信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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2017-02-05   丸投げとの違い

[] 15:04    丸投げとの違い - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    丸投げとの違い - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

「(『学び合い』は)丸投げとどこが違うんですか?」

 と聞かれることがあります。それも,学校を訪問させていただいたときの,校内研修会での全職員の集まっている場で質問されます。『学び合い』の授業そのものが,その先生方にとっては「それが授業か?」という思いが強いことによるものでしょう。『学び合い』の授業は,いわゆる丸投げの授業ではありません。その決定的な根拠の第一は,目標達成(課題解決)の評価の後のリフレクションにあります。全員が目標達成(課題解決)した場合には,「なぜ全員が目標達成できたのだろうか。何が良かったのだろうか。良かったことがあったとしたらそれを意識して次の授業でもできたら,また全員が目標達成できるはずだよね。どんなことが良かったのか考えながら次もやってみよう」。全員が目標達成できなかった場合には,「なぜ全員が目標達成できなかったのだろう?何が不足したんだろう。自分に何ができたのか振り返ってみよう。不足していたと思うところを意識して改善できたら次は全員が目標達成できるはずだよね。自分には何ができるか考えながら次はやってみよう。」

何度も書いていますが,

 『学び合い』が『学び合い』たるゆえんは,まさにリフレクションにあります。リフレクションに対して本気になれない自分がいることを分かっていながら,そこそこにして終わらせているようでは,『学び合い』と言われてもなかなか結果は出ません。「みんなができることが大切だ」と言っておきながら,みんなができていない状況に対して本気になれない自分ならば,結果は伴わないと思わなければなりません。自戒を込めて。リフレクションに真剣に本気になるからこそ,丸投げではないと断言できるのです。換言すれば,リフレクションに本気になっていなければ丸投げと言われても反論はできないでしょう。『学び合い』は課題作りが生命線だとよく言われますが,それは本質が理解できていない人の言うことです。課題を提示しても,リフレクションをしなければ,みんなができたかどうかに対する授業者の明確な本気度満点の意思が子どもたちに伝わりません。たとえ課題作りが生命線でも,どんなに素晴らしい課題でも出しっぱなしは丸投げと違いはありません。

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