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峰本のくもり時々「学び合い」日記

2009-11-20

[]「堀河殿、最後の参内」の授業 12:25

 4組での授業。最初に清涼殿の略図を黒板に書き、本文の記述と国語便覧の説明を参照して、帝がどこにいるのか、堀河殿がどこからどこへ来たのか、東三条殿がどこからどこへ移ったのかを図示するよう問いかけた。このクラスはノリがいい。すぐに作業を始めてくれて、いろいろと話し合いをしてくれた。そして、指名した生徒はほぼ正確に3人の位置を示してくれた。この課題は帝の位置を決定するところが難しい。しかし、それが決まれば他の2人は比較的分かりやすい。まずはよかった。

 その後、口語訳をどんどん進めていく。これまた、一応最後まで訳し終えた。後は、もう少し前後の確認をする必要があるね。

2009-11-18

[]「堀河殿、最後の参内」の授業 07:01

 2組での授業。堀河殿が何故「あさましく心憂き」と怒りに燃えたのか、その理由を考える課題に取り組み、2段階で考えるべきことの1段階目で前時は終わっていた。それをもう一度やり直すところから今日の授業は始まった。何という非効率! 授業展開をもっとしっかり考えて、山場はちゃんとその授業内で終わるべきだなぁ。

 で、その課題の内容を再確認し、前回まで到達していたことを確認して、本題の課題解決に入る。堀河殿が「あさまし」と思った理由は何か? つまりは、堀河殿が自分の病床の見苦しいものを除いて、部屋をきちんと取り片付けたのは何故か、という課題である。これを生徒にしばらく自由に討議させ、その後6人くらいに考えを聞いてみる。

 その解答は、他のクラスよりは深い読みを示してはいたものの、その全員が、堀河殿が部屋を取り片付けたという事実だけを見て、自信の想像力や状況類推力を使って解答するものばかりであった。あえて強調しなかったのだが、うーん、どうして文章を読もうとしないのかなぁ。どんなによい考えでも、文章の表現自体に根拠がなければ、それは当て推量に過ぎない。論理的な解答とは言えないだろうに。文章から根拠を見つけるのだ、ということは1年生の頃からさんざん言い続けていることなのだが、やはり、「言う」だけではダメなのだね。実際にやらせてみないと。その経験を積んでみないと。

 ということで、考えられ得る解答を生徒に示すというつまらない結果になってしまった。

 その後は、堀河殿の怒りがどれほど強烈なものかを示すエピソードが続く。どんどん口語訳をしていく。上記の怒りの原因さえ分かれば、この文章はすべて分かったも同然。ガンガン訳す。

 古典においても、作者の意図や登場人物の心情などを考え、まとめ、理解していくことは必要である、と昨日の教育課程講習会では強調されていた。そして、新しい「古典A」やら「古典B」という科目は、そうした言語活動を中心に教えられるべきだ、とされていた。しかし、そんなのは当たり前。学習指導要領で言語活動を強調されなくても、古典で考えさせる授業はさんざん(というか、ほぼ毎回)やっている。まあ、私の取り組んでいる方向性が学習指導要領によってもあとづけられた、とも言えるけれどね。

2009-11-11

[]「堀河殿、最後の参内」の授業 02:27

 2組での授業。昨日の4組よりも1時間遅れているが、その分残り時数は多いので、結果的には少々進んでいるクラスである。

 まずは音読の練習。そして、敬語の確認と心内語の範囲の確認をさせる。これを意識しておくと、初めて読む古文でもだいたいの話の流れはつかむことができる。その上で口語訳に進み、昨日の4組でのメイン発問であった箇所にさしかかる。しかし、残念ながら2段階で考えなければならないことの最初の段階が終わったところでチャイムが鳴り、時間切れであった。次の時間は来週になってしまう。生徒は今日の問いを覚えていないだろうなぁ。一番重要な問いなのに、扱いを失敗してしまった。

