信濃の国からこんにちは このページをアンテナに追加 RSSフィード

三崎隆です。
長野県長野市の信州大学教育学部で『学び合い』を研究しています。
「信濃の国からこんにちは」は私たちの『学び合い』研究室の研究室通信です。
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明日から使える『学び合い』の達人技術
はじめての人のためのアクティブ・ラーニングへの近道

2017-05-24   目的は何か

[] 06:53    目的は何か - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    目的は何か - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

私が中学生の時にビオラを弾いたことは

 話しましたが,その学校には弦楽器が50台近くあった(一人1台弾けるように)のですから今思えば驚きます。必修音楽でアベ・マリアを四部合唱しました。1節は今でも歌えます。また,必修保健体育でトランポリンをしました。特徴的な教育課程を編成した学校だったのでしょう。アベ・マリアは別の機会に譲ることとして,トランポリンの話です。45年前の中学校必修保健体育でトランポリンをしたのですが,当時はただ,トランポリンをするという先生の指示に従って,物珍しさも相まって,楽しく順番に利用させてもらったことを覚えています。トランポリンから降りた瞬間の「重力って凄いんだなあ」という重力の実感は今も鮮明に体が覚えています。

しかし,何が目的だったのでしょうか。

 体育専門ではないので分かりません。そのときの必修保健体育の先生から目的の説明もありませんでした。予算が付いたから関心のあったトランポリンを購入したからですか?どこかの研究指定を受けたから?体育の先生は「怖い!」から聞けません。トランポリンをすることが目的だったのでしょうか。そんなことはないはずです,と今なら思えます。トランポリンをすることによって別の目的を達成することを目指したはずです。でも,今となっては知る術もありません。

主体的・対話的で深い学び

 の必要性が強調されています。考えてほしいのは,その目的は何かと言うことです。ご存じの通り,「何を学ぶか」「どのように学ぶか」「何ができるようになるか」が新学習指導要領の方向性ですが,主体的・対話的で深い学びはその「どのように学ぶか」を具現化させるものとして位置づけられています。まして,それは現象です。あくまでも,主体的・対話的で深い学びは目的ではなく,それを手段として別のところにある目的を達成するためのものです。

換言すれば,その目的を達成するために,

 結果として現象論的に子どもたちの様態が主体的・対話的で深い学びになるものなのです。主体的・対話的で深い学びを目的としたら,それこそよく言われるように目的と目標がひっくりかえってしまったときの弊害を生んでしまうことになります。主体的・対話的で深い学びが目的化したら,主体的・対話的で深い学びができないからあなたは休みなさいになりかねません。昨今の,主体的・対話的で深い学びの声高々の主張を見る限り,主体的・対話的で深い学びをさせようとする試みが目立つようで若干心配になってきます。『学び合い』をしている方なら良くお分かりでしょうが,主体的・対話的で深い学びなど『学び合い』をしていれば意図的にさせようと思わずとも自ずと自然に生起してしまうものです。

主体的・対話的で深い学びが定義され,

 実証されているものではありませんから,尚更です。まして,主体的学びと対話的な学びと深い学びを分けてとらえていることはできないものです。数学で主体的な学びを促し,英語で対話的な学びを,そして音楽で深い学びをと分けたら,あるいは単元によって分けてとらえて学校教育総体として,主体的・対話的で深い学びが醸成されるという論には賛同できるものではありません。すべての教科・領域のすべての単元のすべての単位時間において,常に主体的・対話的で深い学びの現象が現れる授業実践を心がけたいものです。20年後の未来を生きる子どもたちが一人残らず幸せに生き抜く上で必要な資質を育てるために。

2017-05-23   教えることと学ぶことの乖離

[] 06:51    教えることと学ぶことの乖離 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    教えることと学ぶことの乖離 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

教師は授業で教えています。

 教えているはずだと言った方が適切かもしれません。自分の経験に依れば,文書を配布し,説明もしたにもかかわらず,「そんなこと聞いてません」と言われることもしばしばあります。そのたびに,教えたはずなのにと思ってしまいます。「なぜ理科は難しいと言われるのか(西川純著)」の中に,2時間かけて炎色反応の生徒実験をやったくだりが出てきます。クラスの大多数が「そんな実験やっていない」と確信を持って答えていたそうです。教師が教えたと思っていることと子どもたちが教えてもらったと思っていることがずれている経験です。教えることと学ぶことの乖離です。

