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なっつの学校と育児生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

北海道の中学校で数学を担当しているなっつといいます。 連絡はこちらへ。(すぐは返信できないかもしれません。) apeanut_not_peanuts@yahoo.co.jp (@を半角@に変えてください)

『学び合い』について興味を持った方は、サイドのリンク集からそれぞれの資料へどうぞ。
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2012-06-09

[][]心が折れる前に。 23:22

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/okinawa-go/20120607/1339063870

を拝読して。

(本当は、テスト作りしなくちゃいけないんだけど、どうしてもこれだけは今書きたくて。)


人間関係ができている、年度途中からの『学び合い』のセオリー通りの形は比較的うまくいきやすいです。

けど、人間関係のできていない、しかも「チーム」ではなく、まだ「グループ」でしかない学級での『学び合い』のセオリー通りの形は、諸刃の剣だと思います。

(もっと言うと、異動したばかりの年の学級での『学び合い』のセオリー通りの形がうまくいくかどうかは、個人の力量によります。前評判が無い状態の保護者に受け入れてもらえるかどうか。)


手引き書などにもあるように、『学び合い』のセオリー通りの形は、アラが見えやすいです。それでも、『学び合い』のセオリー通りの形の方がマシというのが『学び合い』での実践者の中での共通認識ですが、そんなの外から見たら「は?」という感じです。

アラが見えても、その先の子ども達の姿が見えていて、次の一手を打つことができる人は、立て直すことができます。

けど、その先の子ども達の姿が見えなくて、同僚や管理職から心配されて、それに対して「いや、このあと必ずこういう姿になるから」と言い切る自信の無い人は、そこで『学び合い』のセオリー通りの形をやめるべきだと私は思います。


学び合い』のセオリー通りの形で授業をしている間は、子ども達に何回聴いても「『学び合い』の方がいい」と言います。それは、教師が子ども達がそう言ってくれることを心の底で願っているから。

でも、もしかしたら、学校での状況に対して家で何か言っているかもしれない。授業がぐちゃぐちゃだとか、ケンカがどうのとか。それを聞いた保護者はどう思うか。


学び合い』を知ると、ついつい、『学び合い』こそが正しくて、それを認めてくれない管理職や同僚は悪者のような気になってしまうのですが、管理職や同僚の多くは、べつに『学び合い』を攻撃したくて、否定したくて、口を出すわけじゃないんですよね。ほとんどの場合は善意だと思います。

それに対して、何も受け入れず、突っぱねるような態度を取ってしまうと、『学び合い』が悪いんだという風に認識され、『学び合い』禁止令が出てしまうかもしれません。

ヘタすると、その学校にいる間中『学び合い』に近い事柄の全てが禁止になってしまいます。


大事なのは、「『学び合い』のセオリー通りの形を続けること」でも、何が正しいとか何が間違っているとか、そういうことじゃなくて、子ども達の今、そして将来にとって一番いい道をその場に応じて折り合いをつけて探すことだと思います。

そして、管理職や同僚と、うまく折り合いをつけた状態で「少しずつでも『学び合い』の考え方に基づいたことをやり続けること」の方が最終的には子ども達の成長につながると思います。


私の失敗を踏まえた自戒をこめて。

sumi-chansumi-chan2012/06/10 11:30なっつさんがこの記事で書かれていること、よく分かります。
私も本当に同じような道をたどりました。
自分にできることを考えます。

motoryoumotoryou2012/06/10 18:33同感です。私も転任後の1年目,2年目は子ども以外のことで,けっこう苦労しました。いきなり指導主事がきたりもしましたし。でも,その当時は愚直に進みました。それはそれで,今は得るものがあったと思いますが,今の私ならもう少し別な方法をとるでしょう。「学び合い」の考え方は今までの世間の学力観を変えるくらいのものですよね。川の流れを変えるみたいなものです。がつんといっては流されます。せき止めれば溢れる。じりじりとやるしかないんだと思います。「学び合い」は考え方だから,どうであってもできるものなんだと,今は何となくやっと分かってきた感じです。子どもに,学校に,保護者に「学び合い」の雰囲気を徐々に浸透させていく,そんな感じを私はイメージしています。

katokiti2003katokiti20032012/06/10 22:26なんか、すごいよく分かる。
「学び合いのセオリー」に固執した時点で、すでに「学び合い」ではなくなっているんだろうなあと、最近切に思います。

motoryoumotoryou2012/06/11 18:28katokiti2003さん、うまいこといいますねえ。さすがです。その感覚に、私は「やっと」なりました。

a-peanuta-peanut2012/06/15 21:15コメントをくださったみなさん、ありがとうございます。
私の前任校での失敗を踏まえての、自戒でした。
katokiti2003さんが言うように、セオリーに固執してしまうのが『学び合い』失敗への道なんだと思います。
ぶつかるのではなく、かわす。短く太くより、細く長く。ゆるやかにしたたかに。それが、たとえ回り道でも、時間がかかっても、確実に子どもの成長につながると信じています。