2009-11-10

[]「堀河殿、最後の参内」の授業 00:28

 4組での授業。前回訳し終えたところだが、この文章全体を理解する要の箇所が含まれているので、その部分を問題にする。

 それは、兼家が兼通の家の前を通り過ぎていったのを兼通が知った時、「あさましくも心憂くおぼゆ」と表現されている、その「あさまし」の箇所である。兼通は何故「あさまし」と思ったのか、ということを考えさせた。

 古語の「あさまし」とは「意外で驚きあきれる」という意味である。したがって何か「意外な」ことがあったはずだ。しかし、この兄弟の仲は日頃から悪かったので、臨終の床についていたとはいえ、兼家が兼通の家の前を通り過ぎていったのは決して「意外」なこととは言えないはずだ。さて、それはなぜか。これを考えさせるのは面白かったなぁ。結局は私が説明をしたが、生徒は理解してくれたものと思う。

 その後は口語訳を次々に進める。まあまあのペースである。残り2時間だということを考えると、もう少し進んでいるべきだったかな。

2009-10-28

[]大鏡「堀河殿、最後の参内」の授業 02:03

 2組での授業。これは昨日の4組でのものと同じ内容である。そこで、これを公開授業とすることにした。資料を作り(といっても教科書本文のコピーと配布プリントを増し刷りしただけだが)、もう一度しっかりと内容を確認しておいて、この授業に臨んだ。

 まあ、アナウンスが昨日急にだったせいだろうか、残念ながら来てくださった方は同じ国語科の同僚4名のみだった。まあ、立ち見なぞ期待してはいないが、もう少し来て欲しかったなぁ。それというのも、昨日の授業でもそうだが、生徒たちの動きがとてもよかったからだ。

 プリントを配布して今日の授業の到達目標を設定する。このプリントを自力で解答することである。時間は15分間。友人同士で教え合って、自由に問題を解決すること。あとで無作為に指名して黒板に書いてもらう、という条件設定をして生徒にやらせた。このクラスは動きがおとなしく、昨日の4組に比べてあまり生徒が動かない。まあそれでも、生徒たちが問題を解決してくれれば何の問題もない。実は、この授業での一番重要な部分はこの時間である。生徒が自分たちの力で、自主的に学び合い、教え合って、問題を解決するのだ。その後からの解説は彼らが自分で努力した成果を確認するだけに過ぎない。生徒たちの会話を聞いていれば一目瞭然。この15分の間、この教材についてのこと以外の話をしていた者はほとんどいなかった。それだけ彼らは自らの課題に集中していた。この集中している姿をこそ、多くの同僚たちに見てもらいたかった。

 その後は、生徒を無作為に指名し、板書させる。そして、おかしな部分を他の生徒に確認しながら修正していく。さらに、当時の官位のこと、登場人物たちが兼通によってどのような官職に変えさせられたのか、それがどのような意味を持つのかを確認していく。もうこれは大変な降格人事である。副総理が○○庁長官に格下げされたようなものだ。

 それに対しての世継(=人々)の意識とこれを語る若侍の意識の差について確認する。これは世間の人々が思っている事件の評価への裏話を語るものだ。こうしたことを理解させることで、この文章をこれから読み進めていくことへの興味・関心を高めることができる、と思っている。

 さて、来週から訳出していく。どうなるやら。

2009-10-27

[]大鏡の授業 01:25

 2組と4組での授業。2組は「浮舟」の最終場面の口語訳を進めた。

 4組では大鏡に入った。「堀河殿、最後の参内」という話である。堀河殿(兼通)と東三条殿(兼家)の仲の悪さの話である。

 この話は大意はつかみやすいだろう。文章もさほど難しくなく、展開もドラマチックで、分かりやすい。そこで、いつものように最初から口語訳していくのではなく、生徒自身でまず概要をつかみ、そこからこの話がどのような話なのかを全体で確認させた上で、口語訳に入っていこうと考えた。

 そこで、またしても『学び合い』の手法を使う。全体のあらすじをまとめたり、東三条殿や頼忠などの人物の官職がどのようになったのかなどを確認させるプリントを作り、これを生徒に配布して、生徒に自由に相手を見つけてプリント課題をやるようにと指示した。その後、ランダムに指名して黒板に出て書かせ、書かれた内容を全員で検討する、というスタイルである。ここしばらく、全てのクラスで、つまり現代文・古典・古典講読というすべての科目でこの方法を試みている。どのクラスも非常に動きがよい。こちらの期待以上の反応を生徒がしてくれたりして、非常に嬉しい。

