あおのりの共育挑戦記

千葉県で小学校の教員をしています。 『学び合い』の精神で子どもたちと共に育っていけるよう日々チャレンジしていきます。

2014-03-31 (月)

次こそは「寂しい」と思える別れを

今日は辞校式でした。

初任から3年間勤めた学校を去る日です。

壇上で児童へ向けた最後の挨拶、同期で入った女性の先生は3年間の思いを述べ、感極まって泣いていました。

私は、なぜだか何の思いも湧いてこず、妙に冷めた感じで話を聞いていました。

初めて教壇に立った思い出深い学校のはずなんですけどね。


私が、この学校を去るのが名残惜しい、と思えるだけの仕事をしてこなかったということですね。

きっと休職してから、子どもたちや先生方に対して、本気で向き合って思いをぶつけることを避けてきたのかなぁと思いました。

思えば、誰に対しても敬語を使うようになったのは休職してからですね。

いつのまにか妻にすら使うことが多いです。ちょっと変ですよね。


お見送りの列をつくる子どもの間を涙を流しながら歩き、関係した子たちからいっぱい手紙をもらっているその先生が少し羨ましく思いました。


別に泣きたいわけでもないし、手紙が欲しいわけでもないんですが、なんだか、すご〜く一生懸命だったんだなぁと思って、そんなに一生懸命頑張れるのがすごいなと思いました。

もちろん、私が仕事の手を抜いていたわけではありません。一生懸命やりました。

私も、教えた支援学級の子たちからメッセージをもらいました。保護者の方から言葉ももらい、「一生懸命ご指導いただき〜」とか「先生の熱意が〜」とか言ってもらいました。

でも、なんだか心に響かないんですよね。


次の学校では、異動の時に何か感慨深いものを感じられるような仕事をしたいと思います。

2014-03-30 (日)

第22回『学び合い』千葉の会に参加して感じたこと

時々空白期間もありますが、2年以上にわたって定期的に参加しています。

学び合い』の会はレクチャーを受ける場所ではなく、自分の課題を解決できる場所だから、充実感があるし、一人ひとりの考えがわかるから、繋がれる感があって嬉しいんだろうと思います。


私にとっては自分の考えを整理しなおしたり、新たな知見を得られたり、リフレッシュになったり、とっても大切な会。

だから、3ヶ月に一回の開催に変更になったことには少し残念な気持ちです。

まぁ、開いていただいている会にただ参加するだけの身ですし、何も文句はありません。

場が欲しいなら自分で行動を起こせばいいだけですしね!それにはもう少し度胸が欲しいところですけど。


今回も、いい出会いと気付きがありました。


まず教育同人社の営業の方と知り合うことができました。

学び合い』の会の懇親会は楽しい!とおっしゃっていただいていたのが嬉しいですね。

千葉の会の規模がもう少し増えればいいのに(20人位?)と言っていました。

教育同人社で場所の提供もしますよ〜と帰りの電車でおっしゃってもいただきました。

おにぎりの会等で以前に使用したこともあるそうですが、きれいでいいとこらしいです。

懇親会は屋上のお店で夜景を見ながら〜なんてこともできるそう。ステキですね。


色々な方とお話をする中で、年間の見通しを持つことの大切さを再確認しました。

今日明日の内容を追うことに必死になっていては、子どもに安定した力をつけることは難しいです。

年度の終わりの時点でどんな力をつけていてほしいか、ゴールを決めて、そのための日々の活動を計画する。

目標を決めることはよく行うんですが、そのために日々の活動がデザインされなおしているかというとそうでないことが多々。それじゃ消化不良ですよね。

「達成できなければ職を辞する覚悟」も持っておられました。職を賭けないまでも、そこまでの強い意思を持って実践に当たらなければ、成果は出ないのだよなぁと思いました。

日々ナァナァに過ごしている自分を反省。


「ヒドゥン・カリキュラム」の話題が出ました。

多賀先生の著書は私も読みましたが、意識しながらの生活はしていなかったように思います。

教員が取るアンケートの文言一つとっても、そこには「どんな答えが欲しいか」とか、教員が持つ期待感などが顕在化するんですね。

そういう視点でものを見ていなかったので、なるほど、と驚きました。

何をするにしても、「何のためにやるのか」「どんな大人に育てたいのか」「自分の役割は何か」を自問しながら子どもの前に立つ必要があるなぁと感じました。


学び合い』成立の条件というものが気になりました。

一度大失敗した自分としては、失敗の要因の一つは分かっているつもりです。

ブログの更新が滞っていましたが、改めて発信していこうと思い直しました。