2012-05-26

[]今度こそ、中断。 08:55

まだまだ言いたいことはあるのですが。

とりあえず、もういいです。

が、また時間ができたら言います。

今回反応してくださった方々、ありがとうございました。

スルーされていたら、本当にブロググループから離脱していたかもしれません。

煙たがられても、まだまだいる予定です(笑)

「悩み」シリーズを書いている最中、新しい記事でヒットした方が流れを追いやすいように他のことは書かないようにしていたのですが、そちらを復活しようと思います。

2012-05-19

[]『学び合い』グループについてと、色々 06:17

いったん考えるのをやめたとたん、コメントが増えました(笑)

まぁ、そういうものだよなぁと思いつつ、結局まだまだ考えています。

心配してメールを下さった方々、ありがとうございます。

とりあえず、今は(笑)が出るくらい割と普通です。去年の年末みたいなマイナスのスパイラルにはいないので。

マイナスのスパイラルにいる時や、エネルギーを補充できない時は、エネルギーが続かないために無理ができません。

つまり、私は今リアルがそこそこうまくいっているということですね。西川先生とのメールのやりとりで使った分のエネルギーは補充できました。


1.『学び合い』グループについて

私は、グループを教室のように感じていたけど(他にも感じている人もいるんだと思うけど)、実は駅事務室の無い駅なんじゃないのか?と思い始めています。

行き先が決まっている人は電車に乗る。決まっていない人は乗れない。困って道を尋ねることもある。困っていそうな人がいたら、声をかける人もいないわけじゃない。(けど、全員スルーすることもある。)たまに表れる駅員(西川先生)が、酔っぱらいの対応をする。

みんな次の目的地に急いでいて、忙しい。急いでいるから「ごめん!乗り遅れちゃうから、今は助けてあげられない!」と心の中でつぶやいて、スルーする。いつまでたっても次の電車に乗れなかったり、間違った電車に乗っちゃったりする人もいる。

もう電車になんか乗らないよって、自動車で通勤したり、通勤するのをやめたり。普段は自動車で通勤しているけれど、駅が好きで休みの日には必ず電車に乗るようにしたり。


という、教室では無いところで、有益な情報にはたどり着けても、困っている人をわざわざ助ける人はあまりいないということで。


黒板マグネットのように、可視化してくれる何かがあればいいんだけど…。と思っていたけど、、、うーん。。。

という感じです。



2.西川先生の行動について

コメントに「こういった私たち実践者の問いって、西川先生にもどうしようもないのだと思います。」とありました。私も前の方の記事で訴えています。

西川先生には、対応できないのだと思います。

なのに、「『学び合い』のセオリー」で対応しちゃうから、「それが正しいのはわかっているけど、それだとうまくいかないんだって!!」とか「そんなのできないんだって!!」という状況になる。

そして、『学び合い』のセオリーに無理矢理結びつけようとするから、メールのやりとりも目的地を見失って、いや、そんなことはどうでもいいんだけど…になっちゃう。


ということに、憤りを感じていたけれど。


コメントを読んで、ふと思ったのは。

そっか。「純ちゃん」って言えるくらい近い人たちにとっては「あー、また言ってるよー」ぐらい、西川先生の発言って、そんなに影響力を持たないんじゃないのか?

ということです。

西川先生との距離が近く無い人にとっては大きい西川先生の発言力なのですが。


中学校の時の一コマを思い出しました。

私が授業中担任に叱られて、しゅんとしていた時、隣の男子が「○○(担任の名前)、何怒ってんの?たいしたことじゃないじゃん」(とバカにしたような感じで)言っているのを聞いて「そっか、そういうとらえ方もあるんだー。別に叱られたからって、そんなに気にしなきゃいけないっていうわけでもないんだー。」と変に感動したこと。


真剣に捉えるからダメだということがわかりました。

わかりました。が。

このブログを読んでくださる方々にはもしかしたら伝わるかもしれないけど、読んでいなくて、しかも遠い人たちは、やっぱり、西川先生に『学び合い』を見るわけでしょう??

それって、やっぱり、『学び合い』が広まることにとってはダメージなんじゃない?西川先生が一番『学び合い』布教に熱心なのに。

とも思います。

どうなんでしょうね?


とりあえず、字を大きくして書きましょうか。

「純ちゃんの言うことは、あんまり気にしなくていいのよ。」


学び合い』のセオリーなんて、関係ない。

「学校観」と「教師観」と「子ども観」さえ同じなら、たとえ一斉指導していたとしても『学び合い』だと思います。

ogymogym2012/05/20 21:16いろいろなことを考える人がいて、いろいろな経験を経た人が参加しているのは『学び合い』で分かるけど、その「可視化」が難点なのは確かにそうだと思います。『学び合い』の教室であれば、同時多発的にあちこちでさまざまな議論が生まれては消えていくはずだけど、意外と学級会的に一時期一話題になりがち。でもそれはブログのシステム上の問題かな、と思います。人によってわかり方は違う、セオリーと思う人、そうじゃないと思う人、いろいろのグループでいいんじゃないでしょうか^^。『学び合い』を普及させるなのか、『学び合い』に興味あるなのか、そこらの目的によっても少しずつ変わってくるかなー、なんて思いました。

