信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
いつでもメールください。メールのやりとりで『学び合い』の考え方を共有しましょう。
メールアドレスは、misakiとshinshu-u.ac.jpを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。
研究室の全体ゼミは参観OKです。
全体ゼミは2019年度から毎週月曜日18:30-19:30に行っています。
詳しくは,私たちの『学び合い』研究室をご覧ください。

2017-03-31   始まった

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昨日から始まった新学期。

 昨日は3・4年ガイダンス,今日は2年ガイダンス。いずれも新しい学年です。新2年生ははじめて長野キャンパスに足を踏みいれて,はじめての教育学部での生活が始まります。週明けの4月3日(月)から教育学部専門科目の授業が始まります。4月にはいってすぐに授業開始ですから,慌ただしい日を過ごす事になります。親子連れだったり初々しい様子の学生のみなさんだったりキャンパス内はごった返しています。進級したみなさんとともに,平成29年度がスタートしました。

2017-03-30    今日から

[] 07:19     今日から - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク     今日から - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

本学部では今日から

 ガイダンスが始まります。今日から,実質的に新しいセメスターのスタートです。キャンパス内にまた元気な声が戻って来ます。新2年生が松本キャンパスからやってきて,初めての長野キャンパスでの生活を始めます。緊張と不安のときです。新年度のはじめはいつものことながら,新た名気持ちになり新しいみなさんを迎えて張り切ります。進級したみなさんの充実した学びを応援しています。

2017-03-27   嬉しい

[] 07:35    嬉しい - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    嬉しい - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

本学部では『学び合い』は圧倒的少数派です。

 『学び合い』をしているのは私たちの研究室だけです。『学び合い』をしているという表現で学習者自身に焦点を絞った研究をしているところがないという意味です。でも,知名度はなかなかのものですが。そのような中,先日,教科専門の方から,「○○先生(私ではありません)の言うことが本当なら,『学び合い』はすごいんですね。それなら,西川先生に会ってみたいです」と言われました。画期的なことです。今年で長野セミナーが11回目を迎えますが,長野セミナーに参加する教員は皆無に近い状況である中,そのような発言が現れるのですから嬉しいことです。10月21日には誘ってみることにします。

2017-03-26   予告

[][] 07:06    予告 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    予告 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

4月3日の本年度第1回の

 全体ゼミの予告です。年に1回だけ,指導教員が思いっきり語らせてもらう機会があります。それがこの初回です。90分をフルに使って,指導教員のしゃべり場と化します。今回語る内容は,新B4と新B3のための復習を兼ねて次の通り。

・『学び合い』と学び合いの目的と目標の違いは何か。

・『学び合い』と学び合いの理論の違いは何か。

・『学び合い』と学び合いの方法の違いは何か。

・『学び合い』と学び合いの会話レベルの決定的な違いは何か。

・『学び合い』と学び合いの教え手・学び手レベルの決定的な違いは何か。

・『学び合い』と学び合いの授業レベルでの現象論的な違いは何か。

・『学び合い』と学び合いのサンドイッチ構造に見られる主体的な違いは何か。

思いっきりしゃべりすぎでしょうか。90分で終わらないかもしれません。しかし,うちのB4レベルがこのくらいは知っておかないと,長野セミナーはおろか学会発表をしたときに,また『学び合い』と学び合いの違いを答えられず右往左往することが危惧されますから,90分をオーバーしてでも語らないと。

その一端は,

 『学び合い』の目的は何かと聞かれたら答えることは,

×学び合うこと

×教え合うこと

×関わり合うこと

×できた子ができない子に教えてあげること

×できない子が教えてもらうこと

学び合いではない理由がそこにある。

です。

2017-03-25   教育をつくるひと

[] 07:02    教育をつくるひと - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    教育をつくるひと - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

月刊誌教職課程の今月号の話題は

 「教育をつくるひとになれ」。第1部は教育の未来を占う,第2部は賢者は歴史から学べ,です。「児童中心主義の教育理論を構築し,進歩主義教育運動において指導的位置を占めるに至り,彼の教育観は戦後の日本の義務教育にも多大な影響を与えているとされる。」さて誰でしょう。他方,ピグマリオン効果,ハロー効果,ブーメラン効果,スリーパー効果,ゴーレム効果とカタカナが並びます。現実の学校現場に照らしながら,具体例を挙げていくと理解が促されるかもしれません。

2017-03-24   「学び合いしましょう」は必要ありません

[] 06:39    「学び合いしましょう」は必要ありません - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    「学び合いしましょう」は必要ありません - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

学び合い』の誤解は

 『学び合い』が学び合いだということです。『学び合い』では,「学び合いましょう」という声かけは一切しません。授業では「学び合いなさい、学び合いましょう,教えてあげなさい、教えてあげましょう,教えてもらいなさい、教え合いなさい、教えてあげましょう」等々は全く登場しません。皆無です。学び合うかどうか、教えてあげるかどうか、教えてもらうかどうかは,教師が決めることではなく,子どもたち自身が決めることだからです。だからこそ,授業では「学び合いましょう」ではなく,「みんなが目標達成できるようにやってみなはれ」なのです。みんなが目標達成するためには,何が必要か,自分には何ができるのかを自分で考え,みんなで考え,最善と思うことを判断して実行してみるだけです。それがうまくいったかどうかは,全員が目標達成したかどうかに如実に表れます。だからこそ,リフレクションするのです。そしてまた考えます。誰が?そう,子どもたち自身が,です。教師が考えるのではありません。子どもたちがどうしたら全員の目標達成が果たせるのかを考えるのです。教師の指示を待つのではありません。だからこそ,リフレクションが必要なのです。絶対に必要なのです。その繰り返しです。それが,『学び合い』。だから,『学び合い』に「学び合いしましょう」は必要ありません。

