信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』(二重括弧の学び合い)を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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全体ゼミは毎週月曜日18:00-19:30に行っています。
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明日から使える『学び合い』の達人技術
はじめての人のためのアクティブ・ラーニングへの近道

2017-11-25   一人も見捨てない教育の真の意味

[] 07:04    一人も見捨てない教育の真の意味 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    一人も見捨てない教育の真の意味 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

学び合い』(『学び合い』の考え方による教育活動の総称)は,

 一人も見捨てない教育です。昨日のiku-nakaさんのブログ((続)nakajimaの「一期一会」)に書きましたが,この一人も見捨てない教育の真の意味が,現職のみなさんにうまく伝わらないことがあります。以前,長野県内のある中学校の研修会で話をしたときに,質問者から「(私たちの中には生徒の)だれかを見捨てようとして教育している者はいません」と言及されたことがあります。典型的な誤解です。我々の主張する一人も見捨てない教育というのは,児童生徒が所属する集団内の仲間となる他の児童生徒を一人も見捨てない文化を創り上げることを指します。つまり,26人のクラスがあったとして,たとえば,そのクラスにAさん,Bさん,Cさん,・・・Zさんが所属していたとします。そうすると,Aさんが自分以外のBさん,Cさん,Dさん,・・・Zさんを見捨てない文化を享受し自分以外の25人の仲間たちを一人も見捨てずにどうしたらよいかを考え判断し,実際に具体的な行動を折り合いを付けながら起こすことができる集団となっていることです。

同じように,Bさんも

 自分以外のAさん,Cさん,Dさん,・・・Zさんを見捨てない文化を享受し自分以外の25人の仲間たちを一人も見捨てずにどうしたらよいかを考え判断し,実際に具体的な行動を折り合いを付けながら起こすことができる集団となっていることです。同じように,Cさんも自分以外のAさん,Bさん,Dさん,・・・Zさんを見捨てない文化を享受し自分以外の25人の仲間たちを一人も見捨てずにどうしたらよいかを考え判断し,実際に具体的な行動を折り合いを付けながら起こすことができる集団となっていることです。DさんもEさんもFさんも,そしてZさんまで26人全員が,です。

あまりにも当然のことなので,

 全く一度も書いてませんが,一人も見捨てない教育なので,Aさんは自分のことも見捨てないように考え判断し,実際に具体的な行動を折り合いを付けながら起こすことができる集団となっていることです。BさんからZさんまでの25人も同様です。分かりづらいかもしれませんが,26人のクラスなら26人の児童生徒が誰一人として自分も含めて一人も見捨てないように考え判断し,実際に具体的な行動を折り合いを付けながら起こすことができる集団となっていることです。それが,我々の主張する一人も見捨てない教育の真髄です。なかなか伝わらない。

iku-nakaさんのブログ((続)nakajimaの「一期一会」)に書いたことを,

 もう一度。「一人も見捨てない」の主語は教師ではなく,子どもたちです。「子どもたちが,誰一人として,所属する集団の中の他の子どもたちを一人も見捨てない」となるわけです。したがって,教師が子どもたちを一人も見捨てないのではなく,子どもたちが集団内の仲間を一人も見捨てない教育なのです。子どもたちが教師に見捨てられていたとしても,集団内で子どもたちが互いに一人も見捨てられていないのであれば,まだ救いがあるのです。子どもたちが居場所を感じるのは、教師に依ってではなく集団によってです。集団内での絆に依るのです。教師が責任を持って行うべき「居場所づくり」(教師が育てる発想)と,子どもが主体となるべき「絆づくり」(子どもが育つ発想)を区別しなければならないと文科省も言っています。我々の一人も見捨てない教育は,後者に直結するものです。

2017-11-24   エールを送ります

[] 06:53    エールを送ります - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    エールを送ります - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

静岡市立中藁科小学校から

 『学び合い』ライブ出前授業の依頼を年度当初に受けています。12月8日(金)の予定です。8か月も先の予定を組むからには本気です。12月5日(金)は静岡市立大里中学校で『学び合い』を公開するというので訪問予定です。6月19日(金)は静岡市立美和中学校でICT学び合い』ライブ出前授業でしたが,ここは5年連続です。今年は偶然にも静岡,静岡,静岡と続きます。静岡と言えば,来年度に『学び合い』フォーラムを引き受けた地と聞いています。さもありなん。偶然ではなく,必然であることが分かります。『学び合い』静岡の会のT会長の抜群のリーダーシップの下,共感の裾野を広げ,多くの同志が素晴らしい成果を上げ続けている地域だからこそ,魅力溢れる実践を全国公開できるのでしょう。期待が膨らみます。一連の出前授業がその一助になればそれほど嬉しいことはありません。

中藁科小学校からの依頼は,

 全校道徳の時間です。主題は「命あるものを大切に」です。先日,各学年別指導案,各学年別授業資料(板書相当),各学年別ワークシート,全校オリエンテーション資料,全校オリエンテーション用ワークシート,研修会資料を送ったところです。当該校には,7月にスカイプで『学び合い』の考え方をお伝えしてます。我々の『学び合い』ライブ出前授業は,授業前にすべて送ります。授業づくりから全部を見てもらいます。自分ならどうやって取り組むだろうという視点から見てもらいたいがために。場合によっては,当該校の先生に対して,「あなたならどうしますか?」とボールを投げて,作ってみてくださいとお願いすることもあるほどです。ただ漫然とみてもらうものではなく,自分が明日やるとしたら,という視点を持ってもらうためです。

