信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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全体ゼミは毎週月曜日18:00-19:30に行っています(新年度は4月3日(月)から西校舎W300でスタートします)。
研究室の『学び合い』ライブ出前授業もいつでもOKです。
詳しくは,私たちの『学び合い』研究室をご覧ください。

明日から使える『学び合い』の達人技術
はじめての人のためのアクティブ・ラーニングへの近道

2017-03-24   「学び合いしましょう」は必要ありません

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学び合い』の誤解は

 『学び合い』が学び合いだということです。『学び合い』では,「学び合いましょう」という声かけは一切しません。授業では「学び合いなさい、学び合いましょう,教えてあげなさい、教えてあげましょう,教えてもらいなさい、教え合いなさい、教えてあげましょう」等々は全く登場しません。皆無です。学び合うかどうか、教えてあげるかどうか、教えてもらうかどうかは,教師が決めることではなく,子どもたち自身が決めることだからです。だからこそ,授業では「学び合いましょう」ではなく,「みんなが目標達成できるようにやってみなはれ」なのです。みんなが目標達成するためには,何が必要か,自分には何ができるのかを自分で考え,みんなで考え,最善と思うことを判断して実行してみるだけです。それがうまくいったかどうかは,全員が目標達成したかどうかに如実に表れます。だからこそ,リフレクションするのです。そしてまた考えます。誰が?そう,子どもたち自身が,です。教師が考えるのではありません。子どもたちがどうしたら全員の目標達成が果たせるのかを考えるのです。教師の指示を待つのではありません。だからこそ,リフレクションが必要なのです。絶対に必要なのです。その繰り返しです。それが,『学び合い』。だから,『学び合い』に「学び合いしましょう」は必要ありません。

2017-03-23   長野県の異動

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長野県の異動情報が

 一昨日県教委のHPで公開されました。それによると,新規採用の内訳が(1)小学校教諭150(168),(2)中学校教諭100(110),(3)特別支援学校教諭45(41)となっています。数字は人数,かっこ内は昨年度の人数です。これを見る限り,昨年度に比較して小中では微減となっています。厳しい採用状況であったことが推測できます。採用に至った優秀な人材が4月から学校現場で活躍してくれることを期待しています。採用欄にOBの名前もあり,嬉しい情報と併せて一人喜んでいます。おめでとうございました。

2017-03-22   1年間あっぱれ!

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1年間という時間は

 健康で過ごしてみるとよく分かりますが,あっという間に過ぎ去ります。えっ,もう1年経ったのか,と。改めて考えてみるとそんなふうにとらえることができることは幸せなことです。もう1年経ったのかと思うことができることを考えると,1年間でできることは限られます。よほど月ごとの目標をしっかり立てて突き進まなければ,1年間などあっという間です。学部4年生は卒論に費やすことのできる時間が1年間しかないので,1年間が勝負ですがやはりあっという間です。うちの研究室の学部4年生は調査する単位時間を10単位時間に限定しています。あっという間の1年間で分析する時間に限度があるからです。もちろん,限度を超えてもいっこうに差し支えないのですが,かつてそんなB4はいませんでした。あっ,一人いましたが,そのB4は大学院に進学して三崎研に所属して論文にして今,県内で西川研OBとともに『学び合い』してます。

ですから,あっという間の限られた1年間で

 論文を1報投稿することは実に大変なことです。ここで言う”投稿する”というのは,どこでも良いから査読なしのところに投稿するだけの論文ではなく,査読付きの学会に投稿し,その査読を通って論文誌に掲載される,という意味です。先日も書きました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170318)が投稿後には査読者からの鋭い指摘が待っていて落ち込むものですからそれに対応するような修正を加えて査読に通る論文を仕上げるのは1報と言えども大変な心労と苦痛を伴います。論文を1報仕上げて投稿するだけなら誰でもできることですが,査読に通るのは誰でもできることではありません。だから,査読の必要ない会誌に投稿してめでたしになることがあるのです。投稿さえもせずに終わったりすることも普通の世界です。