2017-03-23   長野県の異動

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長野県の異動情報が

 一昨日県教委のHPで公開されました。それによると,新規採用の内訳が(1)小学校教諭150(168),(2)中学校教諭100(110),(3)特別支援学校教諭45(41)となっています。数字は人数,かっこ内は昨年度の人数です。これを見る限り,昨年度に比較して小中では微減となっています。厳しい採用状況であったことが推測できます。採用に至った優秀な人材が4月から学校現場で活躍してくれることを期待しています。採用欄にOBの名前もあり,嬉しい情報と併せて一人喜んでいます。おめでとうございました。

2017-03-22   1年間あっぱれ!

[] 07:49    1年間あっぱれ! - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    1年間あっぱれ! - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

1年間という時間は

 健康で過ごしてみるとよく分かりますが,あっという間に過ぎ去ります。えっ,もう1年経ったのか,と。改めて考えてみるとそんなふうにとらえることができることは幸せなことです。もう1年経ったのかと思うことができることを考えると,1年間でできることは限られます。よほど月ごとの目標をしっかり立てて突き進まなければ,1年間などあっという間です。学部4年生は卒論に費やすことのできる時間が1年間しかないので,1年間が勝負ですがやはりあっという間です。うちの研究室の学部4年生は調査する単位時間を10単位時間に限定しています。あっという間の1年間で分析する時間に限度があるからです。もちろん,限度を超えてもいっこうに差し支えないのですが,かつてそんなB4はいませんでした。あっ,一人いましたが,そのB4は大学院に進学して三崎研に所属して論文にして今,県内で西川研OBとともに『学び合い』してます。

ですから,あっという間の限られた1年間で

 論文を1報投稿することは実に大変なことです。ここで言う”投稿する”というのは,どこでも良いから査読なしのところに投稿するだけの論文ではなく,査読付きの学会に投稿し,その査読を通って論文誌に掲載される,という意味です。先日も書きました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170318)が投稿後には査読者からの鋭い指摘が待っていて落ち込むものですからそれに対応するような修正を加えて査読に通る論文を仕上げるのは1報と言えども大変な心労と苦痛を伴います。論文を1報仕上げて投稿するだけなら誰でもできることですが,査読に通るのは誰でもできることではありません。だから,査読の必要ない会誌に投稿してめでたしになることがあるのです。投稿さえもせずに終わったりすることも普通の世界です。

そのあっという間に終わってしまう1年間という短い期間の中で,

 論文2報をまとめあげた御仁がいます。論文を投稿することは誰にでもできますが,それは1報の話です。しかも,時間の制約なしのことです。1年間という時間制限があるとなると,話が違います。それも覚悟を決めて,査読付きのところに。1年間という短い(!)期間に,企画,調査,分析,まとめまで,その論文1報を投稿すること自体がなかなかできることではありません。2年間かけてやっているのに投稿まで至らない人がいる中で,実際に挑戦してみるとよく分かりますが,1年間で結果を出すことを求められるというのは相当な重圧です。査読結果はこれからですから喜ぶのは早過ぎるでしょうが,それを当たり前のようにして成し遂げてしまうのですから凄いことです。1年間で2報をまとめる,うーんそこまでやったのか,という思いです。1年間あっぱれ!

2017-03-21   感謝

[] 06:53    感謝 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    感謝 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

先日,一般社団法人日本理科教育学会の

 第3回理事会があり,昨年の全国大会の報告をさせていただき,了承を得ました。3年半前からの取組がようやくすべて終わりました。リフレクションすれば,責任者として全期間を健康で乗り切ることができたことが何よりというのが正直なところです。お引き受けした3年半前には「手伝ってくれる人はいるのか?」と問い合わせがあったのですから。もう一度という話をいただいたら塾考しなければなりません。一人では成し遂げることができなかった大行事ですから,ご協力くださった大勢の皆様に本当に感謝しています。期間中,何度も支えられていることを実感することがありました。改めて感謝です。これからの責務は受けたご厚志をどこかで何らかの形で必ずお返しすることだと思っています。

2017-03-20   1+1はいくつですか?

[] 07:17    1+1はいくつですか? - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    1+1はいくつですか? - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

4日前,入試改革について

 記しました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170316)。分かりやすい人にとっては分かりやすいでしょうが,わかりにくい人にとってはわかりにくいかもしれませんが一例を挙げてもう一度説明します。たとえば,「1+1はいくつですか?」と受験生に尋ねたとします。おそらく,受験生は「2です」と答えるでしょう。それでは続いて,「なぜ,2になるのですか?その理由を説明してください」と尋ねます。おそらく,99%の受験生は「分かりません」「答えしか覚えてきていません」と返答するでしょう。繰り返しますが,高校側は「なぜ,こんなに優秀な子(1+1が2であることを即答できるほど優秀な子)が合格できないのか」と考えるでしょうが,答えだけ覚えていてなぜその答えが導き出せるのか答えられない受験生はアウトだということです。

1+1=2も間違いではありません。

 ただ,それが正解になるのは小学校の段階です。小学校の段階とは言っても,高3の段階で1+1がなぜ2になるのか説明できなければアウトです。一方で,1+1=20も正解だと考えるのが数学です。なぜ,1+1=20になるのか,数学を学んだことのあるあなたも考えてみてください。他方,理科の場合,1+1=1になる場合もあれば,1+1=2になる場合もあれば,1+1=10000になる場合もあります。1+1がいくつかになるのかは自然の事物・現象に依るのです。理科教育コースを受験するからには,それだけの考えを及ばせてほしいことが求められます。ちなみに,理科の場合,ある自然の事物・現象の下で,1+1=1になる場合の加える数の「1」を誤差と呼びます。