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生徒に指名して、前に出て書かせているところである。

この前で、ある生徒が国語便覧を開いて、当時の官職の段階について調べようとしていた。そして、「この話からすると、東三条殿の官位は下がっているはずなんだよな」と話しているのが聞こえた。これは鋭い読みである。そして、それを便覧などの資料を使って確かめようとしているところが素晴らしい。もちろん、こちらからは何の指示もしていない。15分間の時間を与えて、好きに動いて問題を解決せよ、と指示しただけである。その後は私は教室から出て行ったりした。その間に、生徒たちは自ら相手を見つけて様々に話し合ってプリントに取り組んでいた。これは素晴らしい姿だった。

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彼らが書いてくれた解答である。このあと、これを踏まえて当時の官位の段階を説明し、この話が東三条殿の大降格事件だったということを説明した。そして、その実情を明らかにしようとするのがこの話であることも説明した。これで、今回の話の下準備が十分にできたであろう。来週から口語訳だ。

2009-10-26

[]「浮舟」の授業 02:06

 4組での授業。「浮舟」もいよいよ最終段階である。「浮舟」の残り7行くらいをじっくりと口語訳し、いくつかの箇所から浮舟の心情を理解させ、まとめていく。それらがすべて終わったあとで、「浮舟」の苦しみの内容や『源氏物語』を学び終えての感想を書かせた。しかし、その時間が5分程度しか取れなかった。うーむ、時間を読み間違えたねぇ。

2009-10-23

[]「浮舟」の授業 00:43

 4組での授業。浮舟の2首の和歌の部分からスタートする。2つの歌とその間に挟まれた地の文とを黒板に板書し、その流れを理解させて、誦経の鐘の音を浮舟がどんな気持ちで聞いていたかや、最初の歌に籠められた浮舟の切ない思いなどを理解させる。

 その話の中で、浮舟が自分が死ぬという覚悟を極めた場面で、そのことを知らせたいのは匂宮や薫にではなく、母親なのだった、ということを確認した。そこで生徒たちに、人が死ぬ時に思い浮かべるのは母親のことではないか、ということや、そこから彼らのこれからの人生において自死だけはしてはならない、「死んだらあかんぜよ」と話した。生徒はあまり私が真剣だとは思ってくれていなかったようだが、これは本当に大切なことである。高校を卒業させるにあたり、我々教師が生徒に伝えたい第1のことがこれである。「死ぬな!」、これがまず第1だ。

 自死ではないが、私が関わった卒業生(他校での生徒です)の中に、非常に若くして亡くなった者がいる。これはショックだった。ましてこれが自死などといったら、もう私はいても立ってもいられない。「死ぬな!」。真面目にそう訴えたい。現役生も卒業生諸君も、肝に銘じて欲しい。

2009-10-21

[]「浮舟」の授業 02:58

 2組での授業。浮舟の2首の歌とその前後の部分を読む。彼女が死を覚悟して詠んだ歌を十分に理解するために、前後の描写も含め、その意図や背景などを説明して、和歌の解釈に活かしていく。物語中の和歌とはストーリーの展開の中で詠まれたものである。よって、ストーリー展開を踏まえないと正確な解釈ができない。前後の状況をよく理解するよう教えている。

 「浮舟」もあと1時間くらいで十分終えられるだろう。次は大鏡である。その後、史記。これで古典講読は終わりかぁ。私にとってはとても楽しい時間だった。生徒はどんな風に思ってくれるだろうか。

