信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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全体ゼミは毎週月曜日18:00-19:30に行っています。
詳しくは,私たちの『学び合い』研究室をご覧ください。

2018-12-05   あと5回

[] 06:55    あと5回 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    あと5回 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

全体ゼミがあと残すところ

 5回しかなくなったと聞いて少しびっくりです。もうないのか,というのが正直な気持ちです。1年間はあっという間です。卒論発表会のリハーサル,臨床教科教育学会発表のリハーサル,B3のみなさんの卒論構想と考えるとあと実質2回しかないのですから,もうないのかという気持ちが真実味を帯びてきます。B4のみなさんが今年度の全体ゼミをどう締めくくってくれるのかわくわくしながら過ごすことにします。

今はとにかく,

 合同ゼミに向けた授業づくりに専念しています。一昨日の晩も,そのときの授業構想と課題づくりに時間を使いました。中3の月の満ち欠けです。次時を自転公転と時間についての課題づくりにするために本時をどうするかを考え,6つの課題を黒板に並べながらわいわいがやがやし,現職を迎えてどれですかと聞いてみて,さらに検討を続けます。最終的な結論は持ち越しです。B2のみなさんが授業者となる見込のようですが彼らから「一度模擬授業をさせてもらえますか」とアプローチがあって,にこにこ聞いています。期待してるよ。

2018-12-04   経験交換ケースの魅力

[] 14:14    経験交換ケースの魅力 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    経験交換ケースの魅力 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

一昨日のブログの内容を

 少し補足します。グループ学習による学び合い(≠『学び合い』の考え方)では強制ケース,安易合意ケース,無関心ケースの会話しか現れないことがよく知られてます。その学術的根拠は,「西川純:学び合う教室,東洋館出版社,pp.25-29,2000」に依ります。つまり,『学び合い』の考え方に立脚してない授業で話し合いの場面を設けたとしても,そこに現れる会話の中に経験交換ケースと称される会話は現れないのです。西川氏によれば,それは「特筆すべきこと」(西川2000,p.29)です。その意味では,『学び合い』の考え方に基づいた授業かそうでないかは,経験交換ケースの会話が現れるかどうかによって判断できると言えるのです。

ここで経験交換ケースの会話とは,

 いったいどのようなものなのかをおさらいします。「西川純:学び合いの仕組みと不思議,東洋館出版社,pp.46-47,2002」から一部引用します。

===(ここから引用)

強制ケース:お互いの「経験についての考え(知識)」を強制的に排除または無視する。断定的な発話の言い合いをする。

無関心ケース:課題と無関心な対話をしている。発話数が少ない。お互いの「経験についての考え(知識)」に関心がなく交流を深めない。

安易合意ケース:お互いに「経験についての考え(知識)」を述べるが交流が浅い。意見の対立を避け,どちらかが同調し安易に合意する。

経験交換ケース:お互いに「経験についての考え(知識)」を説明し合い,交流する。納得するまで対話しようとしている。

===(ここまで引用)

話を戻します。

 それでは,授業中に経験交換ケースの会話が1個現れたら,『学び合い』の考え方でおこなった授業に相当するのかということになります。2個現れたらどうか。3個なら?偶然に現れないとも限りません。揺らぎがありますから。そんなことならば,判断する上で,目安となる基準が必要なのではないかと考えます。そこで,一昨日のブログのような1単位時間に1人当たり0.3個の経験交換ケースの会話が現れる授業が,『学び合い』の考え方でおこなわれた授業であると判断できる一つの目安の要素になるという結論が導き出されるのです。40人学級ならば1単位時間に総数12個の経験交換ケースが表れます。

言い方を変えれば,

 仮にもし,『学び合い』の考え方など全く知らない教師がおこなった授業の中に,経験交換ケースのカテゴリーに分類される会話が,1単位時間に1人当たり0.3個以上出現したとしたら,それは図らずも『学び合い』の考え方でおこなわれたものだと判断する一つの目安になると言うことです。おそらく推察するに,そのような授業では,その教師は意図しようがしまいが,明確な目標を提示し,子どもたちを信じて任せておしゃべりを容認している授業であって,最後に目標達成したのかどうかを確認している授業であると言えます。

その教師は知らず知らずのうちに,

 20年後の子どもたちにとってはそれが幸せなのだと言うことを信じているか,図らずも結果的にそうなっているかいずれかなのだと思われます。その意味に於いては,『学び合い』の考え方と同等の授業,ないしはそれを越える授業が存在する可能性は十分にあり得ると言えます。

2018-12-03   ’もっと速く’

[] 07:14    ’もっと速く’ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    ’もっと速く’ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

先日の教職大学院の日の,

 院生の公開した中学校第3学年の理科の授業でのことです。その日の学習問題は,「もっと速く落とすにはどうしたら良いだろうか?」です。運動とエネルギーの単元で,自由落下の内容を学ぶ彼らが物体をもっと速く落下させるにはどうしたら良いかを探究する場面です。一般的に,直線上を運動する物体の速さを議論するときには,①移動距離を同じにしておいてその距離をどれだけの時間をかけて移動するかで判断するか,②移動時間を同じにしておいてその時間内にどれだけの距離を移動できるのかで判断するかのいずれかです。