もう一度,繰り返します。

 今,大学の入試は以前と変わっています。すべてとは言いませんが,ただ答えだけを覚えるだけだったり答えだけを出せるだけだったりしているようでは合格できない試験になっています。ただ答えだけを覚えている学生を求めているわけではありません。ただ答えだけを効率的に出せる学生を求めているわけではありません。一地方大学でさえ。そのことをどれだけの高校の教師が理解しているでしょうか。未だに偏差値だけを頼りにしているようでは今でも太刀打ちできないのですから,次の入試も太刀打ちできません。

2017-03-19   [大事なこと]主体的

[] 07:04    [大事なこと]主体的 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    [大事なこと]主体的 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

一昨日,jun24kawaさんが主体性について

 参考にしてもらえるとても良いことを「[大事なこと]主体的」として分かりやすく可視化していました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20170317)。読みましたか?共感できることでまさにその通りです。その点については,私はサンドイッチを例に説明しています。どちらが分かりやすいかは読者諸氏の理解が多様ですから,判断は読者諸氏に委ねます。

一般的にイメージするサンドイッチは

 ご存じの通り,2枚のパンの間にさまざまな具を挟みます。それをおいしく食べるわけです。このとき,2枚のパンは上のパンと下のパンとなります。具はその上のパンと下のパンの間に挟まれます。上のパンと下のパンは提供者(教師)が用意します。具も提供者(教師)がある程度は用意します。しかし,食べる人(学習者)が用意する場合もあります。そのこと自体は不思議ではありません。だって,食べるのは自分ですから,自分の食べたいもの,自分がおいしいと思うものを用意するのは当たり前だからです。食べたくないものは食べたくないです。自分が食べたいおいしいものは提供者が食べたいおいしいものとは限りません。だから,具は食べる人(学習者)が選ぶのが基本です。いわゆるファースト・フードの店に行ったとしても,パンと具の組み合わせが何種類かあって,食べる人が選択するのが一般的です。

この場合,パンは提供者(教師)が

 用意しますから,教師は主体的です。当たり前のことです。しかし,その当たり前のことができていない授業も散見されることも事実です。上のパンは目標(何ができればよいかを示すこと)に相当し,下のパンは評価とリフレクション(何ができるようになったかをみんなで確認し,みんなでリフレクションすること※教師がリフレクションすることではないですから勘違いしないこと)に相当します。上のパン(目標)だけ主体的に用意しているのに,それも本当に一生懸命に。にもかかわらず,下のパン(評価とリフレクション)を用意していない授業があまりにも多いことが懸念されます。上のパンだけ用意したらサンドイッチになると思っているのでしょうか。

上のパンを用意しても,

 つまりその授業で何ができるようになったらよいかを示していても,下のパンを用意しない,つまり何ができるようになったかを確かめていない上にみんなでリフレクションもしていない,そのような授業がどのような授業だとたとえられるかは言わずともよく知られています。『学び合い』というと,上のパンだけ,つまり目標だけ提示すればそれでよいと勘違いしている人が大勢いることは,『学び合い』が誤解される要因です。上のパンだけ用意することに主体的になっても,下のパンがなければサンドイッチにならないように,目標だけ提示しても評価とリフレクションがなければ,『学び合い』にならないのです。だからこそ『学び合い』を実践する教師は,上のパン,つまり目標を設定することに主体的になると同時に,下のパン,つまり評価とリフレクションにも主体的にならないとダメということです。

それに対して,

 上のパン(目標)と下のパン(評価とリフレクション)に挟まれる具は,学習者が目標達成に向かうときに学習者自身が学習者自身の判断によって選択するもの(人,教材,Web等のさまざまな情報)に相当します。それらは教師が準備はしますが,学習者が自分で考え,判断し,選択し,実際に行動するものです。どんなサンドイッチにするのかは食べる人,つまり学習者自身が自分で決めることだからです。それが最善の方法なのです。最善の方法を考えられるのは学習者です。卵サンドイッチにするのか,ハムサンドイッチにするのか,カツサンドかサバサンドか,はたまた野菜サンドか焼きそばサンドか,それは学習者が自分で選びます。具を選ぶときの学習者はまさに主体的です。換言すれば,主体的にならなければ,自分の食べたいおいしいサンドイッチなどできるわけありません。だからこそ,どんなサンドイッチにするのかにするために,上のパンと下のパンの間は,学習者の主体性発揮のときなのです。

したがって,『学び合い』の考え方による授業は

 サンドイッチと言われます。目標提示と評価につづいたリフレクションは教師が主体的になりますが,はいどうぞから評価の時刻までは学習者が主体的になるのです。こんな話をすると,「授業はサンドイッチ」の部分だけは頭に残りますが,『学び合い』の肝心要の理論の部分が頭に残らないかもしれません。自分が本当に理解できたかどうかは,今見ている文章を閉じて,だれかを見つけて,そう,家族でも友達でもかまいませんから,『学び合い』がなぜサンドイッチなのか説明してあげてみると良いでしょう。もちろん,何も見ずに何にも頼らずに,です。その相手に分かりやすく伝われば,あなたは『学び合い』の授業がサンドイッチにたとえられることが理解できているのですし,『学び合い』の理論の一端も理解できている何よりの証拠です。

