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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第14回(2018年)は静岡県でおこないます。
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2010-12-21好きな本を読み続けていいのか?

[]好きな本を読み続けていいのか? 好きな本を読み続けていいのか? - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 好きな本を読み続けていいのか? - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 好きな本を読み続けていいのか? - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

朝の読書実践研究会機関誌「はるか」原稿です。


朝の読書をよく知っている人は、はじめは「本を読む姿を見るだけで感動」という状態から、だんだんうまくいくと、それに慣れてきて、それが当たり前になり、「本の内容はそれでいいの?」という考えになります。人間というのはすぐに慣れる(または、飽きる)動物だからです。

朝の読書をよく知らない人は、「学校の教育で、生徒個人個人の好きなことをしていてそれでいいの?」という疑問がわきます。これは、学校教育とは、教師や大人や社会の思惑通りに子どもたちを引っ張っていくものだという固定観念がある人の考え方です。

朝の読書は、近代から日本でおこなわれている学校教育から、一線を画した教育だと思っています。つまり、子どもが学ぶ内容を自ら決められるのです。これは、学校制度ができる前、人々が自ら学ぼうとした時、何を学ぶか、誰に師事するかを自分で決められた時代には当たり前のようになされていました。しかし、近代教育では「効率化」のもと、そういう「学ぶ内容の自由」は完全に排除されてきました。

それを学校教育の中で復活させられたのが、朝の読書だと思っています。つまり、「好きな本でいい」というのは、朝の読書の4原則の中で、最も重要で、しかも、朝の読書を支えている柱なのです。これ1本が無くなったら、朝の読書は成り立たなくなるという大黒柱です。

内田樹先生は、朝の読書は「活字を浴びる」活動だと位置づけました。なるほど。そういうことが今の子どもたちに無くなっているからこそ、学校で朝の読書の時間を設ける必然性があるんだと思います。私は、小学校から高校にかけて、まさに活字を浴びました。小学校から中学校までは、星新一の全集を読みあさり、高校では筒井康隆のSF小説を暇さえあれば読みました。高校の時には芥川龍之介の全集を夏休みに読んだという友人に触発され、「夏目漱石ぐらい読んで置いた方がいいのかな?」というちょっと背伸びをした気持ちで読み出した時もありましたが、ほとんど挫折していました。高校の授業で「こころ」でも取り扱ってくれていれば、そっちの方面から読んだのかもしれませんが、残念ながらそれもなく、「こころ」という小説の存在を知ったのは、実は「めぞん一刻」というマンガに紹介されていたからなんです。

私の少年時代は、ゲームなんて全くなく、パソコンなんて、高すぎて個人が買えるような時代ではありませんでした。手っ取り早い娯楽は読書だったのです。でも今は全く時代が違います。読書という娯楽は子どもたちにとってランキングとして非常に下の方、または「娯楽ランキング」の範囲外になっています。

ところが、前の時代に生きている我々大人達は「本を読んで当たり前だ。」と考えます。(ほとんどの大人は今それほど本を読んでいないのに。)本を読み出すと、「そんな簡単な本なんて読んでいてもしょうがない。」なんて思います。本当にそうなんでしょうか?読んでもしょうがない本なんてあるんでしょうか?明治から大正、昭和時代、夏目漱石を読んだ人は、何を求めて読んでいたのかというと、実は恋愛シミュレーションのためだったということを夏目漱石研究家から聞きました。決してそれほど崇高な意味で読んだわけではないのです。

「堅い」文章の読み解き方は国語という教科に任せて、朝の読書は自分の身の丈に合った本を読む時間、活字を浴びる時間でいいんじゃないでしょうか?活字を浴びることにより、文字が頭に入ってくる素地を作り、普段の生活で、活字情報を取り入れられるようになっていくと思います。教科書の文字情報を読めない子どものなんと多いことか。授業で、課題の説明を書いたプリントを全く読もうとしない子どものなんと多いことか。活字を読むという素地ができていないんです。