karakusa01karakusa012012/05/20 23:15>『学び合い』のセオリーなんて、関係ない。

「学校観」と「教師観」と「子ども観」さえ同じなら、たとえ一斉指導していたとしても『学び合い』だと思います。

それでいいんじゃないんですか?a-peanutさんはしっかり自分をもっていてうらやましいです。

a-peanuta-peanut2012/05/26 08:36>ogymさん
ブロググループのシステムについては、「駅事務員のいない駅」ということで、もうあきらめようと思っています。私は「『学び合い』を広める」という行為については最初から違和感を持っているので、普及させようとは思っていないのですが、『学び合い』を知ってしまったがために苦しむ人や、子どもが増えるのは嫌だなぁと思っています。なので、悩んでいる人が可視化されればいいなぁと思うのですが…。なんだかんだ言って、西川先生は苦しんでいる人のところに必ず顔を出す(コメントを書く・メールをする)方なので、ついでに可視化もしてくれればいいのになぁなんて思います。

>karakusa01さん
しっかり自分を持っているわけでは無いのですが…(苦笑)揺れ放題です。なので、「惑わさないでーーーー」という感じです。惑わすものに近づかなければいいのでしょうが、それだとまた唯我独尊になっちゃうんですよね…。難しいところです。

2012-05-11

[]『学び合い』グループについて、考えるのをこれでいったんやめます。 23:52

とりあえず、西川先生との話はこれ以上進展しません。

私の言葉ではうまく伝えることができなかったということで。

どなたか、西川先生と話ができる方で、私の伝えたいことをうまく伝えられる方がいらっしゃったらお願いしたいところです。



西川先生とのやりとりの中で書きましたが、やっぱりどう考えても今の状況は、循環関数なんですよね。

だから、ネット上に、うまく交流できる場が欲しいところなんですけど、どうすればいいのか私にはもう思いつかないので、とりあえず保留します。未来の私ならわかるかもしれないし、他にわかる人がいるかもしれない。当面、行事が入ってきて私もこの悩みに関わっている余裕が無くなるので、いったんやめます。



そして。

前々からあちこちでつぶやいたりしているんだけど。誰も教えてくれないけど。の、疑問。

中学校の『学び合い』を、ちゃんと結果を出し続けて、実践し続けている人って、結局どのくらいいるんだろう?

私が「中学校で『学び合い』を続けるのは難しい」って言うと、必ず「中学校でも『学び合い』はできる」って言う人がいるんだけど、できるんだったら、できている人の名前が耳に入ってきてもいいと思うんですよね。もう3年以上『学び合い』で実践続けていて、結果もしっかり出していますよ。誰にも反対されていませんよ。異動しても全然大丈夫。っていう人。

私のアンテナが低いから入ってこないのかなぁ。

小学校だったら、コンスタントに続けているのはスタートブックの執筆者のみなさんとか?かときちさんも含まれるのかな?とんたんさんやfulu-tさんは、西川先生の思い描くセオリー通りでは無いみたいなので、ちょっと枠外で考えて。

私は『学び合い』を知ってもう5年目?ぐらいになるけど、私は西川先生のセオリー通りの『学び合い』を1年以上続けられたことなんて一回も無いです。今だって、西川先生のセオリー通りの『学び合い』なんてやっていません。


更に。

西川先生のセオリー通りって、今強調したけど。

私が知った頃は、「どんな形をとっていても、学校観や子ども観が同じなら、それは『学び合い』だ」っていう話があって、なら私がその前からやっていたことも『学び合い』よね~。なんて思っていたけど。

最近、セオリー通りから外れる行動をとった人に対して、『学び合い』の考え方を持っているなら、結局はセオリー通りにすることが一番効果的なはずなのに、なぜやらないのかという西川先生からのコメントが入るのは、なぜ??と、fulu-tさんとのやりとりですごく感じました。

途中で語ったっていいじゃん。別に西川先生の考える型通りじゃなくても、それが必要だと現場にいる人間が判断しているんだから。と。


学び合い』が広がっていっても、定着しなければ、つまり、続けることができなければ、淘汰されて消えていくだけです。

続けられない理由なんて、いっぱいあります。『学び合い』がうまくいく、うまくいかない、なんて小さなことじゃなくて。『学び合い』を続けるためにまわりとの折り合いをつけられないとか。現状で『学び合い』を続けるには、とてもエネルギーがいるけど、そのエネルギーを生み出せないとか。あまりにも大変すぎて、続けるエネルギーを無くしちゃったとか。


ということで、ちっちゃなねずみにすぎない私としては、あとは沈みゆく船になる前に逃げ出した方がいいかな、いつが潮時かな?みたいな、そんな感じです。



つらつらと書いたので、意味不明かもしれませんが。

kota_02kota_022012/05/12 15:37はじめまして。東京の中学で国語を担当しています。

なっつさんの思いは伝わってくるので、何か言葉をかけたいな、と思いながら、何が問題なのかさっぱり理解できないので、黙って見ていました。
こんなことを書くと、なっつさんが、説明が足りなかったのかな、と思われて、まためんどうなことになってしまうのではないか、と思いましたが、やはり何か言葉をかけなくては、と思い、こんなコメントを書きました。


>中学校の『学び合い』を、ちゃんと結果を出し続けて、実践し続けている人って、結局どのくらいいるんだろう?