2009-10-14

[]「浮舟」の授業 23:37

 2組での授業。冒頭、ふと思いついて、「浮舟」の名の由来となった和歌を紹介する。浮舟という人物像を少しでもリアルに感じて欲しいと思ったのだ。

 その後、口語訳を進める。順調に進んだが、少々私の説明が多すぎたようだ。それでも浮舟の最初の和歌のところまでたどり着いて、これで4組と同じ箇所まで来た。

2009-10-13

[]「浮舟」の授業 00:31

 4組と2組での授業。4組では「浮舟」を少しずつ口語訳しており、今日は浮舟の詠んだ、母への遺言の和歌の箇所まで来た。残念ながらその和歌には踏み込んだ解釈をすることができなかったのだが、それまでは生徒と一緒に文法を確認したりしながら少しずつ訳し、理解を深めていった。

 2組では、前回の授業で「夢の浮橋」に少し入ってしまい、その後で「浮舟」に切り替えたので、申し訳ないことになってしまった。「浮舟」の音読練習から始め、口語訳を少しずつ進める。相変わらず冒頭部分はあまり分かりやすいとは言えないので、十分に背景説明をしながら訳を進めていく。どちらも、まずまず順調である。

2009-10-09

[]「浮舟」の授業 07:44

 4組での授業。生徒が揃い、ようやく口語訳に進める。教科書掲載の場面は「浮舟」巻の最後の部分、薫と匂宮との間で苦悩する浮舟のところに、浮舟の母から手紙が届く場面である。これまた場面設定が理解しにくいところだ。そこで、これは本文の前のあらすじの箇所や本文などを使って、おおよその人物の位置関係を解説する。それから口語訳に入る。

 口語訳はかなり詳しく文法的にこだわった。しかし、逆にそうすることによって場面にリアリティが感じられるようになってきたし、浮舟の母の娘を心配する心情もひしひしと伝わってくる。うーむ、これは意外な結果だった。

2009-10-08

[]源氏物語「浮舟」の授業

 4組での授業。こちらも出席していた生徒は少なかったので、ここではあまり授業を進めずに予習をさせた。

 というのも、国体特編が終わる時に、今後の授業予定として古典講読は「夢浮橋」を読むとアナウンスしていたのだ。しかし、授業の準備を進めていく上で、どうも「夢浮橋」は長いばかりで面白みが少なく、気が乗らなかった。そこで、すでに「夢浮橋」を読み始めたクラスもあるのだが、より内容に見るべきところのある「浮舟」を教材とすることにしたのである。そのことを知らせたのは今朝。その当日であるので、生徒が準備をしているとはとうてい思われないので、予習をさせるのも意味があることだろう。

 3年前は「玉鬘」を終えたらもう大鏡に入っていた。今年はもう1つ源氏を読もうと思っていたのだが、最後まで何を読むべきか迷ったね。

2009-09-16

[]「毛遂定従」の授業 07:15

 2組での授業。テスト前最後の授業なのに、まだ「毛遂定従」の3分の1くらいしか終わっていなかった。やむなく、残りを全て私が口語訳しながら解説をする。しかしそれではいくら何でも可哀想なので、20分に1回インターバルを入れるということくらいはしてあげた。人間の集中力は15〜20分くらいしか続かないそうだから、その応用である。

 しかし、もちろんその程度では内容の理解は望めないだろう。思い切って生徒に口語訳をプリントにして配り、部分部分の箇所について何故そのような訳になるのか、その箇所で登場人物たちは何故そのように行動したのか、という質問を2、3設けて、『学び合い』をさせた方がおそらくずっと学習は進むだろうなぁ、と思う。

 もう1クラス、同じことをしなければならないので、やり方を変えてみて、結果を比較してみようか。(^_^) でも、その結果比較は定期テスト上でということになるので、やはり難しいかな。通常授業内の到達度テストなら良いのだけれど。

2009-09-10

[]「毛遂定従」の授業 07:14

 2組での授業。平原君の話の続きで、食客の毛遂の活躍がいよいよ始まる文章である。口語訳をどんどん進める。そして、毛遂の演説の箇所では、なぜかこちらも熱く語ってしまう。毛遂の命をかけた演説の迫力が自然とこちらに移ってくるのだろうか。

 あっ、2組の皆さん。「いかく」は「威嚇」でしたね。授業後に漢字を思い出しました。

2009-09-09

[]「譬若錐之処囊中」の授業 07:08

 2組での授業。これまた淡々と口語訳を進める。後半にある「先生」の連発についてはその口調をいろいろに演じて、生徒にその意味合いを考えさせる。なかなか伝わらなかったなぁ。まだまだ演技力が足りないな。

