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なっつの学校と育児生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

北海道の中学校で数学を担当しているなっつといいます。 連絡はこちらへ。(すぐは返信できないかもしれません。) apeanut_not_peanuts@yahoo.co.jp (@を半角@に変えてください)

『学び合い』について興味を持った方は、サイドのリンク集からそれぞれの資料へどうぞ。
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2011-02-26

次回の「子どもの姿を語る会」 00:45

次は3月26日の夜18:30~の予定です。

今回は、食事会。

また詳しいことが決まったら報告します。

参加希望されるかたは、日程あけておいてくださいね。

[]反省と分析。 00:28

今回私が学んだ、非常に大きなこと。

いっつも研究協議の際に発言を求められた時など、非常に感じ悪く発言してしまう私。

なんとか良いところを探して言おうと思うんだけど、うまいこと言えない。

なんでかなー。と思って、治したいなー。と思っていたのですが。


理由がわかりました。

ストレスに耐えきれなくなっちゃっていたんです。


私は、人の話を黙って聞くのが大嫌いです。

そして、時間のムダに非常に弱い。


従来型の効率の悪い授業を1時間も参観して(というか、どれだけ自分から参観したいと思った授業であっても、途中から参観させられている気持ちになってしまう。時間の流れが苦痛で。)、かなり機嫌の悪くなったところで発言を求められているんですね。

それに気づいていなかったから、気持ちの切り替えができずに、発言まで感じ悪くなってしまっていた。


今回の研究協議も、感じ悪くならないようにしようと思っているのに、結局やっぱり感じ悪くなっちゃう私。


でも、原因がわかったからまだなんとかできる??

次こそは。

[]平成23年2月21日(月) 江別第一中学校「学びの共同体」研究発表参加 00:22

平成23年2月21日(月)に、江別第一中学校の、「学びの共同体」の研究発表に参加してきました。

学びの共同体について、『学び合い』ブログの中で色々話題にあがっているけれど、実際のところはよくわからなくて。

一応事前学習として、ツイッターで紹介してもらった以下の本を読んで。


本を読んだり、研究発表を見たりして私が読み取ったことをまとめたいと思います。


○「学びの共同体」は、学校改革をするためのシステムであり、『学び合い』に取り組むよりもとっつきやすい。。

学び合い』をやっていて感じるのは、個人として取り組む難しさ。

「学びの共同体」は、学校全体で取り組むシステムになっているので、授業改善に意識が向きやすく、とっつきやすい。

 『学び合い』に全校で取り組む、というよりも、「学びの共同体」の方が取り組みやすいと私が感じる理由はなぜか。と考えると。

 教員は、なんだかんだ言って学校システムにマッチしてきた人が多いです。学校で真面目に先生の言うことを聞いてきた結果、今それなりの生活を送っていると実感している人が多いです。

 なので、「学びの共同体」という学校改革のシステムを与えられて、それに真面目に取り組む方が、『学び合い』で、自分のあり方について考えていくよりも取り組みやすいのだと思います。


○学びのデザインとしては、従来型<「学びの共同体」<『学び合い

 従来型の、教師が(そんなつもりでなくても)一方的に話してしまっている授業よりは、交流の時間が若干でも保証されているぶん学びやすいかな?と思いました。

 でも、思考の途中でぶつ切りにされたり、与えられた時間内で理解できなかったら結局全体で確認して終わりにされてしまうところ、教師の手による学びをつなげることの難しさ、そしてこぼれてしまったら結局学びは深まらない・・・などを見ると、やっぱり『学び合い』の方が学べているなぁというのが実感です。

 学びの共同体の授業も、『学び合い』も、狙っている子どもの姿はたぶん対して変わらないけれど、共同体の方が無駄が多いと感じました。

 1点。 「学びの共同体」づくりに取り組んでいらっしゃる元富士市立岳陽中学校長の佐藤雅彰先生がおっしゃったことがひっかかります。

 グループ間の交流を作ると収集つかなくなって大変なことになるので、学びはグループ内、そしてグループ内で解決できなかったら先生がなんとかするべきである。

 ・・・ここが根本的に『学び合い』の子ども観と違うなぁと思いました。


○研究協議のあり方

 子どもの姿だけ徹底的に見て、そこから学ぶ。

 授業者のやっていることにはあまり注目せず、子ども同士の「つなぎ」や、学ぶ対象への「もどし」のみについて話す。

 という授業の参観の仕方、研究協議の仕方はかなりいいなぁと思いました。

 従来の参観・研究協議のあり方って、授業の間はまるで自分がその授業を受けている生徒かのように教師の言動をチェックしたり動作をチェックしたりだし、研究協議も、謝辞を言いつつも授業者に対するツッコミばっかりだったりするので。建設的だなぁと思いました。


○実際、「学びの共同体」はできるのか??

 江別第一中学校は実践2年目らしいです。

 公開授業を見た感じだと、本に書いてあるのと狙っているところが違うなぁと思いました。

 共同体だったら、たぶんここはこんな風に持っていくだろうなぁと思うレベルよりも、もっと従来型チックというか。

 それだったら、共同体というよりも単なる4人グループ学習?とか。

 研究協議で佐藤雅彰先生の指摘が入るかなぁ・・?と思ったら、やっぱり入りました。

 『学び合い』が腑に落ちるほどの難しさではないにしても、「学びの共同体」の理念、狙っているところが腑に落ちるのは難しいのかなぁ。でも、成功校もあるんですよね。本の情報が正しいとすると。

 ただ形を整えてマネすればいいってもんじゃなさそうです。

 介入の仕方とか、『学び合い』から考えると難しそうだなぁって思いました。

 成り立たせるのは名人芸並みの力が必要だという話を聞いたことがありますが、納得。


○以下、今回学んだこと

国語は、自分の考えを持つのに、教科書と対話する時間があってもいい。数学はわからなかったら何分待ってもわからないんだから、その時間を取らなくてもいい。

・ききあうことを大切にし、聞き合うことから表現を引き出す。聞いているだけでも、学び合い

・「あぁ」「なるほど」などのつぶやきが多ければ多いほど、学級の学びの姿勢が出来て居ている証拠。

・グループを暇にさせない。暇になる前にグループを解除する。

・発言を受けたら、他の人に振る。(ファシリテーションの感覚だなぁ。)

・共同体って、北海道でも徐々に広まりつつあるんだなぁということ。『学び合い』じゃなくてもいい。従来型があたりまえという概念が少しでも崩れればいいなぁと思う。

・研究協議の持ち方は、別に共同体でなくても使える。っていうか、これがスタンダードになってほしい。

ghjalghjal2011/02/26 02:57>学びのデザインとしては、従来型<「学びの共同体」<『学び合い』
これは私が考えている像とかなり似ています。でも、理念がどこを目指すのか。そこを見ると本質は違うのかも。でも、システムに乗っかって、理念を「みんなでみんなが」「子どもたちの力を信じる」に持っていくことはできないのか。
多分、相対する存在ではなく、共栄できる存在として、切磋琢磨していきたい。

a-peanuta-peanut2011/02/26 23:47>ジーンさん
その理念を持って何をしたいのかが違うのかなぁと思います。
『学び合い』は、何かをするための理念ではなく、ただただシンプルに考えていったら、授業のデザインも変わるんじゃない?っていう感じで、共同体は、あからさまに学校改革のための理念というか。
『学び合い』が、学校導入初期段階で共同体のシステムを使ったり、共同体が『学び合い』学校になったりするのはかなり可能性としてアリなんじゃないかなぁと思いました。
絶対、相対ではないと思います。