信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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全体ゼミは2019年度から毎週月曜日18:30-19:30に行っています(本年度は終了しました。次回は4/8(月)です)。
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2019-01-09   鈍感さ

[] 07:11    鈍感さ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    鈍感さ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

大学出たての頃は,

 教育学部卒業でなかっただけに,教えるという行為を自ら獲得した知識技能相手に伝えることであるととらえていました。教育学部在籍ではない人間教職科目を受講しに行くと,「なぜ教員免許を取りに来るのか」と詰問された時代です。自らの知識技能をより多くより専門性に富むように努力したものです。知識技能がより多くなればなるほど,より専門性に富めば富むほど,上手に教えることができると信じていたものです。

学校現場に出てみると,

 それが機能しないことをたちまち知ることになります教授側と被教授側のズレが生じるからです。今なら分かりますが,当時はそんなことを知る術もなく,機能しなくなるとますます知識を多く専門性を磨いたものです。当然のことながら,空回りします。空回りすればするほど,さら知識を身に付けるべく専門性を磨くべく,必死になります必死になればなるほど焦ります悪循環です。

すべての子どもたちをなんとかしたいと思えば思うほど,

 教えることの難しさを痛感します。教えるということはどういうことなのか,実はこれがなかなか難しい。一人も見捨てることなく,すべての子どもたちになんとか分かってほしいと思えば思うほど,現実の壁にぶつかるからです。ある意味においては,それを感じない鈍感さが教師という職業柄においてはときとして自らの葛藤を和らげてくれる要素なのだと言えるのかもしれません。しかしそれでは,子どもたちは救われません。

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