2009-09-08

[]「譬若錐之処囊中」の授業 07:02

 今日、この日記を書こうとして少々愕然とした。月・火の分を書いていないのだが、その書いていないということを全く忘れていた。私はこのはてなダイアリーを記すのはかなり習慣化しているので、更新することにあまり抵抗感を感じずに毎日続けることができる。以前には更新しないと気持ちが悪くなるほどだった。それが、更新しなかったのは良くあることとして、自分が更新していないことを全く気づいていないということは初めてだ。うーむ、だいぶ疲れているな。

 さて、4組と2組での授業である。どちらも玉鬘を終え、史記を読み進めている。戦国時代の平原君の話だ。本当に漢文というのは、同じ古典の時間に扱っていいのか、と思うほど内容も雰囲気も違う。日本古文はいわばうねるように進む軟体動物だが、漢文は論理的にカチリカチリと進む高性能ロボットのようだ。文体から受ける感覚はそれほどの違いがある。でも、どちらも素晴らしいなぁ。漢文をやっていると古文のうねりが懐かしくなるし、古文をやっていると漢文の明晰な直線に触れたくなる。

 ということで、4組では「譬若……」の文章を読み終え、次の「毛遂定従」に入る。ところが試験までの残り時間があと1時間しかない。これは終わるはずがない。他の先生から時間をいただくこととしよう。

2009-09-04

[]「玉鬘」の授業・「史記」の授業 04:43

 4組での授業。「玉鬘」の最後の箇所の説明が残っていたので、それを補足する。しかし、ここは一番大事なところなのに、それを説明するのに1週間近くの間隔が空いてしまったわけだ。これはよろしくなかったなぁ。

 それを終えた後、玉鬘を学び終えての感想を書かせ、次に漢文に入る。史記から、平原君の話を読む。しかし、今日のところは音読が中心である。何しろ長い文章なので、まずは正確に読めること。そして、読めればほぼ内容は理解できるものだ。

2009-09-02

[]玉鬘の授業 06:44

 2組での授業。玉鬘と右近とがしばし別れていく場面である。その箇所で重要な、玉鬘の衣装と髪の美しさに対して右近が「あたらしくめづらしく思ゆ。」と感じる場面にやってきた。その「あたらし」と「めづらし」の意味も重要だが、右近が何故そのように感じたのかの説明も大変重要である。まずは重要古語「あたらし」の意味を確認し、そして玉鬘の髪の美しさの意味について指名して説明させる。さらにこの時の玉鬘の衣装が時節外れであることを説明し、そうなってしまう理由について生徒に指名する。「季節にあった衣装を用意することができなかったから」と答えを得る。それを受けてすぐに説明をしてしまったが、もう少しつっこめばよかったな。何故「用意することができなかったのか」と。玉鬘が困窮していたという事実を生徒の方から引き出すべきだった。

 それらの考察をまとめて最後の部分を一気にまとめ上げる。これで無事、玉鬘が終了する。今日は「玉鬘を学び終えて」という題で文を書かせた。玉鬘の人柄、右近の人柄、その二人が出会った意味の3点について書かせたのだが、フリーで感想を書かせた方が良かったかもしれない。学び終えた後のもやもやした思いに形を与えるための課題なのだから、フォーマットを与えて書かせる必要はなかった。

 ともあれ、これで玉鬘が終わった。次は漢文だ。

2009-08-31

[]玉鬘の授業 23:19

 2組での授業。2組は遅れているため、現代文の先生から授業をいただいたのだ。おかげでだいぶ進度を4組と揃えることができた。すでに右近は三条や乳母たちと対面をすませ、彼らがひとまず別れる場面まで進むことができた。よかったよかった。

2009-08-26

[]玉鬘の授業 06:53

 2組での授業。相変わらず4組を追ってひたすら口語訳を続けている。それでも残り時間をカウントしてみると、予定している進度に大幅に間に合わないことがわかった。これは困った。同僚で、進度に余裕のある方から授業をもらうことにする。おかしいなぁ。こんなに遅れる理由が思い当たらない。2時間くらい足りない。