いないんですね。残念です。

o4dao4da2012/05/12 20:11自分は22回行列のできる『学び合い』相談所という会を開きました。今は、学級づくりを語り合う会に変えました。それは、学級づくりの中で『学び合い』の方法だけとして特化するわけではもったいない。逆に学級づくりを語り合う中で『学び合い』の考え・方法がしっくりくることも多々あるからです。

具体的には、『学び合い』の会だと「最近やってますか?どうですか」がメインです。ああいう形でやれてないときは…ですし、人も集まりにくいかもしれません。だから学級づくりを語り合う中で、自然に縦糸・横糸、『学び合い』、齋藤孝、ワンピース等が出てくるのが肩肘はらずによいと思っています。

逆にいうならば『学び合い』にひかれ、つながること、会を開くことの素敵さを感じたからこそ、今はこういう形になっているのだと思います。

『学び合い』の形以上に、職場以上になっつさんともですがつながりがたくさんできてよかったなという気持ちでいます。

羅列して書きましたことお許しください。自分としては、肩肘張らずに、それが互いに得だと感じます。

ogymogym2012/05/12 22:34自分の地区では「先生の言うことを姿勢よく聞いている子」が結果として評価として求められてしまうので、せいぜい問題解決型学習の交流活動の時間に個人的に取り入れることしかできない現状です。それ以上広げてしまうと、子どもに効果があるメリットより職場内で折り合いをつけるエネルギーで疲れるデメリットの方が大きくなるので、無理はしないようにしています。
メリット「得」な方へ流れて当然だと思います。

>なら私がその前からやっていたことも『学び合い』よね~。なんて思っていたけど。

知って2年目なので、なっつさんと同じような道を私も歩むのかもしれませんが、現状は上記と同様に私も思っています。

hinakosahinakosa2012/05/12 22:352歳と6歳の娘の母で、進学女子高校で生物教えています。
あまり関係がないかもしれませんが、思ったことを書かせてください。  私は、西川先生の理想(目的)を共有し、方法は適当に変えて(なぜなら、つい、ふいっと、いわれたことではない、他の方法を試してみたくなる天邪鬼だからです)あれこれ試しています。それに、私は実践者で、西川先生は研究者だ、というのもあります。ときどき、研究者っぽい考えがアタマをよぎりますけど。 まだ1年間継続して学び合いをしたことはありません。年度初めからやるのは、この4月から。学び合いを考えるようになって、「教える」のが仕事ではなく、「つなげる」のが仕事かな、と思うようになって、それ以前より各段にこの仕事の「理想(生徒を本当に成長させる)」を強く持つことができるようになりまりました。それまでは理想と現実が乖離しているようでしたので。なっつさんの提案されるシステム、おもしろいなあ、と思いました。 ネットでのつながりも有用ですけど、生物の教員としては、直接接する人たちとのつながりなのだろうな・・・と自分を省みても思います。  もう少し試して、生徒たちの学びのコミュニティができてきたら、(今の状態でも宣伝していますが)ほかの先生たちにも、どんどん見に来てもらって、あれこれイチャモンつけてもらおうと、思っています。きっとそのやりとりが、教員の学び合いの過程が、生徒の学び合いにつながるもののような気がするので。                     目標は、学び合って、進度も学力もアップする集団です。

toyohashi-starttoyohashi-start2012/05/13 01:25これまでのブログの内容、とても理解し、共感できます。
『学び合い』は一種の劇薬のような気がします。
気力、体力が充実し、子ども、同僚との関係も円滑な状態であれば、それは本当に効果を発揮します。
が、何かが足りていないとき、それはときに毒になるというイメージです。
気力、体力が充実していても、同僚と軋轢が生じれば、それは結果として気力、体力を削っていきます。
また、セオリーという言葉に最近違和感を感じます。「セオリー通りにする」っていう時点で、それは方法のことでは?と思います。
セオリー通りが効果的であり、なぜセオリー通りにしない?と言われると、なぜ、この方法でやらないのだと、方法を強いられている感じがします。
実際に、セオリー通りが最も効果的であったとしても、それは上記で書いた教師の状況、子どもの状況、職場の状況によって変わるのではないかと思います。
だから、状況によってはセオリー通りは、現場では逆効果の場合もあり得ます。あり得ないのであれば、実際にやってみて途中でやめる人は一人もいないはずです。
しかし、それは実践者が考え方を理解していないとか、セオリー通りでないからと言うのであれば、『学び合い』は誰でもできるというのは、一定の条件がそろえばという証になってしまいます。
そして、一番言いたいのは、『学び合い』はこうでなければならない。とか、『学び合い』はこういうものだ。とした瞬間に、排他的に必ずなります。
だから、『学び合い』はあくまでも考え方であり、方法の部分は実際に目の前に立っている教師が考え、任されるべきであると思います。そして、それを認め合える集団こそ、健全であり、目指す集団だと思います。
『学び合い』を行うとき、解決する方法は子どもに任されますよね?もちろん、ときに教師側が選択肢として提示することはあるかも知れませんが、それを利用するかは子どもたち自身が考えますよね?
それは、我々教師も同じではないかと思います。一人一人の教師も様々です。だからこそ、『学び合い』の考え方は共通なものとしても、どうそれを具現化するかは、セオリーはあったとしても、一人一人の教師が考え実践していくことが大切であるし、それを受け入れられる集団が最も子どもにとっても、教師自身にとっても有益であると思っています。