いつまでも絵本を読み続ける幼児がいないように、いつまでも柔らかい本は読み続けません。しかし、軟らかい本の次に何を読めばいいのかわからない子どももいると思います。そのときには、その次に読む本を紹介する人(友だちや我々大人)が紹介すればいいのです。私は、自分が読んで、おもしろかった本は熱く授業で語ります。そうすると中の数人はそれに反応して、その本を読み出したり、そこまでは行かなくても「この本、図書館にあったよ。」と伝えてくれる人もいます。そういう本が子どもたちの頭の中に情報としてあれば、いつか読み出すかもしれません。そういうことをするしか我々にはできないのです。

読みたくもない、興味もない本を与えても、読んでいるふりをするだけです。読んでいるふりでは活字は浴びられません。読書とは「読む」という意欲がなければ成されません。「好きな本でいい」という大黒柱はそれほど重要な柱だと私は受け取っています。

yoichiyyyoichiyy2010/12/22 23:24ちょうど、気になっていたテーマでした!
素晴らしい情報を、ありがとうございます。参考にさせていただきます! 
(というか、迷いがなくなりました。)

F-KatagiriF-Katagiri2010/12/23 09:46yoichiyyさん、コメントありがとうございます。yoichiyyさんも「朝読」やっていらっしゃる?塾で?

t-oshimat-oshima2010/12/28 07:27当時の人たちは夏目漱石などの文学を娯楽作品として読んでいたのでしょうね。
私自身読む前はおっかなびっくり襟を正して読み始めましたが、あまりにも普通に読めて、そして面白く、拍子抜けと感動が同時に襲ってきた思いがあります。
今は、ゲームなどの手っ取り早い娯楽があふれているので、「敷居の高い」ものに手を出しにくくなっているのでしょうね。
私の漱石初体験は現国の先生が教科書の『こころ』に載っていない部分を印刷して読ませてくれたことでした。それからすぐに本屋に行きました。
あと、井上靖を買ったのは中学校1年か2年。教科書に「赤い実」という単元を気に入り、作者紹介欄を見るとそれは、『しろばんば』の一部だったということが分かり、手に入れました。
私の場合、教科書や、先生の紹介が読書の背伸びの一つのきっかけになっています。

F-KatagiriF-Katagiri2010/12/29 14:58t-oshimaさん、コメントありがとうございます。

きっと、当時の学生たちは、今の子がDSで恋愛シミュレーションゲームと同じような感覚で読んでいたのでは?と勝手に想像します。

きっと最近の子たちは我々の時ように恋愛の何たるかを雑誌で読んだりしていないんだろうなぁ。

2010-07-09「願う」こと

[][]「願う」こと 「願う」こと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「願う」こと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 「願う」こと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

朝の読書機関誌「はるか」次号(101号)に投稿した原稿を下記に載せる。

ここ10年間にさまざまな方の講演会を聞いている。聞くと元気がもらえる方ばかりだ。

そのような講演会の私にとって最初の方は丸山浩路さんだ。勤務校にお呼びした。

http://www.kouji-maruyama.com/

そして教室『学び合い』フォーラムを企画してお呼びした中村文昭さん。

http://www.kurofunet.com/fn/

たまたま公演当日に同僚からチケットをもらって行った大島啓介さん。

http://ameblo.jp/k-teppen/

今の勤務校の生徒向け後援で聞いたてんつくマンさん

http://www.tentsuku.com/home.shtml

すべての方は、目の前にある壁を乗り越え、自分の夢をかなえたかたがただ。

最近ようやく気づいたのだが、すべての方が共通しておっしゃっていたことは「夢を持ち続け、努力すれば必ずかなう」ということだ。ちょっと前は、

「夢を持ち続けるのは重要だとはわかっているけれど、でも、そんなこと言っても、成功した人、夢がかなった人が言っている結果論じゃないか?かなった人だからこそそういうことが言えるんだ。私みたいな、希望をそれほど実現させていない人間が、夢を持ち続けていたって、かなうわけないじゃないか!」

なんていう考えを持っていた。講演会を聞いて、元気をもらってはいたのだが、そんな夢物語はそう多くないなんてあきらめていた。

でも、ひょっとして、これほどまでの人が、みんな共通して同じようなことを言っているということは、本当のことなんじゃないかな?なんて思うようになってきた。大島啓介さんが講演会で紹介していた映画「ザ・シークレット」を見たせいかもしれない。