最後に,ただ,『学び合い』の考え方が十分に

 学習者に伝わっていくと,高崎のA先生の授業のように上のパンも下のパンも学習者が選択する現象が起きます。しかし,勘違いしないように言っておきますが,よほどでなければそのような現象に出会うことはありません。『学び合い』さえやれば,誰でもすぐにそうなれると思ったら,大きな間違いです。少なくとも私のしている『学び合い』ライブ出前授業では叶いません。まずは上のパン(目標)と下のパン(評価とリフレクション)を教師が主体的に作ることです。その上で,間に挟む具をどのようにするかを食べる人(学習者)に任せることです。そこから,始めましょう。特に,『学び合い』初心者に繰り返して言いたいことは,『学び合い』教師が主体的になるときには下のパン(評価とリフレクション)を忘れないように,ということです。

2017-03-18   あっぱれ!

[] 07:16    あっぱれ! - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    あっぱれ! - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

調査をして論文を書いて

 仕上がると学会等に投稿します。そこまでは誰でもできることです。そう,投稿するだけなら誰でもできるのです。誰でも。しかし,そこから研究に向かう人間の本当の真価が問われます。その学会等からは投稿した論文の評価が下るからです。掲載不可とか修正の上掲載とか,いろいろです。そこからが勝負の分かれ目です。本当に力があるのか,そこそこの力しかなかったのか,が問われます。再投稿が促されたとしても,30項目に渡って修正依頼がびっしりあった場合には落ち込みます。まして,最良だと思って作った研究の手法や結果が否定的に評価されたら愕然とします。取り下げろと言わんばかりだからです。

ところが,真っ赤になって返ってきた

 査読結果を見ても動じず,常に前を向き,次に会うときには完璧に近い状況に書き換えてくる人がいます。見ためは飄々としていて,30項目の否定的修正依頼など全く意に介さないかのように見えてしまいます。この人の凄さは筆舌に尽くしがたいものがあります。七転び八起きとよく言ったものです。転んでも転んでもめげずに(めげているのかもしれませんが表情行動からは一切感じられません)立ち上がってくるから凄いことです。それもただ表面的に字面だけを修正してくるのではなく,あっと驚く根本的な修正が加わるから,うーんそうきたか思わされます。あっぱれ!

2017-03-17   画期的な授業

[] 07:08    画期的な授業 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    画期的な授業 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

人間の体のしくみとはたらきは

 実に合理的にかつ精巧に成り立っています。それは時に神秘的でもあります。どの部分をとっても典型的な事例になりますが,一例を挙げさせてもらえれば,腕の骨がそうです。ひじから手首までの骨のつくりと働きは見事です。肩から肘までの骨は1本ですが,肘から手首までの骨は2本です。橈骨(とうこつ:ひじと手首の間の骨のうち,親指側の骨)と尺骨(しゃっこつ:ひじと手首の間の骨のうち,小指側の骨)。小学校にある模型を動かしてみると,尺骨は固定されていて橈骨が動きます。しかし,橈骨は尺骨とX字を書くように交差するときに,尺骨がストッパーになって止まります。それが手首の回るはたらきをするのです。言葉で書くとよく分からないでしょうが,骨模型を使って動かしてみると,実によく分かります。

中学校の第2学年理科では,

 ヒトの骨のしくみとはたらきを学びますが,たいていが肩から肘までの骨を扱います。腕が前後に曲がる仕組みと働きを扱うのです。おそらく,あなたも模型を作って学んだのではないでしょうか。本学部附属松本中学校で,肘から手首までの骨のしくみとはたらきの授業が展開しています。生徒がその模型づくりをするのです。実際に見せてもらいましたが,精巧に作られていてびっくりです。自分の体のしくみとはたらきを学ぶことはなかなかできませんが,それをモデルにしてみるとなるほどそんなふうにできていたのかそんなはたらきがあったのかと改めて印象深く学ぶことができます。肩から肘までの骨が1本なのに,なぜ肘から手首までの骨が2本なのかが実によく理解できます。1本ではダメなんです,2本ないと手首が回りません。手首が回る,そのしくみとはたらきに挑戦した提案性のある画期的な授業でした。

2017-03-16   授業観の転換が必要

[] 08:09    授業観の転換が必要 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    授業観の転換が必要 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

我々が何かを主張したいとき,

 その根拠となるデータを使います。教育界の場合は,そのデータは間違いなく,子どもたちの生の声や保護者の声です。たとえて言えば,政権に対する世論調査のようです。我々の授業改善レベルで言えば,教材開発をして教材研究をしてどれだけ満足のいく教材が仕上がったとしても,それはそれ。その教材を使って授業をしてみたら,子どもたちの声がどうであったのか子どもたちの様態がどのように変容したのかをもって議論しなければ,「この教材は有効であった」と主張するにたりる根拠がないということです。子どもたちもときどきストライキやデモと思えるような抵抗を見せることがあります。往々にして,それは子どもたちの反社会的行動として受け止められがちですが,よく調べてみると教師側に問題があったということがある事例も散見されます。

昨日の国立青少年教育振興機構が公表したデータも

 その一例のように思えて仕方がありません(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170315)。国が教育改革を進める1つの根拠としたい実態が浮き彫りになっているからです。板書を写すといった昔ながらの授業で,生徒は受け身のままと聞けば,これからの日本の教育の進む道を示唆しているようです。板書を写すだけならタブレットがあれば教師は必要ありません。受け身のままなら,どこかの国・地域の主張に受け身のままの日本でしかないように心配してしまいます。最後には,だからこそ,教員の授業観の改善が必要だとまとめられています。今こそ,全国約69万人の教員の教育観の転換が必要なのです。

