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なっつの学校と育児生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

北海道の中学校で数学を担当しているなっつといいます。 連絡はこちらへ。(すぐは返信できないかもしれません。) apeanut_not_peanuts@yahoo.co.jp (@を半角@に変えてください)

『学び合い』について興味を持った方は、サイドのリンク集からそれぞれの資料へどうぞ。
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2017-07-17

[]1年以上ぶりだけど、セミナーに参加して、つらつら思ったこと。 18:03

私が教職を選んだきっかけは、「中学校の時のすてきな先生方みたいな先生がもっと増えたら、学校が楽しいのにな。…じゃあ、私が、そういう先生になれば、とりあえず1人増えるんじゃない!?」ということなのですが、その後高校や大学でいざ教職の道に進むかどうかというときに考えたのは、「今の世の中はどう考えてもおかしい。じゃあ、せめて私の関わった人たちが大人になったとき、いい大人になれば、少しは世の中変わるんじゃない?」ということです。


私は、ずっと、「今教えている子どもたちが、将来自分の仲間になってくれたらいいなぁ。」と思っています。

しつけなきゃいけない対象とか、教え導かなきゃいけない対象とか、自己実現のために素晴らしい存在になってもらう(←これ、いやだなぁ。)、とかじゃなくて、将来自分の仲間になって、同じ世の中で一緒に生活するかもしれない人のために、何か手助けできたらいいな、という感じ。


今でも、そこに至るためには、『学び合い』だなぁと思っています。


私が、子どもの学びやすさにこだわるのも、将来の仲間のためにできることをしたいと思っているからです。だって、同僚のためには、自分がいることでちょっとでも仕事が楽になればって思って行動するでしょう?子どもに対してだって、同じだと思うのですよ。でも、自分が倒れたら同僚にだって迷惑がかかる。同じように、子どもに対してだって、迷惑がかかる。から、自分の体と時間と相談して、できることはできるだけやる。できないことは、やらない。


そして、将来の仲間のためにできることっていうのは、将来どんな日本になっているかも含めて、どんな力があったら生きていけるかを考えること。そのために、「誰かとつながった経験」は、絶対大事だと思っている。

別に、義務教育9年間ずっと、全部じゃなくてもいい。今、私が関わっているこの期間だけでも、「誰かとつながった経験」があれば、そのあとの人生のどこかで思い出せれば、それでいい。

極上の1年間は麻薬になるから、プレゼントしたくない。(まぁ、自分の力量ではできないんだけど。)でも、私みたいなタイプの先生の元でも、自分たちでうまいことやったっていう経験は、絶対あったほうがいい。


いつまでも私のことを思い出して、私の学級で過ごしたことをなつかしみ、しがみつくような子どもには育ててはいけない。(そして、そこまでしがみつくような人にはなっていないと思う…。たぶん。)



っていうのは、誰もが持っている価値観では無いんだなぁっていうのを、改めて感じた、昨日1日でした。


昨日の1日で初めて知った知識なんてほとんど無いけど(本やFBや、本人から聞いたりして知っている話ばかりだし)、知識のために参加しているんじゃなくて。

「そうだよね」って感じることと、出会った人にアウトプットして再確認するということと、オフ会的に色々な人に会うことと、そして、あの会場で、あの雰囲気を味わうこと。が、今の私にとって、とっても必要だったんだなぁと思う。

私はいつも、セミナーでは空気感を味わい、自分の糧にしているような気がします。

そりゃあ、メモを取らないわけだ。

(知識なんて、忘れちゃったら笹木先生が覚えていてくれるから、大丈夫。なんて。)

2016-02-21

[]幸せイメージ 18:11

教員は、みんな、子どもが将来幸せに生きてくれることを願っている(はず。そう信じたい。)。

けど、それぞれの教員が前提としている「幸せイメージ」は、それぞれの教員の今までの人生で得てきた経験によって、全く違う。

どんな風に生きることが幸せであるかという定義が違う上で、教員は、意識的に、または無意識のうちに、自分の持つ「幸せイメージ」に子ども達がたどりつけるような実践を重ねる。


子どもが将来幸せに生きてくれることを願うことは共通認識のうちにあるとして。

だから、同じ「幸せイメージ」に基づいて話を進められると思ったら、そこにお互いのズレが生じる。


自分が、幸せのために絶対必要だと思っているものは、違う人の「幸せイメージ」の中では、子ども全員にとって絶対では無いかもしれない。「それもあるよね。」程度のものかもしれない。

と思って話さないと、ズレが生じる。


同じ「幸せイメージ」を持つ人と集い、語り合うのは、自分の「幸せイメージ」につながる実践を磨くためには必要なこと。自分の「幸せイメージ」につながるような実践を考える。実践に悩んだ時に、一番自分が附に落ちる話をしてくれるのは、同じ「幸せイメージ」を持つ人。全く違う「幸せイメージ」を持っている人にはわかってもらえない悩みであり、全く違う「幸せイメージ」を持つ人に相談しても、ピント外れのアドバイスをもらって困ってしまう場合が多い。