「ザ・シークレット」

http://www.thesecret-jp.tv/

「引き寄せの法則」というのがあって、頭に念じたことが実現するというものだ。大昔からこの法則は実在し、その法則を知っていた人は、歴史上名を残してきたということから始まり、身近な成功や、怪我からの奇跡の回復までが紹介されている。

なんだか宗教じみているなぁと思いながらDVDを見ていたのだが、別に高価な水晶玉を買うとか、高価なつぼを買うとか、どこかに行って怪しげな呪文を唱えるとかいうものじゃない。単に「願う」というものだ。

じゃあ、自分もやってみようかな?と思って、夜寝るときに布団に入って、自分が今一番望んでいることをイメージして目をつぶることにした。そうしたら、寝つきがよくなった。以前は、仕事上であった嫌なこと、明日ありそうな面倒くさいことに頭をめぐらせ、嫌だ嫌だと思いながら床についた結果、夜中まで目がさえてしまうということはたびたびあった。しかし、望みをイメージしながら寝ると、寝つきがよくなり、睡眠時間が長くなったのだ。

まだまだ自分の希望は実現されていないが、深い睡眠を得られるようになり、目覚めもスッキリするようになるだけでも、なんだか夢に一歩近づいているんじゃないか?というポジティブな気持ちになれる。


約10年前に朝の読書に出会い、そのとき、私は願っていた。教室の中の、授業が成り立たないような状態をなんとかしたい。文字を読もうとしない、いすに座って集中できない子どもたちの内面を何とかしたい。深く考えず、気分で言動を決める子どもたちの荒れを何とかしたい。そこで授業始めの読書を取り入れた。直感的に「朝の読書は本物だ」とわかった。そして願った。実現した。実は10年前に「願えばかなう」ということを体験していたじゃないか。

今、『学び合い』に取り組んでいる。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/

学び合い』は、子どもたちの力を信じ、目標を語り、子どもたちのあるべき姿を願うことが重要である。願い続けるということは非常に難しい。すぐに挫折しそうになる。夢をかなえることが難しいんじゃなくて、夢を願い続けることが最も難しいんだと思う。

さて、今夜もぐっすり眠れるかな?

2009-06-16朝の読書宮城交流会

[]朝の読書宮城交流会 朝の読書宮城交流会 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 朝の読書宮城交流会 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 朝の読書宮城交流会 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

f:id:F-Katagiri:20090616144729p:image:w260:left

話題提供者としてお話をすることになりました。昨年フォーラムで「朝の読書は『学び合い』だ!」という題で話題提供しました。そのような内容を話してこようかな?と思っております。

昨年話の内容を考え、フォーラムで話をしてから、ますます「朝の読書は今までになかった教育活動ではなく、『学び合い』のように、過去に日本でおこなわれていた教育活動を「読書」という形で復活させたのだ。」と考えるようになりました。

平日ですが、お近くの方、ぜひご参加ください。概要は以下の通りです。

平成21年8月7日(金)9:30〜15:30

仙台市市民活動サポートセンター

参加費1,600円

参加希望の方は、ご連絡ください。要項を添付ファイルでお送りいたします。

motoryoumotoryou2009/06/20 10:47興味あります。日程調整の上,参加したいと思います。要項いただけますか?

2009-06-09朝の読書の目的

[]朝の読書の目的 朝の読書の目的 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 朝の読書の目的 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 朝の読書の目的 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

みんなが生涯におよび、主体的な読書習慣を身につける。

と考えてみました。

「みんなで、毎日、好きな本を、ただ読むだけ」という朝の読書の4原則=「方法」は、この目的から引き出されてくるのでは?と考えたのです。

twoyoshitwoyoshi2009/06/09 16:59ごめん下さい初めまして、この4月から西川研に入りました。27日にお世話になります。よろしくお願い致します。

F-KatagiriF-Katagiri2009/06/10 16:32片桐です。
お会いするのを楽しみにしています。よろしくお願いします。

2009-03-31「入れ物」を大きくすること

[][]「入れ物」を大きくすること 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

授業で何をすべきなのか?「おもしろい」コンテンツを教師が提供するのではなく、子どもたちが「おもしろさ」を自ら見つけていく授業とはどういうものなのか?