『学び合い』について、ここまで考えを示したのは初めてです。どうとられるのか心配ですが、どういう道をたどろうがそれが子どもたちの幸せに繋がっていて欲しいものです。

a-peanuta-peanut2012/05/13 02:20>kota_02さん
初めまして。コメントありがとうございます。
今回の件は、反応が無い方が淋しい思いをするので、コメントしていただけて嬉しいです。
何が問題なのかは、……色々な要因が複雑に絡んでいるので、ものすごくわかりにくくなっています。が、目指しているのは、『学び合い』を続けようとする時に困ってしまう人がいる現状をなんとかしたいということと、それについて、西川先生が普段行っている色々に対しての「?」がけっこう関わっているということなんですけど、自分でこうやって打っていても、うまく伝えられないな~と思います。ごめんなさい。

>o4daさん
北海道の「子どもの姿を語る会」も、『学び合い』には特化せずにけっこうごちゃごちゃやっています。『学び合い』がきっかけで生まれた縁はものすごく大切です。そして、せっかくの縁なので、困っている人たち(時に自分を含めて)にも、もうちょっと救いの手があってもいいよなぁ~。というのが、私の思っているところです。

>ogymさん
自分にできる範囲でしかできないし、それ以上何か行動を起こそうとすると、外部との折り合いをつける中で自分のエネルギーの持続が難しくなるので、自分にできることだけをやればいいのだと私も思います。セオリーに結びつけて、方法を強いられるのはおかしいので。

>hinakosaさん
直接つながることはもちろん大切で、だけど、直接つながることだけではどうにもできない部分で、ネットを利用するのもアリだよなぁと思って今回の提案をしていました。職場内でごちゃごちゃするのも、うまくできる人もいれば、私みたいになかなか難しい人もいます。どうやればうまくいくかなんていうノウハウもないし。人それぞれだし。ただ、職場内でごちゃごちゃするためにエネルギーが消費されて、続けられなくなるのは本末転倒だなぁと思います。私は、いちゃもんをつけられたら、どうしても私が正しいんだって主張したくなっちゃうので。主張すると、伝わらないですよね。

>toyohashi-startさん
私の言いたかったことは、まさにtoyohashi-startさんのコメントにあることです。(自分の文章力の無さを感じました。)
この前の記事で西川先生に対する要望(いちゃもん?)を書いていたのは、困っている人に対してのアドバイスがいつもセオリーに基づくもので、確かに『学び合い』的にはそのセオリーが一番いいと西川先生は判断しているんだろうけど、その状況に本当にセオリーが通用するのかどうか…?ということもあり、状況によっては困っている人を追い詰めかねないと思ってなんです。結局は『学び合い』の考えをどのように自分の日常の実践に結びつけていくかは、その人の置かれた状況によるのだと思うんですよね。

scorpion1104scorpion11042012/05/13 07:07お尋ねです。今回の話の目的は冒頭に書いてあるように、
「だから、ネット上に、うまく交流できる場が欲しいところなんですけど」
ということでいいのでしょうか。