今,大学入試の改革が進んでいます。

 板書を写していて試験前だけ暗記する勉強しているだけでは大学入試を突破できない時代がすぐそこにきています。一地方大学でさえ。板書を写していて試験前だけ暗記して勉強する受験生では到底合格できない試験に変わりつつあります。変わりつつあるという表現は,すでに変わってきているということです。おそらく,一般の人にはわからないでしょうが,すでに本学の今の入試も考え方が変わってきています。

受験生は確かに知識はあるようです。

 答えを覚えてきているからです。しかし,「どうしてその答えが導き出せるの?」と聞くと99%の受験生が「わかりません」「答えしか覚えてきていません」と返答します。高校側は「なぜ,こんなに優秀な子が合格できないのか」と言われますが,答えだけ覚えてきていてなぜその答えが導き出せるのか答えられない受験生は合格には至らない時代です。そのことを高校側が理解していないということです。すでに大学入試の質が変わってきています。未だに偏差値だけを頼りにしているようでは太刀打ちできません。

2017-03-15   授業観の転換のとき

[] 06:45    授業観の転換のとき - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    授業観の転換のとき - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

国立青少年教育振興機構が

 先日,4カ国の調査結果を公表しました。それによると,ノートをよく取る生徒が80%近くの高率になり,試験前にまとめて勉強するいわゆるテスト勉強をする生徒は70%に及ぶとのこと。当該機構は「板書を写すといった昔ながらの授業で,生徒は受け身のままだ。生徒が課題を発見し。解決する取り組みを促すよう教員の授業観の改善が必要だ」と提言しています。学制以来の日本の学校教育の特徴と言えます。それはこれまで大いなる成果を上げてきていることは事実です。その教育によって,日本の中で学習内容が一様に教えられ,すべての人達に同じ教育が享受されてきたことによって一定の教育水準を維持することが可能となっています。お陰様で読み書き計算に不自由することはなくなっています。

ただ,成果を上げた

 これまでの教育は目指す国・地域があってそこに追いつけるように追い越せるように施されてきた側面があります。TIMSS,PISAの調査結果から判断すると,日本は既に世界のトップクラスの教育水準を維持している状況にあります。現状では,他の国・地域から目指される教育水準にあるわけです。日本は独自の教育を施しモデルを作っていくことによって,より一層の水準維持,発展を図っていかなければなりません。そのような状況下では,これまでのようなノートを写して試験前だけ一生懸命に暗記することによって評価される教育から脱却すべきときが来ていると言えるのです。まさに,教員の授業観の転換が求められているときです。

2017-03-14   卒業おめでとう

[] 06:48    卒業おめでとう - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    卒業おめでとう - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

3月半ばになり,

 B4の卒論関係の取組がすべて終わりました。投稿論文も仕上がりましたから,個人ゼミも終わりです。今年の3人も1年間本当によく頑張りました。高く評価しています。我々のような教育研究を知らない人間にとっては,調査期間がたった2週間とか3週間しかなくて残りの11ヶ月近く何をやっているのか,と思うでしょうし,実際詰め寄ってきます。知らない人間にはわかりませんが,わかってもらおうと思っても無理でしょうが,その11ヶ月の間に血のにじむような努力が待っています。指導教員にやんややんや言われながらも,よく踏ん張って最後まで成し遂げたことだと思います。それだけでも立派なことです。大いに褒め称えてあげます。卒論ポートフォリオも指導教員に渡り,あとはCDHDと紙媒体の調査用紙だけを手渡すだけになりました。それも終えたB4もいます。4月から学校現場に行ったら,子どもたちのために精一杯力を尽くしてください。真の『学び合い』と言わないまでも『学び合い』をしてくれたらもっと素敵です。卒業おめでとう!

2017-03-13   高大接続

[][] 07:09    高大接続 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    高大接続 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

高大接続が言われて久しい。

 平成26年12月には,新しい時代に相応しい高大接続の実現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について中教審が答申を出しています。「本答申は、教育改革における最大の課題でありながら実現が困難であった「高大接続」改革を、初めて現実のものにするための方策として、高等学校教育、大学教育及びそれらを接続する大学入学者選抜の抜本的な改革を提言する」とあります。いよいよ本気です。導出された各種教育改革は既にご存じの通りです。まさに最大の課題でありながら残されてきた改革に着手した画期的なものです。どの大学も手をこまねいていたわけではなく,それぞれ独自の取組を試みてきた経緯があります。本学でも1年次にリメディアル教育を継続的に実施し,高等学校における学びが大学で速やかに接続できるような取組を続けてきました。

それでも,教育学部で教員を目指す学生にとっては,

 理科は難関となる教科のようです。特に,高等学校で化学と生物を選択してきた学生にとっては,物理は未履修となり,たとえ小学校の教員を目指そうとしても小学校における理科の専門科目を学ぶことは至難のことのようです。まして高等学校で理科を選択しなかった学生にとっては推して知るべしです。理科教育コースの学生にとっても同じことが言えます。物理を選択してきた学生でさえ,大学での履修は努力を要します。高等学校で物理の試験を100点しか取ったことのないと話してくれる学生でさえ,大学の基礎的な物理を苦労するくらいですから。物理の単位取得に四苦八苦する姿は毎年恒例のことです。その意味では,学生にとって物理は永遠の課題かもしれません。教育改革における最大の課題であった高大接続改革が現実のものとなるよう願います。

2017-03-12   剥製

[] 08:02    剥製 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    剥製 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