けれど、自分の実践から突き抜けるような何かを与えてくれるのは、同じ「幸せイメージ」を持つ人ではなく、似てるけど違う「幸せイメージ」を持つ人。自分に足りない所をつきつけてくれる。


ただし、自分に足りない所は、全ての子どもにとって本当に必要なのか?と問うことも大切。

自分の中に無いものを子ども達に伝えることはできない。

全ての足りない所を、自分のものにできるほど、人間はオールマイティーにはなれない。

足りないところを認めつつ、自分が一番得意とするフィールドで、子ども達が幸せな大人になれるように実践を磨く。


自分が、子ども達が幸せになるための絶対前提条件としている

ものは、自分の「幸せイメージ」や、自分の価値観という限定された部分における絶対前提条件なのではないか。ということに疑問を持ちつつ、それでも、自分の持っているものじゃないと子どもには伝えることができないので、自分が一番得意とするフィールドで実践する。

という立場をとって話を進めないと、相手の足りないところが気になりすぎて、自分のブレイクスルーに結びつかないんだろうなぁ。


ただ。

もうそろそろ、「上の立場の人が言うことに思考停止状態で従っていれば、出世して、幸せになれる」という、これからの日本の未来にはもう訪れそうもない「幸せイメージ」の強要とだけは、これからも闘っていかなきゃいけないんだろうな。どう考えても、それで幸せになれる時代は、もう、やってこない。そんな風に育てられてもブラック企業に使い捨てされるだけ。

iku-nakaiku-naka2016/02/23 20:55ご無沙汰です。そろそろ~っと戻って参りました(大汗)。
ぼちぼちやりたいと思います。また、よろしくお願いします(深々と礼)。

a-peanuta-peanut2016/02/27 00:00iku-nakaさん、お帰りなさい!!!!!!!
こちらこそ、よろしくお願いします!!

2015-11-01

[] 08:40

正月に投稿したっきり、放置しておりました。

今年度は、また、副担としてぼちぼち生きております。

Kbr>

そして、数学の授業の形態も少し変化しております。

(興味がある方は、レポートを送信しますので、メールしてください。PDFにしてupしてもいいんだけど。)

なかなか面白い日々を生きております。

細々と『学び合い』の端っこに存在しております。

[]比例の課題 08:40

今まで、比例で出す課題は、「比例定数とは何か、3人以上に説明しなさい」系のモノが多かったのですが。

今年は、「○○が比例ではないことがわかる人」→「全員わかるようにしてください」→「わかったことをノートにまとめてください」

のパターンでやってみました。


結果、比例についてわかったことを使って考えるので、比例の特徴を理解できているなぁと思いました。

「比例定数とは何か」を説明するのって、丸暗記でもできなくはないので、下位の生徒は丸暗記にはしることも多くて。

でも、「○○が比例ではないことがわかるようにする」だと、数学の理屈を使って説明できるようにならなきゃいけないから、丸暗記だと辛い。


っていう課題を今年はいろいろ考えて実践して、せっかくだからシェアできたらいいなぁと思っているのですが。

facebookだと流れていくし、検索できないし。

ブログも、「数学」「課題」で検索しても、余計なものまで拾っちゃうし。

学び合い』サークルだと、ファイルを作ってupしなくちゃいけないみたいだし。

学び合い』課題wikiは、投稿するのがややこしくて気持ち的なハードル高いし。(だからみんな更新しなくなっちゃったんだねぇ、たぶん。)

もっと手軽に放り込めるサイト、誰か作ってーーー。(自分ではそこまでの技術と根性はないのですよ。)

2015-01-02

[]新年の抱負というほどでもないけれど。 00:15

あけましておめでとうございます。

今年もこのブログはぼちぼち更新していきたいと思います。

10回も書けたらいいかなぁ。

ちなみに、twitterはたまにしか(しかもどうでもいいことしか)投稿していないけれど、Facebookは頻繁に投稿しています。ブログのみの交流で、Facebookをやっている方は、『学び合い』関係者の友達の中から私のtwitterアイコンを探してみてください。


さて。昨日気づいたのですが。

私が目指しているのは、強烈にひっぱるリーダーではなく、子育てをしているお母さんのように、子どもの後ろについていき、子どもが道を間違えそうになったら「そっちじゃないよ、こっちだよ」とただしてあげるような、そういう教員になりたいのでした。

(今まで、そこまで明確に言語化したことが無かったのですね。)