 今日は、右近が三条に言葉をかけ、お互いがそれと気づく場面である。その際に、三条の太ってしまった姿を見て、右近が自分の容色の衰えを感じ、二人の間に流れた時間の長さを実感するという、なかなか身につまされるところにさしかかる。この箇所で、つい私は先日のWiiFitで計測した体力年齢の話をしてしまう。そうすると話の勢い上、妻の体力年齢のことも話さなければならなくなる……。はい、生徒に大受けでした。まったく、国語教師は家族の秘密をばらしつつ、授業を組み立てているのである。(^^ゞ

2009-08-25

[]玉鬘の授業 23:10

 4組と2組での授業。4組はどんどんと調子よく口語訳が進み、後一文を残すのみでほとんど終わった。どうせなら最後まで終わりきりたかったが、すでに1分ほど授業時間をオーバーしていたからね。しかたあるまい。

 2組は夏休み後初めての授業であった。生徒に進度を確認してみると、4組より2コマ分ほど遅いところからのスタートである。これは効率よく進めていかなければならない。ところが、生徒の顔を見るとついついつまらない話に脱線してしまい、おかげで進度が遅くなる。右近と豊後介や三条たちが20年ぶりに再会するわけだが、当初はお互いがすぐにわからなかったのである。これはまさにその通りだろうね。そういえば私の同級生はね……、なんてなことから脱線は始まる。やれやれ。でも、生徒が卒業してまた学校に尋ねてきてくれるのは本道に嬉しいことだ。彼らも来年は来てくれるかな。

2009-08-24

[]玉鬘の授業 01:38

 4組での授業。こちらは淡々と口語訳を進めている。右近がかつての同輩たちで、玉鬘に仕え続けている人々と再会する場面を読んでいるが、その中で右近が夕顔のことを語ることができない場面が出てくる。このあたりの心情描写はさすがである。まずは相手の三条が以前よりも太ってしまったことから認識させられる自身の容色の衰え、それによる時間の経過を実感するところなどは細かい描写だ。私も本校に来て自分の同級生たちと久しぶりに再会した時、相手の姿の変わりように驚いたものなぁ。それは相手が私に対して思う気持ちと同じだろうが。そして、夕顔と共に失踪してしまった負い目から、夕顔の消息をすぐには語ることのできない部分の記述など本当に細やかな描写が続く。紫式部の筆力の確かさを身にしみて感じさせられるところだ。

 こうした作者の息づかいなどは、一つ一つ丹念に口語訳を続けていることによって理解できるのだろうね。訓古注釈ではないが、それが学問として通用していた理由もよくわかるところだ。

2009-07-15

[]玉鬘の授業 02:59

 2組での授業。玉鬘一行と右近一行とが初めて出会う場面である。ここでは玉鬘と右近とが偶然に同じ部屋に入る、という状況になる。これを理解して欲しいと思っていた。

 そこで、まず授業の始めに2つのことを板書した。1つは「右近は何故初瀬参詣をしに来たのか?」、もう1つは「玉鬘と右近とはどのような状況で出会ったのか」ということである。今日の授業の肝の部分である。これを理解すべく、口語訳を進めていくわけだ。

 しかし、やはりこの授業も停滞した。あるいは私が現代文での生徒の生き生きした様子を見てしまっているからなのかもしれない。それでも生徒の顔から生気が失われ、雰囲気が重く停滞しているような印象はぬぐえない。

 最近の授業では夏休みでの勉強を意識して、文法事項や古典語彙の確認を重視した授業を行っているせいなのかもしれない。そういった、いわば無味乾燥な知識の注入が生徒の意欲を殺いでいる、ということは考えられる。

 考えてみれば、文法事項や古典語彙の確認は『学び合い』で十分達成できるなぁ。こうした基本的な事項こそ、『学び合い』が一番簡単に適用できるところである。もちろん『学び合い』は、さらに深い読解にまで生徒を導くことができると思っているけれど。