剥製になる動物がいます。

 不幸にも交通事故等で命を落とした場合が多いことに依ります。それだけ,彼らの住処の隅々まで我々が道路を施設しているということかもしれません。北海道には,道路脇の標識にウサギ,シカ,ウマのマークがあります。JR北海道の列車や高速バスがエゾシカに衝突して,安全を確認できるまで運転を見合わせたこともしばしばです。アザラシが人間の置いていったプラスチックを飲み込んでしまう事例もあります。我々が彼らの生活領域に踏み込んでいるのか彼らが我々の生活領域に踏み込んできたのか。より良い共生のあり方を考えなければならないことを思わされます。

博物館等には

 各種剥製が展示されています。中でも,タヌキの場合,指定せずに剥製にしてもらうと自然体での剥製ではなく,釣り竿を持った様態での剥製に仕上がってくるのだそうです。自然体で剥製にしてほしい旨を伝える必要があるようです。内臓と骨を取り出して,綿等をつめて針金等で固定してガラス玉を入れて,フィールドにいる様子そのままで剥製になります。その様態は,まさに動きださんとしているばかりで,本物と見間違うほどの見事さです。夜に見たら,間違いなく驚きます。我々と動植物とがより良く共生し,小学校第6学年及び中学校第3学年で学ぶ食物連鎖のバランスが自然界で崩れないことを願うばかりです。

2017-03-11   OB

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この時期には卒業生と

 連絡を取ることがあります。『学び合い』であったり理科であったり,それは様々です。しかし,いずれの場合でも,卒業生の変わらぬ元気そうな声と1年間をのりきった充実感伝わる内容に触れるととても嬉しくなります。用件が一通り終わると、必ず聞くことは,前者の場合「『学び合い』はしてますか?」で,後者の場合「1年間どうでしたか?」です。ゼミ生OBは,本物の真の『学び合い』を知っているだけに「三崎先生の言う『学び合い』ではないですが...」と断りを入れた上で語ってくれます。「算数だけですけど,みんなができるように語ってます」とか「わからないことがあったら,お友だちに聞いていいんだよ」とか,嬉しい回答が返ってきます。大学院生でさえ,在学中や修了後に私から合格をもらえる『学び合い』の授業をすることは難しいのですから,まして学部卒で新卒1年目に管理職等に見守られた下での『学び合い』授業は難しいものです。よくやっていると褒めてあげられます。でも,もっと期待してるよ。

2017-03-10   卒論調査

[] 06:48    卒論調査 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    卒論調査 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

今,B3の卒論調査が

 進んでいます。卒論調査はおよそ3週間から1ヶ月に及びます。自分で学校現場に行って,実際の子どもたちの授業を参観しながらデータを取ってきます。データは子どもたちの生の行動と会話です。長野県は広いので,必ず,協力校がキャンパスの隣にあるとは限りません。かつては隣の学校で『学び合い』をしていましたがそれももう昔の話です。かれらにとっては,学校現場でデータを取るのが大変だと思っているでしょうが,実はそのあとの分析がもっと大変であることは、今は知りません。子どもたちの生の行動と会話に集中することが第一です。応援してます。調査実施に快諾してくださった校長先生に感謝です。

2017-03-09   期待してるよ

[] 06:52    期待してるよ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    期待してるよ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

「よし、やってやろうじゃないか??」

 と書いてありました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/iku-naka/20170307)から,やってくれることは間違いないでしょう。それなら,「よし,一緒にやってやろうじゃないか!!」という気持ちにもなりますね。この御仁がやるといったら,必ずやります。例外はありません。それもただやるのじゃなくて,ものすごい結果を出すからやるレベルが極上です。だからこそ,楽しみ百倍です。どんな結果を出してくれるか。それだけに,一緒にやるレベルのグレードをぐっと上げないとダメですね。だから,月1くらいのペースで一緒にやらないとダメかな。月1ペースだと教職大学院と同じペースです。隠れ教職大学院になるかもしれません。隠れ教職大学院なら隠れ教職大学院でもOKです。一緒にやってやろうじゃないかと思わせる魅力を持つ御仁です。隠れ教職大学院の三崎研が4月から始まります。「よし、やってやろうじゃないか??」に期待してるよ。いやいや,もっともっともっともっと,と期待してるよ。にこにこしながら。

2017-03-08   学校現場への貢献

[] 07:10    学校現場への貢献 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    学校現場への貢献 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

大学や大学院の研究は

 その成果がどのように社会に貢献するかが大きな話題となります。ジョブ型の大学が大きな割合を占めるようになり,それらの大学に求められるのはどれだけ社会に貢献しているのかの1点とは言いませんが,占有率の高さは言うに及びません。教員の業績評価の観点にも社会貢献度が他の観点と重み付けなく同等に加わっていることからも十分に推測できます。それは我々教員に限られることではなく,そこで学ぶ学生等にも及びます。大学や大学院で学んだこと,研究したことが社会にどれだけ貢献するのか。

研究したことが

 社会に出たときにキャリアとして十二分に生かされるとしたらそれほど幸せなことはありません。私が大学で研究したのは,二畳系~三畳系の堆積構造それに付随したコノドント化石による年代同定です。注力したのは前者でしたが注目されたのは後者でした。卒論題目は「新潟県北魚沼郡入広瀬村黒又川流域に分布する中・古生界の地質構造」。それが社会に出たとき,つまり学校現場にどれだけ貢献したのかとリフレクションすれば,今となっては間違いなく疑問符がつきます。