子どもの力を借りる。任せられるところはどんどん任せる。それで、子どもが成長していくのを待つ。

自分の力でなんとかしようとしない。子どもと一緒に考える。


子育てだって、お母さんだけががんばると子どもはいびつに育つと思うのです。子どもに指示するのではなく、子どもに色んなことを頼んで、お願いして、弱みも見せて、その中で子どもを育てたい。(弱みを見せてはいけないみたいな主張もあるけど、弱みを見せないことで現れる歪みが与える影響の方を私は避けたいと思う。)


ちなみに、今日は、晩ご飯の仕度をしていると、娘(今年小学生になります)が「(味噌汁に入れる)豆腐切らせて~」と台所に来たので、ついでに大根の皮むきといちょう切りをお願いしました。

こういうことを喜んで楽しみながらやっていると、料理ができるようになるんだなぁと思って見ています。

最近は、包丁を持っている時に目を光らせなくても、ちゃんと危なくないように扱うことができるようになってきました。最初は危なっかしい扱い方をしていたけれど、ちゃんと扱い方を理由付きで教えて、それでも危ない時は声を出して、ということを繰り返していたら、できるようになるんですね。

もちろん私も、娘が味噌汁の準備をしてくれている間に他のことができるので、とっても助かります。


お母さんだけががんばろうとするのって。

「料理をするのは私の仕事だから、とってもおいしいものを食べさせてあげよう」とすると、当然、子どもが来ても「お母さんに任せて。おいしいもの食べさせてあげるから」になるだろうし、お母さんの時間はどんどん減っていき、まぁ、お母さんは手際よくできるようになるだろうけど、大変だし子どもも料理ができるようにはならないよね…。っていうことなんですよね。


本当は、子どもが料理を手伝えるようになれば、子どもにも力がつくし、お母さんも楽になるのに。


ということで。

「子どもに色んなことをお願いしちゃって、子どもが成長するのを待つお母さん先生」への道を究めていきたいと思います。

[]親であるということは、子どもが主人公であるということ 00:35

Facebookで、という記事が流れてきて。

そして、子育てを大変だと感じる本当の理由という記事も見て。


自分のやりたいことややりたくないことをして、家庭に迷惑をかけることができる立場って、実は、すっごい贅沢なんだろうなぁと思うのです。

迷惑をかけても、家庭が回るという状況があるということなので。


もっと何かうまくまとめられそうな気がしたので途中まで書いてみたけど、なんだかまとめられないので、ここまでで終了。

思いついたら続きを書くかもしれません。

toukonyukitoukonyuki2015/01/28 05:39初めまして、toukonyukiと申します。子育てしながらの教員の道、どういう存在として子ども達の成長を応援していくかというところに共感しました。私は昔はカリスマわめざしていましたが、自分には無理があると思い、『学び合い』に巡り会いました。今後ともよろしくお願いいたします。

a-peanuta-peanut2015/08/08 14:12toukonyukiさん
遅くなってごめんなさい!
最近全然チェックしていないので、今気づきました。

改めて、初めまして。北海道で、長く細々と実践しているなっつです。
これからよろしくお願いします。

ちなみに、私は最近行動の場をfacebookにうつしています。もしfacebookのアカウントを持っていらっしゃったら、西川先生の友達の中から、私のアイコン(同じのを使っています。)を見つけていただければと思います。

2014-12-30

[]「冬ダボ」に参加して。 01:48

今年も、冬のダボハゼの会に参加してきました。

今回は、大雪の関係などなどなどなどで、実践レポートの発表はしなかったし、ほとんど発言もしていないけれど、色々な気づきがあって楽しい会でした。


今回は、「その教科のその単元で何を伝えるか」が今までで一番強く印象に残りました。私は、数学の何を伝えようとしているだろうか…。小学校の教科書も読んで、見通しを持った取り組みはしていると思うけど、うーん…。考えてみます。


多くが小学校の先生で、だから当然中学校とは見ているところが違ったりするわけで。でも、そういう視点も知らないと、中学校だけで完結したらダメだなぁと思っていつも参加しています。そして、小学校だったら、全ての教科で色々な力をつけられるけれど、中学校では自分の教科でそのバランスを取らなきゃいけないということを感じました。だからこその色々な教科での「言語活動」なんだろうなぁ。本当だったら、国語だけでなんとかできるんじゃないかと。


いつも思うけれど、こういう異種格闘技な学習会って、TOSSもいれば『学び合い』もいたり…という。そういうのが面白い。


簡単ですが、参加しての感想でした。

scorpion1104scorpion11042014/12/30 02:01異種格闘技な学習会って、どんな学習会なのでしょう。見てみたいです。

a-peanuta-peanut2014/12/30 02:14小学校の先生が多数派で、大学教授、高校教員、中学教員、教育委員会、フリースクール、などなど色んな人が集まり、実践交流をする会なのです。面白いですよ。