2009-07-14

[]玉鬘の授業 07:10

 4組と2組での授業。4組は玉鬘一行と右近とが同宿した宿で偶然に一つの部屋に入る、という場面を読む。なかなか面白い場面なのだが、生徒の反応は非常によろしくない。いつもの活気が見られない。1限だというのに居眠りしている者までいる。湿気が高いのに教室はエアコンをつけていなかったせいかなぁ。それとも私の授業のせい? まあ、ひたすら口語訳と説明の繰り返しだものなぁ。この授業がどこへ向かっているのか、何をしようとしているのかが分からないからね。だから結局、古典というのは口語訳さえしてしまえば終わり、という誤った認識を植え付けることになる。そうではないと心から思っているが、実際にやっている授業はそれを繰り返し繰り返し生徒に教え込んでいる。うーむ、矛盾しているなあ。

 2組は本文にようやく本格的に入る。今はまだ初めなので、生徒は真面目に授業を受けている。しかし、これを繰り返すと上の4組と同じ症状に陥るだろうな。何か手を打ちたいが、さりとて文法事項もしっかりと教えたい。どうしたらよいだろう? やっぱり『学び合い』?

2009-07-13

[]玉鬘の授業 02:51

 4組での授業。玉鬘の口語訳に順調に進んでいる。助動詞と古文単語の意味を特に注意させながら進めていく。今年の夏休みはそのあたりをぜひ取り組んでもらいたいからね。

 玉鬘のこの部分は「玉鬘ご一行様」と「右近ご一行様」とが偶然に長谷寺で出会うところが大切なところだ。そして、玉鬘たちと右近たちとの集団規模の差があることに気づかせようとしている。そして、むしろ玉鬘の方が主人の娘であるのに不遇な人生を歩んでいたことを理解させたい。そして、源氏と関わり合うことによって玉鬘の運命も大きく変わる、その発端の部分だけだが味わわせたいものである。

 授業は口語訳が中心になっていくのだが、どうもそれに違和感を感じつつある。古典を読むとは、作品を味わうことではないのか。それを達成させるのには教師主導で口語訳することではなく、生徒自身が考えることではないのか。そして、口語訳を外すことはできないものの、文章を書くことによって生徒自らが古典作品に関わる、その機会と時間を確保すべきではないのか。

 そんなことを考えている。古典授業を現代文並みに変革させる必要があるなぁ。

2009-07-11

[]「玉鬘」の授業

 昨日の4組での授業。「玉鬘」に入る。まずは源氏物語の中の玉鬘の位置について説明をし、読みの練習をする。その後、少しずつ口語訳していく。

 教科書に収載されている箇所は、玉鬘一行が右近一行と長谷寺で思いがけぬ出会いをする場面である。相変わらず紫式部の筆致は具体的で生き生きとしている。「夕顔」ほどのスリルはないが、それでも偶然が紡ぎ出す不思議な縁の深さをまた生徒と一緒に感じていこう。

2009-07-03

[]テスト返却 03:44

 2組での授業。何とかこの時間に間に合うよう採点を昨夜の3時半に終え、この授業に臨む。

 その際、特に記述問題において彼らの誤答の典型的パターンが見えてきたので、それを指摘するための確認プリントを急きょ作成し、それを使いながら記述式問題での解答で留意すべき点を説明する。

 ところが、生徒の半分くらいはあまり関心がないような様子だった。中には居眠りを始めている者もいる。うーん、これからの彼らの勉強に関して方針となることだと思うのだけれど、彼らはそうは受け取っていないようだ。

 原因は2つあるだろう。1つは、彼らのモチベーションがまだそこまで到達していない、ということだ。概して生徒は終わってしまったテストの解説を聞くことをあまり喜ばない。テストとはむしろ受けた後のチェックが最も重要なのだ。そして、自分の欠けたところを確認し、同じ間違いを繰り返さないようになるためのものである。しかし、生徒にとっては、特に定期考査は「点数」が最大の関心事である。自分の手元の点が上がるための情報なら耳を傾けるが、将来の点を下げないための情報には関心を払わない。まあ、分かるんだけれどね。定期考査が形成的評価であることをもっともっと前面に強調しておくべき必要があるなぁ。

