやすく説明された。会に参加してやっと、「NEO」と題されている意味が分かった。「サラリーマンNEO」のノリなんですね……。水落さんの解説が非常にわかりやすくて良かった。その後の、会場の質問16問に西川先生がガンガンと解答していったのが圧巻だった。でも、とても分かりやすかった。

 公開ゼミには片桐さんとあべたかさんのゼミに出て、次には赤坂さんと大原さんのゼミに出た。水落さんのにもぜひ出たかったのだが、今回はまだ話を来たことのない人の話を聞くということを優先した。結果として大正解だった(もちろん、水落さんの話も素晴らしかったでしょうが)。

片桐・あべたかゼミ

 片桐さんとあべたかさんのゼミは、『学び合い』と朝の読書のつながりについて、そしてあべたか流『学び合い』の実践について話された。片桐さんの話は後の話と関連してくる。私としては、生あべたかさんにお会いできて嬉しかった。マインドマネージャーを使ってのプレゼンは新鮮で、面白く分かりやすかった。個人的にはモバイル機器について話をしたかったなぁ。私、あべたかさんのモバイル話の大ファンなんです。(^_^)

赤坂・大原ゼミ

 2つ目の赤坂さんと大原さんのゼミは、目から鱗のものだった。最初、大原さんがご自身の『学び合い』の失敗実践を赤裸々に発表してくださった。その後、赤坂さんの課外活動実践が報告され、クラス会議の実践が紹介された。この順番が素晴らしく良かった。大原さんのものは『学び合い』に対する一般的な不安を代表する実例だったし、赤坂さんのものはまさにそれに対する解答である。

学び合い』は、学習指導よりは人間関係である

 誤解を恐れずに私が学んだことを一言で言えば、「『学び合い』は生徒との人間関係である」ということだ。『学び合い』を成功させる原動力は『学び合い』のテクニックや実践方法にあるのではない。それは生徒との人間関係である。教師と生徒との人間関係が良好であれば、『学び合い』をさせれば自然と学習が促進される。しかし、生徒との人間関係が良好でないクラスでは、『学び合い』は上手くいかない。それでも、生徒同士が教え合うのだから、教師一人が踏ん張るものよりも効果が上がるだろう。しかし、真に『学び合い』を成功させるには、その教師と生徒集団との人間関係が良好であることが必要だ、ということだ。

 赤坂さんの実践報告によれば、クラス会議によってクラスの人間関係が改善し、クラスのメンバーへの信頼感をほぼ全員が持てるようになった。そのクラスで『学び合い』をさせると、算数などでは全員が90点以上を取る、という。一方、大原さんの実践では、大原さん自身が講師として赴任したばかりで、生徒との人間関係がまだ構築されていない状態で『学び合い』を進めていったので、上手くいっていない。大原さんの失敗事例の解決方法は、赤坂さんの実践の中にあるのではないか、と思った。お二人の実践の共通項は「生徒との人間関係の構築」である。

 そう考えてみると、片桐さんの「朝の読書は『学び合い』に似ている」という提言もその文脈で理解することができる。朝の読書も生徒との人間関係がその成功・失敗を左右する。教師が読書を重視している姿勢が生徒に伝わっていれば読書は成功する。しかし、教師が読書に不熱心であれば読書は上手くいかない。朝の読書も生徒との人間関係が基軸にある。だから『学び合い』と似ているのだ。

 『学び合い』を実践している方々はみな人間的魅力のある方々である。熱い情熱を持っている方、ユーモアの豊かな方、静かな中にも確固たる自信と信念のある方などなどである。そうした方々が行う『学び合い』だから、上手くいっているのではないだろうか。

2008-07-21

[]Apple社の教育活用事例 13:08

 Apple社は教育分野にも力を入れている企業だ。製品の教育関係者向け割り引きもあるしね。また、Apple社の製品を教育機関に導入した例を時々紹介してくれる。これが参考になる。

 今回は立教小学校と東京インターナショナルスクールの例。どちらもIT環境の事例と見てしまうと雲の上のものになってしまうが、教育活動の事例として考えると「学び合い」の事例になると思う。

 立教小学校の事例は、児童に目的を明確に与え、後は子どもたちに好きにさせるという点がそうだ。

 また、東京インターナショナルスクールの事例は、「学び合い」の事例というよりもその精神面で参考になることかな。一般の教師に向けてのメッセージに「子どもに学べ」とある。これは「学び合い」の精神でしょう。

 立教小学校:http://www.apple.com/jp/education/profiles/rikkyoe/

 東京インターナショナルスクール:http://www.apple.com/jp/education/profiles/tis08/