hinakosahinakosa2012/05/13 12:29なっつさん  
確かに私は比較的、他の先生方と交流しやすい、そして打たれず強いかな、と思います。同じようにはできないよ、というメッセージを、自分の同僚の先生方から暗に受けることもあります。 私も、ときどき、あ、西川先生に聞いてみようかな、これ、どうなのかな?どうしたらよいかな? と思うことがありますが、私が授業担当するクラスに対してどうあってほしいか、というと、「自分たちで相談して解決してね~」と言っているので、「きっと、私の中に答えはあって、それを同じ立場の人たちと語りあうことで、見つけていかなくちゃだよな」と思って、質問するのをやめました。もっとも、「きっとこう言う感じではないかな?」と思ったときには、西川先生に、「・・・・・こういうこと、ではないですかね?」と確認することはあります。授業の中で、生徒に質問されても、たいていは教員は答えられますけど、こういった私たち実践者の問いって、西川先生にもどうしようもないのだと思います。だって、直面している私の、私たちの自身の方法(セオリーはあっても、選ぶ手法は個々に異なっていると思うので)によって生じた問題なのですから。
そういう意味では、実践者同士が、こうして、またはほかの方法で、語り合える場所は必要だ、というのは頷けます。そう思います。             自分が、これまでの一斉授業への限界を感じたものの、学び合い、という一見これまでとは見かけが異なるものを、学校の中で1人実施していくことは、常に「これでいいのかな?」と自分に問うことになりますから疲れます。ときどき、学び合いの話をした同僚に「私も最近、部分的にそういう時間を取り入れているのよ」なんて聞くだけでうれしいですけど、孤独なときもあります。そんな時は、北海道の堀裕嗣さんのFBにあった、教師は孤独、常に笑っていなくては、というくだりを思い出して、笑うようにしています。または、「生徒を伸ばしたいという点では一緒だものな、方法はいろいろだものな、」と慰めます。
 私は、生徒の多様性と成長、教材の発展性を信じ、雑木林(クラスのメンバー)の管理人のような気持ちでいようと決めました。そして、行き詰ると、雑木林に入り、多様性が織りなす心地よい環境で身を清めます(笑)。

e_chigoyae_chigoya2012/05/13 13:52中学の実践者というと、栃木のKさん、千葉のIさん、新潟のKさん(現職派遣OB)、生坂の先生方(異動した方も含む)、などが浮かびます。確かに小や高に比べて少ないですね。僕も高校籍になったし。
個人的には、中学校の現場が一番大変だと思います。公立中学校の経験はありませんが、「ねばならない」がもっとも多い世界というイメージがあります。この中で『学び合い』のような「変わったこと」を続けるのは大変なのかもしれませんね。
セオリーは、現象について言ったものではないと思っています。それを言うなら「それぞれが課題解決のために最善の方法を選ぶ」がセオリーです。この記事を読んで自分の授業をふりかえると、セオリー通りとも言えるし、セオリー無視とも言える気がします。「純ちゃんが見たら、これいらないでしょ、と言うだろうなぁ」という部分もありますが、それが授業の良否を決めることはないと思います。目の前の生徒や学校の教育目標(進学実績)などを勘案して、最善の尽くしているわけですから。
(もちろん「これが本当に最善なの?」と顧みる視点は大切ですよね。目の前の生徒の姿と、「純ちゃんなら何と言うか」でバランスを取っているつもりです)

とりとめのないコメントですみません。

F-KatagiriF-Katagiri2012/05/13 19:54片桐です。
管理人でありながら、今や管理に手が回らない状況で申し訳ないと思っていますが、でも、ブログというのは、有益な情報や、気になるものは、いろんな繋がりで入ってくるので、作為を入れなくてもいいんじゃないの?という私の理想があり、手を付けてない状態です。

また、教室『学び合い』フォーラムの主催者側で、「いろんな『学び合い』があっていい」なんていうことを発信していく立場であるのに、なまけているのもいかんなーと思っています。

なっつさんのこの記事も、ひょんなリンクから行き当たりました。必要で有益な情報はアンテナ貼っていれば、必ず入ってくるんだなと思いました。

さて、最近私は教科での『学び合い』はクラス経営あってのものだと思っています。自分の担任のクラスはもとより、担任でないクラスでも教科指導によってクラスの『学び合い』の雰囲気を作ろうと思っています。

それが成績に結びついているかどうかというと、現実問題としてあまり結びついていません。だって私が子どもたちに求めている理想とテストの点数の方向性がちょっとずれているので。

そんなのは言い訳なのかもしれませんが、『学び合い』が一人も見捨てないのであれば、私の方向性は間違っていないと思っています。

成績を上げるためにやっているけれど、その上には一人も見捨てないというのがあるべきはずです。約10年以上前『学び合い』が「いい!」と思った直感(直観)を私は信じています。10年間「いい!」と思っているんだから、それは本物だとも思っています。というか、もう離れられない。

直観で「いい!」と思ったのであれば、その自分を信じてみてはいかがでしょうか?いろんな外からの情報や、しがらみや、そういうのは二の次にするべきかなー。なんて思います。

ああ、ぐだぐだ失礼しました。

twoyoshitwoyoshi2012/05/14 00:02>「どんな形をとっていても、学校観や子ども観が同じなら、それは『学び合い』だ」
私はこのスタンスでやっています。間違っていないと思います。そして、授業に活かすことと同じ位この考え方の基に集う先生方とのつながりに価値があると思います。「こうしなければ『学び合い』ではない」なんてことは全くありません。大丈夫です。みんながいます。みんなを信じてください。

messabluemessablue2012/05/18 20:13なっつさんからブログでコメントを頂いたのは、ちょうど、1年半前です。
「中2の法則??」と教えてもらいました。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/a-peanut/20100917/1284694466

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/messablue/20100916

中学二年を受け持っていて、途中から『学び合い』を始めてましたが、上手く行くクラスとそうでないクラスの差が激しくあり、もう気が遠くなるほど藻掻いて悩んでいましたので、ものすごくなっつさんからのコメントやブログに助けられました。