昨日は全体ゼミでした。

 文章だらけの入門書の読み合わせの中に,次のような一文が出てきます。「実際の『学び合い』の考え方による授業を分析してみると,教えたと思っている子どもたちのうち,教えたと思っている相手が教えてもらったと実際にとらえている割合は約6割である。一方,教えてもらったと思っている子どもたちのうち,教えてくれた相手が実際に教えたととらえている割合も約6割である」(川上早苗・三崎隆:中学校理科の『学び合い』授業での「学び手」と「教え手」に関する研究,第7回臨床教科教育学セミナー2008発表要項集,1-2,2008,臨床教科教育学会.)

子どもたち同士の間でさえも,

 教えたと思っていることと教えてもらったと思っていることがずれている証拠です。これは経験ではなく,実証データです。教えたはずなのに,相手は教えてもらっていないと言う,教えていないのに相手は教えてもらったと言う,現象が相当数現れます。教え合いという表現がよく使われることがあります。子どもたち同士が教え合ったら相手は分かるようになるのかというと,そんなに単純ではないことが分かります。教えてあげても教えてもらったと思っていない子どもたちが半数近くいるのですから。学ぶということはどういうことなのかが見えてきます。

私がそんなことを考えながら,

 レジュメを説明するB3の話に耳を傾けていたら,話題はブレインの方へ行きました。ブレインは教師かという疑問です。ブレインは専門家,エンド・ユーザーは初心者です。教室の中にいるブレインは教師だけか?という現職の疑問から提起された議論です。ゼミ生に考えさせるにはもってこいのヒット・テーマとなりました。実に充実した思考の時間となったことが嬉しいことです。『学び合い』をやってる現職のいる全体ゼミは刺激的で良いものです。教師も,教師になってから一度はエンド・ユーザーになった方が良いということが再確認できた一時です。来週5月29日(月)の全体ゼミはB4が教育実習のため休みです。次回は6月5日(月),B4がいませんがB3が仕切ってやります。乞うご期待。

2017-05-22   へえーっ,この先生って凄いなあ

[] 06:38    へえーっ,この先生って凄いなあ - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    へえーっ,この先生って凄いなあ - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

へえーっ,この先生って凄いなあと思う先生がいます。

 私が小学生だった頃のことです。理科の先生でしたが,ビーカーに水を入れてストローを差し込んで,ぼこぼことストローを通して息を吹き込みます。ぼこぼこぼこぼこ,ぼこぼこぼこぼこと。いつまでも,ぼこぼこぼこぼこ,と。まだまだ続くのです,いつもまでも,ぼこぼこぼこぼこが。いつまで経っても,ぼこぼこぼこぼこが終わりません。まるで,息を吸ってないかのように見えます。でも,ぼこぼこぼこぼこ続くのです。何も知らない子どもだったからでしょうか,「へえーっ,この先生って凄いなあ」と今でもはっきりと覚えています。大人になってから,そのしくみがわかりました。訓練すると吸気を体に入れながら,呼気を出し続けられるのだそうです。つまり,空気を吸いながら息を吐き出し続けられるということです。息継ぎ(という言い方が適切かどうかは分かりませんが)をしないのです。普通,息を吸うときというのは絶対に息を吐くことはできないはずなのですが,息を吸っているときも息を吐き出し続けられるとのこと。そんなことができるのかと思いますが,できる人にはできるそうです。私にはできません。

先日,本学部の中学校・高等学校の理科免許取得を

 希望する学生の受講する科目で,受講生を連れて校外学習として理科の授業を参観しに行ってきたときのことです。校長先生からご快諾いただいた上に,関係の諸先生方に大変お世話になりました。心からお礼申し上げます。そのときに授業をしてくれた先生がまさにそんな先生でした。「へえーっ,この先生って凄いなあ」と。もう,理科が大好きで,興味・関心が人並み以上で,授業で使う教材も身近な地域から自分で探して自分で予備実験して自分で用意して,ICTもちゃんと駆使して,それでいて子どもたちに任せる時間があって,単位時間の間中,「次はどうなるのかなあ」という思いを抱かせ続けられるのですから,恐れ入ります。それでいて,子どもたちを大切に思う心根が十分に感じられる配慮が随所になされているのです。最後には全員での3次元観察があった上に,手作りのペーパークラフトまで用意していて,帰路で学生が「勉強になった」と感嘆していたくらいです。