「入れ物」を大きくすることだと思う。単純に考えれば、子どもたちは「入れ物」が小さく、大人の方が大きい。「入れ物」とは「つながり」であり、「語彙」であり、「視点」であったりする。それらを増やすことを目的にし、その大きくなった「入れ物」に何を入れるかは子どもたちに任せる。「入れ物」が大きくなれば、入れられるものは大きくなる。どんどん入れば子どもたちも「おもしろさ」を感じるようになるだろう。

「詰め込み」という比喩表現の対義的な表現として考えてみました。

そう考えてみると、朝の読書がどうして子どもたちに受け入れられているのかがわかる。朝の読書の4原則は

毎日

みんなで

好きな本を

ただ読むだけ

というものだ。朝の読書の「枠」しか書いていない。その中でどんな物を読むか、子どもたちに任されている。朝の読書は子どもたちの「入れ物」を大きくするが、「入れ物」に入れるコンテンツは限定していない。

そこにいろんなひねり技をかけようとすると、朝の読書は崩壊していく。これは他の教育活動にも通じることなんだろうなぁ。

jun24kawajun24kawa2009/03/31 11:09私の教師の定義は「自分の出来ないことを人に求める職業」です。あははは

2008-10-09ポケモン外交

[]内田樹先生が朝の読書に言及 内田樹先生が朝の読書に言及 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 内田樹先生が朝の読書に言及 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 内田樹先生が朝の読書に言及 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

10月8日(水)付のブログで「朝の読書」に関して言及していらっしゃいました。「活字中毒」の現象に絡めて。

朝の10分やそこら、手近の本をぱらぱらめくったくらいで「読書」になるものか、と思っていたからである。

ところが、卒論の発表の中で「朝の読書は国語の勉強ではありません」という話と、「朝の読書をすると記憶力が向上することが知られている」という指摘に「びびび」と来たのである。

そ、そうだったのか。

私が「朝の読書」ということの有効性をうまく理解できなかったのは、「読書」という語に惑わされていたからである。

あれは「読書」ではなく、「読字」だったのである。

最近私も同じようなことに気づき始めていた。朝読では「集中力が付く」なんていう子どもたちの評価が多い。読書をしていた私にとっては思いもしないことだった。読書をする前に集中力が付いていたような気がしたからである。

逆に集中力がないから読書をしなかったのかもしれない。いわゆる「読書指導」の前段階を朝の読書が担っているのだ。読書をする集中力がない子どもたちに「読書指導」をしても効果は期待できない。

朝の読書が始まったのは、集中力や記憶力を期待してではないけれど、「活字を読むと何かが起こる」という漠然とした見通しがあったからじゃないかなぁ?

「佃煮のラベル」でも「風邪薬の効能書き」でも、毎朝10分舐めるように眺めさせれば「朝の読書」と同様の効果が上がることをどこかの先生が実験してくれないかしら。

うーん、「記憶力」「集中力」レベルでは同様の効果があるかもしれないけれど、「朝の読書は『学び合い』だ!」という論を持っている私にとっては、完全に肯けないなぁ。

nokogirisounokogirisou2008/10/10 21:09私はやはり朝読は読書であって、読字ではないと思いますねえ。
たしかにうちに学校では、朝、朝学習に新聞の社説を読ませたりしていますが、これは字を読んで集中力をつけようという目的でやっているのではありません。やはり、読んで自分と対話して、そして周囲の人と話題にする、そのことにこそ意味があると思います。
何か即効性のある効用を求めて朝読するのは、どうかと思ってしまいますが。

2008-09-03学力を高める「朝の読書」

[][]学力を高める「朝の読書」 山崎博敏編著 学力を高める「朝の読書」 山崎博敏編著 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学力を高める「朝の読書」 山崎博敏編著 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 学力を高める「朝の読書」 山崎博敏編著 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