そのあっという間に終わってしまう1年間という短い期間の中で,

 論文2報をまとめあげた御仁がいます。論文を投稿することは誰にでもできますが,それは1報の話です。しかも,時間の制約なしのことです。1年間という時間制限があるとなると,話が違います。それも覚悟を決めて,査読付きのところに。1年間という短い(!)期間に,企画,調査,分析,まとめまで,その論文1報を投稿すること自体がなかなかできることではありません。2年間かけてやっているのに投稿まで至らない人がいる中で,実際に挑戦してみるとよく分かりますが,1年間で結果を出すことを求められるというのは相当な重圧です。査読結果はこれからですから喜ぶのは早過ぎるでしょうが,それを当たり前のようにして成し遂げてしまうのですから凄いことです。1年間で2報をまとめる,うーんそこまでやったのか,という思いです。1年間あっぱれ!

2017-03-21   感謝

[] 06:53    感謝 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    感謝 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

先日,一般社団法人日本理科教育学会の

 第3回理事会があり,昨年の全国大会の報告をさせていただき,了承を得ました。3年半前からの取組がようやくすべて終わりました。リフレクションすれば,責任者として全期間を健康で乗り切ることができたことが何よりというのが正直なところです。お引き受けした3年半前には「手伝ってくれる人はいるのか?」と問い合わせがあったのですから。もう一度という話をいただいたら塾考しなければなりません。一人では成し遂げることができなかった大行事ですから,ご協力くださった大勢の皆様に本当に感謝しています。期間中,何度も支えられていることを実感することがありました。改めて感謝です。これからの責務は受けたご厚志をどこかで何らかの形で必ずお返しすることだと思っています。

2017-03-20   1+1はいくつですか?

[] 07:17    1+1はいくつですか? - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    1+1はいくつですか? - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

4日前,入試改革について

 記しました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20170316)。分かりやすい人にとっては分かりやすいでしょうが,わかりにくい人にとってはわかりにくいかもしれませんが一例を挙げてもう一度説明します。たとえば,「1+1はいくつですか?」と受験生に尋ねたとします。おそらく,受験生は「2です」と答えるでしょう。それでは続いて,「なぜ,2になるのですか?その理由を説明してください」と尋ねます。おそらく,99%の受験生は「分かりません」「答えしか覚えてきていません」と返答するでしょう。繰り返しますが,高校側は「なぜ,こんなに優秀な子(1+1が2であることを即答できるほど優秀な子)が合格できないのか」と考えるでしょうが,答えだけ覚えていてなぜその答えが導き出せるのか答えられない受験生はアウトだということです。

1+1=2も間違いではありません。

 ただ,それが正解になるのは小学校の段階です。小学校の段階とは言っても,高3の段階で1+1がなぜ2になるのか説明できなければアウトです。一方で,1+1=20も正解だと考えるのが数学です。なぜ,1+1=20になるのか,数学を学んだことのあるあなたも考えてみてください。他方,理科の場合,1+1=1になる場合もあれば,1+1=2になる場合もあれば,1+1=10000になる場合もあります。1+1がいくつかになるのかは自然の事物・現象に依るのです。理科教育コースを受験するからには,それだけの考えを及ばせてほしいことが求められます。ちなみに,理科の場合,ある自然の事物・現象の下で,1+1=1になる場合の加える数の「1」を誤差と呼びます。

もう一度,繰り返します。

 今,大学の入試は以前と変わっています。すべてとは言いませんが,ただ答えだけを覚えるだけだったり答えだけを出せるだけだったりしているようでは合格できない試験になっています。ただ答えだけを覚えている学生を求めているわけではありません。ただ答えだけを効率的に出せる学生を求めているわけではありません。一地方大学でさえ。そのことをどれだけの高校の教師が理解しているでしょうか。未だに偏差値だけを頼りにしているようでは今でも太刀打ちできないのですから,次の入試も太刀打ちできません。