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峰本のくもり時々「学び合い」日記

2010-05-19

朝の読書は順調に進行中 07:00

 昨日から再開された朝の読書。今朝も何事もなく進んだようだ。今回は1日おきに担任と副任が交代で教室に監督につき、その間の日は副任が廊下で待機して遅刻した生徒の対応に当たることにしている。よって今日は監督が教室につかない日である。しかし、特に何事もなかったようだ。監督は1日おきと言うことを生徒に知らせていなかったから、生徒は今日も監督が来ると思っていたのかな? もっとも、監督のいるいないで態度が変わってしまっては困るのだが。生徒はアンケートで、監督がいなくても態度は変わらないし、監督はいなくても良いと回答した者が圧倒的だった。私としては、それでもその数字が100%ではないことを問題視し、監督を引き続きつけることを主張した。「朝の読書」のスタンダードは「教員も一緒に読む」だからね。ともあれ、何事もなくて良かった。

[]「好奇心」の授業 07:00

 6組での授業。先日の授業参観以来の授業である。あの時は授業参観だったせいか、時間は短かったのに生徒は非常に積極的に動いてくれたのだなぁ。まだプリントをまとめ切れていないと思って、まとめる時間を最初に取ったのだが、生徒の半数以上はもう十分にまとめ終えていたようだ。私の頭の方がまとまり切れていないくらいだった。

 今日はそうしてまとめた内容を発表してもらい、検討を加える時間である。とはいえ、生徒同士の議論が行われるわけではない。できれば生徒同士が議論して欲しいのだが、それを起こすためにはまだまだ工夫が必要だろう。今日は単純に生徒をランダムに指名し、その回答を黒板にメモしながら私がまとめ、さらに解説を加えていく、という手法を取った。意外に時間がかかったね。全体の半分くらいを終えただろうか。

 もっと現代文の時間が欲しいなぁ。せめて毎週2コマくらいは欲しい。週あたり2コマか1コマの間隔だと前回の内容を綺麗さっぱり忘れてしまう。このままでは毎回の授業を1回完結方式でモジュール化していく必要がある。しかし、そんなことでは授業計画が立てられない。ライティング・ワークショップでは、「週3回をライティング・ワークショップに当てられなければ、やる価値がない」とまで言われている。これは50分単位時間の話だろうが、それでも複数回の現代文の授業が週の中に設定されていてこそ、である。今のカリキュラムでは現代文に割り当てられている時間が少なすぎる。

 「現代文は日本語なんだから、普段の言語生活で十分」と考えているのなら、全くの認識不足である。

避難訓練があった 07:00

 今日は避難訓練があった。朝方はあいにくの雨だったので、今日は屋内への避難となった。今年の避難訓練は、確かに生徒が粛然と動いていたなぁ。にやにやしながら歩いている者がほとんどいなかった。どうしてそんなに従順なんだ?

 今回は消防士の方の講評が大変興味深かった。実際に火事の現場に突入する際の防具一式を実際に見せてくださり、解説してくださったのだ。様々な防火具や頑丈な防具等々を見せてくださったが、それらの目的は「消防士の命を守ること」であるという。これには、当然のことなのだけれど、改めて認識させられた。火事という危険な現場に飛び込んでいく仕事である。そのなかで、何より大切なのは消防士自身の命を守ることだ。火事については、ある意味延焼を防げさえすれば万々歳なのだろう。その中で消防士自身が命を失ったら、本末転倒な話である。消防士の方は、昨今の雑居ビル等の防火設備の不備を指摘しつつ、「自分の命は自分で守ってください」と言っていた。避難経路を確認せよ、ということなのだが、深い意味に裏付けられている言葉なのだなぁ、と思った。

 個人的には、これらの話を聞いている間、人間の認知システムについて自己モニタリングをすることができて、何となく面白かった。