今までになかった朝の読書と学力の関係を統計データを元にして論じた本である。一言でいうと「朝の読書をおこなっている学校は学力が付いている」ということだ。

正しいようで細かく見ると正しくもない。

私が読んだり、実施している学校や先生の雰囲気や、自分の経験を元に言い換えると、

朝の読書をおこなうほどの教育観がある学校は学力が付いている

ということだ。朝の読書がおこなわれさえすれば学力が付くのかというとそういうことではない。朝の読書を継続的におこなえているということは、その理念を理解しているということだ。ということは、他の学習・教育活動にもその理念が浸透している。浸透すれば子どもたちはのびのびと学習することができ、学力は伸びる。

朝の読書と学力とは別の要素の相関関係のうち以下のことが0.1%水準で優位であったということだ。

  • 先生が子どもに質問し、よく発言する
  • 学級全員で話し合う
  • ドリルやプリントを解く
  • 算数や数学の問題をみんなの前で説明する
  • 先生は宿題をよく見てくれる

つまり、簡単にいうと先生が子どものことを考えているのだ。そうすると、自尊感情も高くなり、学習も面白くなり、学力が上がる。というように読めてくる。

学び合い』になっているかどうか(『学び合い』をしているかどうか)が問題ではなく、教師が子どもにとって本当にいいことは何か?と考えて、それをもとに場を作っているかどうかが問題というのと同じことだ。

学力を高める「朝の読書」―一日10分が奇跡を起こす 検証された学習効果

学力を高める「朝の読書」―一日10分が奇跡を起こす 検証された学習効果

tomkicktomkick2008/09/03 18:43>『学び合い』になっているかどうか(『学び合い』をしているかどうか)が問題ではなく、教師が子どもにとって本当にいいことは何か?と考えて、それをもとに場を作っているかどうかが問題というのと同じことだ。

肝に銘じておきたいと思います。まったくその通りだと思いました。

F-KatagiriF-Katagiri2008/09/04 09:21tomkickさん、コメントありがとうございます。
上記を含めた全ての考えや、雰囲気、場作り、その他諸々を合わせて私は『学び合い』という言葉に含ませたいと思っています。

2008-06-17子どもを信じるということ

[][]子どもを信じるということ 子どもを信じるということ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもを信じるということ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 子どもを信じるということ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

昨日の記事に続き、私のことをふりかえろうと思う。

十数年以上前、ある学校に転勤して、授業は全くうまくいかず、子どもたちは学ばず、なんだかどーしよーもないやるせなさを感じていた。そんな時に出会ったのは「朝の読書」だった。今となってはどうして出会ったかは忘れてしまった。本でも読んだのか?テレビで紹介されていたのか?

しかし、「これだ!」と思って、年度途中の夏休み明けから始めようと思った。そのためにブックオフに行って各クラスに本を用意して、各担任に「本を置かせてもらってもよいか?」という了承を得て、開始した。

もちろん、初めは読まない子どももたくさんいる。しかし読む子どもも思った以上にいる。クラスにおいてあった本が捨てられていたり、焼かれたり、いろいろあったが、長い目で見ようと思って、「我慢」していた。

あるとき、めちゃめちゃ暑い日があった。想像を絶するほど暑いのだ。こんなんで授業をやっていてもしょうがないと思って、「どう?1時間中本を読む時間にしては?でも、寝るようなことがあったらすぐに中止するよ。」と提案した。

私も読んでいたが、ふと気づいて周りを見渡すと、普通に授業をやっていたら必ず寝るような子どもも熱心に読んでいる。すごいじゃん、本、すごいじゃん、子どもたち!なんて思った。子どもたちは学びたがっているんだと気づきだした日だった。

翌年も翌年も続けた。これがなければ私の授業は成り立たないと思ってきた。年度当初は読まなかったり読んだりと必ず温度差がある。読まない子には「どうしたの?」と声かけをしていった。マンガを読んでいるような子を見つけられるようにもなってきた。ある時、机に頭を突っ伏していた子がいたので、「寝ているなぁ」と思い、起こそうと寄っていったら、額を机に付け、本を持った手を床近くまで伸ばして読んでいた。愕然とした。こんな姿で読む子もいるのか。