 2つ目の原因は、私の用意したプリントが彼らの関心を喚起するほどのものではなかった、ということだ。一応生徒が手を動かす部分があるように作成したのだけれど、まだ足りないね。そして、それがもっと興味を駆り立てるような内容になっていなければならない。教材が悪かった、ということだ。

 授業は様々なファクターが織りなす1回きりのドラマである。偶然が作用する場合もあるけれど、周到な準備をして、それでいて偶然を待つ、というあり方でなければね。

2009-06-24

[]「鶏鳴狗盗」の授業 02:42

 2組での授業。これで試験前最後。無事、範囲を終えることができた。今回は普段なら全く焦らないのだけれど、新潟県でも豚インフルエンザの発症例が見つかり、高校での発症も時間の問題だなどといわれているものだから、少々焦っていた。全く、試験範囲を終えられずに休校なんてなったら困るものね。

 要の質問「客皆服。」の箇所は、指名した生徒はきちんと「孟嘗君に服した」と訳した。そこで、もう一度この問題を取り上げて他の可能性も検討しつつ、生徒にどちらを取るべきか質問したりして理解を促した。

2009-06-23

[]「鶏鳴狗盗」の授業 07:10

 今日は2コマとも講読の授業である。4組と2組。4組は試験前最後なので、「鶏鳴狗盗」を必死になって終わらせる。この文章は最後の「客皆服」をどう解釈するかが要となる。その直前には鶏の鳴き真似をした者や犬の格好をして盗みをはたらく者の活躍のおかげで孟嘗君が秦での危機を乗り越えることができ、二人は大いに名を上げたということが記されている。その後で「客皆服す。」と続く。食客たちはいったい誰に「服」したのか、これが解釈上の問題である。

 4組で指名した生徒は「二人に服従した」と訳した。なるほど。他の生徒2、3人に聞いてみたが同様の答えであった。そこで、別の可能性はないかと聞いたところ、「孟嘗君に服従した」と答えた者がいた。そこで、その2つの解答を並列して板書し、この「鶏鳴狗盗」の話において孟嘗君が食客たちをどのように扱っていたか、ということを思い起こすようにと前置きして、2つの解答のどちらを選ぶか手を挙げさせたところ、先の2、3人以外はすべて「孟嘗君」説を採った。よしよし、そう来なくっちゃね。

 この「鶏鳴狗盗」では、孟嘗君が自分の食客たちを全く差別なく自分と同等に扱っていたからこそ、食客たちは存分にその能力や技能を用い、卑しい技能を持っている者でさえ活躍して、孟嘗君の危機を救った、という点が要である。従って、食客たちが同じ食客である2人に「服従」することはあり得ない、と考えなければならない。では、「客皆服」はどう解釈するか。「服」を使ったまた別の熟語を必死で思いついて、「食客たちはみな孟嘗君(の度量の深さ)に『感服』した。」とでも訳すことができるだろう。これで、全体の話の流れと矛盾しない訳ができあがる。

 この「客皆服」をどう解釈するか、という問いは非常によい問いである。「鶏鳴狗盗」全体を理解するための究極の問いだ。この「鶏鳴狗盗」はおそらく『学び合い』に適した教材であろう。

 さて、2組である。2組は「鶏鳴狗盗」に入ったばかり。そこで、昨日の4組と同様、必死になって先へ進む。何とか、昨日の4組と同じところまで進むことができた。

 さあ、問題の反語の箇所である。「君は土禺人の笑ふ所と為ること無きを得んや。」という箇所の解釈である。否定表現の反語であるね。2組で指名した生徒もやはり「笑われないということがあるだろうか、いや、ない。」と訳した。うーむ、これで3クラス中全てのクラスで否定表現の反語の訳し方が間違えたことになる。

 その生徒は授業後に私のところに来て質問をしていった。その時の対応から考えると、やはり直前の表現「あるだろうか」に引きずられて、「いや、ない」としてしまったことが分かった。これはかなり根深い問題だな。

 明日は残りの8組で同様の表現を扱うはずだ。さあ、8組はどう答えてくれるだろうか。