「やってみせ,言って聞かせて,させてみて,褒めてやらねば,人は動かじ」

 のことばを思い出します。今回は「言って聞かせて」が先でしたが『学び合い』ライブ出前授業は「やってみせ,言って聞かせて」までしかできません。するかどうかの判断は当該校にあります。静岡なら間違いなくやり続けてくださるでしょうから喜んで絶賛に行きます。静岡では,静岡の会を中心にすでに人が動いてます。静岡,魅力溢れる凄い地です。だから,力一杯エールを送ります。「フレー!フレー!静岡!」と。

2017-11-23   合格基準を公開しないとどうなるか

[] 07:05    合格基準を公開しないとどうなるか - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    合格基準を公開しないとどうなるか - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

合格基準を公開しないとどうなるか,

 今日はそれを話します。2つの結果が現れます。一つは,合格基準が分かりませんから,子どもたちは彷徨います。合格基準を求めて教室内をあっちに行ったりこっちに行ったり,その教科の得意な子のところに行って,合格基準を求めます。見た目には,とても素晴らしいアクティブ・ラーニングの様態を示します。子どもたちが教室内を主体的に動き回って対話的に学んでいる様子が見て取れるのですから。しかし,です。一人一人にボイス・レコーダーを持たせて,彼らの会話を聞いてみるとその実態が見えてきます。何を話しているかが分かるからです。彼らは「答え,教えろよ」と言い合います。あっちに行って「答え,教えろよ」,こっちに来て「答え,教えろよ」。その教科の得意な子のところに行って「答え,教えろよ」,でも得意な子も自信がありませんから,目標達成したのかどうかの判断は付きかねます。最終的な結果として,その教科の得意な2割の子どもたちは目標達成します。しかし,8割の子どもたちは目標達成には至りません。一歩譲っても,半数以上の子どもたちは目標達成せずに終わります。その教科の得意な子も「先生,まとめしてください」。

もう一つの結果がどうなるか,

 おそらく,経験を持っている方はお分かりでしょう。教師の期待しているゴールには辿り着かず,別のゴールに向かう子どもたちが出てきます。合格基準が分かりませんから,子どもたちは目標達成したと思うことを主張します。それが合格基準を満たしているのかどうかは分かりませんが。主張を聞く相手も,自分が目標達成したと思うことを主張します。いわゆる’間違った’答えが現れます。これも見た目には,とても素晴らしいアクティブ・ラーニングの様態を示します。子どもたちが教室内を主体的に動き回って対話的に学んでいる様子が見て取れるのですから。しかし,です。一人一人にボイス・レコーダーを持たせて,彼らの会話を聞いてみるとその実態が見えてきます。何を話しているかが分かるからです。彼らは,自分の主張をしているだけです。強制ケースか安易合意ケースの会話が現れます。場合によっては無関心ケースの会話になることもあります。経験交換ケースの会話が現れませんから,たとえ主体的対話的であっても深い学びにはなりません。

2017-11-22   合格基準の公開が必要です

[] 06:48    合格基準の公開が必要です - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    合格基準の公開が必要です - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

学び合い』の考え方による授業は,

 子どもたちが自己評価できる授業です。『学び合い』の考え方を十分に享受していれば,自らの問題解決の結果が適切なのかどうかを自分で考え判断するとともに,集団内の構成員と相互に評価を始めます。相手の問題解決の結果と自らのそれを比較し検討し始めます。もちろん,結果だけでなくそのプロセスも検討します。相手が一人増え二人増え三人増え,集団内に広がります。その結果が妥当で蓋然性が高く,広く受け入れられる納得されるものであれば,プロセスの検討によってより効率的,納得性のより高いものへと淘汰されていきます。合格基準が示されていなくても,彼らが相互に折り合いを付け合う中で妥当性,蓋然性,納得性の高いそれを自身で探し出していくことができるのです。教師はただそれを見守っていてあげれば良いだけです。彼らにはそれだけの有能性が備わっているのですから。

しかし,です。

 『学び合い』の考え方を十分に享受していない初期の段階では,なかなかそうはいきません。当該教育活動の目標を達成したかどうかを子どもたちが自分で,それも一人で判断できる明確なゴールが必要です。それが,いわゆる合格基準です。分かりやすく言えば,どうなったら○をもらえるのか,○になるのかを,分からない子どもが誰もいない状況を用意しておくことが肝要です。その教科の得意な子だけが分かっていても仕方がないのです。その教科の得意な子が目標達成したのかどうかをその教科が苦手な子が判断できるようにしてあげなければならないのです。そのためには,合格基準を活動に入る前から全員に公開する必要があります。算数・数学の場合は,教科書にやり方と答えが書いてあるので,教師が何も言わなくても授業が始まる前から,合格基準が全員に公開されています。『学び合い』の考え方による授業で,算数・数学が取り組みやすいのはそれに依るのです。合格基準が公開されてない教科は,初期の段階では苦労します。だから,全員が自己評価できるように,合格基準となる教師の期待する回答を1部用意して黒板に貼るのです。

2017-11-21   ジグソー法

[] 06:44    ジグソー法 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    ジグソー法 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

昨日は学部科目の

 校外学習で指導法の一つとしてジグソー法による授業を参観させてもらいました。ホーム・グループとエキスパート・グループに分かれてまさにジグソー・パズルのごとく問題解決に向かう子どもたちの様子を見ることのできた学生たちは貴重な経験を積むことができました。主体的対話的に学んでいた子どもたちがとても印象的でした。ジグソー法は実践場面が限られ,準備にも労力を要するところがあり,実践の機会が限定されますため,貴重な機会です。関係の皆様に感謝します。

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