さらに思った。「この子は本は読まないもんだ」という先入観があったからこそ「寝ているなぁ」と思ったわけで、子どもを本当に信じ切ってはいなかったのだ。

年度の終わりには「読書について」を書いてもらった。その中で「読んでいるときは自分が主役」という記載があった。子どもたちにとって、学習する上で、自分が主役だと感じることが必要なんだ。とわかった。そしていつかはそう感じさせられるようにしなければと思った。

そしてスタンスがちょっと変わった。「今」読ませるよりも、「この1年間のうち、年度の終わりまでに自分から読むようになればよい。」、「必ず読むようになる。」と信じられるようになってきた。

これが子どもたちの力を信じられるようになったきっかけです。

tsmumutsmumu2008/06/19 23:12狭い例かもしれませんが、型にはまってはいけないということなんですよね。たとえば、床に座っては学べない、という型をもっていると、そうしている子達が気になってしまうように。

F-KatagiriF-Katagiri2008/06/20 02:22そうそう、以前どなたかのブログで、机、椅子がない時に床に寝そべる姿で学んでいることについて賛否両論ありました。しつけが必要だとか、自由に学んでいる姿だからいい、とか。

しかし、どうして床に寝そべっているのかを観察してみると、単にだらけている姿なのではなく、机、椅子がない状態で、お互いの距離を近くするために、床に寝そべって顔を近づけているということに気づいた方がいらっしゃいました。

つまり、そういうことなんだと思います。どうしてそうなのか?ということを真剣に観察すれば、子どもたちの行動は理由がちゃんとあるということをわれわれ教師はきちんと把握しなければならないんだと思います。

2008-02-06林公さんの実践

[]林公さんの実践 林公さんの実践 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 林公さんの実践 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 林公さんの実践 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

林公さんは朝の読書の提唱者だ。最近ようやくわかってきたことがある。林公さんは英語の教師だったが、「生きる」ことを学ばせるために、より深く関われる社会の免許を教師になってから取得したそうだ。

そしてその社会の授業でいつも求めていたのは「みんな」であった。私がその実践を読んだとき、最も印象に残ったのが、課題を提出するときは、全員が提出することを求めた。難しかったり、時間がとれなくてできなかった場合は、できなかった理由(言い訳)を書いてでも全員が提出することを求めたそうだ。

学習係が全員の課題を集めてから、教師のところに持っていくことになる。以前、私も真似をしようとして何度も挫折した。結局いいかげんになってしまい、「出さない奴は出さないのが悪い。」と私が思ってしまった。

考えてみれば、教師がそう思えば、子どももそう思うのであって、いくらたっても全員が提出することはなかった。

「みんな」を求めていた林さんの実践は『学び合い』に通じていたんだなぁと最近になってわかってきた。

だからそんな林さんが提唱した朝の読書も『学び合い』に十分通じることだ。なぜ朝の読書が絶大なる効果を生み出している*1のかというと、「みんな」を求めているからだ。子どもたちが立ち歩かなくても、話し合いをしなくても『学び合い』は文化としてそこにある。

*1:理念を理解して実践している場合であるが。

jun24kawajun24kawa2008/02/06 12:54正しいことは先人が気づいていますよね。

2008-01-23集中力

[]集中力 集中力 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 集中力 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 集中力 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

NHKの「プロフェッショナル」でイチローがでていたのをごらんになった人も多いと思う。イチローが試合前にすることは、同じ作業や動作を淡々とこなし、そうすることによって集中力を高め、試合に持っていくということだ。

考えてみれば、自分も学生時代、何か儀礼的な作業をして受験勉強をしていたように思う。勉強する教科の順番も同じで、決まった時刻になるとスポーツニュースを見て休憩し、その後も勉強をしていた。

つまり、茂木さんも言っていたが、集中力というのは、所作や動作をすることで高めていくしかないんだろう。

以前にも書いたが、授業始めの10分間読書をしたあと、授業にすんなり入れるのは、実はこういう意味があったのか。朝の読書の効果で「集中力」をあげる生徒がたくさんいるのは、こういう仕組みがあったのかと今初めて気がついた。