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なっつの学校と育児生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

北海道の中学校で数学を担当しているなっつといいます。 連絡はこちらへ。(すぐは返信できないかもしれません。) apeanut_not_peanuts@yahoo.co.jp (@を半角@に変えてください)

『学び合い』について興味を持った方は、サイドのリンク集からそれぞれの資料へどうぞ。
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2010-06-11

[]頼み方や質問のしかた 11:56

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/mana-mama5/20100610を拝読して。


「先生、教科書忘れました」

「そっか。で、どうする?」

と聞くと、生徒は一瞬止まります。

「じゃあ、隣の人に見せてもらいます」

「そっか、わかった。」

何を言ってもらいたかったの?


「先生、これ」(と言って、問題を指さす)

「これが何?」

「いや、だから、これ」(と言って、問題を指さす)

「うん。その問題が何?」

「あのね、こうやって解いて、いや、でもよくわかんない」

「だったら、ちゃんと『この問題わからないので教えてください』って言えばいいんじゃない?」


「先生、プリント忘れたのでください」

この言い方をされると、んっ?と思います。

私は、プリントを忘れた時に他の先生にもう1枚もらう時、

「申し訳ないんですけど、忘れてしまったのでもう1枚もらうことってできますか?」と聞きます。

この生徒の言い方だと、プリントを忘れたという落ち度についての言及も無く、しかももらえるのがあたりまえっていう偉そうな態度に感じます。もちろん、生徒にそんな気はありません。たぶん、今までそれで通ってきたから、同じように言っているだけだと思います。


と考えると。

小さな頃から、大人に対して、本当は無礼な言葉遣いで要求を通してきて、それと同じ言葉遣いで友達にも要求しているのでは?

と思います。

大人は、子どもの言いたいことを有る程度先読みして対応することができます。そして、自分より目下だと思っているので、有る程度無礼でも大して気にならないのかもしれません。

けれど、そのまま成長してしまったら、ものの頼み方もわからない大人になります。

それが、「新人類」と呼ばれてしまうような若者なんですよね。


そう考えると。

学び合い』は、ものの頼み方を学ぶ一番いい機会です。

対等の関係、直近の上下関係だと、無礼な言葉遣いで要求されるとむかっとします。

目標を達成するためには、どんな言葉使いで頼むのが一番有効か。

無駄に相手を嫌な気持ちにさせるのは、得策とは言えません。


ということを、つらつらと考えました。

ghjalghjal2010/06/11 21:18>『学び合い』は、ものの頼み方を学ぶ一番いい機会
普段のものの頼み方について、同じように感じていただけに、そうか、『学び合い』で学んでいけばいいだけなんだ。そう気付かされました。ありがとうございます。

a-peanuta-peanut2010/06/11 21:44>ジーンさん
『学び合い』の教育観は、子どもが大人になるためのものですものね。
「新人類」なんて呼ばれる常識知らずな大人じゃなくて、ちゃんとした大人になるために、授業時間が使われていると考えると、とってもしっくりきました。

mitaka2mitaka22010/06/12 06:29算数の少人数指導。他のクラスの子が教科書を忘ました。
で、「先生、教科書を忘れました」と言いに来ました。
ここまではよくある光景ですが、その手には教科書をそっくり手書きコピーしたものが!!
「教科書を忘れたので、これ作ってきたんですけど使っていいですか?」
って、あれだけの細かい手書き教科書を作っておいて、使って良いかという許可をもらいにくることがなんだかなあ、と。
しかし、まあ、びっくりの手書きコピー教科書でした。

a-peanuta-peanut2010/06/12 15:22>mitaka2さん
すごい!!
手書きコピーとは、やりますね~。
しかも、その手書きコピー作る過程で、予習も終わっていそうですね(笑)
素敵な教科書忘れの対策です。

mana-mama5mana-mama52010/06/12 23:37>『学び合い』は、ものの頼み方を学ぶ一番いい機会
今は村の祭りも、助け合って農作業をする機会も、ガキ大将を中心に秘密基地で遊ぶことも、そして育成会さえも消えつつあり、多様な人とかかわれる機会が社会人になるまでの間になくなって、大人になっていきなり襲い掛かる多様な人間に恐れおののいてしまう人が増えているように思います。30代で身体に特に問題のないホームレスの男性が人間が壁なんだと言っていました。教科の学習は家でも塾でもできますが、人との関わりを学べるのは学校でしかできなくなってきています。そのことこそが子どもを大人にするためには大事なんだと気づいてくれる先生が増えることを願います

a-peanuta-peanut2010/06/14 10:02>mana-mama5
ヘタしたら、「人に頼ると自分で行動する力がつかないから、なるべく個人行動させましょう」なんて理論がまかり通るのが学校です。
一人で何でもできる大人なんて、一体どれだけいるのでしょうね。
人との関わりの中で学べるものを学び、大人になっていけるような場所にしていきたいです。
もっと仲間を増やしたいです。

笹木 陽一笹木 陽一2010/06/19 13:48西川先生の「『学びあい』の勧め」p.68に、以下のような記述があります。少し長いですが、今回の記事に関連するかと思いましたので引用させていただきます。
(以下引用)

池田修さんの「教師になるということ」という本に、『教師を目指す理由の一つに、「子どもが好きだから」というものが良くあります。私も教師になるときは、子どもが好きなのではないかと思っていました。ですが、教師になってみて思ったのは、(私が好きなのは子どもではなく、子どもを
大人に育てるのが好きなのだ)ということでした。子どもが好きだから教師になるというのは、ま、正しいのでしょうけど、それだけでは駄目なよ
うな気もしています。子どもが好きな教師は、子どもを子どものままにしてしまいがちです。子どもの良さを受け入れつつ、子どもを大人に育てる仕事に就きたいと思える人が教師になるのが良いのではないでしょうか。』という文章があります。実は、これは保護者の方にも通じることだと思います。即ち、我が子が好きだからだけでは、子どもを子どものままにしてしまいます。そして、自分が家でやっているように、何から何までやってくれる教師を望んでしまいます。そうすれば家でも学校でも、子どもは子どものままになってしまいます。しかし、我が子の可愛さを愛しつつも、我が子が自分の手を離れることを望む親にならなければならないと思います。そして学校の教師の庇護を望みつつも、教師の手を離れる子どもに育つ教育を望むべきでしょう。

上記の記述に納得する人は、きっとたくさんいるはずです。「もっと仲間を増やしたい」思いを共有する者として、慌てず・騒がず・坦々と、学び合う学校づくりを進めたいものです。

6/27(日)の「子どもの姿を語る会」で、このあたりも語り合えるといいですね。では来週お会いできることを楽しみにしています。
長文コメント、失礼しました。

a-peanuta-peanut2010/06/22 20:50>笹木先生
コメント遅くなって申し訳ありません。
実は、この週末尿管結石で入院していました…。
週末の会には参加したいと思っていますが、体調と相談の状態です。

笹木先生のコメントと、同じような内容を、最近読んだ本「子どもに勉強を教えるな」横峯吉文 で読みました。
私自身、昔から「子どもが好きだから教師になった」という志望理由にうさんくささを感じていた一人です。(でも、入り口はどうあれ、結果的にはしっかり教師としての役割を果たしている方もいるということも知っていますが。)
27日に、ぜひ、お話しましょう!!
(それまでに体調が戻ることを祈りつつ…。)