信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
いつでもメールください。メールのやりとりで『学び合い』の考え方を共有しましょう。
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研究室の全体ゼミは参観OKです。
全体ゼミは毎週月曜日18:00-19:30に行っています(前期は終了しました。次回は10月1日(月)からです)。
詳しくは,私たちの『学び合い』研究室をご覧ください。

2018-09-19   共に在る

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共に在る

 という目標を掲げているのが本学部附属長野小学校です。学校に行くたびに,授業を参観する度に,検討会をする度にこの言葉を見つめます。見つめるたびに,この授業は,この学校は,共に在る教育を実現できているだろうか,共に在る人材が育っているだろうか,と自らに問いかけます。その答えは,進学先の附属長野中学校の子どもたちに見つけられるのかもしれません。そう思って,長野中学校の子どもたちを見てみると,互いに折り合いを付けながら目標に向かう,ものの見事に共に在る子どもたちなのです。

その意味では,

 長野小学校の先生方が,日頃から共に在る教育を推し進めていることに他ならないものでしょう。それはヒドン・カリキュラムかもしれませんが,子どもたちは自らの資質として共に在ることのできる文脈を創り上げる能力を知らず知らずのうちに身に付けているのではないかと思うところです。この共に在る教育は,一人も見捨てない理念に基づく『学び合い』の考え方に相通じるところがあるように思えてなりません。だからこそ,この学校は魅力溢れているのです。

2018-09-18   運動会は『学び合い』の考え方で

[] 06:30    運動会は『学び合い』の考え方で - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    運動会は『学び合い』の考え方で - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

学校現場は運動会シーズンです。

 土曜日に予定していた運動会を月曜日に延期したところもあるようです。運動会だけでなく,遠足,登山,林間・臨海学校,キャンプ,屋外の課外活動等々は天気の変化には気を遣います。理科の野外観察もです。てるてる坊主を作るのもこのときでしょう。

学び合い』の考え方が

 部活動にたとえられることがあります。教科の『学び合い』の考え方に立脚した授業がどのような流れになるのかを知る上では,とても良い見本となるものだからです。これを見ると,『学び合い』の考え方に立脚した授業が部活動を指導するときと同じ要領で実施することができることがよく分かります。

このように,学校における教育活動の中には,

 子どもたち自身が自分たちで考えながら主体的,能動的に活動していて,その形態が『学び合い』の考え方に立脚した授業なのではないかと思えるものが数多くあります。特に,特別活動においてはその傾向が顕著です。

運動会もその一つです。

 我々が,運動会をどのように企画,運営し,子どもたちをどのように指導しているのかを認識し,意図的にその道筋を辿ることができれば,どのようにすれば『学び合い』の考え方による授業をより良く実践することができるのかを知ることができます。運動会のときにはどのような指導をするのかを,部活動のときと同じように振り返ってみると,次のようになります。

1)学級担任が運動会の目的・意義を語る。

2)運動会までの流れを説明し,運動会がいつあるかを語り,それに向けて自ら考え主体的に練習することを求める。

3)学級担任は全体を俯瞰しながら,クラスの子どもたちの練習の様子を掌握する。その日の練習の様子を見た上で,その日の最後にクラスの子どもたちに語ることを精選する。

4)練習終了時間にクラスの子どもたちが整列し,学級担任から指導を受ける。その時に,学級担任は短い言葉で,クラスをリードする2割の子どもたちの心にやる気を起こさせる言葉を語る。

いかがでしょうか。

 このように見てみると運動会も,部活動と同じ要領でできます。この要領で『学び合い』の考え方に立脚した授業に臨むことがポイントとなりそうです。

2018-09-17   特別支援教育実習

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本学部には,

 附属特別支援学校があります。小学部,中学部,高等部です。今,そこで特別支援教育実習が行われています。特別支援教育コースの学部4年生の皆さんだけでなく,他のコースの4年生の中で希望する皆さんが参加して連日頑張っています。ある学年のあるクラスの実習生の実践した共同参観授業を参観した時のことです。CT1名,ST2名です。一緒に参観していた学部の特別支援教育グループの教員が「あそこにいる二人の子どもたちは,この授業の間中,ずっとがんばっていましたね」と話してくれました。