上手くいかないクラスには、行くだけで頭痛が始まります。自然と一斉授業になります。

で、考え方を色々と整理し行き着いたのが、『従来型(?と自分では思っている)学び合い』でした。

今も続けています。

今年は二年生を三クラス持っています。昨年度の中学一年生二クラスの子らが、たくさん助けてくれている感じです。

でも、中学二年は夏休みが開けてからが本格的に勝負かなと経験的に思ってます。

いかに、みんなでみんながが徳か、みんなで高みを目指すのが有利か、

を実践しているつもりです。

昨年度は、七クラス中、学び合いクラスである二クラスがほぼ常に学年トップでした。

だけれども、最低点八割以上も、一人も見捨てないも、何も達成されていません。

46人のメンバーが、クラスが良かっただけです。

私は正直、どのようなクラスのゴールが一番いいのか、イメージできていません。

学び合い続けるクラス、を実現できるならば、ほんとうに、日本は変わる、と思います。

そのために、どんな教育理論をもち、どんな考え方をもち、どんな感性と、人を信じる力が必要か、まだまだわかっていません。

だらだらとすいません。
忙しさにかまけて、なっつさんのブログを拝読するのみでした。

すいません。

a-peanuta-peanut2012/05/19 05:39>scorpion1104さん
「交流の場が欲しい」ということと同時に、「西川先生の行動に対する「?」を訴えた ということです。とりあえず後者については私はうまく伝えられなかったので、前者だけでもなんとかなればいいなぁという感じです。

>hinakosaさん
>こういった私たち実践者の問いって、西川先生にもどうしようもないのだと思います。

次の記事に書きますね。(明日になるかもしれませんが。)
私も、授業中にいつも癒されております。いい状態での学びの声質って、癒されますよね。(キンキン声だと疲れるけど。)

>e_chigoyaさん
中学校実践者情報ありがとうございます。
イマキヨさんのコメントを読んで、なるほど~と思ったことがあるので、次の記事に書きます。

>F-Katagiriさん
ブロググループについては、思うところがあったので次の記事に載せます。
私が『学び合い』に出会ったことはよかったと思います。ただ、『学び合い』で苦しむ人たちが増えるのは、嫌だなぁと思うのです。

>twoyoshiさん
>「こうしなければ『学び合い』ではない」なんてことは全くありません。

そうなんですよねー。そう信じていたんですけど…。

>messablueさん
先日Facebookでイマキヨさんが「在り方は時間がかかります」と書いていましたが、その通りなんだよなぁと思いました。色々交流したり、失敗したり、成功したり、の中で在り方が身に付いていくんだろうなぁと。
お互い、これからも交流していきたいですね。

2012-05-06

[]『学び合い』グループについて、もう少し整理して考えてみた。 11:03

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/a-peanut/20120504/1336141064

の続きです。

色々と書きながら、コメントに対応しながら、かなり要点が私の中で整理されてきました。

1つ目の要望は、『学び合い』グループの中の「困った」を可視化できる場所が欲しいということです。

具体的な方法として、自分が普段チェックしているブログにおいて、困っている状況があって、自分以外の人もたくさんでアドバイスした方がいい場合に、西川先生に報告して、ブログにリンクを貼ってもらう。なんていうのはどうでしょう。「ここに困っている同志がいます。みんなでごちゃごちゃやりましょう。http://manabiaiほにゃらら」みたいな。

このブロググループにいらっしゃる方には、西川先生のブログを見ている人が多くいると思います。リンク先に行って、悩みを共有し、何かアドバイスがあれば、または共感できる何かがあれば、書き残していく。

なら、実現可能かと思われます。


2つ目の要望は、西川先生がブロググループで誰か困っている人を見つけてしまった場合は、西川先生が直接メールしたり、コメントするのであれば、可視化もしていただきたいということです。

具体的な方法は上記と同じでいいかと思います。


3つめの要望は、何か『学び合い』についての問題提起を起こした人がいた場合、西川先生とメールやブロググループ内のブログコメント欄での個人対決にならないようにしてもらいたいということです。

具体的な方法としては、西川先生がブロググループで『学び合い』についての問題提起を見つけてしまったり、またはメールで問題提起された時に(今回の私の場合はこれに含まれます)、メールやその人のブログコメント欄でのやりとりは最小限にし、特に「教えて下さい」の部分はその人に問うのではなく西川先生のブログ上でみんなに質問していただきたいと思います。



1つ目の要望については。

sakana10さんのコメ返にも書いたのですが、悩んでいるのにスルーされてしまうブログもたまに見かけて。でも、私ではうまく声をかけられなかったり、いい案が思いつかなかったり。ということもあり。

また、私が悩んでいる時にも、相手の都合を考えるとなかなか個人に相談しにくかったり。でもブログに書いても、その存在を知られることが少なかったり。

ということもあり。

更に、西川先生は「職場で」と言うけれど、職場にだって、自分にとっての最適解を持っている人がいるかどうかわからないし。(去年のうちの職場は、子育て中のお母さん先生はめちゃくちゃ少なくて。今年は異動で増えたので、今年両立関係で悩むことは無さそうです。という職場事情とかもあるし。)