その授業では,

 物体の質量の違い,空気抵抗の違い,物体の落下する高さの違いに着目して探究を始めました。私が見ていた4人グループの実験班は,高さに着目した実験を企画し学習問題の解明に挑戦していました。注目させられたのは,彼らの4人が一体化した議論の行方です。思わず,跪いて彼らの目線に合わせ,耳を彼らの口元に向けて顔を傾け,わずかな声量での会話を一言も聞き逃さないように工夫しました。それだけ彼らの議論の過程に,興味を呼び覚まされたからです。

一定距離間の

 落下時間を計測します。30cm,60cm,90cm,120cmの4条件です。いずれも質量はそろえてありますし,空気抵抗もそろえてあります。条件制御は完璧です。その結果から,各高さでの時間を比較します。’もっと速く’なっているのかどうかを。しばし,彼らの間の会話が途絶えます。結論が見いだせないからです。続いて,手計算で速さを求めます。各速さを求めます。その結果から,速さを比較します。’もっと速く’なっているのかどうかを。しばし,彼らの間の会話が途絶えます。’速さ’が速くなっているからです。

でも,それが学習問題の

 答えに結びつくのかどうかは疑問です。だから,会話が途絶えます。議論が続きます。4人で一つの答えを見いだそうともがいているようです。一人の子が発言すると他の子が続きます。他の子が続くとまた他の子が反応します。何回かの反応が見られても結論が出ません。最終的にこの4人の実験班の子どもたちがワークシートに書いた結論は「高さは速さに関係がない」です。試行錯誤しながらも,彼らが考え判断し,出した結論は立派なものです。目が離せない数十分でした。素晴らしい子どもたちが育っていることに目を細くします。

ただ,授業終了後に,

 私と実務家教員と,授業をした院生の3名で,’もっと速く’について相当なリフレクションをしたことは想像に難くありません。

2018-12-02   学術的に重要な定義

[] 06:44    学術的に重要な定義 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    学術的に重要な定義 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

今日は『学び合い』の考え方に基づいて行われる授業の

 操作的な定義の話題です。『学び合い』の考え方に基づいた授業を,定量的に定義することはなかなか難しいことです。査読を通らない元凶です。私が授業を見て,「これは王道の『学び合い』だ」とか,「これはなんちゃって『学び合い』だ」とか,「これは『学び合い』じゃない」とか,私にしか判断できないようですと,それは学術的になかなか高みには至りません。『学び合い』が考え方に基づいて実践される授業なので,定義はあります。しかし,それだけでは万人が見て判断できる授業にはなりません。

そこで,過去5年間の

 臨床教科教育学会に掲載された『学び合い』論文を検証してみました。そうしたところ,『学び合い』の考え方による授業で典型的に現れる経験交換ケースの出現割合が1単位時間一人当たりおよそ0.3会話という数値が導き出されました。この数値が多いか少ないかは今後の検証を待たなければなりませんが,査読を通った数値なので一つの目安にはなります。判断基準の一つ目は,1単位時間一人当たりの経験交換ケースの出現数が0.3会話を超えることです。

以前から2つの判断基準がありました。

 いずれも,教えてあげた人が誰か教えてくれた人がだれかを問うアンケート調査の結果から判断できる基準です。一つは関わり合いの数です。もう一つは,ゲートキーパーの出現率です。前者は,教えてあげたと言ってもらえない子ないしは教えてくれたと言ってもらえない子が一人もいない状況が生じることです。集団構成員のすべての人員がその構成員のだれかと教えたり教えられたりする会話関係を有していることを,『学び合い』の考え方に基づいて行われる授業であると判断する基準のエビデンスとしています。

後者は,

 ゲートキーパー数が集団構成員の半数以上を占めることです。つまり,ゲートキーパー出現率が50%を超えることを,『学び合い』の考え方に基づいて行われる授業であると判断する基準のエビデンスとしています。以上のことから,『学び合い』の考え方に基づいて行われた授業かどうかを判断する基準は,現時点で次の3つを満たすことです。

①1単位時間一人当たりの経験交換ケースの出現数が0.3会話を超えること

②教えてあげたと言ってもらえない子ないしは教えてくれたと言ってもらえない子が一人もいない状況となること

③ゲートキーパー出現率が50%を超えること

2018-12-01   県内の『学び合い』学校

[] 06:58    県内の『学び合い』学校 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    県内の『学び合い』学校 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

かねてより楽しみしていた

 県内の『学び合い』学校に昨日おじゃましてきました。驚いたことに,そこで授業を公開してくれたのは,卒業生でした。それも私達の研究室ではないのですから驚きとともに嬉しさと感激ひとしおです。子どもたちとのやりとりがうまく,良い関係ができていることを知ることができます。目標達成までの導入が上手でできた人コーナーを使っていることと合わせて可視化がよくできていて,子どもたちに任せている様子が伝わってきます。子どもたちはと言えば,友だちを応援する子どもたちに育っていて,意味を考えることを促す友だちもいます。困っている人いませんかと自発的に声かけする子どもたちです。あれだけ友だちに気にかけてもらえるのは幸せです。加えて,『学び合い』の考え方による授業を受けた子どもたちの評価をエビデンスとして持っていて議論できています。恐れ入りました。

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