「へえーっ,この先生って凄いなあ」と

 思わせてくれるこの先生から授業を受けているのですから,子どもたちは幸せです。一人1台の顕微鏡が用意され,分からない人には分からないでしょうが,何気なく本当にきめ細やかに子どもたちが探究しやすい環境がほぼ完璧に整えられてます。うーん,素晴らしいです。この学校の理科はうらやましいです。子どもたちはと言えば,『学び合い』ではないのですが,主体的で対話的な学びが現れます。評価すれば,おそらく深い学びになっていることが間違いないであろうと確信を持てるくらいです。その証拠には,子どもたちが自然体で「へえーっ」「こわーい」と素直な感性をそのまま表現しますし,「はいどうぞ」の瞬間から誰に言われるまでもなく,自分の役割が分かっているのでしょうか動きが即時的で迷わず求めるところに一直線です。通常,あり得ない光景です。観察,実験が始まると,またしゃべるしゃべる。もちろんそれは目標達成に向けて一直線です。途中休憩などあり得ませんから,もう開いた口がふさがらないほど。「見て見て」「どれどれ」「見えた!」「ほんとだ」と。彼らがこんなに主体的で対話的で深い学びができる仕掛けも,誰にも分からないようにちゃんと種まきしてあるから見事なものです。後日談として,探鳥会で受講生の一部にも指導してくれているとか,もう一度「へえーっ,この先生って凄いなあ」。

2017-05-21   第3回学びセンターフォーラム

[][] 13:00    第3回学びセンターフォーラム - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    第3回学びセンターフォーラム - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

昨日午後に,

 第3回学びセンターフォーラムが本学部キャンパスの一角にて,2016年度学びセンタープロジェクト成果報告会として行われ,私も成果報告をさせていただきました。本学部附属次世代型学び研究開発センターでは,戦略プロジェクト,実践研究支援プロジェクト,産学官協働プロジェクトの3つのプロジェクト群に取り組んでいます。ご支援に心から感謝します。報告概要は次の通りです。

「本プロジェクトでは,小学校第5学年理科の「ふりこの運動」(7h),中学校第2学年社会科の「ヨーロッパ人との出会いと全国統一」(5h),及び中学校第3学年理科の「生物の成長と生殖」(5h)において,アクティブ・ラーニングを指向した授業実践を行った。そこに表出する児童生徒同士によるコミュニケーションによる相互行為を記録し,それを分析することによって,gatekeeperの役割を果たす学習者とend userとなる学習者との協働的な学びの様態を検討した。その結果,いずれにおいても,自分の経験やこれまでに習得した知識を交換しながら目標達成に向かう会話が現れ,共通性の高い傾向が認められることが明らかとなった。」

私の報告は置いておいて,

 注目される教育研究の報告を実践研究支援Pの中に見つけました。通常,教育研究の中には実践しただけの発表・報告・論文だったり,教材を作りましたというだけの発表・報告・論文だったり,子どもたちが活動しましたというだけの発表・報告・論文が多く見られます。経験知だけからの発表・報告・論文や,なぜ抽出されたのか分からないないしは経験知だけからの抽出でしかない子どもの学習履歴の発表・報告・論文も多くあります。しかし,その研究はそれらとは一線を画しています。実証性の保証された蓋然性の高いものです。実験群と統制群が設定され,緻密な推進計画の下,アンケート調査の結果と子どもたちの変容の結果を踏まえて理路整然と研究目的の解明を果たしているところが見事なものです。学会誌に掲載される相当分の質の高い内容で,蓋然性の高いデータによって実証される教育研究は素晴らしいです。教育研究たるやこうあるべし,という注目に値する報告に巡り会うことができて意義ある一日となりました。