それじゃあ,大学院はどうだったのか。

 私が大学院で研究したのは,当時,認知心理学で明らかにされた認知スタイルを理科に応用して地層観察における着目傾向との関連を解明したものです。いわば,理科教育心理学の世界。修論題目は「認知型と地層観察の着目傾向に関する研究」。それが社会に出たとき,つまり学校現場にどれだけ貢献したのかとリフレクションすれば,個人として一定の成果を上げたと自負できます。ただ,それはあくまでも自分の域をでておらず,校内研究として地域,日本の学校教育への貢献度となると間違いなく疑問符がつきます。博士論文はその延長です。しかし,わずかなわき水がやがて大河に合流するごとく,その後『学び合い』に行き着いたと思えばこそ,学校現場への貢献度を口にすることができる程度であったと思うところです。理論と実践の往還と言いますが,研究が実践と直結することはなかなか難しいものです。一般論として,教育系の大学や大学院での研究成果が学校現場で生かされることは極めて難しいと言えます。教職大学院でさえ,個人レベルで終始することが多い。

ところが,大学で研究したことが

 そのまま学校現場に直結し,その貢献度は個人レベルどころか,学校はもちろん,市町村自治体をあげて縦しんば県の教育を変えんばかりの勢いで社会貢献しようとしている御仁がいます。大学での研究成果そのものを学校現場に持ち込んで,大学研究を学校全体での校内研究に当てはめることができ,学校現場でもそのまま大学での研究を継続でき,次の論文またその次の論文の構想までどんどんわき出てくる。そんな端から見ると羨む環境が待っている御仁です。大学や大学院での研究成果をそのまま社会に貢献できるのですから,素晴らしいことです。今後のますますの活躍が大いに期待されます。そう,期待してるよ。いやいや,もっともっともっともっと,と期待してるよ。

2017-03-07   素敵な一日

[] 07:10    素敵な一日 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    素敵な一日 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

学び合い』ライブ出前授業に

 行ってきました。研究生とともに。この研究生はやはり度肝を抜くくらいの完璧な真の『学び合い』の考え方による授業を実践できる凄い御仁だ。どんなクラスでもいつやってもどの学校でやってもどの校種でもどの学年でも,そうどんな単元でも全員目標達成をやってのけるのですから。依頼期間が長かろうが短かろうがおかまいなしです。頼まれてわずか2週間足らずなど,なんも関係なし。どこかの芸人のアクションのごとく。基本的に,社会科というのは私がやる分にも難しいものですが,当たり前のようになんなく全員の目標達成を果たすのですから,頭が下がりっぱなしです。うっとり惚れ惚れします。終わった後は「子どもたちが凄いんです」と,自らの力量はどこかに置いてきぼり。

たしかに素晴らしい子どもたちであることは間違いありません。

 一気呵成に目標に向かって,アクセルを踏み込むあの様子は見ていて,なんだこのクラスは?と唖然とした後,背筋がぞくぞくしてきますから。子どもたちに乾杯!と言っても過言ではないほどの様態です。この『学び合い』出前授業を参観させたら,あんな分析結果は絶対に出てきません。本物の『学び合い』ですから。参観できた私たちは幸せです。研究生と子どもたちに感謝して,大満足の素敵な一日が終わります。

2017-03-06   願う

[] 06:38    願う - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    願う - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

研究生とB4が見事に発表を終えた

 今回の日本教育工学会17-1研究会ですが,他の発表の中におやっと思うものを見つけました。ある学校の『学び合い』出前授業を分析していた内容の発表です。それだけを取り上げていたものではありませんし,発表者の視点からの分析ですから早急な結論づけはできませんが,その発表を聞く限り,その学校で行われた『学び合い』出前授業は,『学び合い』の考え方による授業ではありません。『学び合い』とは銘打ってはいますが,とうてい『学び合い』とは思えませんし,ほど遠いものです。残念です。まして,『学び合い』授業ではなく,『学び合い』出前授業と銘打っている授業なのですから,授業者は『学び合い』を初めて実践する人間ではなく,出前をするくらいですから何度か『学び合い』授業をした経験のある人間でしょうし,加えて他の人に見てもらう授業でしょうから,それだけの経験つまり『学び合い』出前授業の経験ももっていることでしょう。『学び合い』の出前授業をするくらいですから。それだけに至極残念です。

発表者が明らかに誤解しているのですから,

 その出前授業を見た他の人間も誤解したことは容易に類推されます。誤解されるような『学び合い』出前授業がなされていることも残念ですし,その出前授業を参観した人間に『学び合い』が誤解されて伝わったであろうことも残念です。その場で反論はできましたが,出前授業者と参観者の誤解は解けません。残念で仕方がありません。『学び合い』出前授業と銘打つからには,だれがみても誤解しない真の『学び合い』にしてほしいと願うばかりです。その『学び合い』出前授業をした授業者には,「明日から使える『学び合い』の達人技術」(http://www.kyoiku.co.jp/syoseki.cgi?book=989)を強く勧めます。

2017-03-05   完璧

[] 07:52    完璧 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    完璧 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

研究生とB4による最後の発表が

 終わりました。完璧に仕上がりました。最長の発表時間19分を乗り越えて聞き手に感動を与えたようです。見ていて聞いていてうっとりするほど受け答えも完璧でした。その場でどんな観点から質問を受けるか分からない状況で,その場で出されたどんな質問にも的を得た回答を導き出す行為は簡単なようですが,そうそうできるものではありません。実際,過去には質問を受けて何も答えることのできなかった先輩たちもいましたから,その場ですべての質問に対して質問者に納得してもらえるような答えを返すことは至難のことです。それを見事にやり遂げたのですから,実に立派なものです。かれらのここまで1年間の尽力を讃えます。B4は卒論発表も入れると合計4回も人前で発表したことになります。本当によくがんばってくれました。一人感涙。