私は専門外なので,

 よく分かりませんが,専門家の目にそのように写るのですから,間違いない事実です。そのことは,日頃からの当該校の先生方の指導の充実さを評価してくれていることでもある一方で,教育実習生の当該授業におけるその子どもたちへの支援のあり方の十分さを褒めてくれていることでもあるのでしょう。嬉しく思います。特別支援学校での教育実習を希望するのですから志を持ってのことを推察できます。先生方の日頃の教育活動への取組に敬意を表し,実習生たちが連日チームになって子どもたちのために力を尽くしてくれていることを讃えます。

2018-09-16   自分で考え判断してやってみる経験

[] 07:21    自分で考え判断してやってみる経験 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    自分で考え判断してやってみる経験 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

自分で考え判断してやってみる

 という活動を繰り返しやってきた子どもたちはいずれ自分で考え判断してやってみようとするでしょう。もちろん,その過程ではトライ・アンド・エラーしますからエラーも現れます。しかし,そのエラーが繰り返されることによってエラーをもたらした自分の考えと判断を,自分で修正できるようになります。それは決して自分以外の何者かから修正を強要された結果ではないでしょう。

そのこと自体が,

 その人のその後の人生を豊かにし幸せなものにしていくことは間違いありません。エラーをしたときに,自分でリフレクションをして自分の頭で考え判断したことのどこを修正しなければならないのかを自分で考え判断するからです。自分で考え判断したことが果たして人として正しかったのか,目標達成の上で効率的だったのか,チームとして貢献したのか等々,評価規準はそれぞれです。それが次の考え,判断,行動に汎用されるのです。

それがない場合にはどうなるでしょう。

 やってみることが自分で考え判断によるものではなく,周りの考え判断によるものであったとしたら。先生が考え判断したことを,ただやってみるだけであったとしたら。先生が考えやれと判断したことはやるでしょうが,先生が考えやれと判断されなかったことはやらないでしょう。先生がやれと判断されなかったことをやって,エラーを起こした場合には尚更です。

自分で考え判断しやってみて,

 エラーすることが許容されるときに,自分で考え判断しエラーしてみなければ,自分で考え判断しエラーしたときには取り返しが付かなくなっているかもしれません。それ以前に,自分で考えることがルールから逸脱している可能性も十分考えられます。たとえそれが逸脱していなかったとしても,判断に誤りが生じる可能性は生じます。自分で考え判断しやってみてエラーを起こす確率をゼロにすることは困難でしょうが,それを低減させることは十分可能です。それを繰り返す必要性は極めて高いと言えます。

2018-09-15   教員になりたいと思うようになった

[] 07:23    教員になりたいと思うようになった - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    教員になりたいと思うようになった - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

年々,

 教員になりたいという学生が減ってきていると言います。世の中の景気に左右されているともいいます。景気が良くなると教員希望が減るようです。本学部も例外ではありません。人口が減ってきているだけに絶対数が減ってきているのはある程度やむを得ないことかもしれません。心身を疲労させているにもかかわらず,それに見合う報酬が得られないという感覚に陥ってしまうことも遠因なのでしょうか。

教育実習が終わりました。

 教育実習を終えた学生の中には,教員になりたいと思うようになったという学生がいます。もともと先生になるつもりはなかったらしいのですが,4週間の教育実習を経験してみると先生という仕事に魅力を感じ始め,やってみようかなと思えるようになったとか。子どもたちが学生を変えてくれたのです。有り難いことです。一人でもこんな学生が現れてくれることを何より嬉しく思います。

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