今,学びセンターでは,

 平成29年度学びセンタープロジェクトを募集しています。実践研究支援プロジェクトとして研究企画支援型と研究成果支援型がいずれも100千円が数件程度の募集となっています。応募締切が迫っていますので,希望があるようでしたら本学部附属次世代型学び研究開発センターないしは指導教員等に相談してみてください。特に,修了生・卒業生のみなさん,また信大と関わりのあるみなさん,ご検討ください。ご案内します。

2017-05-20   理論と実践の往還

[] 07:01    理論と実践の往還 - 信濃の国からこんにちは を含むブックマーク    理論と実践の往還 - 信濃の国からこんにちは のブックマークコメント

理論と実践の往還と言われて

 久しくなります。教育学部であってもなかなか難しいのが現状です(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20101214)。免許取得に求められる専門性と指導性は幅広いこともあり,大学で講義される内容の中でも学術的理論に基づいてなされる内容は学校現場の実践に直結するかと問われます。過去には,学部の授業を受けている学生の中に,この授業を受けていて学校現場で役立つのかという疑問を呈する者もいたほどです。一方,学校現場では自らの経験に基づいた実践がなされますが,実証されているのかと常に問われます。実証されないまま語られ続けることがほとんどです。著名な方だからと信じるのです。大学で講義されることは学校現場に行かされず,学校現場の実践は大学で相手にされずの状況で,大学で講義される内容と学校現場で続けられる実践とが乖離している実態が見られます。

このような状況に一石を投じているのが

 教職大学院です。教職大学院は学校現場のニーズに基づいてカリキュラム構成され学校現場に還元されるため,その乖離を解消する上で有効に機能しているからです。授業等を見て,そこに現れる子どもたちの実態は学術的には○○の理論に基づく発話や行動だと指摘し,納得してもらえます。学校現場で実際に指導していることがオーソライズされる瞬間です。先輩教師から言われているから,研修会に行くと指導されているから,という理由で,普段何気なくやっている実践が価値付けられます。それが拠点校方式は特に顕著であるようにここまでは思えます。学校現場の実践に基づく教育問題を学術的理論に基づいて解決に向かわせますし,実証理論を踏まえて実践の方向性を見いだします。大学と学校現場が一体となって,まさに学校現場のその場でそのときに教育課題の解決を図っているからです。

昨日の拠点校とは異なる

 往復144km離れた拠点校で教育研究が進んでいます。この拠点校も文科省研究指定を受け,生活科,算数,理科を新教科かがくに再編してものづくりを加えてカリキュラムを動かす試みに挑戦しているところです。昨日は教職大学院の日ではありませんが,そのための検討会です。かがくとして育てたい資質・能力はなにか,それを具体化するためにはどのようにしたらよいかについて主体的で対話的そして深い意見交換がなされました。算数,理科にものづくりが加わっての検討ですから,大学からは数学,理科,技術の教員が,拠点校からは算数,理科,ものづくり担当の現職が勢揃いします。理論のプロと実践のプロのチームです。お互いにざっくばらんに時間を忘れて語り合います。実に楽しいです。

大学の教員が実証されている

 理論をこんな理論があると語り始めると拠点校の先生方がこれまでの実践をそれに相当するのはこんな実践ですかと応じます。こんな実践をしたんですけどと語れば,それはこの理論の現れだねと応じます。両者をすりあわせながら,その場で,これまでの実践を学術的に裏付けていき,これからの実践の方向を見極めてオーソライズしていく作業が続きます。理論から実践を導き出していったり実践を理論づけていったり,双方向のやりとりです。子どもたちの具体的な姿を語ることができ,それがどのような意義を持つのかを語ることができます。教育的価値をもつ実践の具現化を子どもたちの姿に置き換えてみることも可能です。

そこは,理論と実践が往還している場となっていると言えます。

 よく分からないことはお互いにその場で聞くことができますし,次に何を実践すれば良いのかがとても具体的に見えてきます。だから楽しいのかもしれません。楽しいことは続きます。続くので教育研究が理路整然としてまとまります。理路整然と形になってくるので,また楽しくなります。良い循環が起こっています。隣の拠点校同様,大学教員3名が楽しんで取り組んでいる文化が拠点校の先生方に伝わっているからかもしれません。かがくは楽しさの源泉です。拠点校方式の教職大学院って良いものです。

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