2017-03-04   材

[] 08:03    材 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    材 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

長野県には

 材(ざい)という言葉があります。子どもたちが材と出会い,材をかかわって学ぶことができるのでこの材は効果的であった,という使われ方をします。知らなくても授業はできますが知らないと指導案を作るときに苦労することがあります。学習材と言われることもあってなかなかむずかしいものです。何年もいると耳になじんできますので慣れてはきますが,それを説明しろと言われると説明できません。わかっているようでいてわかっていないことを改めて感じるところです。それそのもののよりも,今後はそれによって何ができるようになるのかが議論される時代です。

2017-03-03   学校現場の常識が揺らぎ

[] 07:17    学校現場の常識が揺らぎ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    学校現場の常識が揺らぎ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

一昨日,昨日の2日間,

 理科教育コースでは4年生の模擬授業によるいわゆる認定試験を行いました。見事に全員が合格です。そこで話題になるのはやはり主として教材です。実際の子どもたちを対象としているものではないので,どうしても教材の議論しかできないことはやむを得ないことなのかもしれません。今回,興味深かったことは,学校現場で常識であると思っていた理科教材の工夫の視点が実は科学的には修正が必要であったということです。学生そっちのけで議論が続いたほどですから,学校現場の常識が揺らぎます。もう一度見直した方が良い常識も他にもあるかもしれません。個人的には,チューリップの花とがく(一般のチューリップの花(花弁)が何枚かご存じですか?これも学校現場の常識です)が毎日成長して大きくなっているとか,キャベツの茎と根とかなかなか興味深いものが数多くあったことは収穫です。しかし,収穫は教材のみです。

2017-03-02   コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへ

[] 06:28    コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

今回の学習指導要領改訂案のいちばん大きな目玉。

 それはコンテンツ(内容)・ベース(何を学ぶか)からコンピテンシー(学力)・ベース(何ができるようになるか)への転換です。前にも書きました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170216http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170220)が,学習指導要領として始めて内容以外の領域に踏み込んだ画期的な改革です。コンピテンシー・ベースを論ずるときにはどのような力を付けなければならないかについての議論が避けては通れません。だから,今,資質・能力の議論が盛んです。アクティブ・ラーニングやカリキュラム・マネジメントに加えて,彗星のごとく現れたと感じるような,この資質・能力論。あなたの学校では話題にしていますか?

何ができるようになるか

 をみんなで議論する必要が生じるので,カリキュラム・マネジメントが必要になるのです。その力をどうやって付けたら良いかについて議論する必要が生じるので,アクティブ・ラーニングが必要になるのです。ですから,何ができるようになるか,つまりどのような資質・能力を付けなければならないのかを議論する上で,アクティブ・ラーニングとカリキュラム・マネジメントが欠かせないのです。だからこそ,今まさに,アクティブ・ラーニングだけでなく,カリキュラム・マネジメントと資質・能力が語られるのです。うちの附属も,その議論が今,真っ盛りです。

何ができるようになるか,

 それはどのような力を付けたら良いかに直結しますから,その力つまり資質・能力はどのような資質・能力なのかを議論する必要があります。それも,特定の教科だけが主張していても学校としては身動きがとれません。学校として共通理解にたった資質・能力は何なのかを洗い出す必要あります。理科で,科学的な能力と主張したとしてもそれは学校全体の教育課程の中でどのように培うのかがはっきりしなければダメですし,理科以外の教科ではどうなのかを議論しなければなりません。社会参画力のようなものは各教科を串刺しできる共通項です。だからこそ,教科と教科の間の調整が必要になります。カリキュラム・マネジメントが求められる所以です。上越市の大手町小学校は6つの力を洗い出しています。その上で,それらの力がどのような教育活動で何年のときにどのように培われていくのかを決めだしています。

この資質・能力も

 学習指導要領の改訂で3つの要素が示されました。知識・技能と思考力・表現力・判断力とそして,学びに向かう力・人間性の3つです。社会参画力はまさに,学びに向かう力・人間性の資質・能力を育成するものに値します。各学校でこの3つの要素の資質・能力のうち,どのような資質・能力を絞り込むのかがこれから求められることになります。その上で,それらの力が各教科の間でどのように関わり合いながら,6年間ないしは3年間で培われていくのか,各教科の第何学年のどの単元のどこで育成されるのかが議論されていくことでしょう。

そしてそれらの資質・能力を

 どうやって育てるのかを考えたときにアクティブ・ラーニングが必要になるのです。『学び合い』の出番です。社会参画力などのように学びに向かう力・人間性の資質・能力を各教科の授業でどのようにして育てるのかに対する明確な答えを,『学び合い』はこれまでの成果から明瞭に出してくれるからです。何を学ぶか,何を教えるかの固定観念から解き放たれなければならないときが来ています。

2017-03-01   認定試験

[] 06:35    認定試験 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    認定試験 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

今日から2日間,

 本学部理科教育コース4年生は,臨床的理科指導力認定試験を受けます。一人20分の模擬授業と10分の質疑・応答を全員がこなすのです。例外なく,全員が。我々理科の教員が全員で児童生徒役をしますし,その上,県教委から指導主事を招いて児童生徒役をしてもらいます。学校現場に行く前の最終チェックです。4年生は,昨日,会場となる教室で,準備怠りなく、入念に頑張っていました。楽しみにしています。

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