ブロググループにも、ごちゃごちゃできる場があっていいと思うんです。

状況によってはSkype、チャット、など色々手段はあるだろうけど、相手の状況とか色々考えて方法を選べばいいのであって。


2つめの要望は。

困っている時に、西川先生からコメントやメールをいただくのは、とてもありがたいけど、私の場合は、解決やエネルギー充電には結びつかなくて…。心遣いは嬉しいし、お忙しいのに申し訳ないと思いますが。

もちろん、西川先生のアドバイスをありがたく感じる方はいらっしゃると思うので、+可視化という方向で。

教室でも、「仲間からの声かけ」はかなり有効に働きます。

ちなみに私は、困っている時に西川先生にメールで相談することはもう無いと思います。状況を説明しているだけでエネルギーが無くなってしまうし(前任校で『学び合い』を続けられなくなった時の状況説明のメール、打つのが辛かったです。)、異動先の多忙さに押しつぶされ、エネルギーの維持が難しいと訴えていたiku-nakaさんと西川先生との議論を私は見ているので。



3つめの要望については。

西川先生の議論は、同志に向けてではなく、外に向かって発揮していただきたいところです。

西川先生とのメールのやりとりは、ものすごーーーーーーーーくエネルギーを使います。

西川先生の貴重な時間を使わせてしまって申し訳ないとは思いつつ、PCの前では「あー、もうめんどくせー。ちゃんと読んでよー。ここにこう書いてあるじゃん。そんなこと言われたって、私には無理なんだって!!!!」とか、悪態をつく私…。

西川先生には申し訳ないのですが、Twitterで知らない人に絡まれた時の対応や、迷惑電話に対応するのと同じ種類のエネルギーを使います。

普段から「メールの返事は迅速に」をブログにupし、多忙の中で、返信してくださっている西川先生に「返信はいつになってもかまわないので」と言われても、やっぱり迅速に返さなきゃいけないと思ってしまうプレッシャー。一人での闘い。「教えて下さい」に応えれば応えるほど、最初に自分が言いたかったことからどんどん離れていく感覚。

先生に、学級のシステムについて提案しに行ったら、難しいことを言われ、煙に巻かれつつ、結局指導を受けてしまった生徒の気分です。

あれ?私、何か悪いことをしたっけ??

学級のできる子や、そこそこ周りを見ている子が、このままじゃいけないと思って色々考えて、先生に提案しても、指導を受けちゃうブロググループ…。

(繰り返し言いますが、西川先生の立ち振る舞いにかかわらず、受け取る側としては、やっぱり西川先生は「先生」と同じ立ち位置にいるんです。)

という状況を変えたくての、要望です。

別に西川先生の事が嫌いなわけでも、西川先生がダメだと言っているわけでもないんです。ただ、ブロググループの中で困っていると意思表示したり、問題提起をしたりする人たちにとって、もうちょっとブロググループがうまく働くように、西川先生がとっている行動の中で変えていただきたいところを変えていただきたいだけなんです。


っていうのを、メールで西川先生に送信すると、またエネルギーを消耗しそうなのでブログにupしました。

scorpion1104scorpion11042012/05/06 16:52今、冷凍用の新にんにくの皮をむきながらなっつさんのブログのことを考えていました。ふと既婚女性の場合、家事と育児(子どもがいれば)と仕事の両立?が大きな悩みの比重を閉めていると思いました。男性の方々で家事、育児、仕事の両立で悩んでいますという話は、職場でも雑誌でも友だちにもほとんど聞いたことがありません。女性は、それぞれの家事も育児も仕事も自分を主軸に考えて動いていると思います。それで、自分の責任を非常に重く感じます。苦しいです。時間は無限にはないことですし。子どもは母親を小さいときは必要とする場合が多いので、さらに自分が何とかしなければと日々悶々とします。限られたエネルギーを最優先で必要な所に効果的にどこにエネルギーを使うべきなのかを私も日々模索しています。男性と女性、どちらもが家事と仕事の両立で支え合っていますという言葉が普通になったときに女性の悩みって軽減するのかなと思います。その中で時間を有効に使える悩みの可視化はありがたいことだと思いました。長々とすみません。

ogymogym2012/05/07 22:15「仕切りなおし」と「エネルギー」になるほどと思いました。『学び合い』を『学び合える』よう自分も考えたいと思いました。

mana-mama5mana-mama52012/05/08 22:51東大とハーバードの違いは異なる考えをもった人々がゴチャゴチャ話し合える場があるかないかだと誰かが言ってたな…誰だったか忘れたけど、多様な視点をもった方が良いことは間違いないですよね。

a-peanuta-peanut2012/05/11 23:27コメントをくださった方々、ありがとうございます。
反応してくださったことが、とても嬉しいです。
この流れの続きについては、次の記事にupします。